2 王都警護隊、隊長たちが揃ったら
ニャコはそこまで言うと、ちょっと首を傾げて俺に訊ねた。
「ね。もしリワルドに還る方法があったら――キィはリワルドに帰りたい?」
ニャコが俺をただ見ている。
俺は少しだけ考えて言った。
「いいや。俺はもうノワルドの人間だな。リワルドの俺は死んでいて、戸籍もないし、存在しない事になっている。此処でもう、色んな人間と関わって世話になって――自分の居場所と仕事がある。俺の居場所は此処だよ、ニャコ」
「そっかあ。へへ、よかった」
俺の言葉を聞いて、ニャコが屈託のない笑顔を見せた。
そう。俺はもう大門錠一ではなく――
キィ・ディモンなのだ。
*
俺は王都警護隊の本庁舎に来ていた。
ロイナートの前に、警護隊の隊長たちが顔を揃えている。
第一番隊隊長、メサキド・リッケンバッハ。紫の巻き髪をしている気障男は、建国の九賢候の一つである『紫の麗賢』、リッケンバッハ家の跡取り。
第二番隊隊長、ガイスラッド・ロギアル。顔に十字を持つこの男は、『沈黙の十字』という通り名を持っている。王都軍総司令ダガン・ロギアルの息子で、軍人貴族として逞しい肉体と戦闘力を持つ男。
第三番隊隊長、ヒュリアル・クレイザー。冷徹で、秀麗な顔を崩すことのないこの男は、『冷徹の貴公子』という通り名があると後から知った。
第五番隊隊長、ヴォルガ。狼の頭を持つ魔人で、独立戦争時の英雄。『不死身の狼』という通り名があるという事だ。
隊長たちはそれぞれの席についていたが、四番隊の席がまだ空席だ。そこへ扉を開けて、女性が入って来た。
隊員服を着て、眼鏡をかけた知的な美女だ。
「誰だ?」
ガイスラッドが怪訝な顔をした。
と、女は迷うことなく、四番隊の隊長席に座った。
「すいません、遅くなりました」
「いや……大丈夫だ、ノワール隊長」
あのロイナートが、驚きを抑えつつもそう口にした。メサキドがあからさまに驚きの声をあげる。
「え! まさかキミは――セレスティーナ・ノワールなのか?」
眼鏡の奥から、細い顎の美女が睨む。
「もちろんだが」
「いやあ、見違えたよ、セレス! なんだ、美人なら美人と初めから言ってくれればいいのに。今まで、どうして隠してたんだい?」
「……女の価値を外見だけで判断する、頭の軽い人間にごちゃごちゃ言われたくなかっただけだ」
セレスは眼を伏せた表情で、そう言った。メサキドが鼻白んだ顔で黙り込む。
その場にいた男たちに、沈黙が走った。
プッ、と誰かが噴き出す。ロイナートの背後に控えていた、総隊長補佐官のレイラ・ダレンボイルだ。ナイスバディを絵に描いたような美女だが、可笑しかったらしい。
と、セレスが少し伏せた眼を上げる。そっと俺の方を見ていた。
第四番隊隊長、セレスティーナ・ノワール。ボサ髪眼鏡――ではないが、間違いなくセレスだ。『黒の覇賢』ノワール家の現当主でもある。
と、ロイナートが声をあげた。
「全員揃ったので、会議を始めよう。皆、最近起きている事件の経緯はある程度把握していると思う。闇ギルド『デスコルピオ』、人身売買組織『ブラック・ボア』の壊滅は、我が警護隊としても大きな成果だった。しかし最近起きている一連の事件には、ある組織が関連している事を、特別捜査官キィ・ディモンがつきとめた」
「特別捜査官だって?」
ガイスラッドが声をあげる。セレスも、驚きの眼で俺を見ていた。
「ディモン、標を皆に」
ロイナートに促され、俺は懐から手帳を取り出した。
手帳を開き、『三尖の炎』の紋章を見せる。
その場にいた隊長たちが、一瞬、息を呑んだ。
「ディモンはレムルス王子から、直接、紋章を授けられ任命を受けた。しかしそれとは別にディモンには、事件調査員を私から任命している。表向きはこちらの方で通すつもりなので、諸君らにも理解しておいてもらいたい」
ロイナートの声に、隊長たちは頷いた。
「ではディモン、新たに判明した事の報告をしてくれ」
「判った」
俺はそう言うと、立ち上がった。
俺は花屋のダグ、双子、鍛冶屋のテオ、そしてドライデンに見られたエザイの話と、三幹部、そしてそれが邪神教団ヌガイラムによるものと推測される事を話した。
「つまり、最近起きた一連の事件には、その邪神教団がからんでのことなのか?」
ガイスラッドの驚いた声に、俺は頷いた。