第十二話 王都が惨劇に襲われたら 1 オタクの女と再会したら
「それにしても大門部長、何故、私のところに?」
花守はそう口にした後で、ハッと何かに気付いた。
「ま、まさか、大門部長…私の事が実はずっと気になっていて、それで私に逢いに来たとか? …え~、そんな風に思われても、私、困ります!」
「いや、それはないから心配するな」
俺は冷静に、花守を諭した。
「えー、ないんですか?」
「ない。お前の処に来たのは、お前だったら、俺の状況を理解するんじゃないかと思ったからだ」
「大門部長の……状況?」
花守が、怪訝な顔をする。
余談だが、花守が俺を部長と呼んでるのは、巡査部長の略だ。警察では先輩・後輩などとは呼ばず、階級か役職で呼ぶのが通例だ。
「そうだ。お前、オタクだったな?」
「そんな、面と向かってそんな事言われますとー」
何か知らんが、花守が恥ずかしがる。別に褒めたわけじゃないんだが。
「お前、異世界転生って知ってるか?」
「ええ、まあ。うちの界隈では常識以前ですけど」
「それだ。俺が置かれてるのは」
花守が、眼をパチクリする。と、声をあげた。
「えーっ! いや、だって幽霊じゃないですか!」
「幽霊じゃない。これは異世界から、霊体のみ観覧に来てるんだ」
面倒だったが、俺は花守に自分が異世界転生した経緯をかいつまんで説明した。
「――で、大門部長は、異世界では転生チートで無双して、ハーレム状態ですか?」
「なんだか…専門用語が多すぎて判らんのだが」
こいつ、俺の話を聞いてたのか?
そう疑問に思ったが、花守は言った。
「ああ、すいません! つい、興奮して……つまり部長は、異世界でも刑事をやっていて、その事件が黒須摩実也の連続殺人事件と関連があると。――そんな、荒唐無稽な話……大好物じゃないですか!」
なんか知らんが、花守のテンションが上がっている。…人選を間違えたか?
「とにかく、この状況を理解して、協力を得られるのはお前しかいないと俺は判断した。頼む、花守。手を貸してくれないか?」
「そんな…大門部長にそんな事言われたら……断われるわけないじゃないですか!」
花守は眼をキラキラさせて、俺にそう言った。
「私、こんな機会を待ってたんです! 現実を吹き飛ばすような、非日常の事件! それを期待して警察に入ったのに、出会うのは陰惨で悲惨な現実の事件ばかり。もう、警察も辞めた方がいいかと思っていたところです!」
「いや…それは止めないが、俺に協力した後にしてくれ」
「了解です、大門部長!」
花守は元気に敬礼した。後に、不意に何かに気付いて俺に訊く。
「…大門部長、いつから私の部屋にいたんですか? ……もしかしたら、私のお風呂タイムも見ちゃいました?」
「バカ。俺は刑事だ。…軽犯罪法違反など犯さない」
眼鏡の奥から、花守は俺を覗き込む。
「ホントですかぁ?」
「……お前、意外に自信家だな」
「まあ、地味な眼鏡っ子が、実はナイスバディだった――を、地でいってますから」
なんか自信ありげに、花守は言った。やはり専門用語が多すぎて判らん。しかし、一つ判ったことがある。
こいつ…署にいる時と全然、態度が違うな。
*
花守に、翌日の同じくらいの時間にまた訪ねるから、事件の資料を用意しておいてくれと言って、俺はリワルドから戻った。
シイファが怪訝そうな顔で俺を見ている。
「……なんか、あの女の人、キィに親し気じゃなかった?」
「後輩だ。こんな突拍子もない話を信じるのは、あいつしかいないと協力を依頼したんだ。ちょっと変わった奴だが、事務処理は手際が良くて有能な奴だった」
「ふうん…まあ、いいけど。あたし、疲れたから寝させてもらうわ」
「ああ、ありがとうシイファ」
俺が礼を言うと、シイファは少し微笑んだ。
シイファが部屋に引っ込むと、ニャコが俺の方を見る。
「どうした? じっと見て」
「いやあ、なんか今更なんだけど……キィって、リワルドの人だったんだなあって」
ニャコが不思議そうな顔をして、そう言った。
「何を言ってるんだ、転生させたのはお前だろ」
「そうなんだけどさあ。なんか一緒に暮らしてるうちに、キィがリワルドの人だって事忘れてたよお」