第二話 異世界で事件捜査したら 1 特級巫女を褒めてやったら
その時、ニャコが声をあげた。
「あ~! 神父長様の霊鏡がない!」
「あたしの霊鏡はあるけど」
シイファが丸型の霊鏡を取り上げて言う。俺は二人に問うた。
「ない物が他にないか?」
二人は取り戻した備品をチェックした。
「うん、なくなってるのは神父長様の霊鏡だけ」
「そうか」
ちなみに俺の物は、トッポにかけた手錠だけがない。が、これは仕方ないだろう。つまり霊鏡だけは、非常に重要なものだったという事だ。俺はニャコに言った。
「ニャコ、霊鏡は記憶を再現できると言ったな。お前の記憶も再現できるのか?」
「できるよ」
「なら、お前が神父長の部屋に行った時の記憶を再現してくれ」
「判った」
ニャコは霊鏡に向き合うと、手をかざした。霊鏡の中に、この部屋とは別の景色が映し出される。
「これが神父長の部屋のドアか」
ドアを開いて室内に入る。誰もいない。しばらくうろうろした挙句、その視点は部屋の中にあった霊鏡に歩み寄った。そして収納珠を取り出すと、霊鏡を収納した。それが済むと、視点は部屋から退去した。
「これが全部か」
写し出された光景は、想像以上に鮮明だった。細部まできちんと見えており、何があったのか判別できる。人は思ってる以上に、細部の記憶を持っているという話を、俺は不意に想い出した。
「これがお前の作り出した映像ではない、という保証は?」
「そんなのできないよ。……実際、想像したことも霊鏡には映し出せるし」
ニャコは気まずそうに、そう呟いた。その場にしばし、無言の緊張が漂う。俺はふと思いついて、シイファに言った。
「シイファ、その霊鏡に修復魔法をかけてみてくれ」
「え? どこも壊れてないけど?」
「いいから、やってみてくれ」
シイファは怪訝な顔をしながらも、左手をかざした。よく見ると、中指にはめた緑の結晶のついた指輪が光っている。あれに修復魔法が入っていたという事か。
「え……こんな事――」
シイファは自分の修復魔法の結果に驚いていた。俺は予想が当たったので、納得できた。
「よし。行方不明の娘たちを探すのは重要だが、まずはニャコの無実を晴らすんだ。そうでなければ表だって動けない」
「え……ニャコの無実を、信じてくれるの?」
ニャコが目を潤ませながら言う。俺はそれに答えた。
「自分が逃亡中なのに、倒れるほどの力を使って人を助ける。――そんなお人好しに、人が殺せるとは思えない」
「キィ……」
ニャコは涙を拭いながら、笑ってみせた。
「キィって、目つき悪くて口調も恐いけど、いい人だね!」
「……お前、喧嘩売ってるのか?」
「褒めてんだよう!」
本気か、こいつ。
「まあいい。とにかくニャコの無実を晴らすのが先決だ」
「それはそうだけど…そんな事できるの?」
シイファが俺に訊く。俺は頷いてみせた。
「恐らくだがな。しかしそれには公正な判断ができる、階級の高い人物の了承が必要だ。お前たちの知人で、そういう人物はいないか?」
「いるけど……」
シイファの言葉に、ニャコも頷いた。
「なら、此処を脱出した後に、現場になった教会へ、その人物を連れてくる事だ。そこでニャコの無実を証明しよう。なるべく大勢の前がいい」
「どうやって、此処を脱出するの?」
「それはこれから考えよう。ニャコ、霊鏡は遠くを写せるんだったな。この建物に、どれくらい人間がいるのか探れないか?」
「遮蔽物があると視点が先に進めないんだけど――やってみる」
ニャコはテーブルの傍にあった椅子に座り、霊鏡と向き合った。
霊鏡の中に景色が浮かぶ。それは俺たちのいる部屋を少し上から見た景色だった。俺たち三人の後頭部が見えている。
「なるほど、便利な能力だ。そのままこの部屋を出てみてくれ」
「シイちゃん、ドアちょっと開けて」
シイファがドアを僅かに開ける。その隙間から視点は先へ進む。そうやって建物内の人間をしばらく探った。
「どうやらこの建物にいるのは、あのトッポとマルコの二人組と……一番遠い部屋にヴォルガのようだな」
「それで、どうすんの?」
「俺に作戦がある」
俺は二人に、作戦を話した。




