終末の過ごし方
今俺は家族や一族の者たちを連れて地下の奥深くに逃げ込もうとしていた。
俺たちは地上に住み暮らす権利を持った市民たちにドブネズミと蔑称で呼ばれる貧民。
御天道様を見ることを許されず日の光が差さない地下を這いずりまわり、地上に住む市民たちが出したゴミを漁る存在。
俺が行動を共にしている一族の族長になれたのは、俺が貧民1世だったからだ。
市民権を剥奪され貧民に落とされるのは、この星を統治する政府に税金を納める事が出来なくなった市民とその家族。
一度貧民に落とされると未来永劫市民に戻る事は出来ない。
父親が事業に失敗して税金を滞納し両親や弟と共に貧民に落とされたのは、俺が11歳の誕生日を迎えた翌日だった。
それから1年、12歳の誕生日を迎える前に家族は全員栄養失調で死んだ。
俺が家族の中でただ1人生き残る事が出来たのは、貧民に落とされる前から家族全員が呆れる程の悪食だったからだろう。
父親の曾祖父は若い頃に放浪癖があったらしく放浪中食える物は何でも喰う悪食だった、俺はその血を受け継いだのだと思う。
生きるために地下を走るネズミを捕食し地上の市民たちが出す生ゴミを食した。
家族にもそれらの手に入れる事が出来た食い物を食べさせようとしたが、父も母も弟も誰も受け取らず次々と衰弱死する。
ただ1人生き残った俺は前の族長をしていた男に拾われた。
族長が俺を拾った理由は、俺が10歳になるまで市民として教育を受けていたからだ。
貧民の大部分は何代前の者が貧民に落とされたのか分からない程に昔から貧民だった者ばかりで、字を読むことも書く事も出来ない。
新聞や雑誌を手に入れても読む事が出来ないので、食い物を煮炊きする火種にするか新聞紙に包まり暖を取る事にしか使えない。
それが俺という文字を読める者が一族に加わった事で、新聞や雑誌に載っている情報をいち早く手に入れる事が出来るようになる。
そのお蔭で俺たちの一族は政府が偶に行う貧民狩りの手をすり抜ける事が出来るようになり、新しい餌場というかゴミ捨て場の情報を隣接する縄張りを持つ者たちより早く手に入れる事が出来るようになった。
その結果、一族は段々と人数が増え縄張りが広がる。
縄張りが隣接する他の一族の者たちが次々と俺たちの一族に追従するようになったから。
俺が前の族長に拾われて2~3年経った頃からだろうか? 何か大規模な工事が昼夜を問わず行われるようになり、住処にしている下水道や古い地下道は年がら年中振動に見舞われるようになる。
前の族長に止められていたのだがその振動に興味を持った俺は、餌が大量に確保出来た時などにその振動の出処の工事現場に行って工事の様子を眺めていた。
何の為に行っているかは分からなかったけど、巨大なトンネルを地下深くまで掘っているのは分かる。
その工事は十数年以上続いたと思う。
前の族長にその地位を譲られる1年程前のある日、俺はその地下深くまで掘られているらしいトンネルの底まで工事関係の市民たちや警備している兵士たちの目を盗んで、数日かけて降りてみた事がある。
トンネルの底には巨大な地下空間があった。
その巨大さは煌々とライトで照らされている天井が見えない程の高さで、広さも四方に数十キロ以上はある。
その広大な地下空間にこれまた巨大な建物が幾つも建造されていてその巨大な建物の中に沢山のトラックが、吸い込まれるように入って行ったり吐き出されるように出てきたりしていた。
地下空間を見に行った後は族長の地位を譲られた事もあって軽率な行動は自粛する。
寧ろ族長の仕事をこなすと共に偶々ゴミ捨て場に捨てられていた辞書を拾ったので、その辞書を使って新聞や雑誌の中の読めない字を探して新しい知識を得ると共に、前の族長の孫娘で俺の妻になった女や子供たちに字の読み方と書き方を教える事に時間を費やす事が多くなった。
前の族長に地位を譲られてから5年程経った頃からゴミ捨て場に捨てられる生ゴミの量が少なくなる。
それと共に下水道から見上げる道路を歩く人の姿が以前より少なくなったように思う。
友好的な他の一族の者たちに尋ねても同じように捨てられる生ゴミの量が減っているとの答えが返って来る。
おかしい、地上で何か俺たちが知らない何かが起きているのだろうか?
捨てられる生ゴミの量がドンドン少なくなって行く。
このままでは不味い、一族の者たちは飢えて死を待つばかりになる。
現状を何とかする為に俺は腹心の部下の義弟を伴って、地上の様子を窺いに下水道から地上に足を踏み出した。
20数年振りに俺は太陽の日の光が降り注ぐ真っ昼間に地上に出て空を見上げる。
それから周りを見渡した。
何だこれは? おかしい? 人の姿が皆無だ、市民も警官も兵士も誰の姿見えない。
整備された広い道路上にも道の両側にある店舗の中にも人の姿は無い。
地上の人間は何処に行ったのだ?
その謎を解くのは後にして、初めて真っ昼間に地上に出て屁っ放り腰で周りを見渡している義弟を連れ、目の前の食料品店に足を踏み入れる。
店の扉を開け中に足を踏み入れても、奥からこの店の店主がバッドを手にして現れる事は無かった。
レジの手前に積まれているカゴを手に持ち手当たり次第に食料品を入れる。
カゴ4つに食料品を山盛りに詰められるだけ詰め、2人で両手に1つずつぶら下げて住処にしている地下道に戻った。
住処に戻り腹を空かしている家族や一族の者たちに分け与えると共に、近隣の友好的な他の一族の者たちの下に使いを走らせて地上から人の姿が消えた事を教える。
翌日の朝、家族と一族の者たち全員を引き連れて地上に出た。
一族の者たちの大半は太陽が頭上にある間は地上に出たことが無い者たちばかり。
太陽に手を伸ばしたり飛び跳ねたりして触ろうとす者、青々と茂る街路樹の葉や幹に鼻を当て匂いを嗅ぐ者、広々とした道路を駆け回る者、道の両側にある店舗の中を恐る恐る覗き込む者。
喜びハシャぐ一族の者たちを呼び集めて昨日の食料品店より大きな食料品店に連れて行く。
生まれてから一度も見たことが無い食い物の山に一族の者たちは目を丸くして立ち尽くす。
俺は同じように目を丸くし立ち尽くす妻に手近にあったリンゴを1個手渡しながら、一族の者たち全員に声をかける。
「何を遠慮しているんだ? 思う存分食え!」
俺の声で我に返った一族の者たちは歓声を上げながら食料品の山に突撃していく。
この日俺と一族の者たちは地下の住処に帰らず、食料品店の近所にあった高級家具店で夜を明かした。
翌日、高級家具店の事務所で見つけた地図を頼りにこの地区を統轄する区役所に向かい、その途中にあった大きなスーパーに皆を誘導する。
義弟に市民や警官の姿を見たら皆んなを連れて下水道に逃げ込むように言いつけて、俺は地上の人間がいなくなった理由を探しに区役所に向かう。
区役所のあちらこちらの部屋を眺め物色し、ドアの上に区長室と書かれた部屋で理由を探り当てた。
窓を背にした大きな机の上にあった紙の束の1つに隕石激突に関する避難計画書と書かれた物があって、その紙の束を読んだ俺は理解したのだ、あの地下奥深くに続くトンネルと地下にあった巨大な空間の使い道を。
紙の束の最後に隕石の激突予想日が書かれていた。
大きな机に腰掛けて紙の束を見ていた俺は顔を上げて、ドアの上の壁掛け時計の日付けを見る。
『あ! 激突予想日は明日だ』
俺は一族の者たちの下に走る。
一族の者たちがいる所に戻ると、縄張りが隣接している他の一族の者たちが地上での縄張りを決める為に集まって来ていた。
俺は一族の者たちだけで無く集まっていた他の一族者たちにも、地上から人がいなくなった理由を説明して逃げるように促す。
だけど俺と共に地下深くに続くトンネルに向かったのは、家族と前の族長の時から行動を共にしていた一族の者たち4〜50人だけだった。
他の一族の者たちのうちの友好的で無かった奴らは、俺が地上の富を独占したいからそのような事を言っているのだと言い、友好的な者たちや俺が一族に加わったあと一族に合流した新参の者たちは隕石が激突する前に下水道や地下道に籠もりやり過ごせば良いと言い、初めて手に入れた楽園から遠く離れる事を拒否する。
昔トンネルの奥深くに侵入する際に使った穴からトンネルの中に入り、トンネルの奥深くに向け駆けた。
トンネルの中は数百メートル毎にある非常灯以外に灯りは無く暗かったが、日の光が届かない下水道や地下道で暮らしていた俺たちにはそれ程の苦労にはならない。
それに地上から持って来た懐中電灯もあったからな。
老人や幼子など早く走れない者たちを背負い先を急ぐ。
「立ち止まるな! 急げ! 頑張れ!」
俺は一族の者たちの最後尾を走り、立ち止まったり休もうとしたりする者たちを叱咤激励する。
トンネルの壁に地表から20000メートルと書かれた所を過ぎて暫く走った時、突然俺たちは凄まじい振動に襲われた。
一族の者たちを集め互いに抱きあって振動が収まるのを待つ。
多分だが地上に隕石が落下した衝撃で起こった振動だと思う。
振動が収まってからトンネルの上の方から土砂が雪崩落ちて来るかと思い警戒したがそのような事態は起こらなかった。
一族の者たちの中には凄まじい振動により跳ね飛ばされて腕や足に打撲を負った者もいたが、動けなくなったり死んだりした者はいなかった。
だがトンネル内を照らしていた非常灯は殆ど破損してトンネル内は真っ暗になり、暗闇に慣れている俺たちでも手探りしなくては移動出来ない程の闇が広がっている。
その上、トンネルの壁や天井だけで無く広い通路のあちこちに大小の亀裂が走っていた。
真っ黒であちこちに亀裂が走ったトンネルの中を俺たちは、互いの手を握りあってゆっくりと歩く。
地表から40000メートルと書かれた場所を過ぎた頃、持参していた食料が無くなった。
あの巨大な空間の中にも下水道や地下道は存在するのだろうか? トンネルの底に近寄る程に俺の心に不安が湧き上がる。
だが手持ちの食料が無くなった現状では、あの巨大空間の中に居場所を見つける事が出来なくてはどの道餓死するだけだ。
その時は俺を信じて付いて来てくれた皆んなに俺自身の身体を提供して、最後の晩餐にして貰うしかないだろう。
暗闇の中を歩き続け暗闇に慣れてきたた俺たちの目に、巨大な扉が映る。
その巨大な扉には首都圏シェルターと書かれていた。
巨大な扉の下に人がくぐり抜けられるくらいの大きさの隙間を見つける。
隕石激突の凄まじい振動で大きな扉が歪んだ事によりできた隙間だろう。
俺は扉の外に皆んなを残して義弟だけを連れて偵察に出かけた。
巨大空間の中もトンネルの中と同じく殆どの非常灯は破損していて真っ暗な闇が広がっている。
その闇の中に人の気配は全く感じられ無い。
この巨大空間に逃げ込んだ政府の役人たちや市民たちは何処にいるのだろうか?
周りを見渡し警戒しながら未だに姿を現さない警官や兵士の姿を探し、倉庫の扉に書かれている文字を読み食料を探す。
図書館、美術館、博物館、食料を探し扉の文字を読む俺の目に他の建物が小さな小屋に見える程の大きさを持つ、超巨大な建造物が映った。
その巨大な建造物の扉をバールでこじ開け中に侵入する。
侵入した結果、大量の食料を見つけた。
義弟に皆んなを呼びに行かせる。
皆んなが来る前に俺は、見つけた食料である冷凍保存されていた肉を容器から引っ張り出す。
俺たちは見つけた肉を腹一杯食った。
此処に辿り着くまでの疲労と腹一杯食った肉のお陰で、一族の者たち重なり合うようにして次々と眠りにつく。
妻や子供たちも互いに抱き合いながら眠りについた。
家族や一族の者たちは明日の食料の心配をせずに済むからだろう、皆んな幸せそうな寝顔を俺に見せている。
今までは1日の大半を食料確保に使っていたが明日からはその心配をしなくて良くなった。
この巨大地下空間の中には危険な物が多数ある、だから空いた時間を使って家族だけで無く一族の者たち全員に文字を教えよう。
俺は明日から行う予定を頭に浮かべながら先程見つけた大量の肉、冷凍睡眠装置内で眠る数千万人の市民たちの姿を見つめ続けるのだった。