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第一話

時は2050年、アフリカ大陸諸国はある研究プロジェクトによる緑化活動により砂漠化の進行は止まり、荒廃した大地はその潤いを取り戻した

 豊かになった土地はそこに住む人々の暮らしに余裕を与え、生活レベルは急激に向上した

 変化していく情勢に対応するため、アフリカ区域の独立諸国は共に手を取り合衆国として大きな一つの国家が誕生した


 ニュータウンとして緑を取り戻した首都サハラでは合衆国建国記念として盛大なセレモニーが行われていた

「それではここに建国を祝いましてテープカットを執り行います」

 舞台の上に立っているのはアフリカ合衆国の大統領として選ばれたグラン・エールと言う男と建国を後押ししたアメリカ合衆国の大統領だ

 二人の大統領が同じ立場として握手をした写真は歴史的な場面としてこれからずっと記憶されていくのだろう

 大統領達がテープを切ったその瞬間に紙吹雪が空を舞い、オーケストラの重音がセレモニーを響かせた

「いやー凄いね、我々の活動がこんな歴史的な日を迎えるまでに至るとは」

「アメリカの出資があったとは言っても、彼らの理解を得て一つの国にまとめ上げたのは教授の努力の賜物ですよ」

「うむ、これからも緑化活動を頑張っていかねばな」

 セレモニーを会場の端で眺めていたのは多国籍緑化プロジェクトのチーフとして招聘されたオオヤマ教授とそのリーダーとして任命されているカイ オウカだ

 このオオヤマ教授は小規模ながらに緑化活動を以前から進めており、実績もある事から評価の高い人物で大規模な緑化プロジェクトをアメリカが出資者として企画されたとき、真っ先に協力をお願いされた程だ

 そんな教授がリーダーのカイと出会ったのはここアフリカの地であった

 彼との出会いは荒れ果てた土地だったこの大陸の数少ない資源を取り争う民族間の紛争が起こり、カイの家族は紛争に巻き込まれて全員が死亡した

 行き場が無い幼い彼を教授は養子として迎え入れた。カイ オウカと言う名前はまだ言葉も喋れない彼に教授が名付けたものだ

「教授はこれから官邸に赴いて緑化活動についての会議があるんですよね?」

「そんなに大したことじゃないさ。経過報告するぐらいしかやる事は無いんだからな、君はこの後の予定は?」

「この町へ遊びに来た友達と顔を合わせたら適当にその辺を歩き回ろうと思ってます」

「屋台も沢山出ている事だろうし、今日ぐらい仕事の事は忘れて楽しんで行きなさい。友達にもよろしくと言っといてくれ」

 教授は席を立って拍手の鳴り止まぬ賑やかな会場を後にした


 カイはセレモニーが終わり外に出ると、祭りのように賑わう会場周辺は人で溢れかえっていた

 かつて砂漠だったこの土地も20年以上の時間を掛けてその地盤を安定させていき、高層ビルなどは立っていない平べったい景色ではあるが先進国の都会のような街並みになっていた

 アスファルトの車道の横にタイルが敷設された大通りには屋台が立ち並び、サービス業を営む会社も今日ばかりは休んでいる所が多く窓の中には私服でパーティーのように過ごしている人が多く見受けられた

「おーい!こっちだカイ!」

 手を振ってカイの名前を呼んでいる5人組の男達は強い日差しから隠れるように建物の影に入っていた

「すまない、待たせたな皆!元気でやってるか?」

「おうよ、おかげさまで今年も沢山の収穫が期待できそうだ」

 カイは人を掻き分けて走り寄って友人との久々の再会を喜んでいたがどこか元気のなさそうな顔を見て疑問を抱いた

「どうしたんだよ、こんなに賑わう事なんて滅多にないぜ。何かあったのか?」

「いや……ここにいる奴の大半は外国から来た奴じゃないか。だから、その……」

「心配しなくてもいいって、ここには差別する奴なんていないさ。だって俺達の国なんだぜ?あのアメリカも認めた大国だ」

「そうじゃないんだ……聞いてないのか?近々アメリカではこの国に大量に移民を送るらしいぞ」

「移民?アメリカが?本当なのか」

「俺達の町の近くにもアメリカ人達ばかりが住んでいるニュータウンが出来たし、もうすでに移民政策は始まってるんじゃないかって専ら噂になってるんだよ」

「それに今回のセレモニーの後で大統領同士が正式に移民を受け入れる声明を出すんじゃないのかって不安になってるんだよ俺達は。だってこの町やインフラ整備もアメリカの支援があったから出来たものだろ?今になってそのツケを払わされるんじゃないのかって思うのは当然の事だろう」

「アフリカの政府なんてろくでもない奴等ばかりなんだからそんなことを真っ先にやるのも可笑しくはねぇよ」

 このセレモニーの参加者の大半はアメリカの出資者ばかりでメインストリートにいる人も外国から来た労働者が多い

 しかしアフリカ出身者も多く移住しているこの首都サハラにカイはこの大陸の様々な問題を解決する希望の町だという期待が大きかった

「そんな……ただでさえ違う民族間を一つにしたばかりだというのに」

「別にお前の事を責めてるわけじゃないよ。カイが俺達の為に頑張ってきたから合衆国は出来たんだ」

「そうだぜカイ。お前が増やした土地のおかげで紛争は無くなって、いろんなイザコザとおさらばして平和な生活を手に入れられた」

「皆お前達の努力は認めているんだ……悪いのはいつだって政治だよ」

 カイは表情を変えて急に走り出した

「どこへ行くんだカイ!」

「悪い!急用が出来た!祭りはお前達で楽しんでくれ!」

 

 走っていったカイが向かった先は自分の職場でもある多国籍緑化プロジェクトの宿舎だった

「マリー!マリーはいるか!?」

 扉を勢いよく開けると空調のきいた涼しい風が足元から舐めるように流れ出てきた

「どうしたんだカイ、そんな怖い顔をして。いいからドアを閉めてくれよ、暑くて仕方ねぇ」

「あぁ、悪いケンタ。ちょっと聞きたいことがあってね」

 ラウンジに置かれた自販機のコーラを飲んでいるケンタという男は教授と同じく日本人でプロジェクトの参加者だ

「どうしたのカイ?そんなに慌てて」

 部屋から出てきたブロンド髪の女性は薄着で露出の高い服装をしている

 ケンタは思わず鼻の下を伸ばした顔を背けていたが目線だけは胸元を追っていた

「またそんな恰好で……風邪ひくぞ?」

 カイは全く臆することなく裸同然の女性に対して素直な男だった

「私にはアフリカは暑すぎるわ。こうでもしないと脱水症状を起こしてしまうわよ、それで聞きたいことがあるんですって?」

「そうだった。なぁ、アメリカから大量の移民が来るって本当なのか?マリーはアメリカ出身だろ、だから何か知らないかなって」

「どこで聞いたのそんな話?確かにSNSではそんな話が話題になっているけど政府からは何も発表されてないのよ。噂だけが一人歩きしてるみたいね」

「そうでもないさ、実際アフリカに移民させてくれるならアメリカとしては万々歳のはずだろ?自動化や移民問題で働きたくても働けない人間が昔からわんさかいるんだから」

 カイとマリーの間に割り込むようにケンタがにやついた顔で話に入ってきた

「だからといって大量に移民すると決まったわけではないでしょ?根も葉も無い事を言うのはやめてよね」

「こういうのは推察っていうんだぜ?現に就労ビザは簡単に取れちまうんだしよ。アフリカも昔から移民を送ってきたんだから送り返されることもあるだろうに」

「なによ、アメリカ人が悪いって言いたいわけ?人種差別なんてもう流行らないわよ」

「いやぁ、そういうんじゃなくてだな……。怒るなよ、別に可能性の話をしただけだろ?」

「そういうところから差別っていうのは始まっていくのよ。国際問題になりかねない話はもっと慎重に扱う事ね、ケンタ」

 足音がいつもよりも鋭く響いているかのように聞こえる速足でマリーは自分の部屋へと戻っていった

「あれはだいぶ怒っているな、そんな神経質になる事かねぇ?確かに移民なんてされたら一大事だがよ」

「ケンタも悪いよ、マリーはあんな恰好してるけど結構周りに気を使うタイプなんだから。些細な事でも敏感になるのは仕方ない事だよ」

「でもなカイ、もし移民政策が本当になったら差別されるのはお前達アフリカ人なんだぜ?」

「なんでそう決まってるのさ。今だって働きに来た外国人達は差別なんてしていないんだぞ」

「甘いなーミルクタルトのように甘々だな、その考えは」

「なんだよ馬鹿にして、そこまで言うんだったら明確な根拠を示してもらおうか」

 変わらずニヤニヤと笑うケンタの無神経さに苛立ちを感じたカイは熱くなって語気も意図せずに強くなっていた

「いいぜ、まず第一にこの移民政策の一番の問題点って何かわかるか?」

「外国人達が俺達アフリカ人の仕事を奪う事とかじゃないのか?」

「歴史の勉強はしてるみたいだが、ここでいう一番の問題は土地だよ」

「土地?土地って一体どういうことだよ」

「俺達が必死に作り上げた土地はなぁ、先進国の土地と比べたらとても安価に売られてるんだとさ。移民なんて正式にやったらアメリカの資本家たちはこぞって買い叩きに来るだろうよ」

「それが一体何の問題になるんだよ?アフリカはアメリカ並みに大きいんだぞ?少々買われたところで何の問題になるんだ?」

「はぁー分かってないねお坊ちゃん、ここみたいな都市部の土地はほとんどアメリカ人のモノになっちまうってことだよ。根っからの資本主義社会の大金持ちにアフリカ人が何百人集まろうと資金力で敵う訳ないだろ?ビジネスを展開しようたってアメリカ人ばかり。そんな奴等がわざわざアフリカ人を雇うか?ニュータウンだってアメリカ人の住処になるだろうよ」

「少し前に問題になってた農耕地が建てられないってやつか?それと同じことが起きると?」

「流石教授の息子、頭のキレはいいねぇー、そういう事さ。いまでこそ近郊地に大規模農場が出来るようになるぐらいには緑化は進んだから良いものの、こればっかりはどうしようもならないだろうさ」

 二人がラウンジで話している時に宿舎前から車のエンジンを止める音が聞こえると教授が深刻な顔つきで施設に入ってきた

「もう帰ってきてたのかカイ。皆はどうじゃった?」

「実はアメリカからの移民が来るという噂で不安がっていました。今日のセレモニーもあまり楽しめていないみたいで……」

「やはりそうか、未だに問題は山積みと言う訳か」

 教授はそう言いながら自分の部屋へと疲れているかのように見える背中を向けて自分の部屋に入っていった

「官邸に行ってた割にはえらく帰りが早いな」

「経過報告するだけって言ってたけど、それにしては何かあったような雰囲気だね」

「案外俺の予想が当たってたりしてな、もしそうなら俺達にはどうすることも出来はしないがな」

 ケンタはあくびをしながら昼寝をするために気怠そうな足取りで部屋へと戻っていった

 赤道に近い首都サハラでは強すぎる陽射しが大地を焦がす程照り付けて、多様な人種がこの国を闊歩していた


 翌日、カイが目を覚ましたのはケンタに叩き起こされたからである

「おい!呑気に寝てる場合じゃねぇよ!今すぐラウンジに来い!一大事だぞ!」

 ケンタは普段出さないような大声で焦っているのが簡単に聞いてとれる程早口で喋っていた

「分かったからドアを乱暴に叩かないでくれよ、今行くからさぁ」

 カイは寝ぼけた頭で自室のドアを開けるとラウンジのテレビの前に皆が集まっていた

 テレビには二人の大統領が写っており、アメリカから百万人の移民を受け入れる声明を出している最中であった

「ひゃ、百万人だとぉ……!いきなりこんな数を送り付けるなんて正気かよ。大統領は一体何してやがるんだ!」

「大変だわ!これじゃ私達がこのために土地を増やしたようなものじゃない!最初からこれが狙いだったのね……」

 ケンタもマリーもテレビを前にして拳を強く握りしめて苦虫を嚙み潰したような表情で悔しがっていた

「皆落ち着いてよ、百万人ってこの国の人口の0.1%にも満たないじゃないか。気にしすぎだって――」

「馬鹿野郎!一回目でこの数だぞ?この規模であと何十回も送られてくるんだよ、こういうのは!」

 カイがその場をなだめようとした言葉は迫ってきたケンタの勢いにかき消されてしまった

「問題なのはアメリカから来るって事よ、これから色んな国がなだれ込むように移民を送ってくるようになるはず……人口増加問題はどこの先進国でも深刻ですもの」

「せっかく民族間の問題を解決したばかりなのによ……合衆国の建国には賛成したけどな、こんなふざけた政策に協力なんて俺はごめんだよ」

 各々が愚痴を吐くようにテレビに向かって文句を吐いていると教授が部屋から出てきた

「そこまでだ。皆落ち着くんだ、決まってしまった事は仕方ない。我々はこれからの対策を練ろうじゃないか」

「教授!あんた知ってたんだろう?こんな政策を通すなんて一体どういうつもりだ!」

「やめなさいよケンタ!教授だって反対したはずよ……だって誰よりもここの人達の事を考えて動いていたじゃない」

 荒れているケンタをなだめようとマリーが肩を強く握ると、女性に似合わぬ握力の強さにケンタは思わず声を上げて大人しくなった

「うむ、とりあえず我々は今まで通りの緑化活動を続ける。そのうえで問題が発生次第に対応していく」

「それって後手後手の対応じゃねぇか……結局打つ手なしかよ」

「仕方ないでしょ。先進国からの移民なんて例が無いもの」

「つまり今までと同じように頑張れば良いってことですよね!僕たちは国を一つにまとめ上げたんですよ?今度もきっと大丈夫です」

 カイが曇った空気を晴らすように元気良くそう言うと暗かった雰囲気が一転して明るいものへと変わった

「そうよ、リーダーの言う通り頑張れば今度だってきっと何とかなるわよ」

「ま、何もしないよりマシか」

「私は色んなツテを頼ってみる。しばらく国内の事はお前達に任せたぞ」


 カイはケンタと共に砂漠地帯に足を運んでいた

 当初に目指していたサハラ砂漠の8割を緑化する計画は3割までしか達成されていないがこれでも日本列島の総面積を優に超えた大きさである

 放っておけば侵攻してくる砂漠化に対抗する為、今でも彼らは飛地のように等間隔で緑化を進めていた

 保水させる為に地中深くに敷かれたビニールの上にサハラの土と水を撒いて作られた沼は時間が経って土になり多年草類が芽吹いて緑を作り始めている

 バギーを走らせて経過観察に明け暮れる2人は照り付ける日差しを浴びながらチェックシートに鉛筆で書き込んでいる

「全く嫌になるねぇ……こうも同じ景色ばかりだとつまらない上に暑過ぎて眠くなりもしねぇ」

「そんな格好してるから暑いんだよ」

 ケンタの格好は肌を外に出さないように長袖長ズボンを着ている上に帽子に布を挟んでたなびかせている

「お前は平気かもしれんが俺にとってこの日差しは致命的なんだよ」

 ケンタはバギーに設置してあるクーラーボックスの中からスポーツドリンクを取り出してあっと言う間に飲み干してしまう

「この土地は将来的には農業区域になるんだよね?」

「人口増加による世界的な飢饉を防ぐ為にな、建物を建てるまで土地を育てるのには時間がかかるが野菜育てる分にはそこまで要らないからな。2年後には農場が出来てるんじゃないか?」

「そうしたら次は原生林を作るんだろ?楽しみだなぁー砂漠のジャングルってどんなふうになるんだろうね」

「ジャングルはジャングルだよ。中にいる動物が違うだけできっとアマゾンと同じさ」

 緑化プロジェクトにはいくつかのステップがあり、2人が話しているジャングルは緑化で広げた土壌を完全に保護する為にジャングルで線引きして砂漠化の進行を食い止める防衛線のようなものだ

「そろそろ飯時だし、近くの街に寄ろうぜ。食欲無くても食わなきゃ死んじまうからな」

「もうちょっとで観察が終わるんだから我慢してくれよ」

「そりゃいいね、こんなところに何時間もいたら干からびちまうよ」

 タイヤが砂を勢い良く掻き上げてスピードを上げたバギーは変わりゆく景色を横目に走り出した


 観察が終わった2人は近くの街に寄って食事をしていた

 食事場にはテレビが置いてあり、ディスプレイにはアフリカ政府の官邸前にデモ隊が集まって抗議していた

「とうとう明日から移民が入ってくるのか……一体どうなっちまうんだ?」

「実際に何が起こるか何てやってみなきゃ分からないし、対策って言っても僕達に出来る事なんて限りがあるからね。何でもかんでも出来る程の余力は無いよ」

 ケンタは玉ねぎと挽き肉を米と一緒に炒めたチャーハンのような焼き飯を食いながら、頬杖をついて空を見つめていた

「移民して来た奴ら間違いなく先住民を馬鹿にしてくるだろうな。こんなデモとかで終わるならいいが政府が賢く対応してくれるとは思えない。最悪、紛争になるぞまた」

「それだけは避けたいけど、打つ手なしか……」

「教授が出ていってしばらく経つが何か連絡はないのか?」

「特にこれといった事は無いよ。教授もだいぶ困っている様子だし、僕達は見守る事しか出来ないらしい」

 カイは豆のスープを飲みながら店内のテレビを見ているとデモを鎮圧する為に一台の戦車が官邸の前に陣取り始めた

「軍隊を使うのか!?相手は国民だぞ!」

 カイは思わず立ち上がり、体が机に当たって皿に入っていたスープが床に溢れた

「面白くないパフォーマンスだな。アメリカに安全性を見せつけたいんだろうが、これはだいぶ反感を買うぞ」

 戦車が動きを止めて、その砲塔をデモ隊に突きつけると大きな音を鳴らして空砲を響かせた

 その音に恐怖した民衆は一目散にそこから逃げていき、官邸前には人の影一つも落とさない無人となっていた

「な……なんて事をしてくれたんだ!これじゃ国民を蔑ろにしていると表明しているようなものだ!」

「こりゃ不味いな……間違いなくテロは起こるぞ。民衆に砲塔を向けるなんて大統領は何やってるんだ」

 街にはニュースを見て騒めく人々の困惑が渦巻き、それは既に国中全体を巻き込んで先住民であるアフリカ人達の暮らしを脅かす事となった


 砂漠から帰った二人は未だ戦車の件で混乱している首都サハラの騒めく街中を通り抜けて宿舎へと戻るとディスプレイの前に人集りが出来ていた

「何見てんだお前ら?一体何の動画見てるんだよ」

「ちょっと静かにして、これから始まるんだから」

 ケンタの声を遮るマリーの真剣な表情はこれから何が起こるか把握していない2人を困惑させた

 皆が見ている画面には窓がなく光の入ってこない室内にスタジオや劇場でよく見る照明が白い光を何もない場所照らしていた

 2人も気になってディスプレイ前に行ってみると丁度17時になって画面の中にマスクで顔を隠した人が小銃を肩からぶら下げて登場した

「本日、アフリカ政府が国民に向けて行った非道な仕打ちは皆さんのご存知の通りだろう。我々は国民よりも移民を尊重する政府に正義の鉄槌を下すために結集した反政府組織である」

 ボイスチェンジャーを使わずに喋っている猛々しい男性の声は軍人のように人を奮い立たせるような覇気を纏っていた

「政府が武力で政治を為そうとするのなら、我々も武力で民意を表明するまでだ。もし今後、今日のように武力を振りかざせば相応の対価を各官僚方々に支払って貰うことになるだろう」

 その台詞を言い終えた直後に配信は切られ、画面がブラックアウトした

「一体何だよこれは……テロリストの犯行声明か?」

「首都の至る所にURLを書いた紙をばら撒いたみたいでそれを映してたらこの映像が流れて来たのよ」

「前々から用意していたって感じだな。近いうちにこうなる事を予想でもしていたのかねぇ」

 賑やかな夕方の帰宅ラッシュがいつにも増して騒がしい物になり、車で埋め尽くされた道路は早く家に帰ろうとするバイク達がクラクションを鳴らし合い、警察が至るところで巡回をしている程街全体が不安で揺れていた

「おい!コレ見ろよ!官邸が映し出されてるぞ」

 ケンタがテレビのチャンネルを切り替えていると、官邸前へ集まった記者達に取り囲まれるように大統領が出てきてはこれから何かを発表する様子が映し出されている

「我々はいかなる犯罪行為、組織から市民の皆様を必ず守ると約束します。本日、アフリカ合衆国に対してテロ組織からの犯行声明が送られてきたが、我々はテロには屈しない!どんな手を使って来ようと我々は如何なる力をもってして万全の状態で対抗します。そして必ずあのふざけた主張を振りかざす臆病者どもを完全に鎮圧してみせる為に対テロ組織として警察に新たな組織を設けます。これは我が合衆国の秩序を維持するために武装した警備隊が常に町中を巡回し、いつどこで行われるか予想できない事態に対抗し、市民である皆さまの安全を保障するための組織です――――」

 大統領グラン・エールの元軍人らしく雄弁に語る姿はテロに対して一寸も譲らないという強い覚悟を見せつけるようにスーツから浮き出る筋肉がいつもよりも数段膨れ上がり、体がいつもより大きく見えた

「こりゃいよいよ風向きが怪しくなってきたなぁ……シリアの二の舞にならない事を祈るが、もう手遅れかね?」

「馬鹿な事言わないでよね、明日から移民が来るのにとんでもない爆弾を抱える事になるなんて……とりあえず明日に備えて私はもう寝るわ。こんな状況じゃ車も出せないからね」

 各々はラウンジから解散するように自分の部屋へと戻っていき、一人で椅子にもたれかかっては窓から喧噪につつまれた街を眺めていた


 次の日の早朝から移民の受け入れが既に始まっていた

 大きな船から沢山の人が降りてきて、次々に建物の中へ入っていく様子がテレビに映し出されていた

 その中にはアフリカ系の黒人も多く紛れており、多種多様な人種が入国している

 周囲の安全を守る為、前日に設立されたAT部隊(対テロ部隊)が銃座のついた軍用車両とドローンを持ち出して威嚇するように護衛についていた

 万全の状態で進む移民受け入れは何事もなく終える物になると誰もが思っていたその時、事態は急変する

 フェンスで囲まれた施設に1台の軍用装甲車が猛スピードで障害物を蹴散らして突っ込んできたのだ

 装甲車は体当たりでAT部隊の車両を吹っ飛ばして海の中に沈めては後部から完全武装で統一された小銃を構えた6人が飛び出して一斉に発砲した

 銃口はAT部隊に向けられて弾を放ち、銃声は移民達を混乱の渦中へと陥れた

「強硬派に死を!アフリカの自由は二度と誰にも奪わせない!」

 そう叫ぶテロリスト達は周囲の警備だけを狙って的確に次々と撃ち倒していった

 AT部隊は乱入者達を鎮圧するべく航空輸送機を複数台展開して上空から機関銃を撃ちまくると同時にテロリスト達は素早く装甲車に乗り込んで撤退していった

 航空輸送機は後を追いながら機関銃を撃ち続けるも装甲車に取り付けられた銃座からの反撃を喰らい1台が撃墜される

 激しい銃撃は市街地に入っても収まる事はなく、AT部隊の機関銃は近くにいた市民をお構い無しで撃ち尽くして数十名が弾丸の餌食となった

 多数の無関係な人々を巻き込んだ最初のテロは航空機の全滅と共に幕を閉じた

 テロリスト達はこの市街地に待ち伏せを用意して、連れて来たAT部隊を一網打尽にする計画だった

 これは新設された部隊、AT部隊がアフリカ市民へどのような対応を取るのかを知りたいというテロリスト達を撒き餌にした作戦でもあったが、安全に迎え撃つ為の作戦でもある

 建物の屋上で待ち構えていた別のテロリストが携帯型のミサイルを発射して航空機を追いかけるように軌道を曲げる

 AT部隊もフレアを出してミサイルを避けようとするが装甲車を追い詰める事に意識を向けすぎて低空飛行していた為に建物で道を阻まれた航空機は為す術なく空中で爆散した

 飛び散った残骸は壁を貫いて刺さったり、地面を削りながら転がって炎を上げていた


 死傷者を30人以上出したこのテロは世界的な大事件としてさまざまなメディアが取り上げる事になる

 様々な問題が発覚したこの事件で誰もが1番多く取り上げたのはAT部隊の市街地発砲についてだった

 テロ発生から時間を置かずに開かれた会見で大統領は被害を最小限にするにはテロ組織を迅速に殲滅する以外にはないと言う旨の発言で住民への被害は仕方の無いものと割り切った姿勢を見せる

 また、テロリスト達の軍隊のような装備の入手ルートは未だ不明で警察が全力で捜査に当たっているが痕跡すら発見出来ていないとニュースは報じた

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