第7話:点数じゃない大事なこと
『それで、藤くんは卒業する気ある?』
「今すぐでも卒業しますけど」
担任から電話がかかってきた。電話で担任と話すのは、学級閉鎖の時ぐらいしかなかったが、今日はそれよりもどうも大変な用事らしい。
俺は初っ端からそんなことを聞かれるから、卒業させてくれるのかと思いきや、予想外の言葉を聞くことになった。
『留年するよ?』
「先生、あの写真ばら撒いちゃうよ?」
『そっ! それは勘弁……てその写真って何?』
「先生が体育教諭と密会を」
『してません! とにかく授業に出なさい』
まずい、本当にこれは担任と校長の弱みを握らないと……
「テストっていつ?」
『明後日』
知らなかった。期末テストの期日を知らないなんて、これは失敗だった。
「明後日は行くんで、保健室に準備しといてもらえますか?」
『何で保健室なの?』
「病気持って行くから」
『ああぁ……うん分かったわ』
「何ですかそのリアクション?」
本気で俺が現代病の最先端であるかのようなリアクション。心外だ。別に対人恐怖症ではないし、自宅警備という誉れある職についているわけでもない。
「純弥、ついに学校に行くのね」
リビングから俺のことを心配そうに見ていた母さん。まじで俺のことなんだと思ってんの?学校くらいめんどくさいけど行くときは行くから。
「さくっとテスト終わらしたら帰ってくるから」
「そういうセリフをあの人からも聞きたかったわ……」
「帰ってこねぇな父さん」
一応仕事でどっか行ってるだけで、ちゃんと生活費も振り込んでくるんだけど、どこにいるのか不明で、連絡すら取ることができないというのが俺の父親である藤恭弥。
時々生活費が振り込まれなかったりする、だがごくごく稀に電話がある。正直俺はあまりこの人を父さんだと思っていない。
思える機会が少なかった。母さんとずっと2人だったからな。
「こんな綺麗な奥さんおいてなぁ……」
「その通りよねぇ」
言った自分で吐き気が止まらない、しかし母さんもそれが当然であるかのように流すんじゃねぇよ。
だがまぁあながち間違いでもないだろう。うちの母さんは、ご近所でも若くて綺麗な奥さんで通っている。息子としては微妙なところだが、悪い気はしない。吐き気はするけどな。
名誉のために言うが、ロリ好きでショタでマザコンだなんていうことは無い。
「いい息子さんじゃのぅ……」
「何でてめぇが感極まってんだよ」
凛香が泣き真似をしている。感極まってもいなかった。
「純弥はテストとやらは大丈夫なのか?」
「あぁ、俺は中学3年間で高3までの全教科全単元予習してるんだ」
「嘘っぽいのぅ」
「というか嘘よね」
凛香に疑われて母さんには完全否定される。確かに嘘だけど、別に全部嘘ってわけじゃないさ。
自分で言うのもなんだが、俺は数学が結構得意だ。正直高2の内容くらい余裕だ。
そしてとある事情で英語が話せる。国語も苦手じゃないし、理科は好きな教科であるからパソコン等活用して勉強している。
捨てた社会科分を他で補うだけだ。
「ま、明後日まで時間あるし、テスト勉強するか」
「いいくに作ろう」
「作れば」
「……ぐすっ」
「ごめん母さん! つか泣くなよ……分かったから。鎌倉幕府」
「そんな感じでよいならわしにも案があるぞ」
「いや凛香、こんな感じじゃダメだからな」
「いちごぱんつの光秀じゃ」
「聞きゃしねぇ……てかなんだそりゃ!」
いちごぱんつ……1582、あぁなるほど。なるほどだけど、妖怪の狐の女の子が真っ先に持ち出すネタでもなかっただろ。
まぁ語呂はいいし使わせてもらおう。いちごぱんつの光秀。本能寺の変のことだな。光秀もまさかこんなことになぁ……
「光秀は変態だったみたいじゃのう」
「そんなこといっちゃダメ! これ年号の覚え方でしかないから」
「いやにいい日本地図」
「素直に褒めてやれよ」
1821年でいやにいい、いやにいい日本地図って、伊能さんがんばって歩き回ったのになぁ。
「よい子の凛香じゃ」
「しらねーよ、自分を褒めてどうするんだよ」
「わしの誕生日じゃ」
「4月15日? そういえばお前何歳なの?」
「っ! 女の歳を詮索するでない!」
「えぇ? す、すまん」
なんか怒られて謝ってしまった。誕生日が4月15日、なんかプレゼントでも……まぁだいぶ先だけどな。
「えぇーっと、1549年「フランシスコザビエル!」
「……母さん、クイズじゃないよ」
それに別にフランシスコザビエルがメインじゃなくて、あくまでキリスト教伝来。まぁ中心人物だから正解といえば正解だろうけど。
勉強ってつまらないな。というかこれ勉強? 勉強か勉強でないか、はっきりさせると勉強じゃないかもしれないな。
「まあいいけど。そろそろテスト勉強始めるか」
「今までの何だったの……?」
「遊び? だって日本史テストの範囲じゃないし」
「なにっ! では純弥。いちごぱんつの光秀は……」
「ああ、あのネタは傑作だったからいただいとくわ」
まぁそろそろ本気でテスト勉強しようかな。その前にこんなのが2人も部屋にいたら、はかどる勉強もはかどらないのは目に見えている。
俺の部屋からは出て行ってもらおう。
「じゃあ勉強するし、出てって」
「手伝う……」
「いらん」
「わ、わしは?」
「当然いらん」
2人を部屋から追い出して、全ての戸を閉める。だだっ広い部屋がものすごく寂しくなった。うん、懐かしいこの感じもたまには悪くも無いな。
――俺は、真剣にテスト勉強を始めた。
「やる気はある、でも集中できないな」
ペンを置いた。ちなみに真剣宣言からようやく1時間がたつというところだ。