第5話:それは困る
「……んん、っくしょん!」
鼻がむずむずする、誰かが俺のうわさをしてるのか? こんな夜中に、ふざけるなよ。
と、思ったら違った。これ凛香の尻尾か。どこで寝てるんだよ……
「何でわざわざ俺の横で寝てるんだよ……」
俺の部屋はだだっ広い。それはもう普通じゃない、柔道の稽古だってできるぜ。
それなのに、わざわざ遠くに敷いた布団から抜け出して、俺の布団までやってきて寝ている。一体全体どうしたというのだ、まさか暗いのが怖いのか?
でもこいつ妖怪だしそれはないか。
……まさか俺の命が狙いか!?
「まさかなぁ……」
そんなわけないか。
「……夜這い?」
「違う! むしろ俺が被害者だ」
ぬらりひょん、通称ぬら。本名があるのかどうかなど不明。こいつは前触れなく出現するから困ったものだ。
「そういえばぬらは寝てないのか?」
「……寝てる」
「いつだよ」
「……時間の感覚は、人間と違う。人間ほど睡眠を必要としない」
「へぇー」
まぁそれが当然といえば当然か。人っぽいけど、こいつは俺とは違う生き物だからな。
「……んっ……」
「起きたか?」
「……いや、寝てる。でも、眠りは浅い」
なんだか尻尾が活発に動いている。何か楽しい夢でも見ているのか? まったく犬みたいだ。
しかし、俺の布団に勝手に忍び込んできて、勝手に目を覚まして、勝手にキレられてもいい迷惑ではあるな。
「よし、こいつを元の場所に戻そう」
「……なぜ?」
「寝れないじゃないか」
「……凛香の布団で寝ればいい」
「それはー……だめだろ、それにいやだ」
だが運んでいる途中で目を覚まして、キレられてもこれまた迷惑だ。こっちは親切心と、俺の睡眠時間のためにやってるのに。
「……なるほど、でも……注意するべき」
「何にだよ」
「……子供でも妖孤の力は……寝返りで人間1人殺しかねない……」
「……っ!」
そ、それはびびるなぁ。こいつは寝返りで俺を殺せちゃうの?
何時間ぐらいこいつと寝てたのか知らんけど、やっべぇ、ギリギリの綱渡りだったんじゃねぇか……しかも望まない綱渡りだ。
「ぬら、手伝って……いない! ちくしょう便利な術だな!」
こうなったら一人でやるか?
いや、冷静に考えたら、俺は死ぬくらいなら畳の上で寝れなくもない。しかし俺の布団でこいつが寝てるというのがなぁ、どう解釈されるか分からん。母さんに。
「運べば死に、ほっとけば社会的に死ぬ。理不尽だ……」
布団ごと持ち上げてやろう。
結構軽いし大丈夫そうだ。
「……んんっ」
「起きたか?」
直後、俺は後方に吹き飛んだ。部屋が狭かったら壁に当たってる。
これが寝返りか、油断ならねぇ。
「相変わらずのパワーだけど、今ので起きないんだろ?」
吹き飛んだひょうしに、持ち上げていた布団を凛香ごと畳に落としたのだが、まったく起きる気配がない。
「よし、だったら布団ごと引っ張っていこう」
持ち上げるのはやめて、布団ごと畳の上を引きずっていく。
こっちのほうが作業は速く進んで、凛香の布団のすぐ横に俺の布団をつけることに成功した。後はこいつをコロンといけば、ミッションコンプリート。
なのだが、尻尾が邪魔でうまいこと転がらない。
突然、部屋の扉が開いた。
「っ! 母さんか……?」
「……ぐー……」
ミケだった、このやろういびきをかきながら俺の部屋に侵入してきやがった。
しかもふらふらとこっちに歩いてきやがる。これはちょっとまずい、何をやらかすか分からない。油断はできないな。
……消えた?
直後後頭部に衝撃が。視界がぐらつく……
「……安心……しろ……手加減……して……ぐー」
「くそっ……最悪のタイミングだっ……」
後頭部に手刀。こいつ相当の達人だ、しかし何の夢を見てたんだ?
それにしてもまずい。このままだと、凛香の横でぐっすりだ。
「ぐえっ! ……てめ……」
「ぐー」
俺の上にのっかかってきやがった。
もうだめ、あきらめた。
朝日が差し込んできた。ちょっとまぶしい。
どういうわけか体に異常を感じないのは、ここが天国だからなのか? いや異常が無いわけではないな、汗臭い上に重たい。どう考えても昨日の夜のまま、ミケが俺に乗っている。
「おぬし……ホモなうえにそのようないかつい男を……」
「ストップ! 言い訳させろ! それだけは、その勘違いは困る!」
「……お、朝か。しっかしすごかったなぁ」
「すごかったって……まさか……おぬしら……」
「ちがーう! ミケこのやろういい加減なこと言うな!」
「いい加減って言われてもなぁ。俺の秘技がまるで通じなかったんだぜ、だがまぁ最後はあっさりこいつで終わりよ!」
そう言ってミケは手で刀を持つようにして、振るう。手首をひねっていることから、峰打ちということなのか。合点がいった。こいつ夢の話してる。
「手で……? おぬしらそういう関係……?」
「いらん勘違いを……だからなぁ」
ここから事情を説明するのに1時間かかった。
凛香はどうも、すぐ横に俺がいたことよりも、俺の上にミケが乗っていたことの衝撃が大きすぎたようで横で寝ていたことについては何も言わなかった。
……なんか毎日大切なものを一つずつ失っている気がする。