侯爵令嬢、物理を上げてパワーで運命を捻じ曲げる
書きたいものを書きたいところだけ書きました。
面白がってくれる人がいれば前後も書くかもしれません。
暇つぶしにどうぞ。
「あなたはこれから私とシャーロットのために一生奉仕するのですよ」
継母がそう言って微笑み、名を呼ばれたシャーロットとかいう新しい義妹は継母の影から可愛らしい顔を覗かせてにんまりと笑みを作った。
私は内心酷く呆れたが、そんなことは顔に出さず、できるだけか弱い少女のふりをする。おずおずと、下手に出るように。
「そんな、お義母様…奉仕だなんて、それじゃまるで私が使用人か奴隷のような言い草じゃありませんか」
「あらあら、面白いこと言うのね。ような、ではないわ」
口元を手で隠しながらくすくすと笑う義母に、心底嫌気がさす。なんだろう。もう、猫をかぶる必要もないんじゃないかしら。
「お断りですわ」
「なんですって?」
「お断りだと言ったのです、お義母様。たしかにお義母様はお父様の再婚相手ですし、これからは我が家の女主人とはなりますが、私を顎で使えるようになったわけではありませんわ。私はお義母様の命令には従いませんし、もちろんシャーロットの指図も受け入れません。おわかりですか?」
「この……っ、生意気な!」
義母が顔を歪めて私にずんずんと近付いてくる。手を振り上げて、そして降り下ろす……前に私はそれを避けて代わりに平手打ちをその顔面に叩き込んだ。
ばちん、といい音が鳴る。
呆然としている義母が、ワンテンポ遅れてから叩かれた頬をおさえてこちらを見る。
「な、……な……!」
口を開く前に、今度は反対側にもう一発。ばちーん、とさらにいい音がして義母はその場に倒れ込んだ。
私は混乱して目を白黒させる義母に馬乗りになり、優しく語りかける。
「お義母様」
ばちん!
「私は、あなたの駒ではありません」
ばちん!
「シャーロットは姫ではありません」
ばちん!
「貴女はこの家の権力者ではありません」
ばちん!
「お義母様」
ばちん!
「聞いておりますか?お義母様」
ばちん!
「ご理解いただけましたか?」
ばちん!
言葉が染み込むように、丁寧に、一発ごとに真心をこめて叩きこむ。
義母はなにか言おうとしていたみたいだけれど、痛みがまさって返事もままならないようだった。
うめき声に啜り泣きが混じる頃、呆然としたシャーロットがこちらに掴みかかってくる。
「お、お母様によくも!!!」
「お黙りなさい」
喧嘩になれていない令嬢の襲撃なんてお粗末もいいところ。足を払って転ばせてから、胸ぐらを掴んで引きずり立たせる。
義母は脇腹に蹴りを入れて床に転がし、シャーロットはそのまま壁際に追い詰める。
怒りに染まっていたはずの顔が、焦りに染まっている。
「や、やめて」
「なにを?」
力をこめればシャーロットの踵が浮く。つま先でよちよちと床を叩くシャーロットのなんて惨めなことか。
背中を壁にぶつけてやるように、軽くゆすってやる。ごつん、と後頭部が壁にぶつかる音がする。
「シャーロット、私は貴女の姉ですね」
「はぃ」
「貴女は私のことを奴隷のように使うつもりでいましたよね?」
「ぃっ、いいえ!いいえ……!」
「嘘をおっしゃらないで」
ごん、と音が鳴る。
「シャーロット、私のことお姉様と呼んでみて」
「…い、いや……!」
ごつん!
「もう一度言いましょうか?」
「お、おっ、お姉様!おねえさま!!おねえさま!!!」
「よろしい。いいですか?シャーロット、よくお聞きなさい。貴女はあそこで蹲っているお義母様のようになりたいですか?」
一瞬躊躇ったのち、ぶんぶんと首を振るシャーロット。
「で、あるならば、二度と私に命令したり、逆らったり、危害を加えようなどと思わないでくださいね」
「は、い……!」
「仮にお義母様に命令されたとしても、貴女から私に対してなにかあった時は、貴女もお義母様も物理的に二度と社交場に出れないようにして差し上げますからね」
「しません、しません……!」
真っ白な顔で何度も頷くシャーロットに頷いて、それから解放してやる。義母に駆け寄ったシャーロットと、未だに蹲って咽せる義母に回復の魔法を飛ばしてやる。
淡い光に包まれた二人はよろよろと立ち上がる。腫れ上がっていた義母の頬は元の白い肌に戻っている。
「では、改めて。これからよろしくお願い致しますね、お義母様、シャーロット」
みんなに褒められる淑女の笑みを向けてやると、二人は恐怖にこわばった顔のまま逃げるように部屋を出ていった。
ああ、お母様が言っていたことはやっぱり正しかった。
- - - -
「いいことエリィ?この世で一番確実なものは暴力よ」
生前の母は、病でベッド生活を送りながらも力強く拳を握って何度もそう言った。
「決して舐められてはダメよ。何か仕掛けられそうになったなら、やられる前にボコボコにしなさい。恐怖よ。死の恐怖を植え付けて、二度と逆らえないようにしなさい。ただでさえエリィは可愛らしくて気弱そうな見た目なんだから。大丈夫。傷なんて回復魔法をかけてやればあっという間になくなるんだから。そしたら細身のエリィがやったなんて世の中の誰も信じないわ」
幼いながらになるほど、と思った記憶がある。お母様はおそらく、自分の命が長くないことを予期してこんなことを言っているんだろう。元々凄腕冒険者として名を馳せていたお母様だからこその、アドバイス。
ごめんなさいね、とお母様が言う。
「お父様がもう少し頼りになれば、私もこんなこと言わなくていいんだけれど」
私がダメ男が好きなばっかりに、エリィには苦労をかけるわね。
そんな母の言葉に、へにょへにょと頼りない顔で笑うお父様が浮かぶ。お父様は歴史ある貴族の生まれではあるものの、優柔不断でなにかと人の意見に流されがちな部分がある。今のところ周囲に恵まれ、お母様の尻に敷かれてどうにかなっているが、お母様が亡くなった時どうなるかわからない。
「お父様はきっと変な女にひっかかるはずよ」
お母様はそう断言した。
「だから、それまでに貴女を鍛えなくちゃ」
- - - -
「おかえり、お嬢」
「ヒカル、ただいま」
自室の扉を開ければ、ちょうど昼寝から目覚めたららしい私の専属執事がのそのそとソファから起き上がった。
この国では珍しい黒曜石色の髪と瞳を持つこの青年は、お母様が私のためにと連れてきた元冒険者であった。
元々お母様が冒険者をやっていた頃に知り合い、意気投合し、同じパーティーで切磋琢磨し、共に魔王をしばき回した仲らしい。お母様が唯一、自分より強いと言い切った存在。それがこのヒカルという人物だった。
曰く、彼は異世界人らしい。ニホンという国の出身らしいが、この世界にそんな国は存在しない。突然次元を跨いでこちら側に迷い込み、帰り道を探す手段として冒険者になり、お母様と出会ったんだとか。
こちらに来たばかりで途方に暮れていたヒカルの面倒を見たのがお母様で、ヒカルはお母様を姉のように慕っていた。だからこそ魔王をしばき回した後、いくあてもなく気ままに放浪していたにも関わらず、お母様が病に伏せたという知らせをきいてやってきてくれたのだ。
それからというもの、お母様の指示に従ってヒカルは私を文字通りビシバシと鍛えた。
毎日の筋トレから始まり、ドレスを着たままの組手、山や森に置き去りにされたり、当たったら即死しそうなヒカルのグーパンを死に物狂いで避けたりもした。
最後には魔化した熊と取っ組み合いができるくらいの力を手に入れることができたけれど、特訓初期のあの辛さは二度と味わいたくない。
____ちなみに筋肉がつくとヒカルが「腹筋板チョコバレンタイン!」「腕に戦の女神が宿ってるよ!」と独特な褒め方をしてくれるのがちょっと嬉しいので、今でも体型が崩れないように気をつけながら筋トレを続けている。
お母様亡き今も、私を強くするという約束を果たすためにこうしてそばにいてくれるのは本当にありがたい。決して、ヒカル本人が屋敷でののんびりした生活に慣れてしまい、旅に戻るのを面倒くさがっているわけではない。
「それで、どうだった?」
「予想通り碌でもないお義母様と義妹でしたわ」
「やっぱりなー!で、やったのか?」
「ええ、もちろん。顔が腫れ上がるまでビンタして差し上げましたわ」
「流石!俺のお嬢!いいなぁー、俺もその現場見たかったなー!」
「馬鹿なこと言わないで、ヒカル」
今でこそ執事という立場ではあるものの、元来楽観主義でその場の勢いで生きているタイプのヒカルが現場に居合わせたら事態はさらに混沌を極めていたに違いない。はしゃぐヒカルを尻目にベッドへ腰掛ける。
これからこの家は一体どうなってしまうのだろう。かくなる上は、お父様を引っ叩くことも必要になってくるだろうし。
「あーあ、いっそ冒険者になろうかしら」
「おっ!まじ?いいじゃん!」
「言ってみただけですわ」
「なーんだ、残念」
「はぁ……」
エレノアール・マキシアナ侯爵令嬢。17歳の誕生日を控えた春先の出来事であった。
パワータイプの女はいいぞ。
追記
感想などなどありがとうございます。
折角なので簡単なキャラクター紹介をつけておきます。
▽エレノアール・マキシアナ(エリィ)
性格:真面目
プラチナブランドのロングヘアーに蜂蜜色の瞳。
元冒険者の二人に鍛えられて精神力と腕力がマッチョな侯爵令嬢。ドレスで肌が殆ど隠れることもあり、周囲には華奢な少女だと思われている。
師匠である二人の血の気が多く先手必勝の暴力を教えられてきたので、ある程度の良識はあるが暴力に抵抗がない。
ヒカルのことを最初親戚のお兄さんだと思っていたが違った。
▽ヒカル
性格:雑、楽観的
日本から迷い込んだ男。年齢不詳。エリィ母に拾われて修行し強くなった。魔王をしばき回した後、日本への帰り方を探したが手がかりが何一つ見つからず激萎えしていたところでエリィ母から連絡が入りマキシアナ家に住み着く。魔族もいなくなり、帰り道も見つかりそうにないのでその辺に関してはちょっと投げやりになっている。
エリィのことは可愛い妹分でもあるし弟子でもある。ことあるごとに「俺が育てた」と主張してくる。
執事としては落第だが腕っ節が強すぎるので誰も何も言えない。
▽母
性格:世話焼き、苛烈
彼女が歩いた後は魔物の血で赤い道ができると噂され、その美貌から繰り出される圧倒的な暴力から「破壊の女神」の二つ名を持つ女冒険者だった。ヒカルを拾い、自分の戦闘についてこれるように育て上げた後は更に強くなり、最終的にはステゴロで魔王をしばき倒した。その後ダメンズ好きが祟りへにゃへにゃな求婚をしてきた侯爵に嫁いだ。娘には苦労してほしくないので自分の持つ暴力を継承した。
▽父
侯爵としての仕事はできるがヘタレ。妻のしりにしかれがち。
▽義母
エリィの父と再婚した。赤色が似合うタイプの美女。自分の娘が一番可愛いので、エリィを精神的に追い詰めて自分の好きに使おうと思っていたがとんでもなく反撃されたのでビビっている。
▽シャーロット
元々は素直で可愛らしい子だったが、母に甘やかされて育ったので自分にも甘く、自己中心的。自己肯定感が高い。エリィと出会って人生で初めて胸倉を掴み上げられるという体験をした。トラウマになった。