聖女の話
初投稿です。
「さようなら、お姉様」
そう言った妹に見送られて、私は魔の森に身1つで向かった。それは18歳の夜だった。
思い返すと、本当に酷い人生だったことを改めて痛感する。
―――――
「今日から君は聖女だ」
7歳の時に、平民貴族全員が受けなければならないギフト選定に行った。殆どの人間が職人ギフトや魔法士、剣士などだが、そこで私は女神様から聖女という特別なギフトを頂いてしまったのだ。そこからは目まぐるしい日々の繰り返しだった。
毎朝陽が登ると同時に起き、祈りを捧げ続け、朝食の準備に取り掛かる。無理やり連れてこられた神殿には神官や他の聖女も居るためかなりの量を作らなければならない。それ以外にも聖女全員の衣服やシーツの洗濯、教会の清掃、訪問者への対応、昼食と夕食の準備、庭の手入れまで私に押し付けられている。
元々貴族の中でも成り上がりだった私の家は、神殿に寄付するほどの財産もないため寄付金が払えず沢山働かされる。他の聖女達は寄付金を多く払っているため、下働きはしなくてもいい決まりになっているから、彼女達がやらない分まで働かなくてはならない。何故聖女は貴族からしか生まれないのか、このように差があるのかと以前の私は心底恨んでいたが、最近はもう感情を無にするほうが楽である。
だが、聖女である以前に曲がりなりにも貴族であった私を受け入れてくれる下働きの人はいなかった。
「ちょっと、また来たわよあの聖女」
「毎回毎回いい子ぶっちゃってさ。なんで私たちのところに来るんだろうね。正直仕事増やされて迷惑なんだけど」
「仕方ないでしょ。あの子の親、貴族のくせに寄付金払ってないんだって」
「え?!じゃあただの穀潰しじゃない!何であんなのが聖女なのよ!!」
それは、私が一番知りたい答えだった。何故、私が聖女に選ばれてしまったのだろう。選ばれなければ、毎日朝起きて顔を洗い、ご飯を食べて教養を身につけて、午後はゆっくり過ごして眠る。たまに領民の生活を視察したり訪問したりして、改善できることを指摘し農作業を手伝う。それだけでよかった。いや、他にも色々大変なことはあるが、それでもここで蔑まれるよりかは幾分かマシだったはずだ。
こんな風に蔑まれる対象になることも、なかったのに。
そんな窮屈な日々を送っていたある日、聖女達全員が集められた。いや、少し語弊のある言い方だった。聖女全員ではなく、私を除く全員であった。
なんでも、聖女の力の源である器の測定をするために集めたらしいが、私にはそもそも期待されていなかったため呼ばれることすらなかった。
だが、私のことを大神官様だけは覚えていてくれたようで、態々神官を使いに出してくれていた。
「おい、何やってんだ」
「え?」
「さっさと行くぞ。お前が来ないせいで大神官様が測定の間でずっとお待ちしている」
「はい?」
そう言って大柄の神官は私の腕を引っ張って歩いていく。確か、名前はノアだった気がする。名前を紹介される機会がなかった私には知ることもない名前だったが、以前下働きの女達が大柄の顔立ちが整った男をノア、と言っていたからきっと彼がノアなのだろう。こんな大柄な神官を私は他に見たことがないし、顔も整っていると思う。ただ、私の手を引っ張っている彼の顔には嫌々やらされているというのが伝わってきて、私には彼女達が話していたキラキラとしたオーラというのはわからなかった。
「あの」
「……」
「何故、大神官様がお待ちなのでしょうか?」
「……………聖女の器を測定する。それだけだ」
それ以降、私たちが会話をすることはなかった。
けれど、繋がれた手が、温かいと感じたのだけは覚えていた。
「聖女アメリア、この水晶玉に手を」
測定の間についてすぐ、大神官様に言われたのはその言葉だった。大神官様はかなりのご高齢で、聖女でも治すことのできない寿命に関わるご病気をなされてからもう数年たっていた。だからこそお目にかかるのはこれが初めてだった。
「はい」
私は素直に水晶玉に手を置く。どうせ碌でもない結果であるとわかりきっているのに、何故おかなければならないのかと少しイライラしていたのは今でも秘密である。
しかし、私の予想と反して水晶玉から眩い光が辺りを包み込み、測定の間を一瞬白で覆い尽くした。
誰もが目を開けることができず、光が徐々に弱まると大神官様は私に拍手を送った。
「この者こそが、大聖女様である。神のお告げにより、この国の守護者として君臨せよ」
「………さいあく」
私の小さな呟きは誰にも聞こえなかったが、最悪の状況が変わることはなかった。
12歳の時だった。
あの後から、私に対する態度が一変した。誰も表立って私を蔑む者はいなくなった。私を蔑めば自分の居場所がなくなるのだから、当然といえば当然だ。ただ、裏で私に対する負の感情が溜まりに溜まっているのは明白だった。
そんな中でも私に対する態度を変えない人がいた。それは神官ノアと大神官様の補佐をしている神官の中のトップのアゼルだった。神官ノアは私を見ても挨拶もしないし、出来ないことに苦言を呈する。媚び諂う人達ばかりだったので、何故かとても安心したのを覚えている。
しかし、アゼルにはそんな感情を抱くどころか憎悪を感じていた。どうやら私が権力を持つことに苛立ちを覚えるらしく、何をしても咎められるし、今までのように下働きをさせてくる。別に働くこと自体問題はないが、その言い方と態度が私の心を荒ませていった。
だが、それも殿下が私の婚約者となったことで一変した。
「今日から僕が君の婚約者だ。よろしく」
「……はい」
顔はあまり整ってるとは言いづらいが、身に纏っている上質な絹や装飾が王族であることを物語っていた。
そんな偉い方からまさか自分が求婚されるなんて思わなくて、かなり浮かれていたのを覚えている。浮かれすぎて、何故求婚されたのかも考えなかったのだから相当だろう。
それから、アゼルも態度を変え私に媚び諂うようになった。殿下からのおこぼれを貰うためだろう。気持ち悪い。
「何か困ったことはあるかね?」
「いいえ。皆さんには良くしてもらっています」
「何かあったらすぐに言うといい。私が解決してあげよう」
こう言って私を抱き込もうと目論んでいる。自分のことは棚に上げて、なんて奴だと思ったが貴族ではそれが普通なのだろう。利益のある者につかなければ生きていけないのだから。
そうして数年経ち、私は本格的に殿下の妃となるための教育を日々受けていた。そのために王宮へ赴かなければならない上、貴族たちから疎まれている私は毎回変な人達から陰口を叩かれる。
だが、それも仕方ない。私が上位貴族だったら、成り上がり貴族が殿下の妃なんて冗談じゃないと思うだろう。何故なら碌な教育も受けていないし、聖女として生きてきたから淑女としての洗練さもない。これが国の顔となるのだから文句を言いたい気持ちもわかる。だから私はこの教育に力を入れてきた。周囲を黙らせるために。
それに、殿下も私に期待してくださっていた。色々な無理難題を突きつけられてきたが、そのどれもをクリアし、時には聖女の力を活用して国をより豊かにした。そうして徐々に評判を上げていた時だった。
妹が、殿下に見染められたのは。
妹が夜会にデビューしたその日、殿下は私の妹に恋をした。とはいえ、殿下が妹とどうこうなることはできない。教養もない、マナーもない、更には家の価値もない妹を側に置くことは、それこそ妾だとしても無理なのだ。それだけ貴族の世界は厳しいし、実際私も洗礼を浴びせられてきた。
しかし…私の想いも虚しく、ある日状況が一変した。
「アマンダこそが、真の大聖女であった」
「は?」
そう、彼らは事実を捻じ曲げ、妹を大聖女に仕立て上げたのだ。
当然周囲も抗議したが、妹が目の前で人々の傷を癒した(私の力には及ばないが)ため、周囲も納得し始めてしまった。それは、私の力が秘匿され周囲の人々に見せることを禁止していたからである。他でもない殿下にそうさせられていた。
そう。殿下は、初めから私の代わりを探していたのだ。
私など、どうでも良かったのだ。
そうしてあれよあれよという間に私は国を追放され、魔の森へと送られ現在に至る。理由は自分が大聖女であると偽ったためだそうだ。向こうが勝手に決めたくせに虫がいいことこの上ない。
「ここでお別れだ」
「はい」
そう言ったのは、かつて私を嫌っていた神官ノアだった。嫌々そうな顔は今でも変わらないが、誰も引き受けなかった送り人を受けてくれたことには感謝している。まあ、死地に私を送り込むのは変わりないんだが。
「これは手切金だ。受け取れ」
そう言って金貨数十枚と小銭の入った袋を投げてきた。恐らくあの殿下からだろう。金さえ払えば黙っていると思っているのが丸分かりである。舐められたものだ。
「この先真っ直ぐ進めば一応森から出られるらしいが…せいぜい頑張ってくれ」
「……」
「じゃあな」
そう言って、神官ノアは去っていき、私は独りぼっちになった。
とりあえずここに居ても食料も無ければ水もないので、言われた通りに真っ直ぐ進んで、森を抜けることを考える。魔物が出ると聞いていたので音を立てないようゆっくりと進んでいたが、意外にも魔物という魔物が一切見当たらなかった。
更に、森はほんの数時間で抜けられてしまった。そして広がっていたのはあの国より発展した美しい街だった。
その街の人から話を聞くと、なんでもあの森は昔あの国にいた聖女と契約した精霊が守っている森らしく、あの国からこの森を抜けることは容易にできるが、こちらからあの国へ行くには利益をもたらす者、行商人以外は数多くの魔物に遭遇し森から抜け出せなくなるそうだ。
そして聖女がした契約というのは、聖女の力を精霊たちに分け与えることを条件にあの国を守るということらしい。これを聞いた時、私は無意味だと思っていた毎朝祈りを捧げることが、精霊へ神聖力を分け与える行為であることに気がついた。
更に、あの国は森が守られていることを理由に他国から攻められず、寧ろ今まで通信による外交の際とんでもない条件を突きつけてきたらしい。多くの国に恨まれているあの国に聖女がいなくなった今、どうなるのかは明白であった。
その後、行き場のない私は運良く酒場で知り合った人から仕事をもらい働いた。手切金を使うことはなんだか王太子に負けた気がしてプライドが許さなかったので使わないように。仕事場の人も街の人たちも私を森の中の民であると知りながら親しく接してくれて、食事に寝床も分け与えてくれた。だから、私も今までしてきた雑用を引き受けて恩返しをした。
そして、秘密裏に視察に来ていた街の領主である王弟殿下に見染められ、現在一緒に住んでいる。あの国はどうやら森の効力がなくなったことにより荒れているそうだが、関係ない。私情で本当の大聖女である私を追い出したのだから、自業自得である。
そんな平和な日々を送っていたある日、あの国は私が住んでいるこの国の属国になることが決まった。あの国の人々の抵抗が激しく、多くの犠牲者が出たらしいが、最終的に王の首を刎ねて決着したそうだ。
だから、何故この人が私の元に来たのかわからない。
「こんにちは大聖女様。私は神官ノアの従者であったザックというものです。こうしてお会いできて光栄でございます」
「はあ……今日はたまたま時間が空いていたのでお相手致しましたが、今更何のようで?」
「……やはり、貴女は知らないようだ」
そう言うと、従者ザックは私を睨み殺すように見つめた。
「神官ノアは、貴女のせいで死んだ」
「……え?」
何故?私のことを嫌っていたのに?
…どうせ間接的に殺された恨みでも私にぶつけているのだろうから、適当にあしらえばいいか。
「何故…神官ノアは亡くなったのかしら」
「貴女を守り続け、そしてこの国の王族に殺された。貴女が、あの男に国の内情を話したから…!」
「だからと言って、それは貴方達だって同じではなくて?私を殺そうとしたのは…」
「あの方がいなければ!!!貴女はあの場で死んでいた!!!いや、12歳になる前にもう、死んでるはずだった!!!!」
「……え」
どういう、こと?そんなの、知らない。
「貴女が出されていた食事には微量の毒が含まれていた。神殿は食材を最低限しか仕入れないため、あの方が代わりに食していたのに!貴女が神殿にいられるよう安い賃金なのに自分の給料から金も払い、器の測定もあの方がとりなしたから成立した!王家の秘密を知っている貴女を暗殺しようと殿下は企んでいたが、あの方が上手く貴女を逃した!!それなのに!!!
貴女は、あの方を売った!」
「……!そんな…」
「貴女に渡された金貨の袋…中身を確認しなかったのですか?あの中に、あの方が貴女へ送った手紙も入っていた。いずれ貴女を迎えに行く、それまでこの国で生き続けてくれと。有名な話ですが、あの方は王の隠し子であり庶子ですから常に王宮からの監視がいました。ですから秘密裏に何とかして伝えようとしていたのに気づかなかったのですか?それに金貨数十枚なんて、あの国で数年は高給料の職で働かないと手に入れられない額なのに…」
従者ザックは、もう私を見ていなかった。
「貴女が去ったあの日、あの方はこうなる事を理解していたから平民達に被害が及ばないよう全勢力を持ってあの国の改革を進めていった。時には暗殺もしたが…腐ったあの国ではそれしかなかった。全てが順調で、もう少しで王族をも覆すほどの勢力となりそうだった…だが、貴女によってこの国から戦争をふっかけられた」
私が、情報を、王弟殿下へ喋ったから…
「あの方はあの国を守るために、貴女の居場所を守るために最後まで戦いました。そして、死にました。今後、私たち平民はこの国の奴隷となるでしょう。この国の人々は野蛮で自分勝手ですから」
「そ、そんな事ないわ!王弟殿下だって、私が話をすれば…!」
「利用されたんですよ。まだ気づかないんですか?」
「え?」
だ、だって殿下は私に愛してると言ってくださって、それで…
「貴女の利用価値はこの国にもうない。大聖女としてあの地を離れた時点で聖女の力もない上、あの国を滅ぼした今、情報すらいらない。そんな貴女に何の価値もない」
「!」
「あの方が命をかけて守ろうとしたものを、貴女が壊したんです。恐らく、貴女は数日後に処刑されるでしょう。そりゃそうですよね、あの国に戻られて聖女の力を取り戻されても困りますし。権力に目が眩んで二度も騙されるなんて…自業自得ですね」
従者ザックは、不躾に入ってきた騎士達に取り押さえられた。
「私は貴女を許さない」
そう言い残して、連れて行かれた。
その数日後、私は首を落とされた。
ただ、主人公はずっと一人で闘ってきた。
ただ、主人公は他人を知ろうとしなかった。
ただ、それだけの物語。
追伸
こんなに多くの方に読んでいただけると思っていなかったため、非常に感動しております。この作品を読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。感謝感激です!