那古野城へ向かう為の準備です。
善得寺城へと戻ると主要な者たちを集めて、私が弟の今川 氏豊に代わって那古野城へ移る事を告げた。
もちろん、今の私の領地はそのままである事もしっかりと説明した。
松永 久秀と松永 長頼はホッとした表情を一瞬出したがすぐに元の表情に戻した。
今まで領地の発展の為に中心となっていた2人なので領地の事が頭によぎったのだろう。
2人にはかなり無理をさせたからな……
久秀は所々好き勝手やっていたが、特に長頼は真面目に久秀の分の仕事も抱え込んで頑張っていたからな……
長頼の頑張りに早めに応えてあげなければと思う。
時期としては、今川家と武田家との間で同盟が締結されたからと説明し、武田家から私が妻を迎える事が決まった事もついでに告げた。
皆に、一応、おめでとうございますと言われたのだが、まだ本決まりではないので正式に決まった時にまた祝ってくれるように告げた。
話し合いの結果、私が那古野城へ移る事にあたり、善得寺城代に久秀、興国寺城代に長頼、吉原城代に朝比奈 元智を任命した。
久秀には那古野城へ築城する時に来てもらう為、興津 親久と富士 信長と加賀爪 泰定には善得寺城に残ってもらう。
野間 時秋には、慣れない元智の補佐の為に吉原城に入ってもらう。
もちろん、吉原水軍はそのまま田子ノ浦湊にいてもらう。
葛山城の葛山 氏広殿、大宮城の富士 信盛殿、深沢城の垪和 氏堯殿に加え、蒲原城の蒲原 氏徳殿にも色々と気をかけてもらえるようにお願いする事になった。
太原 崇孚と松山 重治には先に那古野城へと向かい尾張国の者たちの調略と那古野城での開発をしてもらう。
荻 清誉には常備兵200を率いて那古野城へと向かい、募集した常備兵を鍛えてもらう。
さらに福島 元成と安部 元真にも常備兵、各50を付けて清誉の指揮下に入れて経験を積ませる。
世鬼忍軍からも6名ほど私が那古野城に入るまでの間、崇孚の指揮下に入る事になった。
どんどん、若い者たちには経験を積ませ、成長してもらおう。
翌日、世鬼 政棟が私の元に訪れた。
今回、崇孚の指揮下に入る世鬼忍軍の部隊を率いる指揮官である【佐田 彦四郎】が私に挨拶をした。
彦四郎は政棟が地元から連れて来た人物で佐田一族揃って移住して来た。
彦四郎はまだ若いが腕は確かで、その腕は政棟も認めている。
人当たりも良く面倒見も良く、奢りも無い性格をしているので私とも仲良くしてもらっている。
最近、顔を見せていなかったので、その事を尋ねた。
今は安定した生活が出来ているようになったので、地元で燻ってる者たちに声をかけに地元に戻って人材確保をして来て、今朝戻って来たそうだ。
忍びは甲斐国からも大量に雇っているがもっと欲しいと私が常々言っているので、地元で人材を探したそうだ。
彦四郎の待遇を聞いて、地元の者たちは最初は信じなかったが私が渡した感状を見て信じたそうだ。
普通は忍びに感状など出さないそうだが、私は忍びも家臣としているので当然感状をだす。
お陰で思ったより多くの者が私の元に来てくれたそうだ。
後日、顔合わせをする事になった。
それとは別に後ほど、会わせたい人物がいるので時間を空けて欲しいと言われたので了承した。
私と彦四郎が話し込んでいると政棟がわざとらしく咳をした。
目線を政棟に向けると政棟が目線をずらしのでその目線を追うと5人の人物が頭を下げていた……
慌てて私は頭を上げるように言うと5人は頭を上げ顔を見せた。
顔を見て【富田 郷左衛門】【日向 源藤斎】【秋山 十郎兵衛】【西山 十右衛門】【雨宮 存鉄】だとわかった。
1人、1人に挨拶をしながら謝罪した。
この5人は甲斐国からスカウトして来た者たちで若いながら腕も中々で将来が楽しみと政棟が言っていた。
また、夢男が史実では武田忍軍である三ツ者をまとめて采配していたヤツらなのに……皆、同世代だったのか?
いや、襲名制か?……と疑問を抱いている様子だった。
彦四郎は面倒見が良いので甲斐国出身の者たちとも上手くやってくれるので色々とついつい任せてしまう。
甲斐国の者たちからの信頼も厚い。
政棟も含めて8人で話し込んでいると小性の瀬名 勘十郎が皆の分のお茶を持って来てくれた。
皆でお茶を飲みながらしばらく会話を続けていた。
最後は那古野城へ行っても怪我などせずに頑張ってくれと言って別れた。
別れる時に彦四郎は少ししたら執務室に伺いますと言っていたな。
執務室で書類を読んでいると政棟が彦四郎を連れてやって来た。
彦四郎の後ろには2人の人物がいた。
1人は子供だな……
彦四郎が私に2人を紹介する。
【宇喜多 興家】とその嫡子【宇喜多 八郎】で興家は八郎を連れて浪人中に、備前国福岡の豪商である【阿部 善定】の元に身を寄せて善定の娘を娶り、2人の男児をもうけているそうだ。
今回、彦四郎が善定のところに寄った時に善定から相談が有ったそうだ。
そして主である私に相談してみると言った所、一緒に参りましょうと今回共にやって来たそうだ。
八郎は【宇喜多 直家】の事であろう。
直家の父親である興家は、確か家臣たちに暗愚と言われていたとはずだが目の前にいる興家はとても暗愚には見えない。
たぶん、八郎を守る為に暗愚を装っていたのだろう……
私は興家を家臣として迎える事、八郎を小姓とする事を告げた。
仕官が決まった興家と八郎に安堵の表情が浮かんでいた。
その表情を見て私は、家族を早く呼び寄せて安心させてやるように告げた。
戦国三大梟雄の内の松永 久秀と宇喜多 直家が私の家臣となったのか……
後は【斎藤 道三】のみだが流石に家臣にはならないだろう……
政棟には興家に家族を呼び寄せる為の資金を渡す様に告げて、また書類に目を通し始めた。




