7話 貴族の洗礼に晒されるも、余りの幼稚さに対処すら面倒に…… それを見ていた高潔な方々との交流を持てた 私。
季節はもう秋も終わりに成る頃。 王都に遣って来てから、既に三ヶ月の月日が経った頃だったかしら。 秋風が冷たくなり始め、推奨されていた、単年度学生の『学び舎のお庭』でのお茶会や社交クラブが開催されなくなって来た頃ね。 そう、御茶会や社交クラブの活動も、屋内に移り始めていたのよ。
各種サロンや社交クラブが開けるように、小部屋が付属した場所へと、移行するの。
『王立学園 大会堂』 ね。
その場所の、「単年度学生」への使用制限が解放され、王立学園の学生が皆その場所を使う事が出来る様になった時期だったわ。 広い広間に、暖かそうな暖炉の炎。 沢山の丸テーブルに、沢山の生徒さん達。 気の置けない人達と交わす、気さくな会話。 お茶席も社交クラブもカードゲームだって、この場で行われるのよね。
それまで、学院の授業主体での社交しかしていなかった私も、お昼ご飯の時間には、その大会堂へと赴き、お昼を戴く事に成ったの。 だって、単年度学生の食堂は、その大会堂への使用制限が解かれると同時に閉鎖されてしまったんですものね。
幾多の方々をお見かけするようにもなったわ。 王立学園での単年度学生としての授業自体が、何組にも分かれていた為、他の組の人とは ほとんど面識が無くってねぇ……
入学当初から単年度学生の皆さんの間で回されていたご招待状も、私は事情があってお受けする事が出来なかったから、面識がほぼ無い方もいらっしゃるの。 だから、たとえ『単年度学生』の方であっても、この大会堂で初めてお目に掛かる方々も多々いらっしゃったの。 知己が居らず、いつも一人きりで『お昼』を食べていた私は、当然の如く『悪い意味で』注目されたのよ。
だって、王立学園に入学して既に三ヶ月。 まだ、同窓の方々と殆ど交流をしていない私は浮いて当然なのだもの。 それにね、この大会堂は、多くの『全過程学生』の生徒さん達だって利用して居たんですもの。 王立学園に在籍される生徒さん達が、みんな集まるそんな場所に成っていたのよ。
それもまた、学園側…… いいえ、王国の教育機関の思惑でも有るのよね。
学び舎が違う「単年度学生」と「全過程学生」の二つのグループを混ぜるのには、とても良い季節の到来という訳ね。 単年度学生達が互いに面識を持ち、そして王都に於ける貴族子弟との関わり方も学習したこの時期に、二つのグループが交流を持てる機会にと、大会堂を全学生が使用できるように解放されたって事。
私にしたら、たまったもんじゃ無いわよね。 同じ組の方しか知らないから、同窓生の方に間を取り持って頂かないと、お話だって出来はしないんですものね。 つまりは、独りぼっちに成ってしまったの。 遠巻きに見られながらのお昼ご飯は、居心地が悪かったわ。
居心地が悪い原因がもう一つ。 そう、そんな独りぼっちの私が格好の獲物と云うように、『全過程学生』の女生徒の方々からの、ヒソヒソ話の対象に成ってしまったらしいわ。 まぁ、そうね。 『茫洋とした笑み』を浮かべ、誰とも喋らず、一人きりで「お昼」を食べると早々に教室か寮の部屋に向かう私だからね。
表情固定の私。 色んな変な噂話とか、当て擦りなんかも徐々に増えて行ったわ。 特に物理的に突っかかって来る方々も居られなかったから、貴族社会の洗礼って事で、”別段 ”気にもしてなかったわ。
そんな事より、フェベルナからの至急決裁の書類だって寮に送られてくるのよ。 どうしても、私の決裁が必要な書類だと云うモノがね。 それが気に成って、気に成って、有象無象の雑音なんて耳にも入らなかった…… と云うのが実情。
そんな私の態度にジレたのか、何度か王都近郊に領地を持つ本領の貴族家の御令嬢達…… つまりは、『全過程学生』の女生徒方からの嫌がらせめいたモノが増加してくのも又…… 『事実』なのよね。 田舎者って揶揄する声は、とっくの昔に、私の耳に届いているわ。
寮の部屋で、アマリアがとっても憤慨する程にね。
宰相家の御三男との婚約も、知れ渡っていたようだしね。 それを好意的に捉えた「噂」は、『皆無』ね。 私の我儘で、無理矢理結んだとも、噂されているのよ。 どうして、そんな話になっているのかは、不明。 ちょっと、調べてみる必要も有るわね。 お兄様達にご報告もしなくては成らないし……
全くね…… 王命での婚約って事は、綺麗さっぱり無くて、王命を『蔑ろ』にされている感じ。 なんだか、悪意ある噂話が先行して、私に直接尋ねに来る人も居ない状態。 社交を遮断された状態のわたしは、そんな、馬鹿な話を否定する機会も無く、枯野に火を放つが如く『私の悪評』は、広がり続けているのよ。
まぁ、当て擦りなんかは無視してしまえばいいし、どうでもよかった。 けれど、直接的な事は避けなければならないしね。 私の危惧は、当然の物だと思うのだけど…… この状況では自衛するしか無いわよね。
本当に、本当に、面倒な事ね。 そんなに気に入らないのならば、構う必要などないのに。 わたしだって、そんなに嫌なら、” 構って貰えなくても結構です!” って、声を大にして言いたいわよ。 御婚約者様は私には面と向かっては、言ってこないし、あれ以来顔も合わせていないのだから、どうしようも無いのよね。
これが、御義姉様の御心内にあった、危惧だったのね。
―――――
ある日、大会堂でお昼を取ろうと、食事の受け取り口でトレイに乗った『一般食』を受け取り、何時もの窓際の端っこの席に向かう途中、幾つも有る丸テーブルの間の通路を歩いていたら、ヌッっと足元に何かを突き出して来た人が居たの。
そのまま進むと、すっころんで持っているトレイをぶちまけるじゃない? だから、とっさに足元に身体強化を掛けたのよ。 何時もの「森の中」での、行軍時の様にね。 降り出す足は、下草を薙ぎ倒し、倒木を叩き折る程度には強化された私の歩み。 その突き出されたモノはいとも簡単に弾かれる。
途端に大会堂に響き渡る絶叫の声。
なんだ? と思っていると、椅子から転げ落ちたどこかの御令嬢が一人。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ‼」
「如何なさいました?」
「あ、っ アッ、 貴女ッ!!」
足を出したのか…… 馬鹿だね。 折れはしていないと思うけど、痣とか捻挫はしたはずよ? だって、椅子から転げ落ちる程の衝撃は与えたんだもの。 椅子から転げ落ちたその御令嬢は、トレイを持つ私を睨みつけながら、アワアワしてたのよ。
ヤラレル覚悟の無い者が、ヤルるんじゃ無いわよ。 反撃しないなんて、一言も云った事は無いわ。 全く…… 何時もより三割方冷たい表情が浮かんだかな? 半目でその転がっている彼女を見てつい言葉が出ちゃったんだ。
「通路に御足を出されると、お怪我為さいますわよ? お気を付けあそばせ」
「なッ、何をッ! そ、そんな…… エッ…… ウッ……」
その後も見ずに踵を返し、そのまま「いつもの席」に向かうの。 だってお腹空いてたんだもの。 ただ、遣られたらやり返しただけ。 火の粉を払っただけよ。 フェベルナ流のやり方ね。 騒ぎ立てるその御令嬢の事は、王立学園の職員の方にお任せ。 私が何かするのは、間違っているのよ。
職員の方が走ってこられたのが感じられる。 その御令嬢に何かを言いつつ、王立学園 大会堂から、彼女を連れ出していたわ。 救護室にでも行くのかしら? アレくらいの怪我なら、ほおっておいても問題ないのにね。
表情を一切変えず、歩み去る私に『全過程学生』の生徒さん達の『憎悪』と『侮蔑』の視線が幾つも追いかけてくるわ。
柔らかい殺気ね……
そんな殺気じゃ、辺境では暮らせないわ? 周囲の方々が私を盗み見して固まってらっしゃるわ。 多分、何時もの通り『表情が固まっている』のよ、私。 そのうえ、三割方冷たく見ていたから、何時もの『茫洋とした笑み』ですらない訳なのよ。 フェベルナの駐屯地の執務室での私…… かな?
―――――
「いつもの席」に着いて、まぁ、独りぼっちだったけど、お昼を美味しく頂いていると、スッと音も無く、三つの気配が私の元にやって来たのを感じたわ。 警戒線はちゃんと機能しているわ。 鈍ってなくてよかった。 でも、ちょっと身構えたのも事実。 火の粉を払ったら文句を言われるのか…… 貴族社会の『洗礼』とは言え、ちょっとねぇ…… なんて思っていたのよ。
「お見事でした。 流石は『フェベルナの戦乙女』。 失礼、お席ご一緒しても?」
振り返ると、胸に手を当て、簡易的な淑女の礼をしている、とっても迫力のある美人さん達が立っていたわ。 私も席を立ち、同じ様に胸に手を当て、返礼するの。 御召し物を確認すると、学院の制服なんだけど、ちょっと違う。
上等な布を使用した、オーダーメイドの制服。 記章も宝飾品も普通学生が付ける様な安物では無い。 見るからに、高位貴族の御召し物。 さらに首にクラバット。 色は臙脂に蒼や白の飾りラインが入っている物……
つまりは、この御令嬢は既に叙爵されていて、さらに、御当主様だって事ね。 そして何より、面識が無いと、言葉すら交わさない王都に於いて、私に言葉を投げてこられたのは、当然、私と面識を持つ方なのよ。
「マロン=モルガンルース様。 お久しぶりに御座いますわね、アストリッド=ガンム=パスタイ伯爵に御座います。 『フェベルナの戦乙女』様に御目に掛かれて光栄に御座いますわ。 御紹介致しますわ。 こちらは、バーバラ=ベスタ=ノルデン上級伯爵、アンジェリカ=アルパ=ターナー伯爵に御座います」
「モルガンルース辺境伯令嬢様。 バーバラ=ベスタ=ノルデン上級伯爵に御座います。 どうぞ良しなに」
「アンジェリカ=アルパ=ターナー伯爵よ。 宜しくね」
はぁ…… トンデモナイ大物揃いね。 皆さん既に御夫人…… つまり既婚者。 さらに、この方々がパスタイ伯爵家、ノルデン上級伯爵家、ターナー伯爵家の御当主様って事ね。 それはクラバットが示しているもの。
そして、私の知識が重要な事柄を告げる。 このお三方、各辺境伯家の御令嬢であり、既に一家を立てられている方々って事。 そして、この御令嬢であり、御婦人であり、更に御当主様であられる方々は、既にその手腕を以て、辺境の辺境である『フェベルナ』の私の元にまで、その名を知られている方々なのよ。
『バーバラ=ベスタ=ノルデン上級伯爵様』は、北部辺境伯ノルディアス家の御身内の方。 御当主ブルックス=ベスタ=ファスト=ノルディアス辺境伯様の商務顧問として辣腕を振るわれているとのお噂の有る方。
『アンジェリカ=アルパ=ターナー伯爵様』は、東部辺境伯エストランデ家の御身内の方。 御当主ジャックポット=アルパ=ファスト=エストランデ辺境伯様の商船隊を率いる提督の任に付かれていた筈よね。 私掠船の認可状発行権をお持ちだとか……
『アストリッド=ガンム=パスタイ伯爵様』は…… 南部辺境伯パスタイ家の御身内。 当主カトラス=ガンム=ファスト=パスタイ辺境伯様の懐刀と云われる、農務系のお仕事を司っている方ね。 ついでに云えば、ご領地が南部辺境伯領の北西部…… つまりは、フェベルナと領境を経た向こう側のお隣さん……
学園に…… 居たんだ…… 他の組に在籍されていたんだ…… 知らなかったわ。
いやいや、ボケっと突っ立っている訳には、いかないわよね。 礼節を保ち、淑女の礼法を以て、挨拶、挨拶ッ!
「失礼いたしました。 わたくしは、西部辺境伯 モルガンルース家が次女。 マロン=モルガンルースに御座います。『王立学園 大会堂』の片隅に、御高名なる「三夫人様方」をお迎えいたしました事、誠に嬉しく思います。 何卒、良しなに」
非礼の無いように、口上を述べる。 そんな私を見詰めるのは、ゴージャスな美女三人。 ふと息を吐き、困惑とも云える口調でお話を始めるのは、アストリッド。 まぁ、面識が有るのは、この三人の中で、アストリッドだけなんだものね。
「マロン様は、ホントにもう…… 何度、お伺いを立てても、お茶会にいらして下さらないものですから、不躾とは思いましたが、此方に来てしまいましたわ」
「さ、左様に御座いましたか。 大変、失礼を致してしまいました事を謝罪いたします。 申し訳御座いませんでした。 いささか事情が御座いまして、何方様のご招待も受ける事は出来なかったのです。 本来ならば、お返事を綴らねば成らないのですが、それすら禁じられておりました故、頂いたご招待状の確認すらせずご返送致しておりました。 御無礼の断、平に陳謝致します。 ご容赦下さいませ」
そうなのよね…… 宰相家の別邸で、御勉強するのに、お茶会の時間なんか取れないと、初めからそう云われちゃってね。 ちゃんと言ったのよ? 『単年度学生』に期待されている『義務』に関しては。 でも、聞く耳持ってもらえなかった。 ご招待状は全てお断りするしか方法が無かったのよ。 それが、宰相家の先生方、ひいては御婚約者様の御意思、王都での『婚約者持ちの令嬢の貞淑さを示す遣り方』だって云われたから、仕方なかったの。
だから、アマリアに命じて、お茶会の『ご招待状』は、全て返送してたのよ。 辺境域では、本来は有っては成らない事なんだけれどもね。 あの「伯爵夫人」に、どんな思惑が有ったのか。 まるで、私を社交界から遠ざける為の方策としか、思えないからね。 まぁ、それは、後々判る事だったのよ。
せめて、お出しになった方の名前をキチンと控えておけば…… なんて、思った事を覚えているわ。 ガスビル侯爵家…… と云うよりも、御婚約者様である、フレデリック様の御意志って云うのが…… あの教育官の方々の言い分だったしね。
お父様も御継母様も、『宰相家の御通達』を遵守する様に言い付けられたし、周囲はアマリアを除けば、そんなお父様に首肯する人達ばっかりだったからね。 あぁ、アマリアは、その事も大兄様にご報告してたらしいのよ。 後で聞いたわ。
そんな訳で、どなたからのご招待であったかも、確認する事は無かったの。 目の前の三人の御婦人たちに、眉を下げて、申し訳なく思い下を向く……
「なんだ、素直ないい子じゃない。 リッドの話じゃ”トンデモナイ”じゃじゃ馬さんと云うお話だったでしょ? もっと、凄く…… 『礼節なんて知った事じゃないって感じの子』だと思ってたのよね!」
「失礼ですよ、アンジェ様。 貴女はもう少し、淑女の何たるかをお勉強なさいませ」
「バーバラッ! 仕方ないわよ。 荒くれ者達を率いるんだから、お上品にしてたら舐められてしまうのだもの。 それで、モルガンルース辺境伯家の秘匿されし御令嬢は、なんで、そんなに忙しいの?」
「アンジェッ! 貴女はッ!」
賑やかな方々だった。 取り敢えず、お席について貰って、お話を伺おうかな? ご招待を悉くお断りしていた理由が知りたいわけね。 別段隠し事でも無いから、事実をお話して置こうって思ったのよ。
「どうぞお席に。 それに、わたくしの事は、マロンと御呼び下さいませ」
「ならば、私の事はアンジェでいいわよ」
「バーバラと御呼び下さい」
「アストリッド…… いえ、リッドと。 今は『単年度学生』ですので。 「愛称」呼びでも、誰も咎めませんわ。 むしろ、『家名』呼びでは、周りが煩くなりますもの」
「畏れ多い事なれど、皆様がそう仰れるのであれば、アンジェ様、バーバラ様、リッド様」
「「「 それで、いいわ 」」」
騙されちゃいけない。 気さくな感じだけど、アストリッドとは、何度も遣り合っているのよ。 主に穀物の領地間取引きでね。 年に一度の穀物の価格改定との時に、領境の砦で顔を合わせて、そりゃもう、激しく…… こんな、穏やかな表情が出来る人だったんだ……
ご結婚されて、『配』を貰ったからなな? 結婚すると丸くなるって、モルガンアレント子爵も仰っていたけど……
『ご挨拶』も済んだし、皆さんで一つの丸テーブルを囲み、” 和やかな歓談 ” が始まったのよね。 ええ、 ” 和やかな歓談 ” よ? でも、何故、私の状況ばかりを根掘り葉掘り聞いてくるかな? 何故、時間がトンデモナク無くなったのかを、しつこく聞いてくるかな?
そりゃね、学院の『お勉強』と並行して、宰相家の別邸での『お勉強』が有るし、余った時間もフェベルナから送付されて来た書類の決裁業務が有るからね。 ここの所、睡眠時間がかなり短くなってきているんだよ。 授業中、ずっと『茫洋とした笑み』を浮かべているのは、頭が微睡んでいるから。
学園の授業で、ほぼ意見やら感想やらを述べないのは、あまりに基本的な事過ぎて、どう対応しても、議論噴出して、微睡めなさそうだから。 身体鍛練の時間を欠席するのは、他の方々に怪我を負わせたくないから。 時折、学園の授業をお休みするのは、王宮高級官吏である宰相家の連枝の方々に、役所に連れていかれ、何かしらの業務の手伝いを命じられるから。
そんな事をつらつらと『お話』したのよ。 リッドが難しい顔をしている。 バーバラも同じ。 面白そうな視線で私の話を聞いていたアンジェは、ある程度、事情をお伝えした後、途中から視線を外し、遠くに向けてたわね。
顎に右手を添え、丸テーブルの上のお茶が入ったカップを見詰めながら、リッドが声を潜め言葉を紡いだのよね。
「これは…… いけませんね。 社交会の裏の噂では聞いておりましたが、たとえ御婚約者様であろうとも、『単年度学生』に、そこまでの制限を課すのは、オカシイ事ですわ…… まして、他家の御令嬢ですのよ? まったく、先の西部辺境伯様は何を御考えなのでしょうか?」
「リッド様、それは言いっこなしだよ。 先の西部辺境伯様は、御血筋じゃないし、真に辺境伯家の方とは言えない。 あんな卑屈な元辺境伯なんて、見た事も聞いた事も無いわ。 ……でも、オカシイのは確かね。 ねぇ、バーバラ様、どうしたの? 難しい顔して…… 何か引っ掛かる事でも?」
「ええ、まぁ…… アンジェ様。 皆様もご存知の通り、わたくしの兄は、裁定法務官局に出仕しております。 貴女達も知っている通り、我が国の『財務』、『商務』、『法務』の各局は仲が良いとは言えません。 そんな中、各局間で滞っていた、各種懸案事項が最近一気に『一応の解決』を見ていると、そう申しておりました。 喜ばしい事だと兄は仰っておいででしたが、その中心にとある人物が居ると。 その能力は上級高等官吏職の者と同等かそれ以上。 そして、その方は、保持して居られなかった『官吏職』の権限取得の為、高位の貴族家の強い要望で、秘密裏に幾つかの『上級官吏試験』を実施受けられたとか。 さらに、それを悉く優秀な成績で突破した方であったとか…… 様々な信憑性の薄い事柄が、王宮の官吏の間に流れているそうなの」
「バーバラ様…… 『上級官吏試験』って、アレか? あの、上級官吏登用試験なの? それに、能力が上級高等管理職相当って…… 何らかの爵位や権限を持っておられる、執政官職の方や、大領の御領主様の様じゃぁないのッ! 『上級官吏職』って資格修得に、相当な研鑽が必要なのよ? そりゃ、私だって「商務上級官吏職」の資格は取ったわよ、必死でね。 それを、複数個の資格保持って……」
「アンジェ。 その人物は、ただの資格持ちでは無いのよ。 法務、商務、財務 の主要三職の他に、至高の裁定法務の上級官吏資格もお持ちなのよ。 更に言えば、農務、工廠の知識もまた…… 修得されておられるご様子」
「バーバラ様、それは…… まるで、辺境伯様と同じでは御座いませんか」
「ええ、その話を兄様もそう仰っておいででした。 兄様も相当に優秀ではあるのですが、流石にお父様にはかないません。 なのに…… このお話を、お伺いした時には、我が耳を疑いましたわ。 そして、その方は各局間の懸案事項に対し、王国法の条文をもって、誰しもが『一定の納得』できる裁定を、提案されているらしく…… うら若き、女性だそうよ」
三人の美しい御婦人が、私にピタリと視線を合わせてくるのよ。 そんな試験受けた事無いし、王宮の役所に連れていかれても、褒められた事無いし…… 私の事じゃないよね、無いと云ってよ…… お願いだから…… お兄様方には、オトナシクしているって、お約束していたのに……
「その人物の名は何と? バーバラ様」
「……名前は表に出ないの。 ただ、『御婚約者様』としか」
「御婚約者様なの? 個人を特定する情報は、それだけ、バーバラ様?」
「ええ…… とても地味な装いをされておられるのと、そうお声がけされている…… そうなのよ。 どうしたの、アンジェ様。 珍しく、お口を開かれないのだけれど?」
「…………参ったなぁ。 別段絡んでないと思っていたけど、”その方 ”は、間接的に我が商船隊を助けてくれたって事かぁ…… 何時まで経っても決着が付かなかった懸案がこの所、次々と通っているんだ。 通商連合国の商人達の無茶なやり方を、法を以て制限してくれたんだよ。 それが…… その方だったなんてね」
お三方の瞳の色が変わり、私の方をジッと見詰めてくる。 あぁ~~ 決まったよ。 それ、私だ…… 宰相家別邸での私への呼びかけは、全部、「御婚約者様」だったからねぇ…… なにかい? 国の重要な政策実行を担う役所で、私が動いていたって事かい? それも、仲の悪い役所間の折衝役? 私に真意を悟られない様に、小会議室でややこしい問題ばかりの意見を求められるって…… アレかい?
本気か、あの教育官達はッ!
キッっと目を怒らせたバーバラ様が、私に言葉を紡いだの。 そう、確固たる何かを見出したと云うべき表情を持ってね。
「兄様に伝えます。 マロン=モルガンルース嬢が、この王都に滞在する第一義は何であるか。 そして、王家にとって何が最善なのかを。 たかが宰相家が連枝の者達が、西部辺境伯モルガンルース家が『手中の珠』である姫様を、いいように使って良いわけが御座いませんもの。 ええ、伝えます。 必ず」
「ならば、わたくしも、自身の関係者を用い、マロン嬢を取り巻く無茶な状況を改善いたしましょう」
「なんだい、リッドもバーバラも…… あたしだってッ! 可愛い部下達を救ってくれたのよ。 あたしだって同じよ。 さしあたって…… そう、宰相家が文句言わない筋からの通達を出してもらいましょうか」
相変わらず『茫洋とした笑み』は浮かんだままだったけど、相当にびっくりしたのよ。 この夫人方がそんな事を云われるのは、なにか…… 何か重大な行動をこの方たちが、お取りに成ろうとしているのよね。そこの所は理解したわ。
不思議と、とても……
心が温かくなった様な気がしたのよ。 家族以外の誰かが、私の意思では無く、独自に私の為に動いて下さると云う事実にね。 その気持ちがとても嬉しくて、暖かく思えるの。
「ご配慮、痛み入ります。 もし、現状に何らかの変更があれば、これからは…… 少しは、皆様方との『時間』が取れるやもしれませんね」
「ええ、マロン様の時間は何よりも貴重よ。 僅か一年限りしか王都には居ないのだから。 その分、しっかりと他家との繋がりを模索しなくてはね。 ” 面識を持ち、知識と知恵を出し合い、以て王国の安寧に寄与する ” 私達、単年度学生に課せられた義務なのだもの。 アストリッド様、アンジェリカ様。 わたくしは、マロン様を…… 『西方飛龍』の異名を持つこの方を、『至高の座』にお座りになられている方に『御紹介』したく思いますわ」
「それが宜しいかと」
「私だって、そのつもりよ。 さぁ、忙しく成って来た」
初めての「お茶会」もどきは、なんだか大変な事に成ってしまった。 お昼ご飯も喉を通らなくなったくらい。 噂話とリッドの情報で、色々と組上げた私の ”為人” を見極めたって所かしらね。
今まで、オトナシク目立たない様にしていたけど……
そうも言ってられなくなった気分がしたのは確かだったのよ。