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私は私の道を行く。 構って貰えなくても結構です! 【完結】  作者: 梨子間 推人
第一幕 『その日』までの、夕日に染まった私の記憶。
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6話 『単年度学生』の学生生活。 高貴な老婦人との交流を持つ事が出来た、私



 王立学園は代々の王様の中でも開明的で賢君との誉れ高い、『碧玉王』陛下がお始めになった教育機関。 開設当初は、十二歳から十八歳までの間で、王都在住の貴族の子弟を対象に、学問と礼儀作法を教える場所として用意されたわ。 貴族家での自家教育では、どうしても知識にバラつきが出来てしまい、シェス王国が必要とする、官吏の数と質が揃わなかったからだと、歴史有る貴族家では有名な事実。


 ――― 十数代前の王様のお話ね。


 長く歴史ある学園は単に王立学園と呼ばれて唯一無二の『貴族の学び舎』として、今も機能しているの。 そうよ、特別な状況(・・・・・)でない限り、この学園の卒業証書が無ければ、王国の正式な『貴族』には叙されないの。 貴族家間の共通認識と知識の平均化が目的だった。 その為の方策ね。


 王立学園卒業時に、クラバット(飾り首帯)を王国枢密院より下賜され、それを付けて初めて、『貴族』と呼ばれる尊き者(・・・)に叙される事が出来るのよ。 そう、無位無官の者達は一律に純白のクラバットを下賜されるわ。 だから、余程のことが無い限り、国中の貴族の子弟は必ず入学し、そして卒業する必要があるのよ。


 でも、まぁ、財力に劣る地方や辺境の貴族達は、この学園で六年間も学生として子供達を送るにはちょっと無理が有るのもまた事実。 次男以下、次女以下の子弟には、十分な教育を与える事も、財政的に無理があるの。 国の思惑と、地方貴族の現実が、(せめ)ぎあう所なのよ。


 その為、国が必要な教育を修めた貴族を『作る為』に設立した経緯から、五代前の国王の治世からは、王立学園の授業料は無料とされたわ。 生活する場所も王立学園のある王都から、遠く離れた地方に在住する貴族に対しては、寮が提供されているの。


 ただね、王都で貴族として『生活』するとなると、必要なモノが多岐に渡るのよ。 王国の国庫だって無尽蔵じゃ無いわ。 私的に使うモノや、従者の費用や、その他貴族の体面を維持する為に必要な費用は各家持ちなのよ。 


 制服だって、私服だって、教本や、ノート、こまごまとした生活用具なんかが、ソレに当たるの。


 そんな費用の合計は、結構な金額に成るのよね。 だから、遠くの領地を治めている貴族は、継嗣と長女くらいしか『全過程学生』には成れないわ。 この事は、代々の王国陛下の『頭痛の種』であり、最終的には別の制度を作り上げられたの。 


 ――― それが、『単年度学生』制。


 各貴族家に於いて、十分な教育を施し、その上で王都で、シェス王国の貴族社会の仲間入りをする為に必要な知識を得ると云う、救済処置。 既に、各家の家政に組み入れられ、実際に実務をこなしている子弟が、一年限りの『単年度学生』となって、王立学園の卒業資格(デビュタント)を得る(する)って事ね。


 この制度が実施されてから、貴族籍の取得のみを目的に、王立学園に入学される方々の、経済負担はかなり軽減されていったわ。 元々、御家の官吏として、組み入れられている方々とか、御家の事情で既に正爵を叙爵されている方々ばかりだから、『全過程学生』さん達とは、もともと立ち位置が違うもの。


 

  ――――――



 西部辺境伯家であるモルガンルース辺境伯爵家でも、大兄様、お姉様、中兄様の三人しか『全過程学生』にはなれなかった。 まぁ、下の弟妹は別だけど、ゴブリット兄様と私は、救済処置である、『単年度学生』として、王立学園で学ぶ事に成ってたのよ。


 ゴブリット兄様はあの通り大きな方だったし、大兄様も不憫に思われたのか、ちゃんと新品の制服なんかも用意されていたわ。


 でも、私の場合、魔物暴走(スタンピート)の傷跡が大きくて、御領の財務は常に火の車状態。 その上、十五歳の第一成人で既にフェベルナの地に於いて、統治者(・・・)として役割を与えられちゃったから、そうも言ってられなくてね。


 勿論、大兄様は、私にもきちんとした準備をしたかったと仰って下さった。 自責の表情を浮かべられたていたわ。 御義姉様も同じ。 でも出来るだけは手配して下さったわ。 兄姉様達の『御下がり』の品々を見回して、フッと溜息が出たけど、贅沢は言えないしね。


 領の皆様が、一番に心配して下さったのが『着衣』の事。 私自身のドレスや部屋着なんか、ほとんど作ってなかったのよ。 例の、魔物暴走(スタンピート)のお陰で、辺境伯家では王立学園の『制服』を新調する費用さえ捻出するのが難しかったからね。


 だから、制服はマルガレート姉様の御召しに成っていたモノを『御直し』したわ。


 殆ど ”私服 ”は、持っていなかったけれど、それも、御義姉様や御邸の侍女達がなんとかしてくれた。マルガレート姉様がバレンティーノ侯爵家に御嫁入された時に、御領の御邸に残された、姉様が ” 着なくなった ”ドレスの『お直し』でね。


 二着を一着に組み直したり、不要な飾りを撤去して仕立て直したり、淡い色を濃い色に染め直したり…… それはもう、御邸のお針子さん達に頑張って貰いました。


 教本類はお兄様達がお使いに成ったモノを戴いたわ。 ゴブリット兄様の教本はかなり綺麗なままだったから、それについては全く心配してない。 


  ――― と云うより、ちい兄様? コレ、読んだ事あるの? とっても綺麗な状態なんだけど?


 そんな周囲の心配を他所に、『着衣』の少なさや、細々とした『御下がり』の生活必需品は、私自身あまり気にしなかったの。 だって、フェベルナの森で野営とかもしてたでしょ? 新品の物資なんて、そうそう誂える事なんかできないじゃない。 鎧下一つで、何時もはどうにかしてたし、公式にどっかに出向く時は、機動猟兵の軽装甲が私の正装だったしねッ! それに比べたら、軽い軽いッ!


 領の皆さんの努力のお陰で、『体裁』はどうにか整ったから、王都に来れたのよ。


 物質面ではギリギリだったけど、御当主様(大兄様)は、知識と知恵を最大限に与えて下さった。 マナーにしろ、勉強にしろ。 第一、軍執政官であり、「龍爵」の階位を私が保持したって事で、私はフェベルナの地の統治者の一人って事だから、それはそれは、厳しく実地で知識と知恵を詰め込まれたわ。


 それに関しては、感謝しか無いわ。


 一人でも、どんな戦場でも、それがたとえ、王都の貴族様方であっても、『戦う気概』が生まれたんだものね。



 ――――



 そんなこんなで、王立学園の授業が始まったわ。 授業と云うよりも、まぁ王都の貴族間の基本的な情報とか、各高位家の機微とかを重点的にお教え下さったわけよ。 第一、この『単年度学生』の方々ってのは、悪い言い方だけど、シェス王国に取られたくない、各家の実務者が多いの。


 実質は、御実家の即戦力的な御子息様方な訳よね。 ” 特段の事情により ”十五歳の第一成人を以て、正式に御家で保持されている正爵の爵位を譲位して貰った人すらいるのよ。


 御息女に至っては、既に御結婚されている女性の方々すらいらっしゃるんですものね。 そんな方々は、気安く声をかける訳に行かないわ。 色付きのクラバットを付けられ、気品と美しい所作から、『単年度学生』の皆さんは、『~夫人』 と、社交会での正式な呼び方でお声がけされているのよ。


 王立学園の卒業により、王国貴族院より、クラバットを下賜され、王国の『貴族』として認められるって事に成っているけれど、事情によっては、御当主が王立学園の卒業を待たず、御家が持つ下位の正爵位を譲渡するのは、『有り』なのよ。 地位の高い高位貴族家なんかが、それをするのよ。


 ただ、それを王国に認めて頂くのには、譲渡される『爵位』が国王陛下より、その御家に直接 ”下賜 ”された 『 正爵位 』 って事が必要事項なの。 私の様に、御領だけで通用する階位や、領主が領内に限り下賜出来る爵位は、その中に含まれていないわ。


 それに、職位も。 貴族籍とは別に、シェス王国には官吏登用試験と云うモノが存在するの。 各種の職能を図る為の試験で、主に下級官吏を選出する事を主眼としている試験ね。 この試験の特色は、貴族籍に入っていない者でも受ける事が出来るって所。 


 家を護る為には、多くの家臣団が必要なの。 王国の政治とも通ずる、そんな家政に必要な人員は常に払底状態。 王国の各種機関との折衝も有るし、貴族籍を有する者達だけで家政を回そうとしても、無理があるの。 だから、広く門戸を開けて、有力な商家の方とか、豪農の子弟さん達とか、大きな工房の連枝の方々とかも、受験し下級官吏資格を取得されるわ。


 『単年度学生』に成られる貴族の子弟も同じ。 そんな家臣団を纏めるのが、彼らなのよ。 そして、職位は、そんな彼等にとっては必須の資格。 最低でも下級官吏試験を突破する事が、家臣団の取り纏めには必要な事なの。 まぁ、優秀な人はあちこちに居られるわ。 上級官吏試験を突破された人もおられるのよ。

 

 制服の襟にその『職位』を示す徽章が付けられているから、一目瞭然なのよ。 農務官、商務官、財務官、法務官…… その他諸々……ね。


 私は、残念な事にその試験を受ける暇が無かったの。 既に『軍執政官』職を戴いていたけど、あれは西部辺境伯家における職位だから、本領、王都では無効。 御領の中でしか、私の階位職位は認められていないわ。 だから、本領、王都では、私は無位無官となって、単なる辺境伯令嬢って事になるのよ。


 『単年度学生』の方々の中では、そんな感じの人って、ほとんど…… と云うより、私以外は居ない。 皆さん何かしら、この国で公に認められている職位や階位を持っておられるからね。 既に貴族社会の中で『職務』に就いていらっしゃるって事。


 反対に『全過程学生』の方々は、ほぼ皆さん、無位無官。 だって十二歳で入学するのよ? それなのに、何かしらの階位を持っている方がおかしいわよね。 彼等は王立学園の卒業を以て、相応しい立場に収まるのよ。 人生を始める立ち位置が、最初から違うって事ね。


 『全過程学生』の方でも、十五歳の第一成人をもって、御家から従爵位を譲渡される方もいらっしゃるらしいけれど、それもあくまで、その御家の子供って事で ” 子爵 ” を名乗ってもいいよぉ~ って事らしいわ。 領内に於ける、その御子息、御令嬢の地位を示す為、領主様が与える()の爵位って事ね。


 つまり、陛下より下賜された、正式な爵位って事じゃ無いらしいの。 私が保持する『龍爵』と同じね。



 …………そんな身分制度に於ける『違い(・・)』なんかを、細々とお教え頂いたわ。 だから、『単年度学生』の皆さんの立ち位置は、『全過程学生』さん達と比べても、低いって訳じゃ無いのよ。


 ただ、あちらは、御家にとって、此れから、 ” 御家の未来を双肩に載せ、国と国民を安寧に導く主要な人 ”って事だから、ちょっと、交流には気を付けましょうねって事だったの。


     安心した。


 フェベルナの地で勉強した事が間違いなかったって事ね。 自分の知っている事と、王都で習う事柄が乖離していたら、どうしようと思っていたんだものね。 まずまず、王国法は全土で有効って事ね。


 …………よかったわ。


 授業は毎日ある訳じゃ無いの。 授業はあくまで基本。 『単年度学生』の主たる行動は、女性なら『御茶会』。 男性なら『社交クラブ』。 主な目的である、貴族社会で必須となる、『社交』の技術を磨く為に有るのよね。 一年限りの学生と云う身分で、意図的に緩められた身分制を以て、上位、下位関係なく交流出来る様に取り計らわれていたわ。


 最初は、『単年度学生』の間だけの社交。 そして、時期を見て『全過程学生』も含めた物に変わっていくわ。 いきなり、全部を混ぜるって事をしないのは、慧眼だと思う。


 そんな『単年度学生』の社交は、当然、副次的な目的も付いて回るわ。 皆さん既に何かしらの『稼業』と云うべきモノを持っておられるの。 その職責(・・・・)が、彼等に働きかけるのが、『他家との繋がりを得る事』。 そして、自分の持つ条件を提示して、何らかの交渉を行う場所とする事。 つまりは、情報交換、交流の『場所』って事。


 だから、『単年度学生』の皆さんは、活発にお茶会のご招待状を回しあっていたわ。 残念な事に、私はその輪に入れなかった。 ほら…… 宰相家の方…… 婚約者のフレデリック様から、宰相家別邸に於いての勉強を義務付けられちゃったでしょ?


 王立学園の授業以外は、全部(・・)の時間を取られちゃうのよ…………


 入学当初はかなりの数があった、招待状も、だんだんと数も減り、教室でも遠巻きにされ…… 無視はされないけれど、あからさまに困った人扱いはされちゃったのよ。 ガスビル侯爵家 別邸の教育官様方から、学園での社交を厳しく禁じられてねぇ…… 


 ご招待状のお返事を出す事さえ、止められたのよ。 辺境ではありえない『礼儀』なんだけど、ほら、「伯爵夫人」が強硬にそう仰られるのよ。 それが、王都のやり方なのだと、強くね。 なんだか変だなとは思うのだけどね。


 大人しくしていなくては成らない私だから、まぁ、そんな事も有るかなと、従っていたわ。 後で判る事なんだけど、これ、彼女の意趣返し。 それと、宰相家別邸での行動が、王都の貴族家としては、あり得ない事なのを糊塗する為に、私の横のつながりを切ったのよ。


 そんな彼女は、あとで、大変な目に合うのは…… 因果応報って事でね。 囲い込んで、洗脳教育でもしようと思っていらしたのかしらね?


 王立学園の授業内だけの社交って難しいのよ、ホント。 授業の内容的には、なんと云う事も無いんだけどねぇ…… 貴族間の『御付き合い』を、制限されているのは、ちょっとねぇ……



 ―――――



 そんなある日、ちょっと毛色の変わった招待状が届いたの。


 招待状と云うよりも、命令書? みたいな。 お姉様の嫁ぎ先である、バレンティーノ侯爵家の紋章がガッチリと刻み込まれたモノだったわ。 一緒に入っていたお手紙を、そそくさとペーパーナイフで封を切り、中身を出して読んでみたの。


 優雅で華麗な文字は、マルガレート姉様の御手によるもの。


 内容は、ガーデンパーティーに来いって事だけ。 貴族の…… それも、侯爵位第三位のバレンティーノ侯爵家の奥方らしい、奥ゆかしい文言ではあったけど、かなり強めの言葉の数々。 王都に来たんだから、『西部辺境伯家』の娘らしい、社交の一つもやって見せろって事なのよ。


 引き合いに弟妹である、フリオとエステーナの事を綴られていたのよね。 


 フリオは、十五歳にして学園でも学年トップの成績を収めていて、数多くの御令嬢や御子息と問題なく交流しているとかね。 エステーナは、その愛くるしさと如才なさで、高位貴族の子弟はおろか、第三王子殿下とも交流を持ち、バレンティーノ侯爵家の後ろ盾により、殿下の妃候補に挙がっているとかね。


 『その ” お(こぼ)れ ”で、宰相家の御三男の妻にと望まれたのだから、シャキッと社交もせよ。 フリオと、エステーナの第一成人の祝賀パーティーを執り行うので、その場で社交を見せてみろ』 


 との、思召し。


 ――― 馬鹿馬鹿しいわね。


 出席をご遠慮申し上げようと、思ったけれど、アマリアが止めるのよ。 それはもう真剣にね。




「マロン様。 ご出席なさってください。 本来ならば、社交を中心に学ぶべき時期では御座いませんか。 宰相家の無理強いで、今まで本来の目的を果たせなかったのです。 御屋形様も猟兵団総司令官殿も、気を揉んでらっしゃいます」


「ん~ と云う事は、つまり、アマリアは辺境領と連絡を取っているの?」


「逐一、ご報告する様に命じられております」


「……でもねぇ、お姉様の嫁ぎ先よ? それに弟妹も御厄介になっているんだし、あの子達の第一成人のお祝いパーティーに私が行っても……」


「いいのです。 ええ、構いはしません。 マロン様にはもっと広く、王都の事を見て頂きたいのです。 他家の方々との交流も禁じられた格好になっております。 が、今回は、バレンティーノ侯爵家からのご招待と云う事で、ガスビルの連中も文句は言えません。 出席して下さい。 姫様の為でもあります。 それに…… 姫様は王都に来てから、未だ王立学院と宰相家の別邸しか、足を運ばれては居られませんから」


「……まぁ、その通りね。 判った。 出席の方向で、考えてみるわ。 でも、訪問用のドレス…… どうしようかしらね」


「昼間のガーデンパーティならば、そこまで正装を要求はされません。 幾つか…… 使用に耐える様『お直し』したドレスがございますので」


「ん~~ そうね、アマリアに、任せるわね」


「はいッ!」



 なんだかんだ言っても、アマリアは私の侍女に ”専任 ”されているから、彼女に任せておけば、心配は要らないわ。 王都に来た本来の目的を思えば、出席は…… しなくちゃねぇ。 社交なんて、本当に久しぶりね。 最後に社交ドレスを着たのは…… 何時だったかしら? なんて、思いに耽りつつ、アマリアの手元を見詰めていたわ。



  ――――



 招待状が指定した日に、バレンティーノ侯爵家に向かったのよ。 ええ、街の乗合馬車でね。 身に付けるドレスは、お姉様が領都に残した、ちょっと『型遅れ』それでも、私にとっては豪華と云える、濃い緑色のドレス。


 お姉様と私とは体形とか身長とか体形が ”違い過ぎる”から、詰めて、削って、お直ししたモノ。 まぁ、十分に『訪問用ドレス』なのは違いないし、私も別段気にしなかったわ。 だって、フェベルナの地では、ほとんどの時間を私の正装である、「機動猟兵」指揮官専用の軽装甲で過ごしていたんだもの。


 ドレスを着る機会なんて、そうそう無かったものね。 だから、そのドレスがどれだけ地味なのかも、理解していなかったの。 バレンティーノ侯爵家に一番近い停乗合馬車の停留所から、徒歩で向かったわ。 いい御日和で、ガーデンパーティーが祝福されているって感じだったの。


 あんまりに良い御日和だったから、自然と表情も緩むってモノよ。 表情、変わらないけど……


 でも、門番の方はそうでも無かったみたいだった。 後で、アマリアにその時の状況を伝えた時、額に手を当てて、空を見上げたのよ。 寮に帰ってから、しっかりと、お小言を貰ったわ。




 ” どこの令嬢が、徒歩で招待された御家に向かうのですかッ! わたくしの帯同が許されていない今回のご訪問でも、幾ら姫様が『学生』の身分であっても、最低限…… その乗合馬車の御者に心付けを渡しさえすれば、別建てで馬車を用意し、訪問先の御邸の玄関まで乗り付ける事は可能です。 ”貴族”のお嬢様ならば、たとえ、準男爵、騎士爵の御家の方であっても、それが ” 普通 ” なのですよッ!”




 ってね。 あぁ、そうか、忘れてた。 フェベルナの地では、こっちから ” 訪問 ” する場合は、全て騎乗してたし…… 馬車での訪問なんて、機会が無かったし……


 辺境の地が『特殊』と云われる所以ね。 真顔で、その御小言を聞いていたら、深ぁぁぁい溜息を吐かれてしまった。


 まぁ、そんなこんなで、バレンティーノ侯爵家の御邸には到着したけど、ガーデンパーティに出席する人には見えなかったらしいわ。 直ぐに裏門に回されて、ハウスメイドの偉い感じの人と、執事らしき人が出迎えてくれた。


 一通りの質問が、執事らしい方から成されたの。


 確認されたのは、私が命令書に近い文言の『招待状』を持っていた経緯。 そして、私が『単年度学生』と云う立場で、御邸にやって来たという事。


 執事の方は、奥様(姉様)が王都に出て来た連枝を ” 手伝い ” 呼び付け、手配したと勘違いされてたようね。 訂正するのも面倒なので、手渡されるエプロンを付ける事に。 御領でガッチリと貴族の所作は教え込まれていたから、そのまま、奥へ奥へと連れていかれたわ。




「フリオ様、エステーナ様の第一成人のお祝いのパーティーの方は既に決められた者が居ります。 手薄になる本邸の…… 奥の間。 大奥様について貰います。 見るにしっかりとした礼法を修められておられるようですから」


「大奥様…… と、申されますと?」


「バレンティーノ前侯爵閣下の奥様に御座います。 此度のパーティーは、西部辺境伯家の御子息、御令嬢様方の、第一成人のお祝いに御座いますので、大奥様はご出席には成りません。 側仕えの人員に欠員が有ります。 奥様の思召しに御座いましょう。 大奥様はとても気難しい方でもあります。 礼法には特に気を付ける様に」


「そうなのですか。 ……はい。 承りました」




 いつもの様に『茫洋たる笑み』を浮かべ、丁寧に頭を下げておくの。 お姉様の御顔も有るし、後で私が妹で有る事が判ったとしても、嫌な感情を相手に持たれるよりは、何倍も得策だと思ったからよ。 敵を作るのは簡単だけど、一旦悪感情を持たれた後、少なくとも公平に見てくれるようにするのには骨が折れるからね。


 第一印象ってのは、簡単には変えられないモノなのよね。


 連れていかれたのは、御邸の奥深く。 後庭を望む一室。 よく手入れされているお庭は、領都の御邸のお庭を彷彿とさせるわ。 云われた様に、侍女の待機場所で、待機。 その場所から、バレンティーノ侯爵家の大奥様らしき人と、お小さい「男の子」を発見。 


 良く見てみると、どうやらお勉強中と云う感じ。 男の子は廊下より漏れ聞こえるパーティーの騒めきに、ちょっと気を惹かれているかな? って感じかな。 大奥様はそんな男の子を厳しい目で見ていらっしゃるの。  本日のパーティーの主賓は、申し訳ない事に私の弟妹。


 だから、バレンティーノ侯爵家の御継嗣様はきっと、ちょっとだけ挨拶に出ただけな筈よね。 可哀想って云えば、そうなんだけど、侯爵家の御家からすると、それもまた当たり前って事で。




「気も(そぞ)ろでは、教えも頭に入らぬでしょう。 一息つきます。 今の章まで終えてから、お茶にしましょう」


「……はい、お婆様」




 ほら…… 厳しい目で見つめられておられた大奥様が、痺れを切らしたわよ。 教育官では無く、大奥様自らが御教育されているのかぁ…… 相当な力の入れようね。 そうか…… あの男の子が甥っ子なんだ…… 初めてお目に掛かったよ…… そう云えば、ちょっと不機嫌そうな表情に、マルガレート姉様の面影を見る事が出来るわ。


 大奥様は、かなり不満げに辺りに目を走らせるの。 そうか、この部屋の中で休憩するには、漏れ聞こえるパーティーの雑音が気に成るんだ。 まぁ、そうよね。 云わば、居候の為のパーティーなんですものね。


 なら、その状況をどうにかするのが、私の役目…… なのだろうなぁ…… 邸内の廊下から聞こえる雑音が聞こえなくなる場所で、静かにお茶出来る場所…… うーん、そうね、なら、後庭でお茶するのはどうかな? 防音結界を張れば、雑音も完全に遮断できるし、風は気持ちいいし、いい気分転換に成るわよね。


 よし、そうと決めればやる事をやるわ。 そっと、侍女待機所を抜け出して、後庭へ続く扉を抜けるの。 お庭はよく整備されて、季節の花が咲き乱れているわ。 芝生はとても柔らかく、一面の緑色の絨毯の様。 風も爽やかな、まるで、神様に愛された箱庭のよう。


 流石…… 王都の侯爵家のお庭は素晴らしいの一言に尽きるわ。 あぁ~ フェベルナにも、こんな素敵な御庭が欲しいなぁ…… 有るのは、屯所の猟兵団の方々が踏み散らかした荒地だけなんだもんね。 芝生だって、野生のそれだし、雑草を刈り込んだだけのモノですら、そんなに無いし。 


 憧れちゃうよね。 ホントに。


 お庭の中央に、こんもりと葉を揺らすキノコの様な形をした木が植わっているの。 周囲を見回して、何処からでも見える位置に植わっていたわ。 遮蔽物は無い。 警護する側からしたら、理想的な場所ね。 欲を云えば、御邸の東の棟からもう少し離れて居たら、警備上は満点ね。 お庭に居た衛兵の方に、此れから中央の木陰にお茶席の用意をする旨を伝えたの。



「これからですか?」


「ええ、テーブルや椅子等は、此方で。 衛兵の方々はあの場に大奥様と御継嗣様が来られるので、その前に警備体制を構築してください。 ざっと見た感じでは、其方と此方に…… 四人程待機させて、あの東の棟の回廊を見通せる場所に一人。 これで、警護対象の監視体制は整えらる筈ですが、大丈夫でしょうか?」


「…………何処で御邸の絵地図を見られたのかッ!」



 急に怖い目で私を見て来たのよ、その衛兵さん。 でもねぇ…… 有体に言えば、前線での陣地構築を知っていれば、こんな事は『特別』でも何でもないのよ。 地形を見て、周囲にある構造物を考慮に入れ、安全に夜を過ごせる場所を見つけるのは、猟兵にとっては夜に十分な休息を取れるかどうかの『重要な任務』なんだもの。


 部隊に配置された新兵を『実戦教導』する時には、まず、『地形を読む』訓練をするのよ。 そうでないと、いつ死んじゃうか、判ったもんじゃ無いわ。 私も、ゴブリット兄様に随分怒られたんだもの。 嫌でも覚えたわよ。 だから、此れは習い性なのよね。



「西部辺境域の「西の森」に展開する猟兵は、地形と構築物から安全確保を考案します。 宿営地、野営地の選定には必須の技能となりますから。 それと同じな事ですわ。 御邸の絵地図は見た事は有りません。 実際の地形から、そう判断いたしました」


「……西部辺境域? 奥様(西部辺境伯家)御連枝の方で、ご家族に猟兵が居れるのか…… 成程、それならば、理解出来る。 警備は、君の案を考慮に入れる事とする。 ……この後、直ぐか?」


「……ええ、もう少しです。 まもなく、御声が掛かる事でしょう」


「承知した。 その…… そちらの手伝いは、どうする? 此方としても手伝っては遣りたいが…… なにせ、奥の人員が、表のパーティの手伝いに出ているのでな。 如何せん人手が足りぬ」


「問題は御座いませんわ。 どうぞ、良しなに」



 なんて、一応のお話合いをしてから、お庭の傍らに向かうの。 温室と思わしき場所に、鋳鉄製の丸テーブルと、椅子が置いてあったからね。 身体強化魔法を纏って、円テーブルを運ぶ。 うわぁぁ…… 軽い軽い。 いや、本当に軽いよ。 この鋳鉄製の丸テーブル…… 意匠にも拘った形で、『中抜き』されているのよ、これ。


 ちょっと検査魔法も紡いで見てみたら、中空に成っている部分まであったのよ。 重厚さと重さは違うからね。 いやぁぁ、王都の鍛冶技術の高さを見せつけられたよ。 こんな素晴らしいモノを作る職人さん…… 居るんだ。 フェベルナにも呼びたいなぁ……


 テーブルと椅子を中央の樹の木陰に設置。 【清浄(クリーン)】で、洗浄したわ。 円テーブルの周囲に防音の結界を張り巡らせる。 地面に魔方陣を打ち込むだけの簡単なお仕事なのよね。 その上で、侍女待機所に戻り、テーブルクロスやら、お茶の用意をする。


 テーブルクロスは、真っ白。 早速 持ち出し、テーブルに広げたわ。


 もう、それだけで、上品なお茶会の主賓席の出来上がりよね。 椅子を配し、お茶請けの準備と、ティーセットを整えた時に、大奥様の手が鳴るの。



「少し休みます。 茶の準備を」


「大奥様、奥庭に茶席をご用意しました。 どうぞ、お運びください」



 さっきの衛兵さんが、そう云ってお二人を誘い出して下さったわ。 良かった。 やるじゃん、あの衛兵さん。 私は、お茶道具の準備を全て銀盆の上に載せて、脇扉から裏庭に進み出たの。


 フェベルナでも、相手によっちゃ、私自らお茶を用意する事だって有るんだもんねッ! 出来るよ。 これだけは、お爺様にも強く覚える事を勧められたから、しっかりと学んだんだものッ!


 絶妙なタイミングで、お待たせする事無くお茶の準備が完了したわ。


 大奥様がカップを持ち上げ、一口。 ご機嫌斜めな大奥様の御顔が、ちょっと驚いた顔に成ったかと思うと、満面の笑みを浮かべられたの。




「これは…… 貴女が淹れたのですか?」


「お口に合えば幸いに存じます」


「いつもの茶葉をこれだけの芳醇に淹れられるとは、なかなか(・・・・)のモノね。 そういえば貴女(あなた)…… 見ない顔ね」


「本日のみ、臨時に御側に侍ります」


「そう…… お名前は? その所作、貴女、名の有る貴族の令嬢なのでしょ?」




 ほう。 流石に侯爵家の大奥様。 私の素性を所作から判断されたのね。 ならば、此方も相応に。 スカートの中程を摘み、足を深く折り、首を下げる。 淑女の礼をもってお応えするのよ。




「直言の御許可頂き、誠に有難く存じます。 バレンティーノ侯爵家 先の侯爵夫人の御前に伺候いたしましたのは、モルガンルース西部辺境伯家が次女、マロン=モルガンルースに御座います。 御尊顔を拝せし事、並びに、御声をお掛けして下さった事、感謝の極み。 本日一日限り、夕刻まででは御座いますが、御側御用をお勤めいたしますので、どうぞ良しなに」


「…………えっ?」


「……?」



 先程まで、威厳に満ちた先の侯爵夫人が、お口をポカンと開けて、まじまじと私を見詰めて来たのよ。 私も、ちょっと意表を突かれて、淑女の礼も解かず、そのまま大奥様の御顔をじっと見つめてしまったわ。 非礼だったかしら?




「マロン…… モルガンルース…… アレの妹御ですか? な、何故此処に?」


「わたくしにも、判りかねますが、姉からガーデンパーティーへのご招待状を戴き罷り越しました」


「いえ、そうでは無く、なぜ、此処で ” わたくしの側勤め  ”などしているの?」


「判りかねます。 きっと、モルガンルース辺境伯家の娘として、招待客としての装いに、相応しくない姿だったのでは、ないでしょうか? 表玄関から裏口に回され、このエプロンを戴き、こうして大奥様の御側に付く事と相成りました。 この事態は、姉の指示か、または、御家の方々の誤認かは、存じ上げません」




 どうも、想定して居なかった応えに、少々慌てられたのが感じられたわ。 大奥様は、腰を落とされていた椅子から立ち、遠くに侍っていた侍女の方に御声を掛けられたの。




「…………そう、……だったのね。 これは、バレンティーノ侯爵家の沽券と矜持に関わる事態です。 誰かメルビルを呼びなさいッ! マロンと云いましたね。 丁寧なご挨拶、有難う。 奥の主人として、貴女を「お茶」にご招待しましょう。 誰ぞ、モルガンルース家の御令嬢に椅子を」


「痛み入ります」



 私はそこで、侍女では無く客人としての振る舞いを求められたという事に成るのよ。 渡されていたエプロンを取り、椅子を用意して下さった侍女の方にお渡したわ。 なんだか、とても、混乱しているのが手に取る様に判るのよ。 でも、まぁ、ソレはソレ。 


 出来るだけニコヤカに微笑んで、エプロンをお渡ししたの。 軽く ” ヒッ ” って、息を吸われたのは、御愛嬌。 ほら、私の笑顔って、笑顔じゃないって云われる程だからね。 ちい兄様と同じなのよ。 特にあの出来事の後、上手く笑えなくなっていたしね。


 椅子の側に立ち、賓客として大奥様に対峙するの。 モルガンルース家の娘として、西部辺境伯の爵位を持つ家の娘としてね。 今度は、大奥様が頭を垂れられ、淑女の礼を私にされる。



「バレンティーノ侯爵家 翁侯爵夫人 グリモアール=エスト=バレンティーノに御座います。 モルガンルース西部辺境伯令嬢、マロン=モルガンルース嬢を、お招き出来た事、嬉しく存じます。 どうぞ、お席に」


「大変有難く存じます。 バレンティーノ翁侯爵夫人。 翁公爵夫人も、どうぞお席に」


「私的な空間ですので、どうぞ グリモアールと」


「では、私の事は マロンと」


「ええ、宜しいですわ、マロン嬢」


「有難く、グリモアール翁侯爵夫人」




 席に着き、改めてお茶会の始まりね。 まだ四歳児の甥っ子が、目を丸くして私達を見て居たの。 それを軽く咎める様に、グリモアール翁侯爵夫人は見詰め、言葉を掛けられるのよ。




「アントン。 立ってご挨拶を。 貴女の叔母であり、西部辺境伯家の御息女にあらせられる方です。 貴方もバレンティーノ侯爵家の男ならば、相応に敬意を以てご挨拶なさい」


「は、はい…… バレンティーノ侯爵家が継嗣、アントン=バレンティーノです。 お会い出来て嬉しく思います。 その…… 叔母上(おばうえ)?」


「はい、わたくしも、嬉しく思いますバレンティーノ様。 モルガンルース辺境伯が娘、マロン=モルガンルースに御座います。 マロンとお呼び頂ければ幸いに存じます」


「アッ、は、はい…… で、では、私の事はアントンと、マロンお姉様(・・・)!」


「えっ、ええ…… 有難く、アントン様」


「アントン。 お姉様では無く、叔母上でしょう」


「でも、お婆様。 エステーナ姉様は、お姉様と呼ぶように、お母様が仰っておいででした。 ” みこんのしゅくじょ ”に、『おばうえ』は、ダメと……」


「アレは…… 仕方の無い事を……」


「グリモアール翁侯爵夫人。 まだ、お小さいアントン様です。 系譜よりも、その方が呼び掛けやすいのであれば、そう呼んで頂いても宜しいのでは? 公式な場では、正式な呼称を使わねばなりませんが、私的な場所ですので」


「マロン嬢がそう云うのであれば…… 失礼ですが、まだ、アントンは……」


「理解しております。 ご指導の最中にございましょう? 西部辺境伯家は、名より実を取る家柄。 其処に敬意さえ有れば、わたくしは嬉しく思うのです」


「そうですか…… そうですね。 判りました。 私的な茶席ですからね。 アントン。 別の機会にこの事はじっくりとお勉強致しましょう」


「はいっ! お婆様、マロンお姉様!」




    ――――




 恙なく、お茶会になったわ。 ええ、恙なくね。 最初は戸惑っておられた、グリモアール翁侯爵夫人も、暫くして、本領を発揮され、貴族特有の遠回しな表現で、バレンティーノ侯爵家の内情とか、王都の貴族達のアレヤコレヤなんかの情報を興味深くお話下さったの。 私も、西部辺境域の情勢を交えて、お応えしたわ。


 結果、グリモアール翁侯爵夫人とは、とても善き年下の友人と云う立ち位置を戴いたの。 夫人自らそう仰ったのよ、凄い事なのよ。 大兄様にもちい兄様にも自慢できる事なのよ。 とても聞き上手なグリモアール翁侯爵夫人が、私の事を余すところなく聞き出されたのは、まぁ、情報収集に長けた高位貴族の御婦人の手腕ね。


 まして、私は何も隠そうとはしていなかったしね。


 私が、「龍爵」の保持者にして、()継嗣指定されている事。 フェベルナ猟兵団の指揮官にして、「軍執政官」職を与えられている事。 お母様より、「フェベルナの戦乙女」の尊称を譲渡され、フェベルナの地に於いて、その地を統べる者であると云う事。


 まぁ、そんな所かしら。 特に、「龍爵」を与えられていると云うと、とても驚いておられたわ。 ”龍爵 ”は、西部辺境伯爵家の従爵位ではあるのだけれど、ある年代以上の方々にとっては、辺境であろうと、本領であろうと、とても有名な ” 爵位(・・)  ” でも有るからね。


 今じゃ、そんなには、『有名』では…… 無いのかも…… だけどね。



  ―――――



 楽しく、興味深いお茶席は、夕暮れと共に終わりを迎える。



「マロン嬢。 何時でも、私を訪ねていらっしゃいな。 歓待するわ。 ええ、本当に。 アレと比べるのは何ですが、貴女はとても興味深い。 とても、ね。 もし、社交の場でなにか困る事が有れば、わたくしの名を出す事を許します。 わたくしと、友誼を結ぶの。 いいわね」


「御心、誠に有難く存じます。 社交の場…… 誠に有難くは御座いますが、わたくしには、思召しに叶う場所ではございませんわ」


「と云うと?」


「はい。 ご存知かもしれませんが、わたくしは宰相職 ”ガスビル侯爵家 ” の御三男であらせられますフレデリック=テュル=ガスビル子爵様との婚約を結びました。 いえ、あの方が仰るには、『結ぶ予定』に御座います。 その為に、宰相家に於いての 『 お勉強  』 を、ガスビル子爵様より強く御命令されており、学園の授業以外の時間を全てそちらに充てる事になっておりますの」


「……それは、如何なものかと思うのですが? 「龍爵」であらせられるマロン嬢の『 配 』と成るならば、その小僧の方がより多くの ” 知るべき事 ” が、有るのでは?」


「あちらは…… 宰相家。 フレデリック=テュル=ガスビル子爵様は、わたくしが『妻』と成り、宰相家に嫁入りする者であると、そう誤認されているのやもしれません」


「宰相家もその御積りなのですか?」


「予定に変更が有りませんので、その御積りかと?」


「……如何されますの?」


「直截的に云えば、王命により整えられたこの”婚約”をわたくしの一存ではどうする事も出来かねます。 が、辺境伯様より、最初の取り決めに反するならば、西部辺境領に卒業と共に帰還する事も ” 良し ” とすると御許可頂いておりますの。 たとえ、王国貴族の籍に列せられずとも、「龍爵」は西部辺境伯家の従爵である限り、フェベルナでのわたくしの地位に、いささか(・・・・)も揺るぎは無いと。 そう、申し付かっております。 今後の事を鑑みますと、貴族籍の取得は必要と思われます。 よって、王立学園の卒業までは王都に居りますが、それ以降は……」


「あちらの出方次第? でしょうね。 西部辺境伯様ならば、そう判断されますでしょう。 しかし、それでは、マロン嬢が王都で得る(・・)本来の目的を果たす『機会』が、無いではないですか。 ……宜しい。 翁侯爵夫人として、幾つかの筋に『 話 』を、通して置きます。 貴女が…… そうね、無事に本来の王都来訪の目的を果たしつつ、王都で過ごせるようにね」


「御心遣い、誠に痛み入ります。 夫人の御高配を賜り、とても嬉しく思います。 感謝申し上げます」




 陽が西に傾き、爽やかな風が通り抜けるの。 四歳の甥っ子は、飽きもせず私の顔を見詰めて、グリモアール翁侯爵夫人と、私の会話に耳を傾けているわ。 大人しいわ。 極力、優しい視線をアントン様に、向ける様にしていたの。 あの『壮絶な笑み』が出ない様に、慎重に、気を付けて居たのよ。


 ほら、何時もの笑みだと、きっと嫌われてしまうから。 既に、嫌われているかもしれなかったしね。


 でも、そんな事は杞憂だったわ。 だって、御暇(おいとま)する時間になって、立ち上がると、キラキラした瞳で、私を見詰めながら仰ったの。 それは、それは、可愛らしい御顔で。 真っ直ぐに私を見詰めながらね。




「ま、ま、マロンお姉様。 アントンは、姉様(ねえさま)に、お会い出来て嬉しく思います。 とても…… とても、嬉しく、思います」


「それは、よう御座いました。 わたくしもアントン様とこうやってお話する事が出来、心嬉しく思います。 グリモアール翁侯爵夫人の御導きを習得し、立派な貴族と成る事をお祈りいたします」


「あ、あ、有難う、マロン姉様。 お婆様と姉様のお話を伺い、お婆様が仰っていた御言葉の意味が見えました。 まだ、私にはわからぬ『お話』は多く在りましたが、お婆様がお教え下さる事柄が、如何に大切な事なのかを、知る事が出来ました。 また、機会があれば、お話を伺いたく思います」


「ええ、またの機会を得るよう、努力いたしましょう。 翁侯爵夫人様。 本日は ”お茶席 ” にお招き頂きました事、心より感謝申し上げます」


「マロン嬢と茶席を共に出来た事、嬉しく思います。 それでは、いずれまた近い内に。 ごきげんよう」


「ごきげんよう」




 気を張った「お茶席」なんて、ほんと久しぶりだったわ。 姉様に呼び付けられて、侍女に成り、賓客として持て成され、辺境伯令嬢として退出する。 なんだか、慌ただしく…… 充実した日だったと、そう思う様にしたのよ。 色々と申し上げるべき言葉は有るんだけど、それを口にする事は無いわ。


 辺境伯令嬢としての、私の帰りの足は 翁侯爵夫人ご自身が家令に直接言い付けて、ご用意して下さったのだもの。


 侯爵家の家紋入りの馬車で王立学園の寮まで、送って下さったの。 アマリアがびっくりしてたのは…… 言うまでも無いわね。 そして、ご訪問の様子を仔細に話させられたわ。 ええ、深夜までね。 その時に、彼女からの『叱責(お小言)」も、タップリと貰ったわ。


 深夜、”うんッ!”と背伸びして、お兄様方にお手紙を書いた。 バレンティーノ侯爵家のグリモアール翁侯爵夫人の知己を得たと。 そして、此方での生活で力になって貰えると。 そう、記した。



 もう一つ、甥っ子のアントン君。


 善き侯爵閣下となるべく、幼いながらも翁侯爵夫人の導きにより、着々と成長しているってね。 




 深夜の寮の部屋。



 小さく微笑みながら、久しぶりに善き報告が出来て、とても満足した事を覚えているわ。







 ―――参考、考察文献より



『暗闇の五年間』 の出来事を、専門とする歴史家は多い。 その期間が、シェス王国がその後に辿る国運を賭けた様々な施政の萌芽の期間であったと、歴史家のみならず、多くの者が認識している。 王家、宰相家、辺境伯家。 立ち位置は、様々であったが、王国の治世の舵取りをする高貴なる者達に何があったのか、真実はシェス王国史の『閲覧制限』によって、闇の中である。


 連綿と続く、シェス王国にあっても、その真実を知る者は、国王陛下以下、ごく少数の有資格者しか居ない。 更に言えば、彼等の口は堅く、真実が漏れ出す事は今も無い。 閲覧時に結ぶ『誓約』があるからだろうか。 命を賭して、漏らす事は無いと云える。 よって、歴史家や史実を研究する者達は、周辺に散らばる、貴族家の家書や、政府の公式文書からその真実を解き明かさねば成らなかった。


 中でも昏い闇の中に沈んでいるのは、今も尚、大いなる威光を放つ西部辺境伯家、モルガンルース家の実情。 『暗闇の五年間』の間に当主ハロルドが決断した事は、多々あり、その影響は今日に至るまで残っている。 その最たるものは、西部辺境伯家が有する「家紋」にも象徴される。


 シェス王国に於いて、本領王家の紋章は、『五首龍の紋章(王家の紋章)』。 王国貴族階位で二番目に属している家(注1)は、『一首龍の紋章』の紋章を使用する事に成っていた。 が、一家のみ特別に『三首龍の紋章』を許された家がある。 それが、西部辺境伯モルガンルース家。 更に言えば、その許しが下りたのが、『暗闇の五年間』の事であった。


 故に、西部辺境伯モルガンルース家に関しての考察に、多くの史学者が挑戦する。


 高名な史学者をしても、最も深き闇と言わしめたのが、西部辺境領南西部に位置するフェベルナ領であった。 フェベルナ領主家の家書は散文的であり、家臣の家書はその時期に関していえば、領主家が存在しない様な記述しかない。 『軍執政官』が置かれている時期でもあり、政体すらもハッキリせず、史学者達の手による紐解きは、困難を極めている。



(注1  シェス王国 王国貴族階位については別項目に譲るが、今も尚、当時の序列は生きている。 本項目を補填する為に必要なる事柄を抜粋するとすれば、シェス王国の貴族階位は、国王陛下を頂点に、次席は東西南北の辺境伯、四家が保持する。 王家の御身内たる公爵家は第三位で、政治的には隔離されている。 実質シェス王国の各大官たちを輩出する各侯爵家は第四位。 特殊な所で、『龍爵』家は、辺境伯家と侯爵家の間に位置し、従二位。 一代限りとされて居る。 次代からは準公爵家として遇せられ、従三位となる。

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[一言] 甥っ子のアントン君の下り、読ませていただきました。 エステーナまで出して、未婚の淑女は『お姉さま』と呼べと言われているとの説明は、さすがです。脱帽しました。
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