表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は私の道を行く。 構って貰えなくても結構です! 【完結】  作者: 梨子間 推人
第一幕 『その日』までの、夕日に染まった私の記憶。
4/25

3話 覚醒した事と引き換えに、大切な『人と表情』を失った私





 ……赤く輝く夕日の中で、すべての戦闘が収束した時




     それは判明したの。




 顔色を無くした、この地の領軍の人が、残敵掃討を終えた私とゴブリット兄様の元にやって来たの。 とても辛そうに…… 泥と血で汚れた顔に、滂沱の涙を流しつつ……


 とても…… とても、嫌な予感が私の心を締め付けたの。


 領軍の人の悲痛な表情から、予測できる最悪の事態を思い浮かべてしまったから。 何が起こったか、口にせずとも判ってしまったから……。 歓喜の声の中、その両軍の方が、ちい兄様に言葉を紡ぐ。 傍らにいる私にとても、気を使っているのも、理解出来た。 それまでの喜びが急激に萎み、身体を締め付ける様な緊張が私を縛ったの。


 言葉は短く、そして、断定的に……





「まだ…… まだ、意識は御座います。 が…… しかし…………」


「どこに居られる」


「あの岩陰に……」


「マロン。 行くぞ」


「は、はい…… お兄様」



 顔色を無くしたちい兄様は私を伴い、夜の帳が下りる前の荒れ地を、ひた走る。 真っ赤な夕日の残滓がまだ、辺りを赤く染め上げていた。 領軍の方が先導し、やがて立ち止まる。 決定的な情景が、私の目の前に有ったの。 見たく無かった現実を見せ付けられたわ。



 岩に上半身を預けていたお母様。



 (メティア)や面覆いは、既に取られ、金色の御髪が風に揺らめいておられたの。 私達の姿をお認めに成り、心の底から安堵したと云う風な表情を浮かべられた。


 残念な事に…… 本当に残念な事に…… 脇腹を抉られ、内臓が零れ落ちているのが…… 私の視界に大きく映る。 静かな…… 本当に静かな声で、お母様が言葉を紡がれた。 ひたすらに、ただ、ひたすらに慈愛に満ちた御声だった。




「よくぞ、無事に戦い抜きました。 ゴブリット。 マロン。 貴方達は、私の誇りです」


「母上……」「お母様……」




 膝を付き、お母様の前に進み出る私達。 ゆっくりと瞬きをし、眩しいモノでも見る様に、私達を優し気に、本当に優しい視線で捉えられたお母様。 吐き出す言葉は、途切れ途切れだけど、意識はしっかりと保たれ、私達に強く強く語り掛けられたの。




「……辺境に於いて、死は常に側に有るモノ。 その(あぎと)は誰にも平等に訪れます。 嘆く事は有りません。 ……私は本望なのです。 この地に於いて、私の大好きな辺境のこの地に於いて…… 私の愛するフェベルナの地に於いて…… この地を護り抜き ”果てられる事 ”は、何にも増して喜ばしい事なのです」



 項垂れる私達を前に、慈愛に満ちた笑顔で、そう仰られるお母様。 瞳の中の光は揺らぎ、今にも遠き時の輪の接する処へ旅立たれようとされている。 でも、その残り短い時間を、私達の為に御遣いに成って下さっていたのよ。 一言一句を聞き逃さぬ様に、お母様を見詰めたの。



「『私の時間』も余り無いでしょう。 ゴブリット、マロンを ……お願いします。 マロン。 貴女には、私の『指揮権』を移譲します。 ……『フェベルナの戦乙女』の名も貴女なら相応しい。 よく遣り抜きましたね。 ……私の子供達、 ……私の愛する子供達。 遠き時の輪の接する処で、正妻様に嬉しい『ご報告』が出来ますね。 まさに…… 『辺境の子』等を得ました…… と…… 」




 ゴボリと、お母様の口から血塊が零れ落ちる。 瞳の光はいよいよ揺らぎ、それでも毅然と、そして、真正面から御心身の最後の時を受け入れらておられたの。 そして、苦しい息の下から、最後の…… 最後の言葉を紡ぎだされたの。 私達へ…… 祈りの言葉を……




「こんなにも愛しい子供達に…願います… ゴブ……リット。 マァロン…… どうか、この地を…… どこまで…… も… どこま… でも…… ま…… もっ…… て…… 」




 紡がれた祈りの言葉。 さらに御口から零れ落ちる血塊。 その矜持と覚悟と、何よりも満足気な血塗れの御顔。 最後に優しく微笑まれ……、お母様は旅立たれたの。 お母様の『崇高な生き様』を、見せつけられた私は……



 言葉を失い、感情が崩壊して…… 泣けなかった……



 悲痛に胸を締め付けられても…… 感情が大きく大きくうねり、爆発したけれど、それを表に出せなかった。 悲嘆に暮れる領軍の兵の前では、お母様の娘では、いけなかった。 この戦装束を纏う限り、西方辺境伯家の者である限り…… 




 ――――― 泣いては、いけなかった。




 お母様の亡骸に対し、最敬礼を捧げ、その御身をお母様が最後まで装備されていた ” 戦装束のマント ” で包み込み、尊き聖遺物を抱き上げる様に、腕に抱えられたゴブリット兄様。 其処に居た勇猛果敢な戦士の方々、そして、本領の猟兵の方々に対し、ちい兄様は吠える様に言葉を紡ぐ。


 チラリと私に視線を向けられるの。 ちい兄様も泣いては居られない。 其処には、貴族としての矜持と、実戦指揮官としても誇りがあった。 ここで嘆いても、感情の儘に荒ぶっても、何も解決する事は無いと、そう御自身に言い聞かせる様だったわ。 そして、その視線は言っていた。 『しっかりしろ、お前は西部辺境伯家の者なのだ』 って。


 お母様の御身を腕に抱きながら、その場に集う兵達に、大音声でちい兄様は告げる。 お母様の最後の言葉を皆に告げる。 それが、残された者が一番最初にしなくては成らない 『 義務 』 で有るかのように。




「偉大なる『フェベルナの戦乙女』、マスカレード=モルガンルースは、フェベルナの地の礎となった。 後を託されたのは、此処に居る西部辺境伯家が次女、マロン=モルガンルース。 我が妹だ。 マスカレード様が最後が時に継承成された、新たな『フェベルナの戦乙女』と成りし、我が妹マロンだ。 この地に住まう者共へ問う。 旅立たれた母上殿(側妻様)の遺言に疑義の有る者は声を挙げよ。 無ければ、その忠心を示せ」




 真っ赤に燃え上がる戦場跡。 私達兄妹を取り囲む様に佇んでいた強兵(つわもの)達が膝を付き、(こうべ)を垂れるの。 私は、お母様を失ってしまい、胸の奥に大きく昏い穴が、血を流しながら開いた。


 ただ、ただ、余りの衝撃に……


 全ての表情が抜け落ちて……


 呆然とその情景を見詰めるしか、出来なかったの。





  § ――― § ――― §






 泣けないまま私は、『葬送の儀』の日を迎えたの。


 フェベルナの墓地で厳粛に行われた『葬送の儀』。 葬礼の黒衣を着用した私は、御当主様の後ろを、足音も立てぬ様に付き従う。 黒のベール越しの景色は、全ての色が抜け落ちたように見える。


 今回の魔物暴走(スタンピート)で命を落とされた方々を埋葬するのは、フェベルナの礎と成られた方々が眠る場所だったわ。 広大とも云えるその墓所には、新たに建てられた、幾十、幾百の真新しい墓石が建立され、立ち並んでいたの。


 「魔物暴走(スタンピート)」の対応には間に合わなかったけれど、援助に来て下さった北部辺境領、及び 南部辺境領の領軍の方々、そして、北部、南部辺境伯様方、その御身内の方さえも参列して下さったの。


 覚悟を以て、民の平安を願い、『命』を対価に「義務」を果たした皆に対し、シェス王国の同じ辺境伯の家名を背負う者として、貴種と騎士の最敬礼を以て、功績を称え、魂の安寧を祈ってくださった。 



 その祈りは、多分……


    きっと……


      お母様に向けられたモノだと思う。



 辺境に住まう、辺境を守護する者として、お母様の生き様は…… 『辺境の矜持』は、確かに最敬礼を以て讃えられるモノでもあったのだから。


 辺境伯家が成さねば成らない『 責務 』なんですものね。



  ―――



 合同『葬送の儀』に成ったのには、理由も有るのよ。 本来ならば、フェベルナの各家で埋葬し、『葬送の儀』を行うの。 普通はね。 でも『それ』をするには、残されたフェベルナの貴族達には、莫大ともいえる負担となる。 「魔物暴走(スタンピート)」で相当に痛めつけられた フェベルナの地の貴族達には、重すぎる負担だったわ。


 合同葬儀にしたのならば、その分の費用負担はすべて西部辺境伯家に於いて賄う事が出来る。


 まして、先の側妻様である お母様 もまた…… この地…… 『フェベルナ』の礎となったのだから、傷の浅い領都以東の方々も、相応の負担を願い出られたわ。 彼等の安寧が誰の犠牲によって、護られたのか、判っておられたから。 西部辺境領だけでなく、シェス王国にとっても、その犠牲は尊い物だったの。



 『葬送の儀』は、西部辺境伯家が喪主となり、失われた命の葬送を行う事となったの。



 大兄様は、諸事情を勘案し、側妻様(お母様)の『葬送の儀』を領都では執り行う事はせず、ここフェベルナの地に骸を『永久の眠り』に付かせる事を決断されたわ。 ”遠き時の輪の接する処でも、フェベルナの地に生まれし魂を護る為にも……” そう仰っていたと、伺ったの。


 一つ、心に引っ掛かりが有るとすれば…… 先の辺境伯であるお父様、”モルガンルース従伯爵様 ”、御義母様、バレンティーノ侯爵夫人、そして、中兄様と弟妹達、王都に住まわれる縁の方々が、参列されなかったと云う事。


 弔辞は手紙で、大兄様(御当主様)が受け取られたけれど…… 残念でもあり…… やっぱりね、って思えたの。 王都とは距離があり、葬礼には間に合わないと云うのが理由だったわ。 その事実は、参列された方々の中でも、色々な想いで受け取られた様ね。 でも、大兄様である、御当主様が喪主として列せられ、双眸に涙を浮かべながらも荘厳な祭祀を執り行われた。 


 その御様子を見られた『参列者の方々』は、先の西部辺境伯の欠席と云う、本来ならば激怒モノの事柄も胸に納められ、礎に成った方々の冥福を祈られていた。 そんな『葬送の儀』に於いて、参列者の方々は、声を潜め、口々に囁かれる。



 ” 辺境の意地と誇りは、この場に有り。 王都には存在せず ”と。 




 フェベルナの広い墓所。


 青々とした芝生に真新しい幾多の墓石。




 葬送の儀に於いて、帝都より何故か間に合った『 導師たる神官様 』を迎え、粛々とそして、荘厳に、『礎』となった者達の安寧たる旅路を祈ったわ。



 お母様…… 皆を、お願いします。


      誰一人、欠ける事無く、遠き時の輪の接する処へ……



   と、そう……  お祈りしたの。





 § ――― § ――― §





 『葬送の儀』が始まる前に、御御兄様(辺境伯)ご夫妻はフェベルナの地に来られたわ。 そして、短い時間のなかで、大兄様とゴブリット兄様で何やら、色々な事を決済(決断)をされていたの。 御義姉様は、側妻様(お母様)を失った途轍もない喪失感に泣き濡れて、公務すら覚束ない。 だから、私が御相手するしか、仕方なかった。


 私が泣けなかったのも、そんな御義姉様を御慰めしなくてはならなかったからなのよ。


 延々と泣き濡れてしまう、御義姉様を御慰めするのは、私にとってとても辛く…… 徐々に心が冷えて固まるような感じがしたのは、私だけの秘密なの。


 フェベルナの状況は想定できる最悪に近いモノだったから。 このバラバラに成りかけているフェベルナの御領の事を思うだけで、暗澹たる気持ちになったのよ。 だって…… 


 いくつものフェベルナの地の貴族家が存亡の危機に立っているのは明白なのだから。


 大兄様は、何よりも優先して、この地(フェベルナ)の人心の安寧に心を砕かれたの。 その結果、ゴブリット兄様との短くも濃密な話し合いが行われたとも云えるのよ。 その余りに短い時間だったので、内容は私も知らされなかった。


 ――― それを知ったのは、『葬送の儀』の、後での事(・・・・) ……だったのよ。




    § ―――― §




 『葬送の儀』が終わり、参列して下さった『来賓の方々』が帰路につかれた。 そして、これからを考える時間に成ったの。 フェベルナの地の一番古い血筋を誇る御家、『モルガンアレント子爵家』に、フェベルナの地に領地を持つ貴族が集まったわ。


 大兄様(辺境伯様)が臨席の元、今後のフェベルナの地についてのお話合いが始まった。


 フェベルナの主だった貴族にしても、相当に疲弊したわ。 歯の抜けた櫛の様になってしまった、フェベルナの地の貴族の家々の方々。 有力と云えた家も、そうでない家も、御当主様や御継嗣様が、お母様とご一緒に逝かれたんだものね。


 辺境領の領主として、お兄様は決断を求められてもいるのよ。 フェベルナを治める家臣団の再編成をしなくては成らないんだもの。 十五歳で、第一成人を迎えていた私もまた、西部辺境伯家の者として『その場』に、同席していたわ。


 ――― 皆の暗く沈んだ表情が胸に突き刺さるの。


 夫も子供も失った未亡人が、家の当主代理として喪服に身を包んで悲しみに耐えつつ、今後の事に心を痛めておられたのよ。 爵位は…… この地の尊き者達は、代々の西部辺境伯様が信任されて下賜された物。 代々の御当主様達が、彼等の献身に対し叙爵したのよ。


 だから、国王陛下から下賜された爵位では無いわ。 だからこそ、大兄様の一存で、家の存続が決まるの。 領の法典では、当主、継嗣が居ない家は、爵位を失うって事に成っているの。 こんな事態を想定していないのは、確かね。


 皆、戦々恐々としているのが、「手に取る様」に判るのよ。


 ゴブリット兄様が、まず言葉を発せられる。 主に領軍に関しての事だったわ。 猟兵団主力の力及ばず、この地に惨劇を引き起こしてしまった事を、心より詫びられた。 亡くなってしまった者達の献身を最大限に褒め称え、彼等無くしては、平穏が訪れなかったと明言された。


 この事を以て、領の法典の一部を無視する事を決定したと云われたの。




「当主、継嗣を失った家は、その妻を以て当主と任ずる。 この地に根差す各家は、西部辺境伯家にとって、掛け替えの無い者達である。 その名跡は護られてしかるべきである。 然るべき者を当主に据え、今後もフェベルナを護って欲しい。 御当主様(辺境伯様)の決断でもある。 この度の、かつてない規模の魔物暴走(スタンピート)に於いて、フェベルナの地に根差す各家は甚大な被害を受けた。 当地の警備すら危うい程に」



 一旦、此処で息を入れられるゴブリット兄様。 皆を強く見る。 そして、殊更強く言葉を発せられたわ。



「この戦で失われた、マスカレード=モルガンルース母上の言葉もある。 この地の対魔物防衛は、集約せねば成らない。 臨時とは言え、母上は総指揮官として、この地に赴いた。 各家の領兵を良く纏め、狂暴化した魔物を良く退けた。 そして、栄誉ある死を迎えられ、受け入れられた。 ……最後の時、あの方は仰られた。 此処に居る西部辺境伯家の娘であるマロンに、総指揮官職を引き継ぐと。 その場に居た者ならば覚えがあろう。 そして、側妻様がお受けに成っていた『フェベルナの戦乙女』の尊称もマロンに手渡された。 ……貴殿等は、これから艱難に立ち向かわねば成らない。 そう、領の平穏と安寧を取り戻さねば成らない。 しかし、それを成すには、余りにも痩せ細ってしまった。 ならば、我ら惣領たるモルガンルース辺境伯宗家が手を差し伸べなくては成らない」



 後方に座し、成り行きを見詰める大兄様(御当主様)にチラリと視線を向けられるゴブリット兄様。 その視線は、何やら怒りすら含んでいるようにも見えた。 何をお決めに成ったのか。 これから、何を云われるのか…… 私は、背に冷たい汗が流れ落ちるのを感じていたの。



「国境警備、及び、フェベルナの森の巡察は、此れより辺境領猟兵団に集約する。 マロン、お前は辺境領猟兵団総司令官たる私の副官として、この地(フェベルナ)の猟兵団の指揮官に任ずる。 また、その指揮官職には『軍執政官』としての役割も追加し、フェベルナの地の政務の一端を担う事とする。 本来ならば、俺が遣らねばならんのだが、俺では…… この地の崇高な「戦乙女」を失わせしめた私が、この地を統べる事は大きな反発を受けると、兄上に指摘された。 この地の者からは忠誠を捧げられる事は無いだろうと。 しかし、お前は別だ。 ……マロン。 やれるな」



 えっ? 私? 私が、”軍執政官” ? 臨時に置かれていた、フェベルナ臨時猟兵団の指揮権限を抜本的に辺境領の猟兵団に組み入れ、更に、私をその指揮官たるちい兄様(ゴブリット兄様)の副官に据え、この地に派遣するだけでなく、この地の政務にまで口を挟める、この地を治める方々の一段上の職務たる、”軍執政官職 ”を…… 私に?


 思わず仰け反りそうになったの。



「マロン。 お前は母上殿から『フェベルナの戦乙女』の尊称を受け継いだ。 この地に根差し、この地の為にその献身を『責務』とする者と成ったのだ。 兄上…… いや、御当主様がお決めになったのだ。 『年齢』も『知識』も『経験』も、何もかも足りないと言上、申し上げたのだが、今の危機を乗り越えるためには、そして、この地の者達を納得させられるのは、お前だけだと、そう御当主様が仰ったのだ。 足りなければ、助力を乞え。 権能と知恵、知識を持つ者に助力を乞え。 此処に集いし者達は、皆、知っている。 モルガンルースの家に生まれし者が、何者であるかを。 ならば、いずれは成さねばならぬ事なのだ」



 静かにそう言葉を紡がれるゴブリット兄様。 お母様の最後の情景が目に浮かぶの。 そして、最後の御言葉も。 だから…… だからね…… シンと静まり返ったこの屋敷のこの場所で、私は決めたのよ。 心を定めたと…… そう云えるわ。




「…………お受けいたします。 『軍執政官』として、この地に平穏と安寧に導く事、努力いたします」




 私の言葉を受け、ほぉぉ…… と溜息が漏れるの。 呆れかえっているのかと云えば、違うみたい。 息を詰めて、私の ” 諾 ” の応えを、待っていたって感じなの。 大兄様(御当主様)が、渋く苦い笑みを浮かべ、私に語り掛けてくるの。




「マロン。 済まない。 しかし、お前しかこの地を纏める者は居らぬ。 居らぬのだ。 あの惨劇を乗り越えたお前しかな。 お前の献身は、此処に居る者達は身をもって熟知している。 マスカレード=モルガンルース母上は、出来ぬ者には託されぬ。 お前ならば、この者達を率いる事が出来る。 領都からどんな者達を遣わせたとしても…… お前ほど、この者達の心を強く掴む事は出来はしないだろう。 モルガンアレント子爵殿。 そうで有ろう? 貴殿の孫娘は、『フェベルナの戦乙女』の敬称を受け継いだ者なのだからな」




 御顔に、深く皺を刻み込んだ 老齢の戦人(いくさびと)が、私の前に一歩その足を進めるの。 目には哀悼の光を宿しながらも、身体からは覇気が漲っているの。 お爺様…… なのよね。 この方は。 薄っすらと、凶悪とも云える表情に笑みが浮かぶ。 それは、まるでゴブリット兄様の様な…… 笑み。


 血の繋がりを強く感じてしまう。



御当主様(御屋形様)。 失われた命を嘆く事は、止めにいたしましょう。 先々代様の御世、私も共に戦いました。 我らには『責務』があり申す。 御当主が仰られた通り、我が孫娘『マロン』が、軍執政官に任ぜられたとするならば、孫娘の言葉に従わぬ者は居りますまい。 いや…… 従わねば、成らぬのですからな。 「フェベルナの戦乙女」の名は、それ程のモノなのです」



 痛まし気な視線を私に向けるお爺様。 しかし、この災厄に見舞われた、この幸薄きフェベルナの統治に、僅か十五歳で立ち向かわねば成らない、幼いとも云える私へと向けられた視線だった。 ええ、力不足なのはよく知ってましてよ。 でも、わたしが『その任』を承知しないと、このフェベルナの地から、安寧が遠ざけれてしまう。


 しっかりと、その視線を受け止め、そして、小さく頷くの。 出来る限りの事は、遣りますと、そう強い意志を視線に乗せてね。 お爺様は瞑目され、そして、やがて、ゆっくりと瞼を開けられた。 小さく問われるの。 それは、とても哀愁に満ち満ちた声だったと、そう記憶している。




「マロン…………  亡きアレは…… 善き母であったか、マロン」


「……はい。 お爺様」


「アレは…… 皆も知っての通りの娘だった。 誇り高く、慈しみの心を持っておった。 マロンよ…… 母の様に、このフェベルナの地を愛せるか? この幸薄き、不毛の土地を」


「はい。 わたくしにとって、辺境は愛すべき場所。 この地に平穏と安寧を(もたら)す事は、わたくしの『 責務 』と、申し上げても過言では御座いますまい。 その為には、皆様の御力とお知恵を貸していただけねば成りません。 若輩で小娘でしかないわたくしでは御座いますが、精一杯…… 努めます故、御連枝の方々には、何卒ご指導 ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます」


「心は定まったか。 良かろう。 御当主様(御屋形様)。 軍執政官だけでは、貫目が足りませぬ。 其処は、如何する御積りか」




 お爺様の御言葉も尤もなのよね。 並みいる貴族の皆さんに号令を掛け、御領の平穏と安寧を護るには、何の階位を持たない私にはちょっと無理っぽいもの。 大兄様《御当主様》は、意味有り気に薄く微笑まれる。



「マロンに授けるべき階位は、『 龍爵 』。 かつて、この辺境領を駆けずり回ったモルガンルース辺境伯家の猛き武人が、御自ら名乗った『 階位 』を、授けようと思うのだ。 『辺境伯猟兵団の特任遊撃部隊』と云う猛者共を率い、縦横に西部辺境域の安寧の為駆けずり回った漢が戴いていた、モルガンルース辺境伯家の ”従爵位 ”だ。 辺境伯の右腕として、この西部辺境域に於いて、大いに ”猛勇 ”を誇った方だった」


「西方の尊き守護飛龍の階位をお与えになりますか…… 『 龍爵 』を、ですか。 率いたのは主に、フェベルナの地の漢達であったか…… 成程、成程…… 辺境伯家の従階位ですな。 と云う事は、御領主様(御屋形様)の片腕ともいえますな」


「私には真に信頼する龍が二人いる。 『伏龍』と『飛龍』と言う所か。 マロンと同時にゴブリットにも、『龍爵』に叙爵する。 職位とすれば、マロンには、辺境猟兵団指揮官と、軍執政官。 ゴブリットの副官に任じるが、西部辺境領 モルガンルース西部辺境伯家の中ではゴブリットと同位の二位の権限を有する者とする。 権能もそれに付随する。 無手勝手(勝手気まま)とは行かぬが、相応の権能は保持すると思って頂きたい。 ……他の辺境領でも、まして、中央では聞かぬ爵位だがな。 マロンには、『龍爵』を与える。 この地には『それ程(・・・)』の権能保持者が必要なのだ。 これでも、苦渋の決断を下したのだよ。 ゴブリットは、きっとこの地には受け入れられぬだろうし、コイツには、やらねばならぬ事がある」




 苦虫を何匹も一緒に噛み潰したかのような表情を浮かべるハロルド大兄様。 視線の先にゴブリット兄様が居たの。 同じような…… いえ、もっと剣呑な表情を浮かべ、睨みつける様にハロルド大兄様を見詰めるゴブリット兄様。


 幾つもの思惑と『責務』が絡み合った結果の『 決断だ 』と云うように頷かれるハロルド大兄様。 悔し気に(まなじり)を上げるゴブリット兄様。 若く幼い私が『軍執政官』にして、西部辺境域にのみ通じる尊き ” 龍爵 ” の階位を、戴く事になったのは、お兄様方お二人にしても、それしか方策が無かったからに違いない。


 続けて、モルガンアレント子爵に強い視線を向け言葉を紡ぐハロルド大兄様。 深く渋い御声で申されるのは、辺境伯家の ” 恥 ”たる部分。




「他の兄弟姉妹は…… まぁ、そう云う事だ。 アレ等は、辺境の地の子では無いのだ。 心は王都、王城に囚われて居る。 辺境に根差す者達とは、少々事情が異なる。 父が側妻様の『葬送の儀』に参じなかった事で、察して欲しい。 その上…… マロンは第一成人を越えたとは言え、まだ十五歳。 シェス王国の貴族と認めれる為には、十八歳に成るまでに、一度王都の学園に通わねばならん身なのだがな。 幼い妹にこんな重大な責務を課すのは、兄として忸怩たるモノが有るのだ。 それは、ゴブリットにしても同じ。 しかし、状況は逼迫しているのだ。 成せる者を遊ばせるほど、この地には余裕が無いのでな」


「…………左様ですな。 この爺、御当主様(御屋形様)の御宸襟、伺い知り申した。 ……マロン。 この地の者はお前を支えよう。 お前は、この地の未来に…… 光を置くのだ」


「はい、モルガンアレント(お爺様)子爵様。 モルガンルース(ハロルド大兄様)辺境伯様、マロンは、この任に有りて、力の限り勤めます事、御誓い申し上げます」



 『責務の重さ』を重々承知したかのような、静かで重い声でハロルド大兄様が言葉を紡ぐ。



「事は成ったな。 ……ゴブリット。 怖い顔で睨むな。 お前とて、モルガンルースが漢だ。 お前にも成さねばならぬ事が有るのだ。 兄弟姉妹、手を取り合って御領に光を紡ごうでは無いか」




 睨みつけていた視線を瞼で閉じたゴブリット兄様。 深く、深く、溜息を漏らされる。 すべては、災厄が起こってしまったから。 大切な人を亡くして、心が傷つき、表情が上手く作れなくなっても…… 私達は生きて行かなくては成らないんだもの。


 そう、貴種として生まれ育った者の『責務』が…… 有るんですものね。


 私はシェス王国、爵外の階位『龍爵』を、「御当主様(大兄様)」から授かり、 ”軍執政官” として…… そして、辺境伯猟兵団の特任遊撃部隊を率いながら、この『フェベルナの地』の平穏と安寧を護る者となったの。




 それはそれは、大変で……



 死に物狂いで東奔西走し……



 泣きたくなるような日々の……





               始まりだったのよ。










シェス王国史 : 八九八年 西方辺境域報告書より抜粋。 §305 18-20


……この災厄の犠牲者一同を合同葬儀により鎮魂す。 北部辺境伯が一軍、南部辺境伯が一軍、参列す。 シェス王国安寧の為に散った者達の魂の鎮魂を祈願す。



 ―――参考、考察文献より



 ……同年、西方辺境領、モルガンルース西部辺境伯家の於いて、ゴブリット=モルガンルースが『龍爵』に叙爵されている。 西方辺境伯家猟兵団を纏め、良く「西方魔物の森」を鎮定した。 『西方伏龍』と呼称される。 また、同時期にもう一人、『龍爵』に叙爵され、『西方飛龍』(注1)と、呼称される事が、地方史書に散見されるが、当時のモルガンルース家に於いて、西方辺境領に在していた漢は、当主ハロルド=ファス=エミリシア=モルガンルース、及び、ゴブリット=モルガンルースのみで、他の兄弟は王都に在していた。


 よって、『西方飛龍』の尊称は、『西方伏龍』が活動した時の尊称と考えられている。




(注1 :その人物が実在するとして再度文献を確認すると、西方辺境域の古文書には、もう一人の「龍爵」が女性であったとの記載も有るが、当時の社会情勢を考慮すると、可能性は低いと考えられている。 大災厄ともいえる、特大の「魔物暴走」が発生した王国歴898年当時、西部辺境伯領に「龍爵」を担える大人は、その災厄の中で命を落とした、側妻マスカレード=モルガンルースしか考えられないが、モルガンルース家の家書に彼女が叙爵した形跡は無い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ