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私は私の道を行く。 構って貰えなくても結構です! 【完結】  作者: 梨子間 推人
第一幕 『その日』までの、夕日に染まった私の記憶。
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2話 貴族の矜持と、『辺境の子』として『覚醒』を迫られる私




 ――― その日までは、のほほんと暮らしていたのよ。 ―――




 そんな平穏な日々を突き破る様に、トンデモナイ事件が発生したの。


 ゴブリット兄様(ちい兄様)は十八歳でね、魔物の森の砦の主に成ったの。 そう、辺境領最強の猟兵団の司令官に就任したの。 新たに御当主様である大兄様のご意向と肝煎でね。





 その年に、辺境伯爵領にトンデモナイ危機が訪れたのよ。





 ゴブリット兄様からの至急報が、早馬で御邸に届いたのは、うららかな春の日。 そして、事は風雲急を告げていた。 王都では、大雑把に「西の森」と呼ばれている、おおきな領域を覆う魔物の森。 辺境伯家が治めるこの土地の脅威。


 国境は「西の森」の西側。 巨大な山脈が壁の様にそそり立つその麓にあるけど、そこから東側に広がるのがその「西の森」と呼ばれる魔物の森。 大きく三つの部分に分かれているのよ。



 西北部の比較的安全な北方辺境域と領境にも成っている、コローナの森。


 深く危ない中域のヘーゲンの森。


 そして、南方辺境域と領境にも成っているフェベルナの森。




 脅威度が高い「ヘーゲンの森」には、監視所であるヘーゲン砦が聳えるの。 


 ゴブリット兄様が赴任し、その超絶的な「武威」と、精強なる辺境猟兵団が護りを固める場所なのよ。 その西の要の砦からの至急報。 御邸はにわかに騒々しくなるの。 当然ね。 あの(・・)ゴブリット兄様が、至急報で何かを伝えられて来たんですもの。


 騒然とする御邸で、耳をすませば、其処彼処から聞こえる「魔物暴走(スタンピート)」の話。 刻々と過ぎる時間と共に、次々に舞い込む至急報。 矢継ぎ早のその使者たちが、大兄様(御当主様)に奏上しているのが、私のお部屋からも聞こえるのよ。




     曰く…………




”ヘーゲンの森の魔物達が狂暴化し溢れ出している。 ゴブリット司令官殿がその討伐と対応に追われている。 『魔物暴走(スタンピート)』に成り始めている。 西部辺境領の領都にも脅威が迫っている。 現有戦力で領都方面には向かわせぬ様に対処中。 北方は抑える目途は立った。 しかし、南西部フェベルナの地については、戦力不足の為、対処が後手に回っている。 ” 等々。




 後手に回っている…… つまり、猟兵団による防衛は『諦めなくては成らない事態』に、追い込まれつつあると云う事ね。 その地域が、南方辺境域の領境にあるフェベルナの地だったって事。



 ――― トンデモなく危うい状況が発生したのよ。



 だって、南方辺境伯領との交易路は、あの森の近くを通るんですもの。 さらに云えば、西方国境に向かう主要街道も近くに通っているわ。 フェベルナの森近くの辺境領は、領の経済を考えると本当に大切な場所でもあるの。 だって、フェベルナの森の失陥は、この西方辺境域では死活問題に成りかねないんだもの。


 勿論、ゴブリット兄様だって、その事はよくご存知よ。 でも、そちらを助けるために猟兵団を分けると、暴走した魔物達が領都に押し寄せる事が明らかなんだもの…… どうしようも無かったって事なのよ。


 出来る限りの手は尽くさないと…… いけないんだけど……


 でも、其処を積極的に防衛する手立てが無いの。 あちらに振り向ける事が出来るほど充実した猟兵団は 領都には居ない。 兵力が有るのは、フェベルナの地の各家の兵だけ。 対魔物戦に特化した猟兵を差し向けなくては成らない事に変わりは無いわ。 少なくとも、猟兵指揮官は、絶対に必要なの。


 西方辺境伯猟兵団だって、数の限りが有るんですもの。 領都の一個大隊の猟兵は最終防衛の為に動かせない。 十分な数の指揮官を手当てする事も、難しいわ。 貧乏な西方辺境伯家には、幾つもの猟兵団を抱えるだけの余裕は無いんですもの。


 勿論フェベルナの森近くを御領とする幾多の騎士爵家、男爵家、子爵家も存在する。 でも、彼等の家臣団では…… 領の軍団たる猟兵団とは違って、それほど戦闘力は高くないんだもの。 各地の治安警備が彼等の本来の仕事。 そんな彼等を根こそぎ動員したって…… 指揮命令系統は統一されていないし、各家で練度の差も大きいし……


 それに、克己独立の気風の強いフェベルナの御家の方々。 いくら、ちい兄様(ゴブリット兄様)が御強いと云っても、まだ年若いちい兄様を、中々に受け入れて下さる様な方々でも無いしね。 ええ、それは、それは強情頑固な方々なのよ。 余りにも個性が強すぎて、各家を纏めフェベルナ全体の指揮をとる者が居ないと云っても過言ではないわ。


 大兄様もご苦労なさっている…… と云うよりも代々の御当主様方の頭痛の種とも云えるそんな場所なのよ。


 これは、何としても、フェベルナの地域の防衛を考えないといけない。


 辺境伯家は決してフェベルナを軽視しては居ないと、そう云えるような断固とした手を打てなければ、最悪離反されてしまう可能性すら否定できないわ。 対処を間違えれば、未来に途轍もない禍根を残してしまう。


 ヘーゲンの森が落ち着くまで、どうにか民を避難させつつ、街道を護り、そして、溢れ出る魔物に対峙しなくては、フェベルナだけでなく、西部辺境領全体の経済が、隣接する南部辺境領の経済が、そして、西方域の国境防衛の任に当たっている兵団が…… 何もかも瓦解し壊滅してしまうわ。



 御当主様(大兄様)も、ゴブリット兄様も、それをご承知の筈。 



 でも…… 実際には、何もかも足りない。 優良な猟兵と、それを指揮する実戦指揮官。 特に旗頭に成る指揮官が居ないのが致命的なの。 大兄様は御当主様として、この領都を出る訳には行かないし、南方辺境伯、及び、北方辺境伯に警戒を呼び掛けなくては成らないわ。 合力を『お願い』するにも…… 正規の手順を踏めば、相当の時間が必要だし、御当主様が発せられる『 御親書 』が必須なの。 




 ―――― だから、大兄様(御当主様)は動けない。




 御当主様の代理を、御義姉様(辺境伯夫人)にして頂く事は無理よ。 まだ、嫁してから幾許も立っていないし、この辺境伯家の領地に関しての知識もこれからって時期よ?


 そんな中、御声を挙げられたのは、先の側妻様。 つまり、私の生母様(お母様)


 西部辺境伯家の者として、私も出席を求められていた『円卓の間』での会議に於いて、『魔物暴走(スタンピート)』への対処が話し合われた時の事なの。 未だに矢継ぎ早に、ゴブリット兄様からの速報は届いている最中にね。 御当主様(大兄様)ご夫妻と、同席された家臣団が勢揃いしている中、先の側妻様(お母様)は声を上げられたの。



御屋形様(御当主様)。 わたくしが参りましょう。 フェベルナには、わたくしの生家である『モルガンアレント子爵家』が御座います。 フェベルナの者達の気性も地の利も、なにより、フェベルナ森の事を、良く存じております」


「先の側妻様…… いや、お義母様(・・・・)が征かれるのですか? 待ってください。 それは、余りに危険です」


「危険は承知の上です。 しかし、わたくしは、この辺境領()の民。 そして、『貴種』と呼ばれる者ですわ。 『貴種』と呼ばれる者には、課せられた『責務』があります。 また…… フェベルナの地は、少々難しい土地柄でもあります。 御当主様に、『お義母様(・・・・)』と、呼ばれるわたくしです。 息子の為には、無理も無茶も致しましょう。 出陣に際し、わたくしもかつての様に戦装束を纏い戦塵に塗れる事、厭いは致しません。 それが、わたくしに求められし『役割』で、御座いましょうしね」



 腕を組み、目を閉じ、熟考を続けられている大兄様。 不安げにその様子をご覧に成られている御義姉様。 他の誰一人も、何も言わない。 『円卓の間』には、重い、重い沈黙が広がる。 そんな中、お兄様の呟き声だけが耳朶を打つの。



「しかし…… いや…… そうか…… あの地は、お義母様(・・・・)の事を、”尊称 ”を以て大切にされている…… それしか…… それしか、方策は無いか。 しかし…… 残念だが、それしか無いのか……」



 やがて、全てを勘案したお兄様は、重く非情の決断を下されたの。 沈黙を破る大兄様の御声。 



「無理を承知で、お願い致します。 お義母様。 彼の地の事をよくご存知の貴女ならば、統括して頂けましょう。 ゴブリットが来るまでの間だけ結構です。 『フェベルナの戦乙女』たる貴女に、お縋りするしか方策は無いでしょう…… 不甲斐い当主に御座いますね。 申し訳なく思います。 済みません。 何卒、ご無理なさらず、必ずの御帰還を」


「なんの。 御屋形様御当主様こそ、この様な事態となり、ご心労も多くありましょう。 ご自愛くださいませ。 ゴブリットが来るまでの間、彼の地フェベルナの事は、お任せあれ!」




 びっくりした事。 それは、側妻様(お母様)武人(もののふ)だったって事。 そしてソレを大長兄様(御当主様)が、ご存知だった事。 『 戦乙女 』の尊称を戴く女性と云えば、前線に出て『 その手 』で魔物達を屠る『 女性の猛者(つわもの)』の事くらい、この家の娘なら知っていたわ。 でも、そんな伝説みたいな人がお母様だったなんて……


 でも…… 成程と、納得もしたわ。 だって、ゴブリット兄様の生母様でも有るんですものね。


 そうと決まれば、やるべき事はすぐさまに。 お母様も一旦は別棟に向かわれ、そして、戻ってこられた。 その姿、まさに…… フェベルナの「戦乙女(・・・)」だったわ。


 戦装束を御召しに成ったお母様は、とても凛として…… 武人と淑女を同時に兼ね備えた美しい『 戦乙女 』だった。 御義姉様に憧れていた私は、自分のあまりにも浮ついた心に羞恥を覚えたの。 だって、お母様の姿に別の…… そう、別の…… この辺境領を統べる辺境伯家の一員たる者の『 覚悟 』を見たのよ。


 正妻様がお亡くなりになり、中央との繋がりを持つべく、見眼麗しい中央の高位貴族の妻を後妻と成すお父様。 お父様は女婿なので、先の正妻様との間の子(ハロルド大兄様)以外は、本来の意味で云うと、西部辺境伯家との血の繋がりは無いのよ。


 お父様の御再婚相手を選定する時に、中央寄りの連枝の者達と、この領に根差す古き血の盟友である者達の思惑の差が有ったのは、紛れも無い事実なの。



 ―――― それが側妻様(お母様)が、西部辺境伯家に嫁してきた理由でもあったのよ。



 その側妻様の実子たるが、ちい兄様(ゴブリット兄様)と、私の二人。 華やかさに欠ける西部辺境伯家の二人。 何故か、唐突に、ストンとそんな思いが私の心の中に嵌り込んだの。 


      そう、私は 『 辺境の子 』。


 この地に根差す、この地の民。 この地の平穏と安寧を護る事が、私達兄妹に課された義務生まれて来た意義。 強く、心に、その思いが灯ったの。 


 ならば、『その想い』を胸に、大兄様にお願いしよう。 辺境の民に危機迫る時に、辺境伯家の血に連なる者として、辺境の土地に根差した者として、矜持を持って  ” 気高く強く穢れなく ” 


 お母様が出陣なさる日に、私は執務室で難しい顔をされている大兄様にお願いをしたの。



西部辺境伯様(御当主様)。 お願いがございます。 わたくし マロン も、側妻様の「責務」に合力したく思います。 力なく、か弱き者なれど、何卒、ご配慮と御認可を」



 真摯に願い出るの。 十五歳の私。 暇さえ有れば、猟兵団に入り浸り、猟兵達と同じく訓練を重ねて来たのだ。 小娘には違いない。 力なく、ポンコツな私が前線に出ても、何の役にも立たない可能性もある。 でも、此処で西部辺境伯家の名を背負う者としての矜持が、グッと頭をもたげたのよ。


 西部辺境伯家の者は、誰も見殺しにしない。 手を尽くし、その救援の手を差し伸べるのだと、何時もぼんやりとしていると云われていた『私の表情』が、引き絞られる。



 『民が窮する時、その血、覚醒す』



 古くから西部辺境伯家(我が家)や連枝の家に於いて、語り継がれる血脈のなせる業か……。 その言葉が事実で有る事を自身を以て理解できたの。 厳密に言えば、私には西部辺境伯宗家の血は流れて居ない。 けどね、私は西部辺境伯 モルガンルース家の娘。 辺境に根差した『辺境の矜持』を、継承する者なんだと、血が熱くなった。



御当主様(大兄様)。 何卒、御認可を」



 重ねて願う私の顔をマジマジと見た モルガンルース(大兄様)辺境伯。 私の顔に浮かぶ、ある種の『剣呑な表情(覚悟の決まった顔)』に言葉を詰まらせている。 見つめ合う瞳と瞳。 やがて、ゆっくりと頷きつつ、御言葉を戴けたの。



「魔物の暴走。 民の危機。 破られるは、辺境の安寧。 …………西部辺境伯家に生まれたモノの血潮の騒めきか、はたまた、辺境の地に生まれた、辺境の子の矜持か。 止めは出来ぬか………… 良かろう。 その血脈の中に流れる熱き血潮の求めに応じるマロンが気持ち良く判った。 出陣を許そう。 ゴブリットの奴め、何を妹に教え込んだのだ。 いや、マロンの中に辺境の血筋を見出したのか……。 大切な約束を一つして貰おう。 マロン。 側妻様の御側を離れるな。 お前や側妻様が傷を負うなど…… 許し難い事だ。 しかし、この状況下、無理を押すしかない。 我等、モルガンルース西部辺境伯家の者は、決して領民を見捨てはしない。 ……征け、辺境の民の安寧の為。 なにより、お前の血が、そう望むのだ。 突き進み、民の安寧を手にしろ」



 御義姉様が大きく目を開いて、驚かれているの。 女性が、それも子を成していない未婚の女性が戦場に立つのは、西部辺境伯家の御領でも、領地の西方に位置する家の方々だけなんですものね。 異常なのは、重々承知しているわ。 その上、ゴブリット兄様に鍛え上げられた『私』が纏う闘気は、男性のそれと変わりない程なんですもの。 ええ、西部辺境伯領の西方に位置する家は、皆そう云うお家。 それを率いる西方辺境伯家の者もまた、同じで無くては成らないの。 


 そうなのよ…… この御領に息づいている『辺境の子の血脈』は、深く静かに『時』を待つ者なのよ。


 お部屋で、軽装甲猟兵の装備を纏い、腰には標準剣を帯びる。 出陣に際し、ゴブリット兄様から頂いた軍馬を使わせて頂くわ。 目的地は、側妻様が向かわれた フェベルナの地。 付き従う者達は、かつてゴブリット兄様が付けて下さった、私の教官だった人達。


 朝日が昇る前


 朝靄が漂う西部辺境南域への街道。


 民の安寧を護る貴種たる我、血脈に流れる『辺境の守護者』たる矜持を胸に、いざ、征かんッ!




 § ――― § ――― §




 フェベルナの森に到着してからの半月。 必死になって動き回ったの。 兵站に心を配り、街道を死守し、以て西部辺境域の経済的崩壊を押し止める。 森に入っては溢れ出た魔物達を屠る。 お母様と一緒になって、前線に出陣する。


 私達の護衛にと付いて来た猟兵団の諸先輩方も私達の護衛の任を解き、中級指揮官として此方の各家の兵の方々の指揮をお任せしてね。 これはお母様の御指示。 いえ、フェベルナの総指揮官としての願いでもあったの。 頭が居なくては、『烏合の衆』に成ってしまうから。


 ゴブリット兄様の目からしたら、それこそ児戯にも等しい編成だけど、手持ちの駒はその方々しかいらっしゃらなかったから仕方ないのよ。


 フェベルナの御家の方々は、辺境領の経済を支える、南方辺境域との交易路と押さえていらっしゃるでしょ? 其々の家の方々は、その事にとても誇りを持ってらっしゃる。 その誇りは…… とても高くて…… 言い換えれば、『 頑固 』なのよ。 だけど、魔物はそんな事を斟酌してくれないわ。 御自身の力を見誤った有力な男爵家や子爵家の御子弟等が何名も討ち死にしてしまわれる。


 そんな状況を指を咥えてみて居る事など、出来なかったんだもの。 強権を以て、強引に この地の方々兵達を再編成したのよ。 それが、お母様…… 総指揮官のするべき判断だったって事。


 それにね、ヘーゲンの森で頑張ってらっしゃるゴブリット兄様の部隊…… ええ、頑張り過ぎちゃったのよ。 ほぼ撃滅戦に成っているって、領都経由でこちらにも連絡が来てた。


 魔物達は強い者の気配には敏感なのよ。 追い散らされた魔物達の集団は、ヘーゲンの森の北側には向かわずに、フェベルナの森に集まりつつあるの。


 ヘーゲンの森の北側のコローナの森はコローナ伯爵領として、随分と早くから手が入っているし、あそこの家臣団は、領軍である猟兵団と遜色がない程に鍛えられているわ。 それに、指揮命令系統も一本化しているしね。 対してフェベルナの森に近い場所は小さな御領に分割されていて、纏まりを欠いているの……


 追い散らされた魔物達の集団は、徐々に集結を始めて南下しているのよ。 そう、フェベルナの森に向かってね。 その後を追うようにゴブリット兄様の部隊が追撃している。 ピンと来たの。 体術の鍛錬の合間に、ちい兄様(ゴブリット兄様)から、お教え頂いた、幾多の戦術について。



 これは…… 個々の戦いを見るのではなく、大きく視点を切り替え無くてはッ!



 作戦としては…… 『槌と金床』に近いわ。 ええ、きっとそうよ。 きっと、ちい兄様(ゴブリット兄様)は、それを意図して動いておられる。 集めて、まとめて叩き潰す御積りだと見たわ。 (ちい兄様)に比べて、金床(フェベルナの方)が随分と頼りないのは、仕方の無い事。 その意図を見越して、私は準備を始めるの。


 ゴブリット兄様の進軍方向と魔物達の動き。 領都経由ではあるけれど、情報を集めてなんとか全体像を浮かび上がらせるの。 うんうん唸りながら、フェベルナの森の地図をにらみ続けるの。




 兵站の拠点で。


    前線の森の中で。


      街道に設置された警戒所で。




 情報から導き出した答えがあったの。 ちい兄様の進軍方向が『収斂』していたの。 ちい兄様は、ヘーゲンの森の三方向から『押している』のが領都経由の情報で判明したの。 その力の向かう中央点は…… フェベルナの森と ヘーゲンの森が接する場所のほど近く。 廃れてしまった洞窟迷宮が、かつて(・・・)有った場所だと推測出来た。


 その時には、洞窟迷宮自体が崩落して、もう迷宮は無くなってしまった場所。


 鬱蒼と茂るフェベルナの森の中では、洞窟迷宮崩落の影響で樹々も小さく、十分に育っていなくて、見通しがとても良い、開けた場所。 金床(待ち受ける場所)にするには、十分な立地ね。 その場所を見出して、直ぐに各級指揮官に配されている猟兵の諸先輩方に、御進言申し上げたの。 



     ” お兄様の作戦意図 ” をね。



 流石に諸先輩の方々は、この戦況を良く見ておられた。 早速その場所に向かって進発して、ゴブリット兄様の意図を慮った ” 用意 ” を、始められたの。 魔法による罠を作り、投石器や落とし穴なんかも設置し始められたのよ。 勿論、側妻様(総司令官)の御許可を以てね。


 そんな中、私は、 なんとか、お兄様と直接連絡を取れないか、模索したの。 意図は伺い知れるのだけれど、ハッキリとした事が判りかねたんですもの。 それを知らねば、作戦は場当たり的なモノと成って、取り零しも多くなり、将来に禍根を残すわ。




 ちい兄様との連絡には、臨時編成の『索敵小隊』がその任についてくれたの。




 彼等の頑張りのお陰で、お兄様の司令部に繋ぎが付いて、構想をお話頂けた。 思っていた通りだったの。 でもね、ちい兄様は、側妻様(お母様)と私が戦場に立っている事を、思いのほか心配して下さった。 情報の伝達に問題が有って、此方の状況を詳しくお知らせする事が出来なかったらしいわ。


 お母様に直ぐに連絡が入り、お母様と私は、直ぐに後方に下がり、後は任せろと云われたけれど、魔物の分布と総数に、それは出来ないと、そうお母様は御応えされて居たの。


 渋々ゴブリット兄様は状況を御認めに成り、(くだん)の場所で落ち合う事になったの。 思っていた通り、あの場所を最終決戦の地と成る様に、御考えに成っていたわ。 お母様も、それしか無いと考えておられたわ。


 フェベルナの総指揮官として側妻様(お母様)は、号令を発せられたの。 フェベルナの森に散開している各家の家臣団に対して、洞穴迷宮跡の『その場所』に向かって魔物達を追い立てる様に指示を出された。



 頭から魔物の血を被って、何日もお風呂に入れない、悪臭を放ちつつ泥の様に眠る小汚い私。


 身体強化魔法を纏って、傷付き倒れた領の人を引き摺った、私。


 安全地帯まで後退する皆を護って、殿(しんがり)を勤めるなんて事も、幾度も有った。


 傷付き、横たわる 護るべき命(・・・・・)が有るのなら、覚悟を決めて魔物の群れに突撃した事だったら幾らでも……


 両手に血刀を下げて、肩で息をする私を幾人の人が見た事か……


 形振(なりふり)なんて、構っていられない。



 正念場がそこまで来ている……。 そんな感じで作戦は推移して行ったわ。 もう、みんなボロボロなのよ。 フェベルナの各家は、御当主様、御継嗣様を含む甚大な人的被害を出していたの…… それでも、曲がりなりにも士気を維持しているのは、ゴブリット兄様だけでなく、お母様と私も戦場で血刀を振るっているから。


 決して、『西部辺境伯』モルガンルース家は、この地を見捨てる事はしないって。 それを体現するのは、西部辺境伯家の者の役割でもあり、矜持でもあったんだもの。




 ――― 決死の包囲網を閉じる為に……



  ――― わたしの大切な人達が、民の安寧を護ると云う『責務』を全うし……



   ――― 幾人も、幾人も、遠く時の輪の接する処に向かわれた。





 皆…… 死を覚悟して戦ったわ。 だって相手は『 死 』を認識する事の無い、暴走中の魔物なんだもの。 私達は、皆が皆 命を糧に、この地の安寧を護る為に奮励努力したの。 でも…… やはり、魔物の数は膨大で…… 作戦意図は曖昧になり、ついに『混戦』になった。


 魔法猟兵の遠距離攻撃も、機動猟兵の近接攻撃も、結界猟兵の重厚な魔法結界も…… すべてが綯交ぜに成ってしまった、そんな混乱と暴虐の風が吹き荒れる戦場。 隣で血刃を振るう猛者が、次の瞬間にその身体を引き裂かれるのよ。


 私が頼りに出来たのは、習い覚えた、身体強化と魔法防御と手数の多さ。 魔物を狙い、繰り出す標準剣を幾度も磨り上げた『薄刃の刀剣』のみ。 


 頭から魔物の血潮を被り、それが渇く間もなく更に降りかかる。 息は上がり、焼けつくような痛みが肺を覆う。 感知魔法の術式を張り付けた瞳は血走り、魔物の動く姿を察知する。 跳び、跳ね、叩き込む。 幾度も幾度も繰り返し、目の前の敵を屠っていく。 


 私達の後ろには、フェベルナの地の善良な民が居る。 彼等を護る力を持つ『強者(もののふ)』は、全てこの地に集結している。 私達が抜かれる事、すなわち、善良なる人達が 『財産』も、『生活』も、そして、『命』すら失う結果に繋がるのよ。


 見過ごせない。 そんな、未来は要らない。 この西部辺境の地の『辺境の子』たる私には、そんな事は許容できない。 だから、自分の全てを振り絞って戦い抜いたの。 




 何時の間にか、お母様とも離れ離れになっていたわ……




 お母様も又、血刀を振り回して必死に戦っていた…… いつ離れてしまったのか、それすら判らない。 ただ、お母様の戦った場所には、多くの魔物の骸が転がっていたのは確かよ。


 でも、やっぱり、戦は数…… 対魔物戦に於いて、猟兵の数の差は、命運に直結するのよ。 魔物暴走スタンピートの恐ろしさを、まざまざと見せ付けられた。 ぐるぐると、ぐるぐると、戦場を駆け巡り、魔物達を屠っていく。




 何時までも続く様に思われた戦闘も、やがて、剣戟の音が遠のき…… 静寂に収斂していくの。



 

 戦塵が収まり、集合の命令がゴブリット兄様によって発令された。 フェベルナ総指揮官のお母様の声は無かった。 生き残った者達は、皆、ゴブリット兄様の命令に服する。 皆、同じように血と泥に濡れて、疲れ切っていたわ。 それでいて歓喜に上気した明るい表情を浮かべていたのよ。


 お母様は、どこかでお怪我でもされたのか…… 何処かに下がられたか…… 一緒に戦っていた筈の私ですら、お母様の居場所は判らない。 でも、きっと何処かで、この喜ばしい情景をご覧になって居る筈。 


 ただ、赤い夕陽が膨大な数の魔物の骸を、赤く染め上げていたわ。 お母様にご報告しなくては。 お母様と、戦い抜いた喜びを分かち合いたかった。 あちらこちらで歓声が上がっている。 私は、ゴブリット兄様の元に参じて、お母様の居場所を聞こうと、重い足を引きずる様に歩いて行ったの。


 周囲を歓声に取り囲まれていた ゴブリット兄様は、夕日のせい だけでは無い、赤く染まった大地を見詰めながら、大きく安堵の息を零されていたわ。 私の姿を認めると、私だけに判る優し気な視線を投げ掛けられたの。 そして、小さく拳を握り、胸を叩かれた。 誇らしげに。 責務を全うした喜びを示す様に。




     終わった……




        ――― やっと、終わったのよ。





           私達は、安寧を奪還したと…… 





               確信したわ。






シェス王国史 : 八九八年 西方辺境域報告書より抜粋。 §205 25-30


……多くの犠牲を払いつつも、フェベルナの森に於いて、『魔物暴走(スタンピート)』は終結した。 西部辺境伯家 西部辺境伯猟兵団は、その三分の一を失う。 最後の激戦地であるフェベルナの森北方に於いての戦闘での死者が最も多く、この度の『魔物暴走(スタンピート)』での喪失者総数の六割を記録す。


 名立たる者、無名の猟兵を問わず、多くの強者が、フェベルナの大地に還る。 その喪失者の中で最も高位の者は…………

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