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私は私の道を行く。 構って貰えなくても結構です! 【完結】  作者: 梨子間 推人
第二幕 夜の闇を駆け、明日への光に向かう、私の疾走。
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18話 王都に凱旋。 早速の『謁見の間』へのお呼出し。 戦場帰りの私を見て慄く方々を前に、戦闘詳報を陛下に捧げる。 何もする事のない贅沢を味わいつつ、眠る、私。




 王都に入り、王城に向かう。


 街路には街の人々が溢れかえり、歓声を上げているわ。 軍の人達の慌ただしい動きで、王都の庶民の方々は、それはそれは、恐ろしかったでしょうね。 凱旋する私達を見つけ、安堵の喜びに歓声を上がる人々。


 でも、その歓声もちょっと静まる事があるの。 その静かに人々は、ちい兄様の御姿を直接『見た』人達なのよ。 そうなのよねぇ…… ちい兄様の厳つい御顔は、どうしたって、人々に恐怖と畏怖を与えてしまうの。


 びっくりして泣き出す子供達だっているわ。


 でも、そこまで大きな混乱が起こっていないのは、前鞍に乗る第三王女殿下が居られるから。 蕩ける様な表情を浮かべ、無垢で神聖な少女の様な佇まいに、厳つい雰囲気のちい兄様の存在感が、幾分 ”抑えられて ”いるからね。


 まさしく、『美女と野獣』 グフッって、変な笑いがこみあげてきたの。 ちい兄様が憮然として、私を見咎められるのは、御愛嬌ね。


 王城『馬場口門』に着いて、其処で王宮侍従長様のお出迎えを受けた。





「モルガンルース龍爵ヘーゲン卿、並びに、モルガンルース龍爵フェベルナ卿。 国王陛下がお待ちに成っております。 此度の擾乱について、仔細をお聞きに成られたいと」


「承知した。 即時の伺候命令か?」


「はい。 リリーア殿下に於かれましても、同席を望まれておられます」


「承知した。 このまま、向かう」




 ち、ちい兄様ッ! そ、それは如何なモノかと。 私、血脂に濡れていましてよ? 相当に匂いますわよ? ほら、侍従長様も御顔を顰められておられますわよ? そんな私に、たったの一瞥しか呉れないちい兄様。




「大隊諸君。 及び、マロンが中隊の諸君は、王城の施設を使わせて頂き、身を清め身体を休めよ。 ……侍従長殿には、王城西方辺境家の兵舎を開けて頂きたい。 開錠の権能は貴方がお持ちの筈」


「承知いたしました。 しかし、謁見の間への案内は……」


「必要無い。 場所は知っている。 副官も含め五名。 その旨を通達して頂ければそれで良い」




 強気な発言ね…… 流石、ちい兄様ね。 尊大とも受け取れる、そんな言葉に侍従長様が鼻白むわ。 職務を遂行しなくても、問題ないって云われているようなモノだからね。 でも、それはダメ。 ちい兄様が器の小さな漢だと思われてしまうわ。 王都の礼儀では、拙速は不躾と見なされるわよ。 だから、私が御注意を、申し上げないとね。 




「ヘーゲン卿。 侍従長様に於かれましては、陛下より賜った使命が御座います。 それを無下にするのは、陛下の『ご威信』に、仇成すのではないでしょうか。 勿論、兵達の事は大切です。 ならば、兵舎を開けて頂き、此方に侍従長様が御戻りになるまで、お待ちするのが『筋』というもの。 王都には、王都の作法が御座いますわよ」


「……そうか。 そうだな。 すっかり忘れていた。 侍従長殿、済まぬ。 今しばらく、此処で待つ。 良いか」


「御意に…… では、早速。 猟兵団の皆様方、此方に」



 侍従長様、私に向かって黙礼して下さったわ。 傍若無人なのは、変わらないのね。 ふぅぅ…… まぁ、いいけどね。 ちい兄様らしくて。 ポカポカとした陽光が降り注いで、身体を暖かくしてくれる。 徐々に乾いて行く私。


 纏う軽装甲(装具)に『赤黒い塗料』をぶちまけた様な『魔獣の血脂』が乾いて、ぽろぽろと落ちて行く。 あぁ、早く洗わないと、匂いが染みついちゃう。 でも、直ぐに陛下の元に来いって、そう云う御命令だから仕方ないわ。


 リリーア殿下も、ちょっと不安気ね。 確かに、重装甲の鎧下である、簡易装甲しか付けていないから、いわば、下着姿みたいなものだし…… あちゃぁ…… 気が付いちゃったかぁ。 モジモジされるリリーア殿下が、なんとも恥じらいを示す、『淑女』に変わられたわ。


 荷馬車に積まれていた、殿下の重装備は、御城の方が持って行ったわ。 眉をしかめ、盛大に吐息を吐かれていた。 まぁね。 あれほど壊れちゃったら新造する方が早いしね。 高価な軍馬も失ってしまったし…… 損害額を考えると、胸が悪くなる。


 リリーア殿下、この感覚が…… 判るかな? いつも、予算とにらめっこしながら、領の財政と整備を天秤に乗せている ”軍執政官 ”としての、私の苦悩が原因なのよね。


 乏しい予算の配分は、常にフェベルナの安全を守る足枷と成るの。 だから、領を豊かにしないと、その豊かさを護れない。 卵が先か、鶏が先か…… 難しい問題なのよね。


 そんな思考を弄んでいると、侍従長様がお帰りに成られたの。 時間としては、短かったと云えるわ。 装備を解いて、着替える時間なんて、勿論 無かったわ。 仕事が早いのよ侍従長様。 流石、王城勤め。 私達の前に帰ってこられた侍従長様は、しっかりとした口調で、御言葉を述べられる。



「猟兵団の皆様は、兵舎に入られました。 従卒たちが対応致しましょう。 まずはご安心を。 どうぞ、こちらへ。 御先導致します」


「うむ、宜しくな。 行こうか」




 侍従長様を先導役として、ちい兄様を先頭に王城に入る。 入ってしまえば、後は『謁見の間』まで行くだけなのよね。 はぁ、沐浴したい…… 突然、ちい兄様が私に声をかけるの。




「マロンは、面体を取らないのか? 王城内では、顔を見せねばならんのでは無かったか?」


「ちい兄様、此れには、少々、理由が御座いまして……」




 ちい兄様のご質問には、答え辛いのよ。 私の顔は知れ渡っていて、例え王城内でも、不躾な視線を浴びるのは知っている。 突っかかって来る、馬鹿が出ないでもない。 だから、用心しているの。 ちい兄様の質問に応えあぐねていると、アマリアが突然、口を開いちゃったのよ。




「司令官殿ッ! 出所不明の姫様の悪い噂が、王城内にも浸透しております。 面体を外さば、要らぬ騒動に……」


「アマリア、控えなさい」


「ツッ…… 御意に」




 曖昧に応えようとした私に、アマリアが言葉を重ねたの。 コラッ! 必要のない事を言うんじゃない! ちい兄様が口の中で唸る。 ちょっとした怒気が、辺りに漏れ出す。 色々と報告はしていたけど、私に関する事はあまり書かなかったし、変な噂をイチイチ手紙に書くのもどうかと思っていたからね。


 どうせ、もう、王都には来ないつもりだったし、王都の人達になんと思われたって、どうでもよかったからね。 ただ、優しくして下さった方々の事を思うと、ちょっぴり胸が痛かったのは、秘密。


 アマリアの報告書には、その辺も記載されていたらしいけれど、私の報告書との差異が有ったから、ちい兄様は、アマリアの『過剰反応』だと思ってらした様なの。 まぁ、頑なに面体を外さない私を見れば、アマリアの言葉が正しかったのだと、理解された様ね。


 また、面倒な事に成らないと良いんだけどね。



 ―――――



 『謁見の間』に到着。 前夜に来た時と同じく、物々しい装備、装具を、御召しになった高位の軍務系の貴族の方々が、沢山いらっしゃった。 さらに、国務、外務、財務、商務等の各行政機関の最高責任者であらせられる大貴族の方々も…… いらっしゃったの。


 うへぇぇ…… 


 陛下足下の床には、未だにブルゴーレの森の地図が置かれたまま。 既に、兵棋は取り除かれていたわ。 陛下の御顔に心労が滲み出ている。 疲労の色の濃いのは、戦務参謀閣下のも同じね。 そんなお歴々の中に、中兄様(メイビン兄様)の姿もあったの。



 ……物凄く顔色が悪いわね。 ちゃんと、愚妹からの『贈りモノ』を、受け取って下さった様でなにより。 



 国王陛下の足下に伺候し、騎士の最上位礼を捧げる。 深く頭を下げ、御言葉を待ったの。 緊急事態だったから、陛下は最初から玉座にお座りに成っている。 私達を睥睨しながら、重々しい御言葉を戴いた。




「卿等の献身にまずは感謝を。 面を上げよ。 直言を許す」


「ハッ!」


「まずは…… 龍爵フェベルナ卿。 ブルゴーレの森に関してだが、脅威は駆逐したか」


「陛下の御足下にてご報告申し上げます。 ブルゴーレの森の脅威は排除致しました。 詳細は戦闘詳報にて提出いたしますが、概要を言上申し上げます。 辺境基準に於いて、脅威度は『中の下』と判断し、猟兵中隊の集中侵攻を選択。 森の中に拡散しつつある上位魔物の情報を収集しつつ、各個撃破に努めました。 ついで、索敵猟兵班の観測から、辺境基準、『中』に相当する『 巣 』 を、発見。 コレを魔法猟兵隊支援の元、殲滅駆逐致しました。 その後、森を縦走し、残余の上位魔物の狩残しが無いかを時間を掛けて探索致しました。 これにより、ブルゴーレの森の上位魔物の撃滅は確認したと判断、撤収致しました」


「ふむ。 傷付き倒れたる王国将兵、騎兵の救助回収も成したと聞く、誠か」


「はい。 索敵猟兵の索敵時に幾多の傷付きたる兵を確認しており、その誇り高く傷ついた兵(ウーンデットライオン)達の位置を記憶、念話にてその位置を知らせて参りました。 多数の方々の救護は、国軍第一歩兵の方にお任せいたしました。 陛下の勅命による、『転進時』に、彼等の手が届かぬ森の奥に進撃した方々の救援は我らが特任遊撃猟兵団が行い、幾人かの傷付きたる兵を回収致しました事、間違い御座いません」


「そうか。 さらに、戦闘終了後に勇敢に戦った者達の亡骸も収容してくれたそうだな」


「彼等の献身と覚悟に報いる為。 魂が平穏なる眠りに付くために、彼等の名誉と共に」


「相判った。 よくぞ、混乱の最中にあるブルゴーレの森に於いて、そこまで心を砕いてくれた。 王国の国王として礼を言う。 ……貴官を、猟兵隊の指揮官に任命したのは、メイビン=モルガンルースだと聞く。 アレが云うに、そうせざるを得なかったと」


「はい。 指揮官を選任されるまで、相当に時間が掛かると、戦務参謀閣下にお伺いしました。 辺境での同様な擾乱に於いて、初動は極めて重要となります。 経験則から申し上げますと、今朝には森から小型の魔物が溢れ出しても、おかしくは無く、事態は焦眉の急と判断いたしました。 陛下の『御決断』により、わたくしを迎えに来た西部辺境領 猟兵団 フェベルナ遊撃猟兵団に出撃命令が『勅』として、発せられました。 あの者達は、西部辺境伯閣下が、わたくし(・・・・)に託された者達に御座います。 他の将では上手く動かせない危険性も御座いました。 それは、例え 龍爵ヘーゲン卿に於いても同じに御座います。 よって、危急の事態と判断し、王都護衛隊指揮官職であらせられる、メイビン=モルガンルースの御許可を戴き出撃致しました」




 重い沈黙が『謁見の間』に広がる。 独断専行の罪は重いけれど、命令があやふやなんだから、その隙を突いただけなのよ、私は。 だから、誰も文句は言えない。 そして、事態を収束させたのは、特任遊撃猟兵団なのよ。 『戦功』を上げている事実が、皆様方の口を閉じさせている『現実』なのよ。


 何か一つでも傷をつけておかないと、トンデモナイ報償を与えなくては成らなくなるから、陛下自ら、私が王都管区の戦闘指揮権を奪った経緯を問われたのだと思うのよね。 宰相閣下が、沈黙を御破りになった。




「龍爵フェベルナ卿。 (メティア)をお外しなされ。 些か不敬に当たる」


「ハッ! 猟兵団基本装備であったため、失念しておりました。 直接、陛下の御尊顔を拝謁する栄誉を賜り、誠に有難く存じます」




 符呪付き面体を外し、(メティア)を取る。  ザッと髪が兜から零れ落ちた。 一応、ほら、大舞踏会用にキチンと手入れしたから、多少汗臭いけど、頭に張り付いた感じじゃ無くて良かったわ。 いつもの魔物討伐の報告をする時に浮かべる表情が白日に晒される。


 そう御義姉様から、王都では封印して置く様に御忠告頂いた『表情』がね。


 宰相様以下、御歴々の御顔が強張る。 そう、『凄惨な笑み』を、浮かべているのだし、兜と面体を取ったから、抑えてあった私の『鬼気』が、一気に漏れ出し、広がったんだもの。 そうなのよ、気持ちが昂ったり、魔物討伐の直後とか、その御報告をする時に、こんな感じに成っちゃうのよ。


 自分でも不思議なのよ。 抑えても、抑えても、溢れかえる『鬼気』が、どうしようもなくてね。


 隣で、ちい兄様が小さく溜息を落とされる。 『謁見の間』に詰められている高位貴族の方々は皆様、”引いて ”いるわ。 視線は、国王陛下に合わせたままの私。 漏れ出す『鬼気』を、ジッと見ていた陛下が言葉を紡がれるの。




「龍爵ヘーゲン卿。 フェベルナ卿は誠、フェベルナの戦乙女なのだな。 この鬼気を以てしか、あの部隊は纏められぬと云う事か、ヘーゲン卿」




 明らかに呆れ返ったような口調で、ちい兄様が言葉を紡がれる。 ブーだ。 そんな風に私を鍛え上げたのは、ちい兄様じゃないのッ! 




「陛下、愚妹が鍛え上げし者達に御座いますれば、それも事実かと。 あの地は厳しき地に御座います。 あの地に住まう者達からの至誠を受ける者以外、あの地を(おさめ)るに値しませぬ。 西方辺境伯様が、あの地を愚妹に治めよと命じられたのも、全ては『先の側妻様(・・・・・)』が御意思。 あの日、母より「フェベルナの戦乙女」を受け継し時点より、愚妹マロンがフェベルナの盟主と成ったのです。 西方辺境伯家としては、当然の事だと受け取ります」


「そうか。 まさしく、正しく、『辺境の子』なのだな、貴卿等は。 相分かった。 王都の平穏を護りし事、シェス王国の国王として、頼もしく思うぞ」


「過分な御言葉を賜り、恐悦至極」


「疲れたであろう。 城内の辺境伯家特別室にて休むがよい。 報償その他に関しては、少々時間を貰う。 リリーア」




 最後に呼びかけられたリリーア殿下。 跳び上がらんばかりに驚いておられた。




「後宮の自室にて謹慎しておれ。 何故かは…… その胸に手を当てて考えろ。 ドレッド、リリーアを連れて行け。 沙汰は後程下す」


「御意に……」


「その様な…… あられもない姿を衆人に晒すな。 王家の威信にかかわる」


「誠に…… 申し訳ございません」


「下がれ」


「御意に」




 特大級に御怒りだぁ! うわぁ、ドレッド王太子殿下も、かなり頭に来ているなぁ…… 御尊顔に青筋が経っているわよ。 『謁見の間』を、後にする私達とは別の扉からリリーア殿下は連れ出されて行ったわ。 


 とても、しょんぼりされていた。


 でも、私は判っているわよ。 殿下の御心が、どのような矜持が、貴女を突き動かしたかを。 だから、胸を張って欲しい。 どんな罰を与えられたとしても、貴女が示した矜持は決して穢されないもの。



 ――――



 侍従長様の先導により、特別室へと向かう。 半日ぶりッ! あんまりにも汚いから、即座に装備を外しに掛かる。 細々とした追加の装甲を落とし、ブーツを脱ぎ、手甲を外し、胸部装甲、背面装甲も脱ぎ散らかすの。 鎧下もまた一緒。 長時間キツク締め付けていると、色んな所に痣が出来ちゃうしね。


 アマリアはてきぱきと、私の脱ぎ散らかした装備品を纏めてくれているわ。 肌も顕わになって、下履き一枚に成った時に、同室にちい兄様が居た事を思い出したの。




「ちい兄様……」


「あぁ、すまん。 余りにも堂々と脱いでおるから、そう云うモノかと思って居った」


「…………せめてこの小部屋を出て貰えませんか?」


「そうしよう。 小川で水浴びをしていた頃とは、違うからな」


「そ、それは、十歳頃の話ではありませんかッ! わたくし、もう、十八に成りますのよッ!」


「ならば、無造作に脱ぎ散らかさぬ事だ」


「hsじょsがおう###!!!」


「後でな、十八歳の辺境伯家の姫君」




 思いっきりブス(むく)れて、頬を膨らましてたの。 アマリアが微笑みながら、私を浴室に連れて行ってくれた。 湯舟一杯の熱いお風呂が、なんとも気持ちいいの。 部屋付きの女官さんが、髪を洗ってくれた。 思いっきり腐敗臭がしていた『 装備一式 』は、既に運び出され、芳香剤が撒かれたらしいわ。


 浴室からでたら、なんとも素敵なお花の香りが部屋に充満してたからね。


 もう、今日は戦闘詳報を綴る以外に、何もする事は無いわ。 御領の決裁書類も、王都情勢の報告書も、なにも無い。 本当の意味での余暇となったのよ。 予定では、既に王都を出て、御領に向かっている時間なんだものね。


 下履きでは無い下着を、新しいモノと換えて、これまた新品の儀礼装甲(パレードアーマー)用の鎧下で、この素晴らしい特別室を見て回ったの。


 流石に辺境伯の御滞在するお部屋ね。 辺境本領の大兄様の本邸もかくやと云う設えね。 本来ならば、絶対に入れないお部屋なんだものね。 ……そういえば、『仮継嗣』だったわね、私。 だから、使わせて頂いても問題ないのかな? それとも、大兄様の代理である、ちい兄様がいらっしゃるからかしら?


 そういえば、ちい兄様の御姿が無いわ? 何処に行ったのかしら? そんなちい兄様の御姿を探す私に、お部屋付きの王宮女官の素敵な女性が答えを教えて下さったの。




「モルガンルース龍爵ヘーゲン卿は、国王陛下に『正龍の間(オーバルルーム)』にお呼出しされました。 今夕、各辺境伯、御当主様方が王都に御到着されますので、正龍会議(ムートス)の事前会談かと」


「左様ですか。 ちい兄様もお忙しいこと。 それで、わたくしは、いつまで此方に?」


「陛下の御指示では、暫くと。 期間は指示されておりません。 その間はどうぞよろしくお願いいたします」


「此方こそ、どうぞ宜しく。 でも、こまったわ。 王城に伺候するようなドレスは持っていないもの。 お部屋の中ではこんな姿でもお許しいただけるかもしれないけれど……」


「ご安心くださいませ。 招待客(ゲスト)用の替えのドレスが御座います。 お部屋の外に呼ばれる時には、其方をご着用下さいませ」


「なにから、何まで、本当に有難うございます。 貴女がいらして、心強くあります、女官様」


「フェベルナ卿にお寛ぎ頂くのがわたくしの使命に御座います。 何かお困りであれば、何なりとお申し付けください」


「有難う」




 うはぁぁぁ、流石、王宮女官様ね。 何もする事が無い私は、呼び出しされるまでオトナシク此処に居る事にするよ。 ここなら、外野の雑音も聞こえないしね。 雑音に遮られず、今回の戦闘詳報を綴ると、もう後は何の仕事も無いわ。 仕上がった戦闘詳報は、アマリアに提出を頼んだわ。 あの子、ちゃっかりと自分の分の侍女服、持ち込んでいたんだもの。


 彼女の悪戯かしらね。 ”職責上、侍女服は持ち込んでおりました ” なんて、言われてもねぇ。 でも、こんな格好(鎧下姿)で、王城内を歩き回るよりも遥かに ” まとも ”だから、彼女に頼んだの。 早速持って行ってくれたわ。 優秀なのよ、アマリアは。


 本当に、本当に、久しぶりに、ゆっくりと出来るわ。


 早々に、王宮の美味しい昼御飯の時間になったの。 無理言ってこの部屋(特別室)に従事して下さっている『女官様方』全員と一緒に頂いたわ。 お世話になるんだし、少しでも親睦を深めたいじゃない。


 女官職の方々は、それなりの御家の御令嬢、御婦人が付いておられるの。 だから、部屋の主が持て成すのも、別に不思議なことでは無いわ。 けれど、その間は、貴人に対しての振る舞いを要求される。 面倒だからって、女官職に就く官吏としてしか付き合わない方が楽と云えば楽なんだけど…… それは、なんだか嫌だからね、私が。


 女官の方々に、『特別室のダイニングルーム』を解放してもらって、其処で昼餐を戴く様に計らって貰ったの。 だって、そうでないと、一人きりのお食事に成っちゃうのよ。 お兄様も戻ってこられないし、アマリアも席を共にしてくれないし……


 準備されたお食事は、途轍もなく豪華絢爛。 そして、とっても美味しくて、幾らでも入りそうね。


 アマリアに注意されるまで、ドンドンと胃袋に詰め込んで行ったのよ。 まぁ、女官様方は、最初はびっくり、後で微笑ましく笑っていらしたわ。 まぁ、田舎者が、豪華なお料理を目の前にすると、ガッつくのは、お約束でしょ?



 お約束は守るべきモノでしょ?


 なぜ、そこで、溜息を吐くかな、アマリアは。



 とても豪華な応接でゆっくりしたわ。 気持ちが高ぶっていたけど、沐浴とお食事で宥められたわ。 もう、あの制御不能の鬼気は漏れていない。 薄らぼんやりとした、「茫洋たる笑み」が浮かべられるほどに、気持ち的に戻っていたの。


 柔らかなソファに座ると、スッと眠りの誘惑に捕らえられる。 身体的にはそれ程疲れてはいなかったけど、高貴な方々と御一緒していたからか…… 思っていたよりも、疲れたのかな? 意識を手放す前に、生き残れた事の感謝を、神様に祈り……


 ゆっくりと意識を手放し、



 …………眠りに付いたの。






:シェス王国 王国学院大学 史学研究室 コーデリア=M=モルガンアレント、研究の為の覚書


故郷の公共墓所で見つけた、埋葬記録に胸が高鳴った。 私の仮説を裏付ける資料としても十分で有るといえる。 確かにあの場所に埋葬されていたのは、マスカレード=モルガンアレント様で間違いなかった。 が、私が読んだ当時の公式埋葬記録に、驚くべき記載があった。


その事実を眼にした時、私は仮説が真実であることを実感した。 墓所の埋葬記録曰く。


”八九八年 フェベルナ戦乙女、マスカレード=モルガンルース。 実子ゴブリット=モルガンルースにより、フェベルナの森より運ばれ、この地に埋葬す ”


つまり、マスカレード様は、モルガンアレント家から、側妻として宗家に嫁がれたと確定した。 実子ゴブリットと有る事で、確定したのだ。 高揚感が私を包んだ。 そして、どう公式埋葬記録には、共同慰霊祭を営んだとも記載されている。 膨大な量の参列者が記載されていた。 その中に、対象人物の名もあった。


マロン=モルガンルース


その共同慰霊祭に参じたのは、直接的、間接的に魔物暴走の対処に参じた者達。 つまり、マロン=モルガンルースも又、その席に居たと云う事は、彼女も又何らかの役目を負っていたと考えられる。 当時、マロン=モルガンルースは十五歳。 第一成人を迎えていた筈。 そして、西部辺境域では第一成人を以て大人と見なす風習がある。


もたげる疑問は、マロンが誰の子供であったか。 それを見つける為に、郷土資料を当たるしかないと、そう決心する。 ここで、確証が持てた事は、学会にて発表するべきであろう。 従来の定説が一部、覆されたのだ。


西部辺境伯アルフレードの正妻マルカーンが死去した後、後妻に入ったのがエリザベートだけで無かった もう一人、側妻としてマスカレード=モルガンアレントが宗家に嫁入りしたのだ。



 学会の定説に一石を投じられる事を、誇りに思う。

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