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私は私の道を行く。 構って貰えなくても結構です! 【完結】  作者: 梨子間 推人
第二幕 夜の闇を駆け、明日への光に向かう、私の疾走。
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16話 特任遊撃猟兵団の戦い方。 罪深き行いと祈り。 聞こえてくるのは、懐かしき人の名前。 故郷の香を高貴なる人と共有した、私。




 小休止を終え、森の更に奥へ。 先行する索敵猟兵の後を追う。




 脅威となる上位魔物達に印付け(マーキング)してくれていたから、其方に向かう。 全部が狂暴化寸前の、梟熊(オウルベア)。 乗馬をリリーア殿下に任せ、猟兵団流の騎馬吶喊で難なく撃破出来たわ。


 殿下の馬術は、思ったほど悪くなかった。 フェベルナでは、私の乗馬は気難しい事で、有名なんだけど、素直に手綱に従っているわ。 あぁ、そうか…… あの子も背に乗せているのが、止む事無き(やんごとなき)姫様だって、判っているんだ。 賢い子だからね。


 幾度も繰り返す内、殿下も要領を覚えられたのか、私との息も合って来たの。 格段に騎馬吶喊が遣りやすくなっていったんですもの。


 ぐるぐると、廻りながら森の最奥に向かう。 索敵猟兵団が、ひときわ大きな集団を発見したらしいの。 特に注意が必要だと、そう報告も入っていたわ。 周辺の安全を図り、後方からの不意打ちを無くすために、念入りに索敵しつつ、その場所を確認していたの。


 単独で居る脅威には対応出来た。 多分、それが最後であり、最大の脅威だと思う。 索敵範囲は森全体を網羅できたから、確定だと思う。 取り残しは索敵班が移動して居る時に侵入した個体だけだけど、幾重にも折り畳んだ索敵範囲から抜け出すのは、可能性は低い。


 今の所、他に索敵猟兵の網に掛かる他の上位魔物は他には居ない。 其処に、念話が入る。




〈 姫様。 連中…… 森の西側からこの場所に来て、『巣』 を、作ったらしいですね 〉


〈 魔物の種類と『巣』の、大きさは? 〉


〈 梟熊(オウルベア)の雌、十二。 雄、八。 雛…… 数えてられません。 あちこちに居た奴らは、雛の餌集めでしょう。 夜目が効かない奴らが、そこまでするんだ『巣の餌場』は、払底している筈。 狂暴化寸前でしょう。 現状で発見できて、良かったと思います 〉


〈 全くね。 雛が大きくなってしまったら、この森に棲む小魔物を全部 喰らっても、餌が足りなくなりますからね。 それに、その雛たちは、生まれながら『 狂暴化(・・・) 』しているなんて…… 単一種による、魔物暴走(スタンピート)が発生していたかもしれないわね。 悪夢を見そうよ 〉


〈 ……焼きますか 〉


〈 狙える場所は?〉


〈 既に三ヶ所程…… 他の者が確保しております 〉


〈 推奨の場所は? 〉


〈 小官が居る場所 〉


〈 了解。 それと、そいつらが来た場所は判りますか? 〉


〈 二人程、移動痕跡を追わせております。 日付が変わる頃には、判明致しましょう 〉


〈 頼みました。 そちらの方は、今回の収束に、関係ありません。 場所の特定が出来たら…… 『夜鳴鶯(ナイチンゲール)』、居るんでしょ。 聴いてた? 判っているわよね 〉


〈 勿論に御座います。 即座に王宮にお知らせいたしましょう。 奴等の警戒網が反応するより早く、近衛師団の騎士達が駆けつけましょう〉


〈 あら、手早い対応ね 〉


〈 王太子殿下の肝煎だそうです。 既に出撃準備は整っております。 あぁ、それから…… 〉


〈 何? 〉


〈 発、王太子殿下。 宛、第三王女リリーア殿下。 帰ってきたら折檻してやる。 だ、そうです 〉


〈 一緒に、お叱りを受けましょう。 じゃぁ、宜しく 〉


〈 御意に 〉



 念話の間中も、移動は続けて居たの。 念話をくれた索敵猟兵の元に辿り着いたわ。 成程、地形を良く見ているわね。 宜しい。 結界猟兵に展開を指示。 『巣』の周辺、ぐるりと取り囲む様に、結界を張る様に命じる。 


 ” 焼く ” のであれば、相応に延焼防止策を取らねば成らないものね。


 魔法猟兵に荷馬車から降り、展開を指示。 機動戦では無い為、固定魔法攻撃策を取る事を伝達。 地理的効果を鑑み、雷撃隊が移動を上申してくるの。 雷撃隊は別の場所の方が通りが良いと。 意見具申は認め、別の特火点に移動。 ” 糸 ” は繋いでおいたから、此方の指示が届かなくなる事は無い。


 リリーア殿下が不思議そうに、私を見詰めてくるの。 作戦案が良く判らないらしいわ。 でしょうね…… 今から行うのは、フェベルナの森に於いて、特任遊撃猟兵団が脅威となる『 巣 』を発見した時に行う特殊作戦だから。 現状二個中隊しか居ないから、かなり、効果範囲は狭いけれど、索敵猟兵がキチンと、『 特火点 』 を見つけてくれたから、地形効果も合わさり、効果的な攻撃が出来るわ。


 ――― うん、攻撃。


 ここからが正念場となるの。 最初に広域攻撃魔法で叩き、その後、機動猟兵全員で一体一体を殲滅していくのよ。 当然、指揮官先頭の基本は護るわ。 つまり、騎馬は此処に於いて行くの。 側に展開している砲撃隊に、一時的にリリーア殿下を護ってもらう事に成るわ。




「リリーア殿下。 この場に於いて、西南辺境領フェベルナ 特任遊撃猟兵団の(いくさ)を、ご覧にいれましょう。 殿下に於かれましては、この場にてお待ち下さいますよう、伏して願います。 絶対に、吶喊せぬ様に、お願い申し上げます」


「……龍爵がそう云うのであれば。 対魔物戦の経験が無い者が、ついて行けば『足手纏い』に、なるばかりでなく、兵にも…… マロンにも負担を…… 皆に、『死に至る危険』が発生する云う事ですね? 端的に述べるならば 『 邪魔(・・) 』であると……」


「左様に御座います、有体(ありてい)に云えばですが。 御無礼、申し訳御座いません」


「良いのです。 わたくし自身、マロンの『足手纏い』であると云う自覚はあります。 この場で見守ります。 必ず『勝利』を。 民に安寧を。 貴女に託します」


「承りました。 では……」




 乗馬を降り、周囲に目を配る。 皆、準備は完了している。 念話を直接交信に切り替え、待命状態で待つ魔法猟兵達に命令を伝える。 静かに。 断定的に。 そして、祈りを込めながら、この世界を支える神様の一柱、『戦女神(戦乙女の守護神) 』たる代理人(フェベルナの戦乙女)として、皆に命ずるの。 当然、其処に賭けられるのは、私の『 誇り と 命( 全 て ) 』。




「雷撃猟兵、魔法陣展開。 射法、一斉雷撃 用意。 弾種【雷槍サンダランズ】。 付与術式【麻痺(パラライズ)】 全力放射、二斉射まで。 砲撃猟兵、魔法陣展開。 射法、絨毯爆撃(第二射法)。 弾種【爆裂火球(ファイアボム)】 弾級 二級 砲門各人三門。 交互射撃。 着弾干渉に留意。 雷撃終了後、効果確認と共に、投射始め」




 横に進み出ているアマリアを確認。 深く頷く彼女を見て、少しだけ心強く感じるの。 息を吸い、覚悟を決めて最後の命令を下す。 




「機動猟兵待機。 魔法攻撃終了の後、一気に吶喊を実施。 我に続け。 雷撃猟兵。 魔法陣展開完了後、一斉雷撃を開始。 撃て(てー)




 雷撃猟兵が向かった ” 特火点 ” の上空に青白い魔法陣が、ぼんやりと重複して絵が描かれるのが見えた。 夜の闇に浮かぶ、不吉な魔法陣は、魔力を装填されて…… ” 放てッ! ” の雷撃魔法猟兵小隊長の『念話』の言葉と共に、凶暴な雷の槍を紡ぎ出した。 


 轟轟たる爆音と共に、魔物の巣に対して、十六本の雷槍(サンダランス)が降り注ぐ。 見る間に着弾。 大きな円形の青白く輝く、衝撃は十六個。 二拍於いて、念話が耳に届く。




〈 第二斉射、用意。 小隊八人のうち、一名、安全術式破損。 七名にて続行。 魔力充填完了。 放てッ! 〉




 二射目は十四本の雷槍(サンダランス)。 轟音と共に降り注ぎ、着弾。 『魔物の巣』全体を、先程の一射目と合わせ、その効果範囲に収めた。




〈 雷撃猟兵小隊、陣地変換を命ずる。 目標、砲撃猟兵陣地。 雷撃終了を以て、移動開始 〉




 ジッと目標(巣の様子)を睨み続けている私。 全体状況の確認に忙しい私に代わって、アマリアが、取り決め通りの指示を発した。 魔法猟兵 雷撃小隊隊長の ” 了解 ” の合図とともに、彼等は陣地転換にはいる。


 すぐ横にいる、魔法猟兵、砲撃小隊の隊長が準備の出来上がっている、隷下の兵に命令を下す。




「雷撃猟兵による、目標全域への雷撃効果は十分。 これより、砲撃に移る。 第二射法。 弾級 二級 砲門各人三門 交互射撃。 放てッ!」




 すぐ後ろから、凄まじい魔法弾の発射音が連続して聞こえてくる。 耳を(つんざ)くばかりの轟音に、リリーア殿下が堪え切れず悲鳴を漏らされていたわ。 あぁ、そうだった…… 御注意申し上げるの、忘れてた…… 一般人…… いいえ、軍人でもこの近距離での、多段干渉式攻撃魔法の轟音は、知る事は無いものね。


 シェス王国、西部辺境領、猟兵団だけが運用する、魔法の投射術式だしね、当たり前よね。 ごめんね、リリーア殿下。


 この世界の『魔法』は、この世界に普通にある『物理現象』の時間を凝縮する神の御業。 だから、御伽噺の様に、無いモノを出現させる事は出来ないの。 その場に起こり得る自然現象の『時』を凝縮し、形を『変化』させて出現させているだけなのよ。


 『魔法』とは、『この世の理』と『神の御業』の中間物。


 そして、その糧は、術者の身体の内に貯められる魔素によるところが大きい。 人にはそれ程の魔素を取り込み、体内で生成する『魔力』は溜められないし、溜める為の器官も無い。 体内で循環させる分だけで、精一杯。 だけど、極稀に体内魔力による魔素の操作に特化した人が 『 産れる 』事があるのよ。


 それが、魔術師であり、魔女であるの。


 自身の魔力を使い、大きな魔法陣を組み、魔石や魔法の杖(ワンド)に貯め込んだ魔力を供給する。 その大きな魔法陣に補助器(魔石や魔法の杖)に貯めてあった莫大な魔力を充填して、現実界に様々な物理現象を出現させるのよ。


 その際、多人数による共同作業が可能ならば、魔力は共振を開始し、その魔法陣はより強大に成り、威力を増す。 色々と制約は有るんだけどね。 


 十分に大きく、莫大な魔力を貯めた魔法陣は、その場の空間を(ゆが)ませる程の(ひずみ)が生じるのよ。 それが元に戻る時に『轟音』が発生する。 魔術式により、擾乱され、圧縮された時間が巻き戻る時に起こる自然現象なのよ。 まぁ、大人数といっても、一個小隊くらいが同調できる限界なんだけどね。


 今は一個小隊分。 身体が吹き飛ぶ程の爆音には成らないわ。 全力発揮訓練時のあの爆音と比べたらねぇ…… まだまだ、轟音で収まっているのだもの。


 次々と投射される【爆裂火球(ファイアボム)】は、目標を端から絨毯爆撃(第二射法)により吹き飛ばし、業火に包み込む。 


 目標周辺から、甲高い断末魔が響き渡る。


 高熱と衝撃に耐えられなかった魔物達が上げる、最後の悲鳴だった。 あの断末魔は、『 雛 』ね。 胸の前に手を組み、彼等の安らかに眠れと、祈りを捧げる。 次に生まれし時には、もっと平穏な場所に再誕する事を願い…… 祈りをささげたの。


 ギッと目を開け、状況の再確認。 結界猟兵による封じ込めは成功。 宜しい。 最後の仕上げに移る。 私はリリーア殿下を愛馬に残し、下馬する。 声音を高く、控えし機動猟兵に命ずる。




「【身体強化】強度最大。 これより掃討戦に移行する。 瀕死の魔物のしぶとさを知る君達に何も云う事は無い。 人の安寧を破る者達を、速やかに『遠き時の輪の接する処』へ送り出せ。 我に続け! 吶喊ッ!」




 全身に【身体強化】を纏い、燃え盛る『魔物の巣』に駆けだした。 遠距離雷撃にも、遠距離砲撃にも耐えた、強大な上級魔獣が居るその場所に。 正確には、狂暴化した梟熊(オウルベア)の雌、十二。 雄、八。 未だ、命を繋いでいるモノ達は、既に狂暴化して居る筈。 


 残る上級魔獣達は、愛しい雛達(我が子)を、麻痺させ焼いた私達を決して許さないわ。


 ええ、こんなやり方は、許されざる、『悪魔の所業』なのよ。 魔獣から見ればね。 だから、私は彼等の為に祈る。 この世界に生きる者である、私は『 業 』が深いのよ。 人に安寧を齎す為に、人成らざる者を屠らねば成らない、そんな罪深いモノなのよ。


 何時だって…… どんな時だって…… その事は心に刻み込まれているわ。


 母様を魔獣に屠られた。 だから、私も…… なんて、思ってはいけない。


 母様は、常に私に説かれた。 フェベルナ大地に生きとし生ける者の命の重さは同じなのだと。 殺される覚悟の無い者は、決して猟兵に成るべきではないと。 そして、猟兵となる者は、フェベルナ…… いえ、西方辺境域に生きる全ての者に慈愛の心を持つべきなのだと……


 生きる全ての者…… 人だけでなく、魔物も、魔獣も…… 等しく……


 お母様の言葉を本当に理解したのは、お母様が夕日の中で微笑まれた時。 其処に有ったのは、自らの命と等価である、暴走した魔物達へ対する慈しみもまた含まれていたって事。 


 だから……


 だから、私も、彼等に安らかな眠りを贈る。 次に生まれてくる時には、安寧の地に産れ直すことを神様に祈りながら。 刃にその思いを載せ、薄刃を振るうの。 この命果てるまで。 この思いは、誰にも冒させはしない。


 最初に業火に包まれる『 巣 』に突撃して、生き残っている梟熊(オウルベア)の首を落とし、蹴爪を斬り飛ばし、羽根の根元を切り裂く。 物言わぬ肉塊に成り果てた『そのモノ』を背に、次の目標に向かう。


 静かな祈りを口にしつつ……


 仲間たちと、残敵掃討を行い、最後の一匹を仕留めた。 周囲の業火は消え去り、音の無い夜の闇が忍び寄る。 焼け焦げ、切り刻まれた梟熊(オウルベア)の死骸の中心に立つ私。 天空を見上げ、胸の前に手を組み、最後の祈りを神様に捧げた。



 こんな事あって良い訳は無い。 どこかの辺境の深い森から連れて来られ、ただ、ただ、人の『家畜』としての生。 辺境では、恐怖の対象であるし、畏怖の対象でもあるのよ、魔物達はね。 その強大な力を、落とす森の恵みを、私達はお裾分けして貰っているだけ。


 だから、家畜化しても、極力かれらの生息領域と同じ育成環境を維持して、神様に命の糧を戴ける様に常に祈りは欠かしていないわ。 此処では、そんな事はしていない。 ただ、”モノ”としてだけ扱われるのよ。 怒りが心の内に浮かび上がる。 私達は驕慢に成っては成らない。 命を(もてあそ)んでは成らない。


 足早に、『 巣 』 だった場所を離れる。 もう、此処には居る必要はない。 後は、この森に別の梟熊(オウルベア)が居ないかどうかの確認のみ。 でも、その心配もあまりしては居ない。 この『巣』に到達する前に、出来る限りの索敵を成し、捕食の為に歩き回る者達(ワンダラー)を狩り尽くしたからね。 


 索敵猟兵にはもう少し頑張ってもらう事に成るけれど…… 大丈夫かな? 砲撃猟兵達と荷馬車がある…… リリーア殿下のいらっしゃる場所に帰還する。 既に、雷撃猟兵達も集合していた。 念話で索敵猟兵に命令を下す。 ゴメンね、最後の最後まで…… 御領に帰ったら、特別休暇を出すし、王都のお土産も一番いいお酒にしてあげるからね。




〈 『巣』の掃討戦闘は、終了。 念の為に森全体に索敵を掛けたい。 索敵猟兵、周囲に残敵の気配は? 〉


〈 有りません。 幾つかの魔鼠群も群れを解きました。 目の色は青。 平常に戻りつつあります 〉


〈 了解。 足跡の先は判ったか 〉


〈 ”牧場 ” らしき施設を発見。 天然の洞窟を利用したようです 〉




 今度は、そっちか…… まだまだ、休む事は出来ないかもしれない。 気合を入れ直して、多分…… 私にくっついている、『西部辺境伯家の影(ナイチンゲール)』に声をかける。 こちらも、御領に帰ったら、大兄様にお願いして報奨金を増額してもらおっと。




〈『夜鳴鶯(ナイチンゲール)』、場所の特定は出来ているな〉


〈 索敵猟兵の位置は、確認できました。 王城、王家の耳に報告済み 〉


〈 あちらからは、どのような命令が来たか 〉


〈 出撃命令が王太子殿下より下されました。 一部、猟兵団への『合力』の命令が出ておりますが、姫様の隊への『命令』では御座いません 〉


〈 ? 〉


〈 姫様には、リリーア殿下収容の後、王都、王城への帰還の『王太子令』が下っております 〉




 えっ? 私じゃ無いの? つまり、これで、お役御免なの? 本当に? でも…… 今度は、王太子殿下によって、私から部隊を取り上げるつもりなの? それは…… 嫌だな……




〈 しかし、本領の方々への猟兵団の『合力』は? 私一人、王城へ帰還せよとの御命令か? 〉


〈 いいえ、発令は王太子殿下。 宛先は…… 〉


〈 ……誰? 〉


〈 西方辺境伯代理。 『西方伏龍』 ゴブリット=モルガンルース龍爵 ヘーゲン卿 及び、 麾下の西方辺境伯 猟兵団一個大隊に御座います 〉


〈 既に…… ちい兄様(ゴブリット兄様)が、王都領域までいらしてたのか…… 〉



 ちょっと、遠い目をしてしまった。 早い…… だって、最後にお手紙を貰ったのは、つい三日前。 その時には、既にあちらをお立ちに成っていたの?  ブー なんだか何時も私をのけ者にするのね。 こちらからは、色々と情報を送っていると云うのに、あちら側からは何も言ってこない……


 第一、御義姉様のご懐妊、そして、ご出産も教えて頂けなかった…… 正龍会議(ムートス)が二十年振りに開催される事も、その出席者に大兄様(西部辺境伯)の代わりに、ゴブリット兄様(ちい兄様)が参られる事も、更に言えば、他の辺境伯家の方々が一年も前に、秘密裏にその下準備の為に王都に御越しに成っていた事もッ!


 その任に私も携わる筈だったって事もねっ! 絶対に何か隠していると思ってたけど、コレじゃぁ、私一人が『蚊帳の外』って事じゃない? 酷くない? ホントにもうッ!




〈 それで、ゴブリット兄様(ちい兄様)の『合力』は、何なの? 〉


〈 ” 牧場 ” の 『 清掃 』 です。 王都には ”その系統 ”の、軍人は居りませんから 〉


〈 ……まさに適材適所ね。 それで、” 牧場 ” の規模は? 〉


〈 王都冒険者ギルドに残されている資料によると、辺境伯領基準で 四級下 程の小さな単段式の洞穴です。 迷宮からは程遠く、魔素溜まりも 『魔鼠』『魔狼』程しか生まれない程度の物だとか 〉


〈 直ぐに展開なさるの? 〉


〈 既に王太子令を受領されておられるご様子 〉




 そっかぁ……


 ちい兄様なら、余裕で殲滅してしまわれるわ。 それに、お兄様付きの大隊が随伴されているんでしょ? 例え、儀礼装甲(パレードアーマー)装備でも、ちい兄様には足枷にすら成らないものね。 だったらッ! 王都に入る前に、合流できるかもッ!


 こちらにはリリーア殿下もいらっしゃるしッ! きっと、殿下はお逢いに成りたいと思われるだろうしッ! 王都に入ってしまえば、ちい兄様とお話出来る時間なんて、そうそう取れる訳も無いわ。 だったらッ!




〈 あちらの『掃除』は、夜明け前には、完了するわね。 その場所から王都には、サミュエル街道を使われるのかしら? 〉


〈 そうですね。 ……ええ、そうなります 〉


〈 ……こちらも、この場所から森を出て、側道からサミュエル街道に合流するのを、夜明けに頃に調整すれば…… うまくすれば、合流出来るかな? 〉


〈 図りましょうか? 〉


〈 あちらの 『 お掃除 』に支障が無ければ。 王太子令ですから、漏れが無いように 〉


〈 承知。 今、ヘーゲン卿は『念話封鎖』を、されておりますので、封鎖の解除をされました後、直ちに、姫様の『ご希望』を、お伝えいたします 〉


〈 判った。 宜しく 〉


〈 御意に 〉




 【念話通信】を、切ると同時に、リリーア殿下が私に駆け寄ってこられたの。 あぁ、念話通信は秘匿回線じゃ無いモノね。 辺境猟兵の皆には、情報の共有って事で、回線を開けて置く様に指示したのって…… 


   ――― あぁ、私だ……


 殿下の装備されている(メティア)も、面覆いも、通信関係の符呪はされていたっけ。 イチイチ説明するのが面倒だったから…… あぁ…… しまった。 内緒で驚かせようとしたんだけどなぁ……




「マロンッ! ゴブリット様が近くに、近くに御越しに成っておられるの?! この森の近くに? 本当?」


「はい、殿下。 王太子殿下の御下命で、今は『お仕事』を遂行中では御座いますが、幾許もしない内に、それも終えられるでしょう」


「……も、もし、良かったら」


「サミュエル街道の何処かで、落ち合えるように、そう指示を出したのは、お聞きに成ったのでは? 殿下の想いをお伝えになる、とても良い機会になると思われますが?」


「えっ…… えぇ…… でもぉ…… こ、心の準備が……」


「夜明け前となりますでしょう。 それに、まだ、わたくし達にもやらねば成らぬ仕事がありますので、その間に『御心』を、お決めくださいませ。  …………さて、姫殿下」


「はい?」


「騎乗して頂きたく。 わたくしの乗馬の前鞍に」


「えっ、ええ…… そ、そうね。 判りました」


「多少、血生臭いとは思いますが、ご寛恕の程を」


「許します。 これが、マロンが御領で嗅いでいた、戦場の匂いなのですね」


「甚だ令嬢らしくは御座いませんが、『故郷の香』に御座います」





 符呪付き面体の下で、『壮絶な笑み』が浮かび上がるわ。 そうね、この血と脂の焼ける香は、まさに私の故郷、フェベルナの香に違いないわ。 リリーア殿下の手を取り、前鞍に乗せて号令を発する。 猟兵達の意識を、私に向けさせる。




「これより、森の安全を確保する為に、索敵行軍を開始する。 森全面を走査し、以て 上級魔物を掃討せしむ。 一匹なりとも残さぬ様に。 未来に禍根を残さぬ様に。 行くぞッ!」


「「「「 応ッ! 」」」」




 夜明けまでの数時間。 私達は森の中を駆け巡る。 縦横に索敵魔法を使用しながら突き進む。 様々な小型の魔物にも突き当たる。 でも、それらはこの森、そして、王都近傍のこの地方には無害であり、脅威にはなり得ない。 いいえ、もっと言えば、森の幸を保証するモノでもある。 


 狩り尽くせば、森は死ぬ。 適度な【威圧】を発しながら、群れに成っていた小型魔物達を散らす。 既に、目の色は警戒色では無く、段階的に群れが崩れていた小型の魔物達は、元の住処に夜の闇の中帰って行ったわ。


 目を凝らし、索敵魔法で上級魔物の痕跡を追ってはいたけど、それも、もうすぐ終わる。


 森全域を二回走査して、『漏れ』が無い事を確認できた。


 森の状況は、通常に戻ったとそう言い切れるわ。


 安堵感が胸に広がったの。





 


:シェス王国 王国学院大学 史学研究室 コーデリア=M=モルガンアレント、研究の為の覚書


数少ない資料を基に、仮説を組上げて行く。 西部辺境伯アルフレードの正妻マルカーンが死去した後、後妻に入ったのがエリザベートだけで無かったら。 もう一人、側が宛がわれていたら。 その可能性は捨てきれない。


何故なら、当時の西部辺境伯家には二つの派閥が存在していたからだ。 一つは王都派。 もう一つは辺境派。 言い換えれば、何に重きを置くかを表している。 当然、王都派は、王都、すなわち中央の貴族との繋がりに重きを置く。 対して辺境派は、西部辺境の安寧に重きを置いている。


当主であるアルフレードは、西部辺境伯領東部領域の子爵家出身。 その事務能力の高さと、穏やかな為人を以て、前西部辺境伯が愛娘の『配』に選んだ人物で王都派に属する人間だった。


事務能力の高さから、統治能力も期待していたと思われる資料も見つかっている。 それは、学界でも共通認識として、事実と定義されている。 しかし、その頃の西部辺境伯家の台所事情はお世辞にも裕福とは言えない。 農業生産物の生産高、林業、畜産業の不振。 街道未整備による、物流の停滞。 税収は上がらず、家政を回す金穀も不足していた。


中央の貴族との繋がりを深め、中央政府からの援助金の増額を狙っていたとも、資料に記載が有るのも事実。 アルフレードは、強く中央貴族との繋がりを欲していたと、考えられる。


そこで思い浮かべるのが、西部辺境伯家の成り立ち。 王国の成立期に国王から 『 モルガンルース家は戦闘民族 』 と評せられている。 多くの西部辺境伯家の陪臣は、初代の頃より付き従う者達であった。 特に西方辺境伯領西側にその傾向が強い。 更に西南部は、武人の家系の者達で構成されていた。


彼等が辺境派の主だった者であれば、当主アルフレードの行動は、とても容認出来るものでは無かったであろう。 


つまり、此処に一つの仮説が立てられる。 後添えをアルフレードが娶る際、領地の者達の均衡を取る為、辺境派の家から側妻を娶った可能性がある。 まだ、可能性でしかないが、それを思わせる資料もまた存在する。


一つの署名が、浮かび上がる。 アルフレードの代理署名が有った。 ごく短期間では有るが、西部辺境伯領の出納簿に、その名が刻まれている。


マスカレード = モルガンルース


彼女の名が記された、辺境伯領出納簿は、保存期間が長い部類に入る公式文書。 そして、確認署名が出来るのは、西部辺境伯、及び、その代理に任じられた者。 通常は家政の責任者たる、『妻』である。


ならば、このマスカレードとは、どういう人物か。 そして、公式にはエリザベートの子供とされて居る、ゴブリット、及び、マロンとは、どういった間柄だったか。 詳細に調べ上げる必要が有ると、確信した。



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