12話 王立学園卒業資格を得、王城外苑における大舞踏会に出席するも、シェス王国の非常の危機に 辺境の血が覚醒する 私。
時間は過ぎ去るモノなの。
御領を出る前に思った通り、オトナシク、ひたすら、オトナシク学園生活を送っていたの。 本来の御婚約者である、フレデリック=テュル=ガスビル子爵様とは、アレっ切りで全く接触も無い。 たまに事情を知る、ガスビル侯爵家から、御機嫌伺いの様な『お手紙』が、寮のお部屋に送られてくるだけよ。
もうすぐ王立学園を卒業する時期にね、ガスビル侯爵家から一度、お越しくださいとのご依頼が有ったの。 なんでも、婚姻礼装の採寸がしたいとの事。 なんで? どうして? おかしいよね。 今まで、全く 全然 そんな感じの接触も無かったのに、何を突然?
余りのおかしさに、お返事は「必要ありません」と出したの。
” わたくしの婚礼衣装は令嬢生家の専権事項です。 辺境伯領に帰ってから、ゆっくりと作成致しますので、御心配には及びません。 ” って、綴って返したの。 あちらが、どのような仕儀、思惑で、そんなお手紙をお出しに成ったのかは、一切意味不明。 だから、ついでに、あの『誓約』以前にも、何も贈られていないし、お誘いも無かった事も、合わせて綴っておいたわ。
なにやら、宰相家では、相当な騒動に成ったようね。
別に気にしていないけれど、フレデリック様が、誰かに殴られた様に顔を腫らして、学園の中をウロウロと、『 私 』を、探し回っているって、面白そうにアンジェ様が私に告げてくれたの。 だから、もう学園の授業もない事だから、彼を避けるためにも、『単年度学生』さん達の協力の元、『大温室』に入り浸って隠れていたのよ。 王立学園、卒業のその日まで。 王国の貴族に列するその日までね。
―――― 王立学園の卒業、まず問題の無い成績で卒業できる見込みは立った。
一番重要な、『貴族家の横の繋がりを得る事』は、それなりにしか構築できなかったけれど、上下の繋がりは相当に上手く行ったわ。 学園の基準で云えば、『単年度学生』の卒業資格である、横の繋がりに欠ける私には、卒業資格を与える事は出来ないと判断されてもしかたなかった。
しかし、『単年度学生』の寄り親である各御家からの『推挙状』や、この国の重鎮の御家の方々からの『推挙状』を前にしては、私を落第させることは出来なかったらしいんだもの。 卒業の日の前に、後宮の園庭での「お茶席」で、面白そうに正妃殿下がそんな事を仰っていたのよ。
ほんと、皆様に護られていた半年ね。 ここまで無事にやってこられたのは、正妃殿下を始め、この国の重鎮の方々の御家の女性陣のお陰。 そして、何にも増して力添えを下さったのが、グリモアール=エスト=バレンティーノ翁侯爵夫人だったのよ。
学園を卒業して、御領に…… フェベルナに帰ってしまうと、頻繁に王都には来られない。 だから、卒業前に時間を貰って、最大級の感謝を込めた『お茶席』を大温室に設えたの。 勿論、賓客はグリモアール翁侯爵夫人とアントン君。
これまでの力添えに最大の感謝を伝え、此れからは遠くフェベルナの地より、皆様のご健康とご多幸を祈りますと、そう伝えたの。 涙に濡れるアントン君。 ”お姉ちゃんだって、寂しいわ。 お手紙はいっぱい書くからね ”と、そう伝えても、ボロボロと涙を流しながら下を向き続けるのよ。
困り果てた私にグリモアール翁侯爵夫人は、そっと呟くの。
「どうして、マロンでは無く、あの娘を選んでしまったのかしら我が息子は? 何故、マロンの事をそれ程遠ざけるのかしら…… 貴女が息子の妻であれば、どんなに喜ばしい事だったか…… 夫がもっと長生きしていればと、悔やまれて仕方ありません。 マロン。 貴女は辺境伯家の宝石の様な人。 でも、それは、わたくしとて、同じ気持ちなの。 良く見、良く聴き、真実を見詰める瞳を持ち、淑やかに、そして、民草の安寧に心を砕く…… そんな、貴女の様な人が、本領、王都には必要なのよ…… 『西方飛龍』の異名を持つなら、また、王都迄飛んできてくださいな。 貴女の顔を見られないなんて…… 嫌よ」
でも夫人…… 私は『フェベルナの戦乙女』にして、『龍爵』を名乗る者でも有るのですよ? 望まれても…… それは、叶える事が出来ない事なのです。 私が心の中でそっと呟く言葉など先刻ご承知であろう、グリモアール翁侯爵夫人も又、目元を赤くされていて…… 私には…… 私には…… なにも出来なくて…… ただ、お二人をギュッって抱きしめる以外に方法は無かったのよ。
お二人が去られた後。 月光がガラスを通して降り注ぐように差し込んでいる大温室。 側にアマリアが控えていたわ。 そんな私達を見守る様に一人のお爺ちゃんが佇んでいた。 シンと静まり返った大温室にサクサクと芝を踏む音が広がったの。
予期せぬ人に、少し驚き、少し慌て、少し嬉しくなったわ。 その場に現れたのが、ウイートバーレイ様だったのだもの。
近頃ようやく、本当の意味で『表情』を出せる様になった私を見つけられると、近くまで歩みを進められ、心配そうに『私』を見詰められたわ。 先程の『お別れ』で、沈み込んでいた私の表情を掴み取って下さったの。 その御心遣いに、私の心は少し…… ええ、すこし沸き立ったの。 静まり帰っている「大温室」で、ぼんやりと佇み月を見ていた私を、案じて下さった事に心が温かくなったの。
「日も落ち、月も出ておりますよ、モルガンルース嬢。 如何なさいましたか?」
「御許可を戴き、先程まで、グリモアール翁侯爵夫人とバレンティーノ侯爵家の御継嗣アントン様に、お茶席を設け、今までの御心遣いに感謝を申しておりました。 それと、お別れの言葉を…… 卒業後に御領に直ぐに戻る予定ですので。 ……王城外苑で行われる「大舞踏会」で、本年度のご卒業される皆様が、新しく貴族社会の仲間入りと成りますでしょ? バレンティーノ侯爵家とすれば、様々なお誘いが有るので、お時間が…… それで、お時間を戴けた本日、ご挨拶にと思いまして」
「左様でしたか。 お寂しいですか?」
「ええ、確かに寂寥感が胸を締め付けますわ。 でも、それも又……」
ウイートバーレイ様が、なにやら含みの有る視線を私に投げ掛けられた。 少々…… と云うよりも、なんだか、とても心配そうな表情を浮かべられているの。 彼の揺れる眼差しが私を捕らえ、真正面から見詰めてこられた。 紡がれる言葉は、小さく私の耳朶を打った。
「……小耳に挟んだのですが、『クラバットの授与式』後の王城外苑にて於いて行われる『大舞踏会』での、御婚約者殿のエスコートを拒否なされたとか? …………それは、御婚約を拒絶したと云う御意思なのでしょうか?」
「……いいえ、違います。 ウイートバーレイ様。 貴方もご存知のとおり、わたくしは『神』と、『我が家名』と、『爵位の名誉』を掛けて、『誓約』を結びました。 『王立学園 大会堂』に、”生涯 ”入場しない事、そして、『全過程学生』の方々との交流や干渉をしない事を。 あちらの皆様は、『大舞踏会』までは、まだ『学生』なのです。 大舞踏会で本年卒業した者達が、正式に ”貴族の一員 ” だと認められるまでは。 よって、『大舞踏会』が終わるまで、私が『全過程学生』の皆さんと何らかの接触をしてしまうと、私の『誓約』が破られて、術式は発動し ”死 ”に至ります。 この身はフェベルナに捧げたモノ。 わたくしは、帰らねばなりませんから」
「……そうだったのですね。 理由を教えて頂きました事、有難く……」
「あちらは、この婚約を『拒絶』していると思いますわ。 でも、王命にて成されたモノですから、簡単には縁を切る事はできませんもの。 たとえ、心の中がどうであろうと……」
「…… ”心の中がどうであろうと ”ですか。 ……そうなのですね。 モルガンルース嬢…… わたくしは…… わたくしは…、 ………… ………… いえ、なんでもありません」
一旦、目を伏せられたウイートバーレイ様は、一度御顔を上げられ、私を見詰め、そして再び視線を落とされるの。 貴方の御心は…… そう なのでしょうか? でも、それは、今の私には告げては成らない事なのですね。 例え、そうだとしても、婚約者の居る私には、口には出来ない事…… なのですね。
背後には緊張する、アマリアが居る。 厳しい眼差しの元王宮執事の、お爺ちゃんだっている。
今の私には、応えられない『 彼の内なる言葉 』は、結局、紡がれなかった。 沈黙が流れた。 沈黙に耐えられなかったのは、私の方。 ”聞かずもがな ” な、問い掛けをしてしまった。
「…………ウイートバーレイ様は、如何なされますの? どなたかをエスコートされる『ご予定』でも?」
「いいえ、誰も…… 誰も、居りません。 『大舞踏会」にも、出席するつもりも御座いません。 力を無くした伯爵家の三男で、王城で『猟官』するにも、わたくしの伝手では無理があります。 王国の社交会への御披露目と云われても、私の様な『従爵』すら頂いていない者には不必要に御座いましょう。 それならば、最後までこの植物園にて、手塩にかけたモノ達の面倒を見たいですからね。 卒業後は、どうなるか判りません。 一応、貴族に列せられる資格は持ったとしても、受け継ぐ爵位も有りませんから。 「職位」ならば、農務官を所持しておりますから、領地では問題も御座いますまい。 一年間、色々と勉強させて頂いた事に、生家へは感謝しています。 しかしながら、今後、貴族的なお付き合いはもう無理なのでしょうね。 父の領地にて、大地と向き合うつもりです。 私も又、囚われて居る者でもあるのです」
「も、もし…… ウイートバーレイ様が……」
私の問い掛けは、最後まで言葉にする事は出来なかった。 再度、招聘を願おうとしても、柔らかく…… 言葉を被せられる様に紡がれる、彼の『御言葉』に遮られてしまった。
「モルガンルース嬢、この半年はとても楽しくありました。 貴女様の、ご多幸をお祈りしております」
「ウイートバーレイ様…… 有難く存じます。 貴方様も御身体にお気を付けて」
紳士的に『貴人の礼』を捧げて下さった。 私も精一杯の『淑女の礼』でお応えする。 悔しいわ…… 本当に、悔しい。 我が身に課せられた「婚約」の枷を呪わしく思ったの。 踵を返され、ゆっくりと『大温室』を去られる彼の後姿が滲む。大温室での日常で、心を温かくしたのも、私の表情が徐々に緩み戻って来たのも、全ては貴方のお陰だった。
貴方が居たから、私は…… 心の穴を塞ぐ事が出来た。 貴方の存在が、穴を塞いだのよ。 表情を取り戻した私は、彼の後姿が遠くなる事に、耐えられなかった。 今にも駆け出して、縋り付きたくなる衝動を抑えるのが、精一杯だった。
ほろりと、涙が溢れ頬を伝う。
もう、届かない。 一杯に伸ばしても、私の手は…… 貴方の背には届かない。 私は、大切な人を、また 失った…… この想いに蓋をして…… 笑顔でお別れしたかったけど…… 出来なかった。
――――― こんな『お別れ』は、嫌。 嫌よッ!
胸が苦しく、締め付けられる様に痛かった。
§ ――― § ――― §
王立学園の園庭での「クラバットの授与式」は、恙なく終了する。 私に配慮した為では無く、もともと、『単年度学生』と『全過程学生』とは、別々の式典だったの。
理由は簡単。
『全過程学生』の皆さんは皆様、まだ、公式には無位無官。 従爵を与えられている方は多々おられど、此れから正式に爵位を下賜されるので、クラバットの色は皆様「純白」
対して、『単年度学生』の方々は既に正式な爵位を下賜されて、認められ、職に付いておられる方ばかりなの。 貴族院にて、正式に「王国の貴族籍」に登録する為だけに、『単年度学生』のとして王立学園に入学された方も居るわ。 更に言えば、既に王国の正爵を賜っておられる方すらいらっしゃる。そんな方のクラバットは既に ” 下賜 ”済みで、其々の爵位に見合った御色のクラバットを着用されていたわ。
今年は特に既に王国の正爵を賜っておられる方が多く、単年度学生の約三割が ”色付き ” と呼ばれる方々。 私以外の残りの方々も、『職位』に見合った、飾り紐がクラバットに縫い付けられて、おられたわ。 『単年度学生』の皆さんは、実務担当者であり、既にシェス王国での貴族的立場は得られていたと云う事に他ならないの。
それは、『全過程学生』の皆さんにとっては、やはり矜持に触る事なのかもしれないわね。 王国学園側の配慮って事かしら? 大兄様の時には、全員一緒だったって…… そう仰っておられたのだけれど…… 教育の結果ね。 学園の教師陣の目論見が成功している証左ね。
これも、あちら側のシェス王国の『国内擾乱策』と『貴族間の離反計画』の一部なのね。 どこまでも、祟るわよ、協商連合国の遣り口は……
――――――
「クラバットの授与式」の後、王城外苑で行わる「大舞踏会」に向かう事になったわ。 王立学園の卒業者の爵位授与式を兼ねた『大舞踏会』。 主に従爵位の御子息達が、彼等の家格に見合った ”正式な爵位 ”を、貴族院議長より下賜されるの。 領地の無い、法衣爵位だけどね。
叙爵されるのが、ほとんど『全過程学生』の御子息様達。 その他、爵位が下賜されない、『全過程学生』の御令嬢も又全員が出席。 未来の旦那様候補の『誉れの姿』を、ご一緒されるのだとか。 大々的に王国の未来を担う、『新たな青年貴族』として、紳士淑女の方々が、舞踏会に集まる貴族家に御披露目されるのよ。 デビュタントと云う訳ね。 自尊心と高揚感が綯交ぜに成った空気が、王立学園の『全過程学生』の学び舎から、漏れ伝わってくる。
『単年度学生』はと云うと、今期の卒業生のうち、正爵位を持っておられる方と、王宮のお仕事に登用された方々が、ご出席になるの。 『職位』のみの方々の殆どは、御欠席。
私も出席の方向で調整したわ。 無位無官の白のクラバットを締めて、出席する事にしていたの。 そう、私を護って下さった方々の手前、出席せざるを得ないから。 今日で、王立学園は卒業。 この寮のお部屋に帰る事も無いわ。
着用しているのは、お姉様のお古のドレス。 コルセットも布製の柔らかい物。 舞踏会出席後は、直ちに王都を出発する為に、その様にしたの。 アストリッド様から頂いた、素敵なドレスで長距離移動なんてしたく無かったもの。 持ち込んだ持ち物の多くは、木箱に収納し、既に辺境伯領へと送り出した。
―――― これ以上、心に錘を加えない様に…… 全てを忘れるために。
懸案の『御婚約』の白紙化は、ちい兄様にお願いするつもり。 最初の約定と異なる対応は、様々な証拠を以て証明されるわ。 宰相家…… いえ、侯爵家が何と言おうと、この国では辺境伯家の方が爵位は上よ。 さらに、王太子殿下のお話から、大兄様と王太子殿下は『昵懇の間柄』と聞いたわ。
ならば、『王命を以て』の部分も、侯爵家の『約定』不履行を以て、否と唱える事も可能だもの。 王太子殿下も、大兄様の『証左』を持った意見に、賛同して下さる筈なの。 それに、正龍会議に於いての議題にもなり得る。 リッド達が、宰相家…… いえ、フレデリック様の為した行いについて、側面を固め、各辺境伯宗家の御当主様方に奏上してあげるって、そう御言葉を戴いても居た。
とても心強く、そして申し訳なかった。
身に付ける『お飾り』に関しては、長距離の移動を鑑み、何も付けていない。 髪飾りも、耳飾りも、クラバットを彩るブローチに至るまで、なにも付けなかった。 大兄様から頂いた黒曜石の割符以外は…… それは、ドレスの胸の奥に隠れて表からは見えないわ。 アメリアが、なんとも言えない、情けない顔をしていたわ。
乗馬は、王宮厩舎に預けてあるから、既に曳き出しの願いも立てている。 頻繁には、行けなかったけれど、たまに顔を出して、ご機嫌を取っていたから、あの子も頑張って走ってくれる筈。
―――――
時間になり、空になった寮のお部屋を出る。 一年間の間、本当にお世話に成りましたと、首を垂れる。 私にとっては、豪華なお部屋だったわ。 御領に帰ったら、また、丸太小屋暮らしね。 なんだか、懐かしいわ。
部屋を出て、王城外苑に向かう。 寮の玄関を出ると、其処は夕闇迫る、『赤』と『青』と『黒』の世界。 そよぐ風は、既に「夏の香」を、運んでいたわ。 王城外苑は、王立学園「単年度学生」の寮からは、少々離れている。 けれども、歩けない距離でも無い。
最後の機会だと、ゆっくりと歩く事に決めたわ。 一年間の思い出が、見るモノにより刺激され、脳裏に浮かび上がるの。 遠くに見える筈の「植物園」には、目を向ける事は無かったのだけれどもね。
『良い思い出』と云うのは、少なかったけれども、それほど、悪いモノでもなかったな、と云うなんとも感動の薄い事を思いつつ、足を進めていたの。 あと少しで王城外苑と云う所。 『全過程学生』の皆さんの乗った馬車が沢山見えて来た頃、思いもかけない「夜鳴鶯」が発する、”緊急警報 ”が耳に飛び込んで来たの。
―――― とても慌てていて、普段とは全く違った緊迫した声音だったの。
〈姫様ッ! 緊急報です!〉
〈貴方がそれ程の声を挙げる事態とは、何事ですか!?〉
〈王都近傍、ブルゴーレの森に於いて、魔物暴走警報が発令されました。 王都第八巡察隊の巡邏兵が魔鼠群を発見。 その駆除に出ましたが、森の奥から更に大量の魔鼠群が溢れ出ております。 狂暴化しており、相当の被害が出ている模様。 既に第八巡察隊の騎士達の投入は決定。 更に近隣の第七、第九巡察隊が追加として出ました。 対応に苦慮した巡察局より、王国軍 軍令部に支援要請が発令されております〉
耳を疑く報告が耳朶を打つ。 王都近郊で「魔物暴走」? 嘘でしょ…… あり得ない…… 王都近傍は魔物暴走が発生する程【魔素】は、多くない筈。 でも、実際に魔鼠群は目撃されている……
「……アマリア。 聴きましたか」
「はい。 …………姫様の帰領にと、護衛として、第二中隊、第三中隊が王都に来訪しております。 王城内『馬場口門前』にて集合中」
「装備は」
「儀礼装具ではありますが、皆 実剣装備です。 ですが……」
「対魔物特化兵器は持っていない…… ですね」
「はい」
「魔法猟兵については」
「二個小隊の定数が同行。 雷撃小隊一個、砲撃小隊一個です」
「宜しい。 即時進発の準備宜しく。 それと……」
「お着替えの場所は如何なさいます。 姫様の装具は、すでに木箱に収納しております」
「…………仕方ありません。 既に学園の寮の使用していた部屋は、返却の為に【重封印呪】を施したわ。 【解呪】する暇は無いでしょう。 お兄様にお借りしました ”黒曜石の割符 ”を使用します。 王城内の西部辺境伯家の特別室を使用させて頂きましょう。 宜しいですね」
「了解」
アマリアに首から下げて胸の内側に落とし込んでいた割符を取り出し、彼女に手渡す。 続いて、「夜鳴鶯」に指示を飛ばす。
〈 索敵猟兵班全員に指示。 当該地域の情報収集を始めよ。 この命令は即発の命令だ 〉
〈 御意に 〉
〈 もう一つ。 王都近傍の兵の装備は何か 〉
〈 王国 国軍標準軽装備。 武装は標準剣、及び、短剣。 魔法兵は展開せず 〉
〈 王家の耳に進言。 徒に森に入るべからず。 軽装備では、狂暴化した魔物には、対処不能。 さらに、重装備の騎士に於いても、二人組以上の編成での対処を進言する 〉
〈 承知。 姫様は如何なさいます? 〉
〈 正式な進発命令無き現状では動けない。 陛下、若しくは 軍務卿の合力命令、若しくは、貴族院からの出撃依頼が必要だ。 私はこのまま王城外苑に向かい、待機する。 必要とあれば、いつでも参じると、王家の「耳」に伝えよ。 幸いにして、王城外苑は、王宮に隣接し、さらに入城門もある。 そこから、王城内に常設して頂いている、西部辺境伯家特別室までは近い。 即応可能だ 〉
〈 承知。 では 〉
〈 頼む 〉
表情が引き締まる。 いつもの『茫洋とした笑み』は、浮かばない。 真顔の『冷徹な固まった表情』を浮かべ、そのまま王城外苑に向かったのよ。 『民が窮する時、その血、覚醒す』 フェベルナでの『 私 』の表情に戻ったの。 そう、此れが、本来の私。
一切の表情を浮かべず、ただ、前を見据え忙しく頭の中で思考を練っていたのよ。
〈 姫様。 軍令部は、王国第一軍 正規兵の投入を決定。 逐次投入を実施しておられます 〉
〈 マズいわね…… 軍令部は、余りにも魔物を軽視されている…… 王都近辺では、魔物の対処は 『冒険者ギルド』が、常に担当していたのか? 〉
〈 御意に。 脅威度 ”中の下 ”以上の魔物は、出現の記録が無いので、『魔物討伐』は、冒険者 傭兵達の生活の糧となっております。 〉
〈 ……軍令部には、経験者がいないのか。 狂暴化した魔物は、おおむね脅威度が二段階は、上昇する。 小型の魔物は群れとなり、脅威度は相乗効果で更に上昇する。 つまり、最悪の森の総合評価は少なくとも”中の上 ” もしくは、”上の下 ” となる。 フェベルナ対魔物戦基準では、逐次駆逐戦は禁忌とされる状況。 ……国王陛下、非常にマズイ状況に御座いますわよ〉
〈 姫様、情報を上げますか? 〉
〈 『王家の耳』に、即時通達。 ” 逐次戦力投入は、徒に、兵を毀損する。 状況は逼迫し始めている。 対魔物戦の専門家の招聘、若しくは、意見を取る事を推奨する ” 以上だ 〉
〈 直接念話回線開きます。 各辺境伯家の影の者達へも、同時通達 〉
〈 宜しい。 ……意見具申を聞き入れてもらえれば、良いのだけれど 〉
私はエスコートも無く王宮外苑に進み入る。 既に会場には多くの貴族の人達、そして、今年王立学園を卒業し青年貴族となる 『全過程学生』の皆さんのと『単年度学生』の一部の方々が居られたの。 和やかな、そして、未来に希望と野心を抱く者達が、今後の貴族としての生活を思い、晴れやかな笑顔で談笑されていたわ。
見知った顔の高位貴族の方もおられた。 財務大官様、商務大官様、そして、貴族院議長の公爵様のお姿も見える。 姿が無かったのは、軍務系の貴族の方々。 三夫人の御姿も無い。 そして、王太子殿下、第二王子殿下。 更に言えば第三王女殿下の姿も無い。
国王陛下は定刻以降にこの王城外苑に入られるのが慣例。 でも、その前に成人して貴族籍を賜っている出席者は皆、入館して居なければ成らない筈なの。 警備の方々を確認すると、通常の編成では無い事が一目瞭然。 王城衛兵の方々では無く、近衛第一師団 王都守護部隊の装備を付けられた方々が周囲を固められているのだもの。
華やかに騒めく王城外苑の大広間の入口。 軍務大官が近衛第一師団 王都守護司令官の徽章を付けておられる、見知った方を側にして来られ…… そして、耳元で何かを『お話』に成ると、直ぐに踵を返し出て行かれたわ。
〈 国王陛下が『対魔物戦』についての意見を求められました。 軍務大官閣下は軍令部をはじめ、国軍全体に緊急事態を発令。 主だった軍務系の御家の御当主様方を招集されました 〉
〈 それで、何故、近衛第一師団、王都守護部隊の司令官職である、メイビン兄様が呼ばれないの? 少なくとも対魔物戦に於いて特化している、西部辺境伯家の御次男なのよ? その知見は有用な筈〉
〈…………宗家との距離をとり、経歴の全てを王都にて重ねられ、魔物に関しては本領外縁部の貴族以下の知識しか持っておられないと云う、『事実の結果』では? 〉
〈 ッ、全く! 〉
〈 姫様。 幸いな事に、対魔物戦特化の部隊がこの王都に一時駐留しております。 二個中隊ですが…… 王太子殿下に於かれては、今、盛んに上申されておられます。 辺境伯猟兵団の特任遊撃猟兵団と、その指揮官たる『西方飛龍』の、御前会議への招聘を。 正妃殿下もまた、御口添えをされました。 三辺境伯家傍系の方々の推薦状を携えて。 更にはリリーア殿下が、国王陛下執務室に向かわれたと、あちらの目が伝えてきました 〉
〈 ……お呼出しは、ほぼ、決まったって事ね 〉
〈 御意に。 此方の者達は知り得ませんが、姫様程、多くの対魔物戦を行った将は、現在の王都には存在しません。 その手足となり戦った者が駐留しております。 王国正規兵では、対処は難しい。 森全体を焼くならば、正規兵で対処は可能ですが、あの森は王都の水源にも成っておりそれもままなりません。 被害の拡大が予想される中、相当に苦慮されているご様子 〉
〈 では…… もうすぐ? アマリアはちゃんと、お部屋に入れましたか? 〉
〈 手筈通り。 割符を受け取りました。 御手に 〉
虚空から、黒曜石の割符が滲む様に出て来たの。 其処に居たんだ…… 割符を受け取り、首に掛けデコルテの内側に落とす。 誰にも見えない様に。
密やかに。
青年貴族と成った方々がホール中央に整列を始められた。 私もその列に加わる。 勿論、後ろの方でね。
もうすぐ定刻。
さて…… 何時、お呼出しが有るのやら……




