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私は私の道を行く。 構って貰えなくても結構です! 【完結】  作者: 梨子間 推人
第一幕 『その日』までの、夕日に染まった私の記憶。
12/25

11話 高貴なる方々の困惑と、私の矜持。 ちい兄様の行く末に関してのお話。 退避場所で見出したフェベルナの未来を変える力を持つ『人』にお願いする 私。





 物凄~く 物凄ーく 怒られた。





 三人の御婦人様からも、グリモアール翁侯爵夫人からも、そして、正妃殿下からも。 不思議な事にアマリアは怒らなかった。 さも当然と云うように、平静に見えたの。 何故かと問えば……



”姫様がお決めに成った事ですので、わたくしが咎めだてすべき事では御座いません。 それに、何かを成されたので御座いましょう。 その『誓約』と引き換えに ”



 ってさらっと云うのよ。 まぁ、その通りなんだけど…… アマリアが侍女で良かったと思ったのは、ちょっと内緒。


 正妃殿下には、”何という無茶な『誓約』を立てたのか ”と、そう強く叱責された。 王城後宮の『お茶会』に再度呼ばれ、その時にね。


 其処には、件の第三王子殿下は居られなかったけれど、ドレッド=ファス=ドラゴニアス=ブラーシェス王太子殿下、レファーラ=セック=ブラーシェス第二王子殿下、リリーア=サルド=ブラーシェス第三王女殿下の御姿が有ったのよ。


 皆様とても、お困りの御顔だったわ。 今回の私のヤラカシを御耳に入れられた正妃殿下は、直ぐに私に王城に来るようにとお伝え下さった。 事の仔細を聞くのだろうと、リッドに貰ったドレスじゃ無く、キッチリとした正装である、儀礼甲冑(パレードアーマー)に身を包んでね。


 正妃殿下とリリーア殿下は私の姿を見ても、『またか』って表情を浮かべられたけれど、ドレッド王太子殿下とレファーラ第二王子殿下は眼を向いて驚かれていたのよ。 淑女の礼では無く騎士の臣下の礼を取り、ご挨拶も済み、直言許可を戴いた後に、テーブルに着席してから、おもむろにドレッド王太子殿下が問いかけられるの。




「マロン=モルガンルース龍爵フェベルナ卿…… 其方は…… いや、正規の礼典側に則った姿だ。 何も言うまい。 しかし、何故あのような「誓約」を立てた? そこまでする必要は無かったのでは無いか」


「事に対処する為に必要な事であったと判断いたしました。 王立学園内で『全過程学生』様方との関係構築は、諦めました。 わたくしの生涯における『誓約』ですので、今後、如何なる状況に於いても、彼等に関わる事は無いでしょう。 また、恙なく学園生活を終えた後は、二度と学園に足を踏み入れる事は無い事も、お知らせせねばなりますまい。 捨てる事により、護るべきモノを、護れるのですから」




 常にも増して無表情な私。 浮かび上がりそうになる「壮絶な笑み」を堪えつつ、そう応えるの。 深く御考えに成っているのは正妃殿下。 その御顔に憂いの表情が浮かんでいる。 第二王子レファーラ=セック=ブラーシェス殿下が、言葉を継がれたわ。



「護るべきモノとは、正妃殿下がご懸念されている、『王国教育の正道』ですか? そこまで浸食されているのですか?」


「間違いは無いでしょう。 あれから、シェス王国、教育法と、王立学園の規則類を詳細に照らし合わせました所、細々とした規則規定が変更されておりました。 また、現状の『全過程学生』の教育課程を調査致しました所、全学年に於いて、高位の貴族子弟の方々の意識に、王国への忠誠心自体が希薄と成る様に学習項目が変更になっております。 アストリッド様がご指摘に成られた様に、あちらの『有識者』の方々を、学園に招聘した後の事となっております」


「それは…… 誠か。 兄上…… 武力無き侵略でしょうか。 王立学園の教師や責任者を推挙したのは確か…… 侯爵家階位筆頭の侯爵様でしたでしょうか……」


「あぁ、ロバート=ファス=アラルカン侯爵だな。 なにかと協商連合国に肩入れしている。 掴まされたか、抱かされたか、それとも、脅されているのか…… 国務大官の職を奉じている『アレの影響力』は、深く広いぞ…… 厄介な事にな。 それにしても奴等…… 王立学園を狙うとはな、それも長期に渡っての思惑と思われる所がなんとも…… 嫌らしい。 アイツ等のやり方はいつもこうだ……」




 無表情のまま頷く私。 今回は、三夫人はご出席されておられない。 私一人で、王家の重要な方々との会談と云う事だったの。 王太子殿下、第二王子殿下の相貌が、昏い笑みに変わる。 そうね、五頭龍の真価が、此処で出るのね。 辺境伯各家を従える、王家ならではの凄みかも知れないわ。 まぁ、”鬼気(気迫)” なら、負けてはいなかったけれどね。 小さく言葉を紡ぎ、現状の認識を示すの。




「狡知に長けたやり方に御座いますね。 この度はわたくしの悪名を以て、回避できましたが、何かしら断固とした手を打ちませんと、王国の重臣方にまで 『 汚染 』が、広範囲に広がりかねません」


「フフフ…… ”汚染 ”ね。 言い得て妙だが、その通りだ。 東部、北部の辺境伯家の者達に、王太子として命じたことも、そろそろ出揃う。 お前たちの影からの報告と王家の影の情報が合致した。 全貌が見え始めた。 根幹の尻尾もやっと掴んだ。 後は、何処まで広がっているかだが、いずれ近い内に、その情報も手に入る。 陛下にも秘密裏に奏上してある。 まだ、貴族院での開示には至っては居ない。 何処に鼠が潜んでいるか判らないからな。 まさか、シドニール迄が ”汚染 ” されているとはな。 アレにはもっと成長して貰わねば成らぬな」


「王太子殿下、誠に申し訳御座いません、わたくしの妹が……」


「あぁ、そうだったな。 第三王子の王子妃の筆頭候補となっていたな。 正三位侯爵のバレンティーノ侯爵家からの強い推挙だった事も事態を混迷に落とし込んでいる。 政治的には力を失ったバレンティーノ侯爵家。 令嬢の出自は西部辺境伯家。 なにも問題は無かった筈なのだが…… アレも、アレの兄弟も、やはり ”汚染 ”されていると見て良いか?」


「…………申し上げにくい事なれど、『是』と云うしか……」


()としては辛い所だな。 しかし、まだ矯正の余地はあろう? 第一成人と成ったばかりと聞く」


「御意に…… しかし、今のままの王立学園では……」


「その辺りも考えている。 見えぬ物が見える様になった。 聞こえぬ物が聞こえるようになった。 二十年ぶりに正龍会議(ムートス)が、開催される事が決した。 俎上に昇る事柄は、随分と変更される事に成るがな。 四辺境伯と王家の正式な最上級会議だ、色々とシェス王国の膿を出さねばならん。 その時に話し合い、陛下に色々と御決断して頂く事に成るだろう」


「御意に」




 うひょぉぉぉ 正龍会議(ムートス)が開催されるんだ…… 貴族院議会の上に存在する、王国の意思決定最高会議じゃないの! コレは陛下が何か重大な御決断をされるに違いないわ。 でも、私にそんな重要な事を仰ってもいいの? あらゆる貴族が暗躍をするわよ?




「当然の事だが内密に、招集されている。 色々と煩いのでな。 事前に各辺境伯家の者には、それと判らぬ様に各家の全権大使を送って貰っている」




 全権大使? 誰だろう? 直ぐには思いつかなかった。 そんな私を見て、正妃様が答えを教えて下さったの。 考えてみれば、当たり前の人選だったけど……




「宗家の当主に近く、既に一家を成し、各家の重要な地位に着いている女性ですよ」


「……御意に。 それで、彼女達が王家の「お茶会」に揃われていたのですね。 納得の人選です。 そして、時期的にもタイミング的にも、誠に素晴らしいです事。 感服いたしました」




 脳裏に浮かぶのは、にこやかな笑顔の三夫人。 そうね、そうだったのね。 本当に納得の人選。 彼女達は、王立学園の『単年度学生』として、王都に居る事に成っているし、辺境伯家の係累としては、御当主様の御令嬢なのも、王宮に招かれる理由にもなる。 事情を知らない者なら、夫人達が全権大使の任を負っているなんて、判らないわよね。


 ――― バーバラ=ベスタ=ノルデン上級伯爵

 ――― アンジェリカ=アルパ=ターナー伯爵

 ――― アストリッド=ガンム=パスタイ伯爵


 そんな重い御役目を果たしていたんだ。 きっと、色んなことを、辺境伯宗家から申し付かっているのね。 大変だなぁ…… でも、西部辺境伯家からは? まだ、誰も居ないわよ? ちい兄様も、大兄様も、御領からは出られていないし…… あぁ、そうね、西部辺境領は色々と大変事ばかりが続いたから、会議に出るだけなのかも…… 私の思案気な表情を見つつ、王妃殿下が言葉を紡がれたの。



「なにやら、誤解しているようですね。 西部辺境伯の全権大使は、事情が有り表立っては任命されては居りません。 西部辺境伯の思惑で、内々には、王家に伝えられては居たのですが、その事は当事者には伝えて居ないと、そう申しておられたのです」


「事情? ……に、御座いますか? 何方でしょうか? わたくしの周囲に居る者でしょうか?」




 ふと、脳裏にアマリアの笑顔が浮かぶ。 彼女もまた、西部辺境の貴族の一員。 そして、その出自を辿れば、西部辺境伯家の連枝の一人。 まぁ、妥当よね。 アマリアの能力はとても高いし、情報収集だって、おざなりにはしないんですものね。




「ええ、とても深い事情。 陛下の浅慮による突然の婚約騒ぎで、当人にはとても苦労を掛けてしまいました。 しかし、当人の能力のお陰で、王国の停滞していた国政に風穴を開けられたのよ。 おかげで、懸案事項も『打通』が出来て、あちらの思惑を打ち砕く状況も整ったわ。 本人にまで秘したる、重要な御役目。 『西方飛龍が思うがまま舞飛ぶならば、その方が宜しかろうと思いましてな』と、西部辺境伯から書面にて、そう王太子に伝えられておりますわ。 まさに事実となりました。 本当に貴女って人は…… まさに『西方飛龍』ね」



 えっ? わ、私? 私なの? 大兄様は何も仰らなかったし、ちい兄様も少しもそんな素振りしなかったじゃないッ! こ、困るわ。 そんな大役は、出来っこないもの! 困惑が顔に出たのか、王太子殿下が大きく破顔されたの。



「ハッハッハッ! 『西方伏龍』が妹は、自由に空を飛ぶ龍だからな。 伏龍が言っていたよ。 ”アレに鎖を付けるのは不可能だ ”と。 思いのままに飛ばせる事が、良き結果に繋がると。 マロン嬢、知っているか?」


「な、何で御座いましょう」


「末姫の想い人だ」


「えっ? リリーア殿下の想い人?」


「リリーアは、『西方伏龍』に恋焦がれている。 もちろん、あの件が原因だ。 拘束され、押し込められていた場所に『壁抜き』で侵入し、救い出したアイツに惚れ込んだ。 ……そして、奴が用いる『伏龍の紋章』に悶々としているのだ」


「と、と、と云われますと? ゴブリット兄様がご使用に成られる…… あ、あ、あの『紋章』の成り立ちを、み、み、皆様は、ご、ご、ご存知なのですか?」


「有名な話ぞ? あ奴が一年間『暴走』もせず、忍辱の日々を耐え抜けたのは、全て、あの守護刺繍のお陰だとな。 末姫救出の折の、あ奴の豪胆さ、勇猛さ、そして、恐れを知らぬ暴走ぶりを知れば、もっと大きな問題を王立学園で仕出かしそうなものなのだが、全くと言っていい程、その様な事は無かった。 つまりは、その守護刺繍が全てを丸く収めたのだよ。 あ奴が『自身の紋章』とするには十分な理由と成ろうな」


「そ、その…… 守護刺繍というのは、やはり『アレ(不格好な兎の刺繍)』に御座いますか?」


「あぁ、マロン嬢がその御手(・・)で、ハンカチーフに刺繍成された、伏龍(・・)が姿。 俺も頼み込んで、こっそりだが見せて貰った事があるのだ。 力ある者が(いたずら)にその力を振るえば、周囲に大きな被害が出ると。 密かに伏し、必要な時までその苛烈とも云える力を抑え、危機に当たりて、全てを解放すると。 ……自身の戒めにしたそうだ。 あ奴は言って居った…… あ奴の性格を深く知る者は二人しかいないのだと、そう言っていた。 一人は、残念な事にフェベルナの礎と成られた。 そして、もう一人。 お前の事だ。 アレが愛おしく思うのも不思議では無いな。 …………妬いてておるのよ、末姫はな。 どうだ、奴の心の席に、末姫を座らせてくれまいか?」


「えっ? わ、わたくしには異存は御座いません。 ゴブリット兄様はとてもお優しい方ですので、きっとリリーア殿下も御幸せに成られるでしょう。 あっ! 一つ、問題が……」



「何であろうか?」

「何が問題なのでしょう?」




 私が思わず口に出してしまった『懸念』に、王太子殿下とリリーア殿下が盛大に食いついた。 正妃殿下もとても興味深くお聞きに成っている。 レファーラ第二王子も相当に興味を持たれている。 ど、どうしよう…… うーん…… 言わないと、いけないよね……




「『龍爵』を賜っているゴブリット兄様は、ヘーゲン卿に御座います。 彼の地の砦を出る事は、戦闘以外、稀に御座います。 もし…… もし、リリーア殿下の降嫁が現実のものとなりましても、西方辺境伯領の領都に御邸を構えられても、ゴブリット兄様はヘーゲン砦を、お出に成る事は無いと思われます。 リリーア殿下に於かれましては、御寂しく思われるのでは、無いでしょうか?」




 王太子殿下とリリーア殿下は互いに顔を見合わせ、そして、大いに御笑いに成られた。 本当に、王太子殿下はお腹を抱えられる程に、リリーア殿下は、うつむいて、目に涙をためる程に。 ある程度、笑いを修められた王太子殿下が、私に告げられるの。




「リリーアは……、末姫は、じゃじゃ馬ぞ? あの(・・)帝国が王太子の側妻にと望まれる程にな。 王族としての意地は、母上に似て相当に苛烈だ。 その上、剣の腕も、立つしな。 心配は要らない。 きっと、側に侍る。 たとえ、西の森の中であろうとな。 リリーアは好いた男の為なら、地獄の門番の横ですら暮らすぞ。 この姫はな。 なぁ、リリーア」


「い、いやですわ。 そんな、は、はしたない」


「間違ってはおるまい? ん?」


「は、はい…… お兄様……」




 顔を赤らめ、モジッとされるリリーア殿下を横目に、王太子殿下は、突然…… 真剣な目を私に向けられたの。 ジッと私を見詰め、私の瞳の奥底にある想いを確認される様に……




「末姫が懸念する事は、あ奴の心にリリーアの棲まう場所が有るかどうかだ」




 なにを危惧されているかは、判らないけど、信には信を。 真心には真心を。 これまで生きて来て、自分を偽ったりしたことは無いわ。 だから、真摯に見つめ返したの。 静かに王太子殿下は言葉を続けられる。




「あ奴の中に有る、途轍もなく大きな存在が、マロン。 お前だ。 お前が良しと云わない限り、あ奴が妻を娶る事は無い。 マロンが目には、リリーアはどう見える? 王族の末姫では無く、女性として」


「誠に畏れ多い事なれど、リリーア殿下は奔放でありながらも、御自身の御立場を良く理解され、さらに王家の矜持をお持ちであると。 お優しい、ゴブリット兄様にとっては最良の御方であると…… そうお見受け致します。 兄様はあのように外見が途轍もなく峻厳なため、御心まで冷たく厳しい方と誤解されてしまわれます。 しかし、あの兄を慕って下さるのであれば、兄は一も二も無く、リリーア様の想いを、受け入れて下さると信じております。 わたくしから、たった一つ、お願いが御座います。 リリーア殿下、『辺境の地』を愛して下さいませ。 されば…… 遠き時の輪の接する処にいらっしゃる、お母様も御力添えして下さりましょう。 彼の地を、幸薄き辺境の地を、慈しんで下されば…… これ程の名誉、わたくしからは、他に何も申し上げる必要すら御座いません」




 真摯な瞳でじっくりと私を見られ、私の言葉に嘘偽りが無いと確信されたのか、ゆっくりと双眸の瞼を閉じられた後、大きく笑み崩れられた。 それはそれは晴れやかに。 末姫の行く末をとても心配されていたのだろう。 一度は傷つけられたリリーア殿下の名誉や御心を、これ以上傷付けてなるものかと……


 リリーア殿下の想い人が、ちい兄様だったなんて、思いもしなかった…… 多分…… ちい兄様も。 王太子殿下はちい兄様の為人(ひととなり)は、よくご存知なんだろうな。 それでも、心配だったんだろうなぁ…… 私に、こんなにも問われたのは、偏にリリーア殿下の『御心』を護る為なんだろうな…… と、思ったのよ。



「成程な…… ゴブリットが云うに、自身の事を良く知るのは二人だけだと言ったわけだ。 リリーア。 後は、お前の心がけ次第だ。 通例に従い、正龍会議(ムートス)の出席を四辺境伯当主に陛下は御命じに成った。 西方辺境伯は、奥方がご懐妊となり、慣例に基づき西部辺境領を離れられぬ。 代わりに実弟であるモルガンルース龍爵ヘーゲン卿を代理として向かわすと返答があった。 末姫が想いは、既に西部辺境伯には内々に伝えてはある。 ……リリーア、直接ヘーゲン卿に告げよ。 アレは相当な朴念仁だ。 王都にあ奴が居た頃、骨身に染みて、その事は良く知っている。 ……母上、宜しいか」




 えぇぇぇ! 御義姉様が妊娠? そ、それは本当なのですか? 本当に、御義姉様が妊娠されていたの? 誰も教えてくれなかったじゃない! ホントにもう! あとで、アマリアとっちめてやるッ! そ、その事は後。 今はこの場に集中、集中ッ!


 正妃殿下もリリーア殿下の行く末に相当に気を揉んでおられた筈よね。 王太子殿下の御言葉に、にこやかに御笑いに成って、同意を示されたの。 レファーラ第二王子殿下も、満足気に頷かれた。 真っ赤になっているリリーア殿下は、私の方を見て言葉を紡がれるのよ。




「あ、あのね…… ご、ゴブリット様の御心の、『貴女の棲んでいる場所』を…… わたくしが、奪ってしまうかも…… しれなくてよ? いいの?」


「殿下、わたくしは龍爵ゴブリットの妹に御座います。 わたくしには、わたくしが心を砕かねば成らぬ場所が御座います。 幾分と表情が厳つい兄ですが、御心はとてもお優しいのです。  兄の事…… 宜しくお願い申し上げます。 末永く…… 『西方伏龍』が帰り、眠る場所と成って頂きたく存じます」


「その言葉、嬉しく思います…… マロン…… その…… ありがとう」



 お小言を戴きに来たと思ったら、ちい兄様の御婚約が決まったよ…… それも、逆求愛よ…… 王族からの…… まさか、まさかの出来事よね。 でも、この話は内緒の方向でね。 きちんと時間をおいて、周囲の心を熟成させなければダメな事柄でも有るんですものね。 だから、私からは何も言わない。 きっと、国王陛下を皆様で説得する時間も必要に成ると思うから。


 だって、国王陛下は末姫様の事、とても大切に為さっているのですものね。


 もう二度と無茶な「誓約」は行わないと約束させられ、やっとの事で王城を辞すことが出来たの。 後宮を出る時に面体と(メティア)を被ったから、誰が王城にやって来たかは、誤魔化せる筈。 万が一、第三王子に会ったとしても、臣下の礼のみを捧げるだけなら、私の「心の臓」は破裂しない。 そんな怖い事は、あと五ヶ月程、我慢すればいいのよ。


 だって、王立学園を卒業したら、『全過程学生』にも、王立学園にも、関わる事が無くなって、『誓約』に誓った ” 範囲 ”から抜け出せるのだから。


 後宮を後にし、王城玄門を通り抜ける時、真っ赤な太陽が沈む景色を見る事が出来たの。 とても美しいと感じたわ。 まるで…… あの日、あの場所で見た夕日の様だったの。 『悲しみの記憶』が、慶びの事柄に上書きされる。 ええ、ゴブリット兄様。 長き苦難の時を真摯に対峙し乗り越えたなら、其処には、慶びの時が来るモノなのですよ。


 『西方伏龍』が伴侶を得るのか…… その時まで、私…… 黙って居られるかしら?




  § ――― § ――― §




 それからの王立学園の生活は、最初の頃と同じように成ったわ。 『誓約』を結んだ私を、下手にお茶に誘うと、ご招待者に『全過程学生』が紛れ込んで、意図せず絡んでしまう可能性があるし、そうなれば、私の息の根が止まるから…… 怖いよね、いきなり「心の臓」が破裂しちゃう令嬢なんてね。 『単年度学生』の方々は、私に感謝をしつつも、ご招待は私の為にも、される事がなくなったの。


 皆さんの御心遣いに感謝ね。 学園での社交は壊滅的な状況に成ったけれど、その分、事情を知った グリモアール翁侯爵夫人には御心を砕いて頂いたの。 畢竟(つまり)、私を誘って下さる方は、”大人”の、それも、事情を良く知る方か、御婦人三人衆との「お茶会」「夜会」の出席頻度が上がったわ。 シェス王国の重鎮の方々との「社交」が私の縦の繋がりを、強く太くしていったの。


 同年代の方々との交流が断たれてしまったのは、ちょっぴり残念で、ちょっぴり誇らしくもあったのよ。 だって…… ヤツ等の当面の目標は潰したし、此れからどうにかしようとしても、切掛け(トリガー)の人選は、最初からやり直しなんだからね。


 それに、そのうち、そっちも対処できそうだしねッ!


 王国の安寧は、辛うじて護られたって所よ。 それからの毎日は、アマリアと一緒に行動したわ。 『夜鳴鶯(ナイチンゲール)』と頻繁に連絡を取って、疑念や疑義を感じる場所、モノ、人、情勢 なんかを逐一詳細に調べ上げ、膨大な資料として、王家の耳に届けて居たの。


 当然、他家の影の方からも、王家の耳の方々からも、幾多の情報が届けられ、同時に私にも送られて来たわ。 その情報は細かく確認して、大兄様とちい兄様にも、お届けした。 私一人じゃ読み切れない事も有るし、まして、『正龍会議(ムートス)』が開催されるって云うのならば、必要な情報だと思ったから。


 御婦人御三人様もきっと同様に、情報を宗家に渡されているわ。 そして、王家も…… 必要な情報が、遅滞なく必要な人々に、直接届けられるのよ。 国王陛下の決断への材料は積み上がって行ったと思うの。 膨大な証拠、証左、証言が積み上がり、罪ある者達への罪科が確定していく。 ……その筈なの。


 私自身は目立つ動きは出来ないわ。 何が原因で、様々な思惑が破綻するか判りはしない。 表立っては動けない私は静かに、その時が来るのを待つしか無かったの。 そんな私は、突然できた空白の時間を、やってみたかった事に費やす事にしたの。


 ええ、フェベルナ食料問題の解決の糸口を探す事ね。


 行く先は王立学園の植物園。 研究施設だけあって、人影は殆どない。 植物学、農学を志す方は、『単年度学生』の皆さんしか居ないと聞く。 それも、極僅(ごくわず)か。 多少の人影が有ったとしても、王宮の農事関係の人達ばかりだから、気安く足を向ける事も可能だったの。 主に『私の命(・・・)』的にね。


 そんな中で出会えたのが、一人の男性。 見た目はとても、小父様臭のする(ちょっと老け込んだ)人なんだけれど、纏うのは『単年度学生』の制服とローブ。 クラバットは付けて居られないから、きっと御領でお役目を貰っている、無位の方。 小さな農務官の職位を示す徽章が襟に光っているわ。 様子を伺ってみると、手掛けていらっしゃるのが、研究用の畑の植物達と、果樹園。


 まさに理想的ね。 近くに寄る為に、まるで猫の様に用心深く、辛抱強く待っていたの。 取った手段は、『大温室』に併設されている図書室に足繁く通い、農業関連の著書を手当たり次第に読みふける事ね。 持ち出し可能な植物図鑑を持って、直接、大温室や野外施設の植物を観察してみたり、交配の可能性を記してある論文集を読み漁ったりね。


 淑女としては、いささか、異質な方法では有ったけれど、目的の人物に近寄るには、その方法しか無かったの。 地道な努力をする事、三ヶ月。 冬も終わり、春めいてきたところでやっと、その方との面識を得る事が出来たわ。


 季節を加速させる『大温室』の中。 外ではまだまだ芽吹かない果樹の花が咲き乱れる、そんな樹の下。 うっとりと、その花を見て居たの。 何処からともなく蜂が飛んできて、花に吸い込まれて行き、そして、出て行く。 その様子もまた、此れから実を付ける花ならば、必要な事だと、書物の知識で理解していた。




「危ないですよ。 蜂はどんなに注意していても、突然襲ってきますからね。 人によっては、間隔をあけて二度刺されたら、死亡する可能性すらあるのですから」


「御忠告、痛み入ります。 全周囲に【気配察知】を張り巡らせておりますので、敵意を感知すれば、避けるなり、落とすなり致します故、ご心配なく。 ところで…… わたくしは、マロン=モルガンルースに御座います。 貴方は?」


「おや、これはこれは、『噂の御令嬢』でしたか。 花咲く樹の下に居られる貴女は、噂とは違う方の様に思えますね。 失礼…… わたくしは、ウイートバーレイ伯爵家が三男。 ランドルフ=ウイートバーレイに御座います。 ……そう云えば、モルガンルース嬢は、この冬には、度々この大温室にお見えに成られましたね」


「お恥ずかしい限りですが、故あって『王立学園 大会堂(グランテリア)』には、出入りできませんの。 授業の合間、余暇、そして、お休みの日等は、主に此方で……」


「成程。 それにしても、良く資料をお読みですね」


「ええ、『我が領(・・・)』 フェベルナは、作物の生育に不向きな土地柄なので…… 少しでも良くなる様にと、此方の著作物を読み、方策を考えておりますの。 でも、やはり門外漢な物で、判らないことだらけですわ」


「虫々にも忌避感を持たれてはいないご様子でしたね…… それならば、遣り様もございますよ」


「そうなのですか? もし…… もし、お邪魔で無ければ、一つご教授頂ければ、幸いに存じ上げます」


「…………」


「ダメ…… ですか……」


「いえ、その、そう云った訳では。 一対一でのご教授と成ると、御令嬢の品格に傷が付くかと……」


「まぁ、お優しいですわね。 私の方こそ、貴方様に要らぬ噂が立つのでは無いかと、たった今、思い知らされました。 誠に申し訳御座いません。 浅慮でした」


「いや…… いやいや。 農学に関して向学心の高い、それも貴種の女性などは滅多に御目に掛かれぬのも事実。 どうでしょうか、お友達をお誘いあわせでは? わたくしには、友と云える者は居りませんので、此方で誰かに頼む事が出来ないものですから」


「ええ、ええ、判りました。 何人かのお友達か、年上の方でも宜しければ」


「何よりです」



 こうして、やっとの事で、農事に明るい専門家との接触が出来たの。 リッドや、アンジェ、そして バーバラに頼んで、大温室でのご教授に付き合って貰える人を探してもらったの。 若い人でも、妙齢の御婦人でも誰でもよかったの。 そうしたら、王家の執事職を退職されたお爺ちゃんを御紹介されたわ。 それも三人も。


 年齢により、ご勇退なされて、隠居屋敷で暇を持て余していらしたらしいの。 それまで、緊張の毎日だったのに、いきなり暇になってご家族にも邪険にされつつあるって触れ込みだったの。 フェベルナなら、この世から離れるその日まで、御自身がもう無理だと仰られる ”その日まで ”、御領のお役に立ってもらうのにね。


 一も二も無く、受け入れて、意気揚々と『大温室』まで向かったの。 現場で落ち合う約束をしてね。 大温室では、ピシッと執事服を召された三人の老齢の執事の皆さんがお待ちだったの。 いや、あのね? これから、農時に関係する事を習うのよ? 実地だって有るのだから、その格好は如何なものかと?




「別段問題は御座いません、お嬢様。 この姿でお小さい頃の王太子殿下の御遊びにも付添いました。 樹に登り、池に入り…… なんとも、懐かしく思い出されますなッ ハッハッハッ!」




 ですって。 此れにはウイートバーレイ様も苦笑い。 仲間も増えた事でも有るので、様々な農事に関する事をお教え頂けたの。 学識、豊かな方なのよ。 明快で判りやすい説明、フェベルナの気候に合う可能性のある穀物や果樹のお話。


 いくらでも聞いて居られる程の、豊かな知識。 ウイットに富んだ話ぶり。 とても、有能な方なんだと思ったの。 お爺ちゃん達にも、鉢植えの樹々に付いて説明をなさっておられたわ。 とても奥の深い趣味だと…… 思ったの。 お爺ちゃん達も楽しんでおられるようね。 よかった。


 でもね、そんなお爺ちゃん達は、時折鋭い目をされる時が有るの。 それも、例の『街で流通する偽物』の事を、お話した時に限ってね。 ははぁ~ん。 そうか、お目付けに、『目』か『耳』の熟練者を回されたのか。 王家もなかなかにエグいわね。 諜報関連の方を敢えて私に付けるなんてね。 判らないふりをしながら、良く観察してみると、相応に特徴的な所作をされるの。


 伊達に『夜鳴鶯(ナイチンゲール)』とのお付き合いは無いわ。 


 幾度目かの御授業の後、寮への帰り道、着いて来ているであろう、『夜鳴鶯(ナイチンゲール)』に念話を飛ばす。




〈王家の目か耳でしょ、あの元執事さん達〉


〈姫様もお判りで。 左様に御座います。 それも、〈名持ち(ネームド)〉に御座います〉


〈……〈名持ち(ネームド)〉。 飛び切りの人を回して貰えたって事ね〉


〈はい。 しかし、姫様の言動も逐一あちら側に〉


〈仕方ないわ。 要注意人物に成っているんだもの。 無茶をした応報よ。 甘んじて受けるわ〉


〈宜しいのですか?〉


〈ええ、少なくとも『善意』なのでしょうから。 仲良くなったのよ、此れでも〉


〈左様に御座いますか。 ……引き込みますか?〉


〈今はまだいい。 能力は保障されているけれど、彼等の忠誠心は王家に有るのよ。 無理や無茶はいけないわ〉


〈姫様がそれを云われるか……〉


〈ダメ?〉


〈承りました〉




 念話を閉じると同時に、「壮絶な笑み」が私の頬に浮かぶの。 そうよ、拡大解釈すれば…… 付けて下さるのならば、下賜して下さったのも同義でしょ?  なら、御領に帰領する時にお誘いするのも吝かでは無いわよ。 お爺ちゃん達が招聘できた暁には、うんと働いてもらいたいしね。 フェベルナの新しい人材と成る人達の教育官としたら、その能力はとても高く評価できるもの。


 『王立学園 大会堂(グランテリア)』に出入りできなくなった私は、代わりに大温室でお茶を戴く事になったの。 侍女を連れて行っても良いのは、高位貴族家の子女ならば、云うまでも無く、お爺ちゃん達や、ウイートバーレイ様も交えて、たまには三夫人もご招待してのお茶席。 情報の交換もその場でしたの。


 少々、その場にいる事が不安なご様子のウイートバーレイ様も、まぁまぁと宥めつつ、ご一緒してもらったわ。 とても、穏やかな気持ちに成ったの。 緊張もせず、素の私に成れたような気がしていた。 様々な言葉を交わし、とても仲良くなれたし……


 なんだか、心の中がポカポカとしていたのよ。


 その時の私の『社交』はというと、『王立学園』では、中々に難しいものだったわ。 学外での『社交』に関しては、厳選した人達とのみに限定しているの。 グリモアール=エスト=バレンティーノ翁侯爵夫人 にお任せしている状態なのよ。 ええ、アントン君とグリモアール夫人との『お茶席』が対価となっているわ。


 本当に良くして下さって、私自身、ほぼ完全隔離状態なんだけれども、だからこそ、不自由を感じた事は一切無かったのよ。 この国に対する攻撃を未然に防ぐと云う意味では、中枢に近い感じだしね。 でね、ウイートバーレイ様とも、やっと親しくお話が出来る様になって…… お願い申し上げたのよ。


 フェベルナの地に於いて、ウイートバーレイ様の力を貸していただけませんか……とね。 でも、真摯に申し訳ない顔をされて…… 謝絶されてしまったの。



「モルガンルース様。 お申し出は大変ありがたいのです。 ……それは、誠にそのように思っております。 農事に関しては、研鑽を続けて参りましたわたくしですが、それ以外はからきしなのです。 貴族らしい振舞いも、横の繋がりも、まして、こうやって高位の方々との「お茶席」など、以前では想像もつかない事でした。 感謝申し上げます。 しかし、我がウイートバーレイ伯爵家は、今は途絶えてしまった、アグリカル公爵家の連枝に当たります。 寄り親たる、公爵家には並々ならぬ恩が御座います。 父である、伯爵エスクワイア=ファス=ウイートバーレイを含め、公爵家の恩を受けた家は未だにその恩を返すべく、この国の農事に於いて、日々研鑽に努めると、亡きアグリカル公爵閣下に、『お約束』しております。 違えられぬ『お約束』なのです。 ……ウイートバーレイ伯爵家に生まれた私にとっても、その約束は自身の『お約束』でも有るのです。 誠に申し訳御座いません。 御心遣い有難く思いますが、何卒、ご容赦の程を」



 ……諦めたくないとは思うのだけど、方法がね…… 無いのよ。 ここまで愚直で実直で忠勤なウイートバーレイ伯爵家を筆頭とする『途絶えてしまった』アグリカル公爵様の御連枝の方々って、本当に王国の中でも珍しいわ。 本当に国の為に力を発揮する、御連枝の一族郎党なんだと思うのよ。


 残念だけど、ここで、押しても彼を苦しめるだけ。 ならば、学園に居る間だけでも、精一杯 彼の知識を吸収する方が良いわ。 残念で仕方ないの。 心の奥底がズキズキと痛むわ。 ほら、私を監視している皆さんも、私があまり大きく動く事は良しとしないでしょ? 御領から送られてくる、御当主様(大兄様)の御親書でも、私がヤラカシタ例の『誓約』が発覚してから、くれぐれも無茶をしない様にって…… そう釘を刺されているのですものね。





 これ以上、皆さんにご心配をお掛けするのは本意ではないわ。



 だから…………ね。











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