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私は私の道を行く。 構って貰えなくても結構です! 【完結】  作者: 梨子間 推人
第一幕 『その日』までの、夕日に染まった私の記憶。
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10話 突然の因縁。 背後に見え隠れする他国の策謀。 王国の安寧に差し出すは、『神』と『我が家名』と『爵位の名誉』を掛けての『誓約』。 そんな物騒なモノを結んだ、 私。





 新年祭の少し前の事。




 王立学園の中にもソワソワとした雰囲気が流れ始める頃だったわ。 冬季長期休暇の少し前だったわね。 遠くの御領の方々は、往復の時間も無いけれど、本領の方々ならば帰郷して、戻ってくる程の休暇期間。 王都近傍に領地を持つ皆様が、其処彼処でご友人方を自領にご招待されている光景が『王立学園 大会堂(グランテリア)』で見受けられたの。


 仲良くはして貰えたけれど、そこまで親しくして貰っていない私だったから、その様子を薄らぼんやりと笑ってみてたのよ。 冬季休暇の間は寮に居て、フェベルナの決裁事なんかの処理をしたり、とても素晴らしい、王立学園の植物園に日参しようかな、なんて思っていたのよ。


 王立学園の植物園って、流石に研究施設でも有るだけに、巨大とも云える、ガラスで覆われた御庭一つ分も有る温室が有ったり、品種改良の為の研究畑があったり、それはそれは素晴らしい施設だったのよ。 フェベルナの地によく合う作物を何かお教え願えれば…… なんて事も考えて居たの。 不毛と云えるフェベルナの荒野。 耕作地にしても痩せていて、余り耕作物の物成りも期待できない事が、フェベルナの未来をそんなに明るくはしてくれていない。


 『モルガンルース龍爵』として彼の地を見守る私としては、なんとか食料自給率の向上を目指さないといけないし、人口の増加を願うならば、避けては通れない課題とも云える。 その道の専門家を、フェベルナの地に招聘したくも有るのだけれど、その道の専門家は絶対人数が少ない上、主家となる大公家がお世継ぎの問題で消滅してしまっているので、おいそれとその御連枝の方々の招聘なんてお願い出来ないわ。


 そのうえ、そんな御連枝の方々は、結束力が強く、また義理堅いので有名な御家の人々。 現在のご領地に於いて、農業の発展に御家の全力を投入されているの。 本領での食糧自給が消費を大幅に超えているのや、良質なワインが生産されているのは、それが理由なの。


 紛い物では、太刀打ちできない、そんな ” 本物 ” を、地道に研鑽しているお家の方々ね。 どうにかして、何方(どなた)かを招聘したいものだと、常々考えて居たの。 でもねぇ…… やっとの事でお知り合い程度の「社交」を始めた私には、とても高い壁の様なモノを感じて居たのよ。


 兎に角、接点が無いの。 ほんと、なにも無いの。 私自身が、「武家」の出身でしょ? 古臭く、強面の人達ばかりの家系なの。 その上、姿の良い弟妹が、学園で『私』や『ちい兄様』の事を、あまり良く言っていないのも有るわ。 あの子達からすると、辺境に『置いてけぼり』にされた私達兄妹は、田舎者臭く、慮外者で、トンデモナい不作法を行う者って感じで喧伝してくれていたみたい。


 お兄様がご卒業の後の入学でしょ? ある程度、ちい兄様のお噂を知っていた人もまだ残っていた時は良かったのだけど、それ以降に関しては…… ねぇ…… もう随分と久しく会っていない私の事は、きっと、フェベルナを任される前の私の事しか、覚えていないのよ。


 それに、あの子達はなんだか私の事をそんなに好きでは無かった様だったし……


 華やかなあの子達と比べて、地味に辺境猟兵団の方々と訓練を繰り返していたのですものね。 随分と野蛮な人だと、『全過程学生』様の皆様には、そう噂として浸透していたわ。 まぁ、それも、どうでもよかったのだけれどもね。


 事実、『龍爵』に叙せられてからは、普通の御令嬢の生活とは言えなかったんだもの。 魔物を屠り、街道の治安を護り、国境を監視し、血塗れに成る様な過酷な責務を背負っていたからね。



 ――――



 ぼんやりと、『王立学園 大会堂(グランテリア)』で、周囲を眺めていたのよ。 丁度、その日は、御婦人達お三方は、其々の辺境伯家の方々との会合と云う事で、王立学院には見えられていなかったの。 私の周りは寂しい状態で、ポツンと一人で冷気が窓から忍び寄る場所にある丸テーブルでお茶をしていたのよ。


 時は午後のお茶の時間。 薄日差す窓際では有るものの、ちょっと寒いかなって思える頃。 面倒事が大挙して現れたの。



「マロン=モルガンルースッ! お前は何を考えているのかッ! 敬愛する兄上に何を吹き込んだのだッ!」



 目を怒らせたフレデリック=テュル=ガスビル子爵様が、五名程の高位貴族の子弟の方々と一緒に、勢い込んで私の前にやって来たの。 儀礼的に立ち上がり、その前に立つ。 何を考えているのかって云われても、何を指しているのが判らないし、彼の兄上に何を吹き込んだとか云われても、あちらの方から謝罪を戴いたくらいしか覚えは無いわ。 仕方ないから、黙って見詰めていたわ、何時もの笑みを浮かべてね。 フレデリック様の怒りの言葉は、まだまだ続いたの。



「ガスビル家の学習にも来ず、私の命にも従わず、あちこちの「茶会」にフラフラと出席をするとはッ! 恥を知れッ! その上、様々な場所で卑しく野蛮な仲間を作り、高貴なる『全過程学生』の我々に嫌がらせするとはッ! よりにもよって、可憐で心根の優しい、マリエ=ブリリアント伯爵令嬢に対しての横暴と悪意ある行動の数々ッ! 誠に以て許し難いッ!!」


「…………」



 えっと、何を仰っているのかしら? 事実認識に大きな齟齬が有るのは確かね。 それに、何を以てこの様な断罪まがいの発言を成されるのか。 全く訳が分からなかったの。




「なんだ、お前はッ! コレだから田舎者はッ! 私の婚約者と成る為の己の自己研鑽も放棄し、その地位を持って他者に干渉するとはッ! 王命による婚約で無ければ、たった今、破棄してくれるものをッ! お前の嫌がらせがあまりに酷い為、マリエはこの場に同行出来ぬ程、怯えておるのだッ! 『単年度学生』の品位がこれ程低いとはッ!  …………学園の教師の方々に申し上げる、この様な事が有る様では、単年度学生とは、行動を共にする事など出来ませんッ!!」




 周囲にポツポツと居られる、王立学園の先生方にそんな事を申し上げているのよ。 教育機関の方々の思惑を何だと思っておられるのかなって…… 感じたわ。 ほぼ実務集団な人達と、未来を担う人たちの意思疎通の為の処置なのにね。


 って、云うか、マリエ=ブリリアント伯爵令嬢って誰? 更に続けるのよ……




「『全過程学生』の朋達は、『単年度学生』との交流など希望していないッ! 今後、一切の関りを断つ事も考えるべきだ。 学園の教師の方々、『全過程学生』全員の要望として提案致します。 『王立学園 大会堂(グランテリア)』には、『単年度学生』達の入室を禁ずる事をッ!!」




 待って…… 待ってよ。 そうすると、『単年度学生』の皆さんの主たる目的である『情報交換の場所』はどうするつもりよ。 それを実行すると、『全過程学生』の皆さんの『社交』まで、機能しなくなるわよ! 許されない提案よ? まして、『全過程学生』全員の意思ですって? 本当に?


 周辺を伺うと、困った顔をされているのは、何も『単年度学生』の皆さんだけでなく、『全過程学生』の皆さんも同じ。 どうも、私の目の前の集団…… つまりは、王国に冠する高位の貴族の皆さんだけの話なんだろうなと当たりが付いたわ。


 どう落とし、如何に対処しようか…… 沈黙を持って私の呆れかえる心情を伝えるのは下策なんだろうなぁ…… そんな事をつらつらと頭の中で考え始めていると、『王立学園 大会堂(グランテリア)』の入口に近い場所に出来つつあった”人だかり”が、二つに割れて数名の人影が見えたの。 その方々が、こちらに近づいて来たのよ。 アレは…… そうね、私の弟妹と、高貴な方の御姿ね。




 ―――― 我が国の第三王子殿下 シドニール=サルド=ブラーシェス殿下

 

 側に侍るのは……


  第三王子妃予定(・・)のエステーナ=モルガンルース辺境伯令嬢 

  辺境伯令息 フリオ=モルガンルース従子爵(・・・)




 王都に来て、第一成人を迎えたフリオは、バレンティーノ侯爵家の御当主様より、侯爵家の従爵の『子爵』を下賜されたそうね。 まぁ、良かったですこと。 御当主様(大兄様)が手紙でその旨をお伝えくださったわ。 文字と文章にかなりの(・・・・)御怒りを乗せてね。 だって、御当主様(大兄様)の御許可も、お伺いすら(・・・・・)も、無かったんですものね。 


 余りの事柄に、私だって言葉を失ったわ…… 事の仔細をグリモアール翁侯爵夫人にお尋ねした位なんだもの…… グリモアール夫人も、相当に困惑されていて、御当主様(大兄様)に丁重な謝罪のお手紙をお出しに成られたって。 御当主様(大兄様)も、その謝罪のお手紙に、何かしらを感じられたようで、怒りを収められたと、これまたお手紙で知ったのよ。


 お父様(先の辺境伯様)が、それをお許しに成ったのが、とても不思議。 でも、まぁ、呉れるって云うのなら、貰ったって問題は無いでしょ? それに、一回下賜され、それを受け取った後は、もう返上出来る訳も無いわ。 でもね、その事によって、あの子は辺境伯家の”令息(・・)”では無くなったって事に成ってしまうのだけど……。 残念だけどね。


 その高貴な一団を見て、更に御婚約者様の気勢が上がるわ。 宰相家では三男である彼も、第三王子殿下の御側近ともなれば、王都にて権勢を誇れると思っておいでなんでしょうね。 私との婚姻が成立したら、とてもそんな余裕は無くなるのに…… 王都に住まう事すら出来なくなるというのに……


 あぁ、だから、私を遠ざけるのね。 政略で結婚しても、居を王都と辺境に分けて、御自身は王都に住まう御積りなのね。 そして、王宮に第三王子の側近として勤める事を夢見ておられるのね。 はぁ…… 王命であるから、仕方なく私との政略結婚はしなくては成らないけれど、それも仮初の物とするって云う、意思表示なんだ……


 ――― 判った。


 どうにかして、王命を撤回して貰う算段を付けないとね。 そんな不実な婚姻では、フェベルナ領の方々が不幸になるわ。 ええ、領民を顧みない『配』など、必要無い。 貴種に生まれた者の矜持を持たぬ者など、辺境には不要よ。


 第三王子殿下が、おもむろに近寄ってこられたの。 膝を折り、制服のスカートの中程を持ち、膝を深く折る。 低い姿勢のまま(こうべ)を床に水平に成るまで下げる。 淑女の臣下としての最敬礼という訳よ。 結構大変な姿勢なのよ。 王家の藩屏たる臣下の礼典側に即した、最上級の淑女の礼を捧げて御言葉を待つの。


  ―――初対面だしね。




「既に話したか」


「ハッ! 我が敬愛するシドニール殿下。 田舎者の無礼者に説諭しておりました」


「ふむ。 そうか。 して、この者は?」


「なにも申しません。 愚鈍であり、自身の行いがどういう意味を持つのか判らないので御座いましょう」




 随分と蔑んだ御声だこと…… シドニール殿下は私には何も仰らない。 つまりは頭を上げる事も出来ない。 じっと、御言葉を待っていると、懐かしい声が耳朶に届く。 聴きたくは無い『言葉』を紡ぐ、弟妹の声だったのよ。




「お姉様ッ!! 何という事を成されたのですッ! コレではわたくしがお世話に成っている バレンティーノ侯爵様にもご迷惑が掛かる事であると、判りませんかッ! いくら、辺境の果てで暮していて『王都の事情』に詳しくはないとはいえ、余りに…… 余りに…… コレでは、わたくしがシド様(・・・)の御側に居る事すら、不敬と成ってしまいます!」


「姉上、此処まで酷いとは…… 度し難い…… 如何に姉上でも、擁護すら出来ぬではないですか。 辺境伯家の男子として、どう謝罪すればよいのか、判りません」




 スッと体温が下がる。 何を言っている? 姉に頭を下げさせたまま、慮外な言葉を紡ぐか…… 「龍爵」たる私に向かって、たかだが、バレンティーノ侯爵家の従子爵(・・・)が云うか…… 度し難い? いえ、私こそ貴方達に云うわ、誠に、度し難い慮外者めがっ! とね。


 『王立学園 大会堂(グランテリア)』の床を見詰める私は、胸に熱い物が浮かび上がり、表情が『怒りの色』に染まる。 まるで殲滅すべき魔物を前にした時の様に。 しかし、今それを表に顕わすのは『下策』。


 『龍爵』として、様々な交渉事に臨んだ私の経験が、私の暴走を止めるの。 グッとスカートを握る手に力が入ったの。 これ程の屈辱を味わった事など無いわ。 他国の頭の高い外務官でさえ、もっと優雅にお話される。 傍若無人で有名な獣人族の方々ですら、これ程の無礼はされない。


 でも、頭の中のとても冷静な部分が囁くの。 思い出せって…… 王都に来てから集め検討した情報を思い出せって。 脳裏に浮かぶ言葉があった。 言葉の主は、アストリッドだったわね。




” 王国、王家に忠誠を誓う若年の貴族の意識の変化が見受けられます…… そういった王国の基幹となるべき教えを軽んじていると、そう勘案いたします。 時期的に、学園長並びに多くの教師の方を、有識者と云う事で、協商連合国からお招きしてからかと…… ”




 そうか、そう云う事か。 我が国の大切な『学制』を崩壊せしむ意思が有る者が居ると云う事か。 それも、自身が表に立たず、『 学生の要望を聞く 』 と云う形で。 更に言えば、その進言をするのが王家の者だとすると、学園側(その者達)は大手を振って、学内の学制の改革に着手できる。


 王城に諮ることなく出来る、規則類の変更。 小さな改変だけど、将来における王国の弱体化を進める上で、決め手と成る様なそんな改変。


 王国の多くの実務を担う者達である『単年度学生』と、王国の未来を双肩に乗せる『全過程学生』の引き離しと相反を狙って居るのだと理解したわ。 長期の根回しと、策謀の結果、その切欠(トリガー)として選ばれたのが、『私』であると云う事か。



 ――― そうか、そうなんだな。 だから、この場で、そう云う事を言い出す様に仕向けたんだ。



 乗せられた『全過程学生』である者達は皆、貴族の社会に関する見識は浅く薄い。 とても薄い。 さらに、王国の成り立ちすら『教育の場』から削り取られていると云う現実。 自身が何処から来て、どのように生まれたかも忘れさせよう(・・・・・・)としている勢力(・・)が居ると。 そう云う事ね。 根がとても深く、嫌らしい遣り方ね。


 コレは、『 問題 』よね。



 私が成さねば成らないのは、なんとか、この場をおさめ、『単年度学生』の『王立学園 大会堂(グランテリア)』への立ち入り禁止処置は避けなければならない。 私が悪名を被るとも、それだけは成さねば成らない。 王国の次代を担う若者達の分断を狙っている…… それが、あちら側(協商連合国)が狙っている事なんだと、理解したから。


 背後にある思惑を見通す事。 そして、それに対応する事は、『場数を踏んだ執政官(龍爵の軍執政官)』ならば、この場を凌ぐ事は、己が権能に付随する『責務』の一つに数えられる。 よし、判った。 悪名は私に、光は未来に。


 頭も上げず、無理な姿勢から声を出す。 非礼は承知の上。 初対面にも拘わらず、第三王子シドニール殿下へお声がけする。 



「御畏れながら申し上げます、シェス王国が第三王子シドニール殿下。 御不興を招きました事、心より お詫び申し上げます。 この度の件、わたくしには覚えが御座いませんが、もし、わたくしの振舞いに何かしら ” 王都での礼節 ” に於いて、(くだん)の御令嬢様を不愉快にさせたのであれば申し訳なく思います。 しかし、此れはあくまで、わたくし個人の致した事に御座います。 であるならば、『単年度学生』の皆様を、この場より切り離す事は、別の問題と成ります。 もし、殿下が学園の責任者様に『進言』なされば、それは、王国慣習法、王国教育法、更には、不磨の大典である『王国志法』にも抵触する事と成ります。 畏れ多くも、国王陛下にご裁可戴く案件ともなります。 御進言の内容は、重要な王国法の改変に及んでいると、そう、ご理解の上ご判断されておられると、臣は勘案致します。 しかしながら、この度の件、国法を改変する程の事では無いとも、臣マロン=モルガンルースは愚考いたしました」



 私の言葉に、シドニール殿下がたじろぐのが感じられた。 殿下は、結構軽く考えていたとも思える。 教育機関の遂行する教育課程は全て王国の『法』を基幹としている。 だから、軽々しく学制法を変えるなんてもっての外。


 ただし、在籍する学生からの『請願』を十分に吟味したならば、学園長権限で王国学園内で、『ある程度』の変更は可能。 そう、其処が狙いだったのね。 ちょっとづつ変えて行けば、大きく変更するよりも目立たないし、それが法を破って居ようと、慣習として成立してしまう。


 だから、遣るのよ。 ええ、何としても阻止しないと、崩壊は眼に見えているわ。




「ならば、どうする始末を付けるつもりだ。 お前と云うモノがこの場(グランテリア)に留まりつづければ、其方(そなた)の意思がどうであれ同じような事が起こる可能性は有るが?」




 そうね、そう云うわよね。 でも、それに対する答えは、有るのよ。 ”『神』と『家名』と『爵位』を掛けて『魔法誓約』を結ぶ ” と、云う方法がね。 滅多に行使する者は居ないけど、私には私の『矜持』と、それを実行する『資格』が有るのよ。




「その御懸念、誠に御尤も。 ならば、誓いましょう。 龍爵マロン=モルガンルースが、『神』と、『我が家名』と、『爵位の名誉』を掛けて、『 誓約(・・) 』を結びましょう。 本日、この『王立学園 大会堂(グランテリア)』を退出して後、生涯この場に入場しない事、そして、『全過程学生』の方々との交流や、わたくしからの干渉の全てに於いて(・・・・・・)、『近寄らず、何事も成さぬ』と、誓いましょう」




 頭を低くしながら、両手をスカートから放す。 胸の前で『誓約』の呪印を結ぶ。 【身体強化】と同じように、魔力を込めて、床に解き放つ。 床面に私から同心円状に魔方陣が描かれる。 爵位を持つ者が、『誓約』を申し出、その契約を遵守する為に成す ”魔法 ”の一種なのよ。 呪文の誓文は、今云った事と同じ。 もし破られれば、私の心臓は一発で破裂する。


 重い契約を成す時に、使用する上位魔法の一つ。 命を懸けた『誓約』なんだものね。 私は今日を以て、今後一切『王立学園 大会堂(グランテリア)』に入る事も無ければ、在籍中の『全過程学生』の皆さんとは、言葉すら交わさないと云う『誓約』。


 ―――― それで、いいでしょ? 


 魔方陣が収束して、私の身体に定着する。 そして、この誓約は完了するわ。 流石に王族である、第三王子シドニール殿下は、私の為した魔法についてはご存知だったようね。 若干の震えた声が私の頭の上に降り注ぐ。




「そうか…… 判った。 もう、『王立学園 大会堂(グランテリア)』に姿を現す事も無く、『全過程学生』には何の干渉もしないと云う事だな」


「御意に」


「ならば、此度の件、此れにて治める」


「承りました」




 シンと静まり返る『王立学園 大会堂(グランテリア)』。 貴族の娘として、大事な社交の場を放棄するかの『誓約』に、皆声を失ったのよ。 それでも、安堵感からか、いずれの方も嫌悪の感情は表に出していない。 そうよね、だって、私が出入りしなかったら、『単年度学生』の皆さんは今まで通りに過ごせるんだものね。 その方々と関わりのある、『全過程学生』もまた然り。


 再び、淑女の礼の姿勢を取り、床に視線を落とした私。


 踵を返すシドニール殿下の足音を聞きながら、私は床に向かって壮絶な笑みを浮かべているのよ。 バカ者共め。 私の『誓約』により、アイツ等(王国に仇成す奴等)の計略が大きく崩れたのが判らないのか。 まぁ、いい。 御婚約者様にしても、いずれ…… 婚約の白紙化は遣り遂げて見せるわよ。 あんなのが、” 配 ” だなんて、信じられないわ。




 足音が聞こえなくなり、皆さんがガヤガヤと騒ぎ出した頃合いを見て、私は(こうべ)を上げる。 隠す事の無い、『壮絶な笑み』が浮かび上がっている筈。 遠目に見ていた皆さんが ” ヒッ! ” と軽い悲鳴を上げる。 誰も近寄らない。 そりゃそうよね。 『西方飛龍』の矜持を持って、遣り遂げたんだものね。


 この中の何人が、私の為した事を理解している事やら…… 『単年度学生』の皆さんならば、判って下さるでしょうね。 その証拠に、驚愕の表情と同じくらい、感謝と畏怖の視線を贈ってこられたんだものね。


 さぁ、退出しようか。 二度と足を踏み入れない、この『王立学園 大会堂(グランテリア)』を軽く視廻して、足を踏み出したの。 怒っていた? ええ、とても。 馬鹿な人達にでは無く、画策した者達にね。 耳に『夜鳴鶯(ナイチンゲール)』の声が聞こえる。




〈お嬢様、遣り過ぎです〉


〈いいのよ、此れで。 有象無象に時間を割く必要が無くなったと云う事。 良いですか、御当主様、ゴブリット兄様にもお伝えして。 私が自身の意思でなくとも、『王立学園 大会堂(グランテリア)』に足を踏み入れた場合、私の『心の臓』が張り裂けると。 あの子達も含め、一切の『全過程学生』の皆さんとかかわりがあった場合も、即死すると〉


〈御意に…… しかし、そこまでする事なのでしょうか?〉


〈ええ、まさしくね。 これから何らかの『言いがかり』を付けられたら、私が生きている事で証明が出来るのだもの。 何を以てしても、『全過程学生』の皆さんとの関りはコレで排除できるわ。 貴方達に色々と調べて貰った件も有る事だし、書式に纏めて正妃殿下へもご報告するべきね。 そう…… 王立学園は内側から腐っていたと〉


〈承知いたしました〉




 『王立学園 大会堂(グランテリア)』の入口に到達し、一度振り返ると、大きく一礼を捧げたわ。



  善き学び舎と成りますように。


  この場に於ける様々な事が成就できますように。




 ―――― と、神様に、『祈り』を捧げたの。








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