0話 Prologue : 赤く燃える夕日の中で
戦う、お姫様の物語。 ハッピーエンドマニアが贈ります。 楽しんで頂ければ幸いです。
乞う、ご期待!
西日が強く差す『王城外苑』 控えの間。
窓から赤い光が、この控えの間に差し込んでいたわ。 窓に下げられたレースのカーテンも真っ赤に染まっている。 高価な調度品も、美しく整えられている茶器の数々も、全てが赤く染まっていたわ。
高貴な方々があちらこちらに座っていらっしゃるの。
手持無沙汰なのでしょうね。 それとも、王立学園卒業者への爵位授与式を兼ねた『大舞踏会』が、急遽開催を中止された理由が判らずに、苛立っておられるのかしら?
そんな中、一際大きな御声が聞こえてきたの。
「……あの様な冴えない田舎者が、私の妻にだと? 薄らぼんやりと、利発さの欠片も無いアイツが? 美形揃いの、西方辺境伯モルガンルース辺境伯家の者とは思えない凡庸な見た目のアイツが? そのくせ『嫉妬心』だけは、一人前と来ているアイツが?」
美しいとも表現できる御顔立ちの『私の御婚約者様』が、お隣に、とても華麗な御顔の金髪碧眼の見眼麗しい女性に、ピタリとくっ付いている。 でもね、その方のドレス…… とても淑女が纏うドレスとは思えないほど、肌の露出が多いの。
周囲には、御実家が同じ位の爵位らしき、高位貴族家の御子息、御令嬢達までも揃っておられるわ。 純白のクラバットを誇らしげに首にし、周りを睥睨しつつ、とても尊大な御声でお話されているの。
「有り得んだろ! 見たか? あの地味な色のドレスを。 私のエスコートを拒絶した挙句、さらに緊急事態が発布され、一時その開催を中断している大切なこの『大舞踏会』を、この私に何も伝えずに、途中退出してしまう様な、そんな奴を妻にだと? 有り得んだろ! 父上は何を考えておられるッ! せっかくこの日の為に、あいつの悪行の数々の証言を纏めてきたと云うのにッ! それを以て、あの無礼者を断罪し、この婚約を破棄してやろうと思っていたのにッ!」
ひたすら声高に、宰相閣下の御子息であらせられる、フレデリック様がそんな言葉を吐き捨てるのは、王家主催の年に一度の『大舞踏会』の控室での事。 華麗で豪華なこの王城外苑の舞踏会場 控室でその様な大声をお出しに成るのは、はしたなくありません事?
王立学園卒業者への爵位授与式を兼ねた『大舞踏会』が、始まった途端に中断したのは事実。 王都近傍に発生した緊急事態に、国王陛下 御自ら下された御決断なのよ。 学園卒業者の保護者だけでなく高位貴族が出席し、王立学園の卒業生を新たに青年貴族として御披露目する、大切な大切な「大舞踏会」であってもね。
そして、そんな状況下で、私が ”途中退出 ”したのは、ちゃんとした理由も有るんだけどな……
フレデリック様の罵倒の言葉を聞けているのは、その大切なこの『大舞踏会』が、一時その開催を中断している理由が、原因なんだよなぁ……
知らないんだろうなぁ……
まして、私が、この控室に居る事なんて。
その上、『軽装甲騎馬猟兵の甲冑』を付けている事なんて、思ってもみないんだろうなぁ。
ちょっと、調べたら、直ぐにでも判る事なんだけどなぁ…… 一度でも西部辺境伯領に足を運んでいたら、一度でも西部辺境域、西南部のフェベルナの地の情報を精査してたら、そして、一度でも私がフェベルナの地で何をしているのか調べてみれば……
私の事なんて、どうでもよかったって事よね。 知ってたけど、まぁ…… ねぇ……
フレデリック様の声が聞こえているのか…… ほら、王都守護の責任者である、お兄様が、困惑の表情を浮かべられているわ。 現状、”緊急事態 ”を受けて、王城舞踏会は中断しているのよ。 なにせ、王都近傍の森の中で ” 魔物 ” の、狂乱が観測されているのよね今。
国王陛下や、主だった大貴族の御当主様方が、陛下の執務室に向かわれて主催者不在と成った為の『一時中断』。 再開の見通しは未だ立っていないわ。 今夜の開催は中止され延期されるかもね。 それが判っているのは一部の者のみ。 そうね、軍部の方々だけって所かな?
軍務大官が鬼気迫る表情で、一旦、王城外苑に配下の一指揮官と御姿を見せられた後、直ぐに国王陛下の元に戻る為に、王宮深部に向かわれたのよ……
§ ―――― § ―――― §
王都近傍の魔物暴走らしきモノが起こったのが、”今日 ”で良かったと、云うべきなのよね。 だって、私の王立学園の卒業式の日に合わせて、御領の私の部隊の一部が、護衛 兼 儀仗猟兵として王都に来てたんですものね。 本当に幸運だったわ。
王都周辺には、対魔物戦闘に特化した部隊なんて存在すらしないから、狂乱に陥った魔物に対処するには、ちょっと大事になる筈だったんだものね。 下手をすれば、国軍の将兵に大きな損害が出るかもしれない。
いえ、まず間違いなく、大量の死傷者が発生するわ。
人と人の戦とは、趣が全く違うんですもの。 相手は感情を持たない『魔物』…… なんですもの。 アイツ等を相手するには、王都の兵では脆弱すぎるわ。 肉体的にはでは無く、精神的にね。
だって、相手が、『人の世の軍隊』ならば、『全員が死兵の部隊』を相手にする様なモノよ。
―――― それが、対魔物戦。
普通の軍隊では、対処しきれないものが有るのは事実。 決して降伏もしない。 命ある限り抗うのだからね。 例え、群れを率いる高位の魔物が死亡しても、なんら臆することなく、突撃してくるんだもの。 かつて、四つある辺境領を巡られた国王陛下は、『その事実』を、良く知っておられるわ。
そんな対魔物戦に特化しているのが、辺境領兵の中でも、西方辺境領の私兵でもある、西方辺境伯 猟兵団なんですもの。
幸いなるかな、その西方辺境伯猟兵団の一部が、一時的にとはいえ、この王都に来てたんですもの。 王都の安寧を司る役職に就いているお兄様としたら、対魔物戦闘に於いて特化した西方辺境伯家の猟兵団将兵は、喉から手が出る程 ”欲しい部隊 ”なんですものね。
でもね…… それは、それ。 あの者達は、私の配下であって、王国軍や、王国騎士団、まして、王国近衛兵団の支配下の部隊では無いわ。
王城でも事態の急変に対処しかねて、特命を以て王命が下されたの。 本来は儀仗部隊として王都に来ていた猟兵に緊急展開の命令が発令されたのよ。 そう、国王陛下自らね。 事態の深刻さに、そう御決断されたのよ。 だれが軍権を持つのかも、その部隊の指揮権も明確にされずにね。 それ程の衝撃的な混乱だったとも言えるんだけどね。
私は、近衛兵団の副長でもあり、王都守護の責務を負うお兄様に、猟兵指揮権の『御認可』を戴くべく………… 辺境に於いて、任ぜられている、辺境伯猟兵団の特任遊撃部隊の指揮官として、この場に伺候したのよ。 あの人達…… 本当の意味で、私の部隊の人達なんですもの。
―――― そう、私は指揮官なんですのよ、あの者達の。 ね、お兄様。
冷めた目で、私に対する非難を仰る、フレデリック様を横目で見つつ、溜息をほんの少し漏らし、目の前に居るお兄様を真正面から捕らえるの。 脳裏に浮かぶのは、” 幸運だった ” の言葉のみ。
お部屋の片隅で、騎兵猟兵の装備を身に付け、兜を深く被って ”符呪付きの面体 ”で顔を覆っている私でしょ? きっと、誰にも…… あの煌びやかな人達の一団には、私がこの場所に居るって『認識』が出来ていないわよね。 声高に話を続けるフレデリック様の言葉が、更に 彼の状況認識の悪さを物語っているのよ。
「とにかく、この縁談は破談とさせていただく…… いや、マリエ=ブリリアント伯爵令嬢に対し高々辺境伯の娘と云う身分で『無礼』を重ねたとして、然るべき場所で断罪させてもらおう。 あぁ、なんてかわいそうなマリエ嬢。 酷い仕打ちをされて、涙ながらに、この私に訴えてきたのだ。 この可憐で我慢強いマリエ嬢がな。 全くもって許し難い」
フレデリック様の仰る ”薄らぼんやりと、利発さの欠片も無い” は、誠にもって御尤も。 凡庸で美しくも無い、そして、『茫洋とした笑み』が固着したような私が婚約者とは、あの方も御気の毒だったわ。 でも、マリエ=デュス=ブリリアント伯爵令嬢って誰よ? そんな御令嬢には、ついぞお目にかかった事は無いわ。
――― いえ、今、見知ったわ。
だって、その御令嬢、嬉しそうにフレデリック様の傍らに居られるのですものね。 節度を持った淑女とは言い難い距離感でね。 はぁ…… ああいった、華やかな人がお気に召したのね。 だったら、最初からそう云えばいいじゃないの。 貴君は、不躾な蔑むような視線しか、私にはくれなかったものね。
ほんとは、最初から気に入らなかったんでしょ? 渡りに船って所かしら? 普段は…… ぼんやりとした私だから、あんまり気にはしてなかったけど、他の辺境伯家の御令嬢には相当に不評だったわよ? フレデリック様の態度はね。
お父様が持ってこられた『縁談』は、当初から何かしらの ”中央 ”の『貴族的な思惑』が有ったんだと思うの。 だって、明け透けに言って、どうしようもない程『凡庸』な私に、宰相閣下の御子息との『縁談』が舞い込んだんですものね。 いくら淑女としてはポンコツな私でも、ちゃんと”淑女教育 ”は、受けたのよ?
私が『その役目』を負う事で、何かしらの貴族間の均衡を取ろうとされていたって事でしょ?
その位は見当が付くわよ。 私は貴族の娘。 婚姻には、実利が伴うモノだと云う事は、よくよく教育されているもの。
フレデリック様との婚姻が、政略結婚なのは、誰が見ても明白よ。 それは、この婚約を望まれたのが、宰相閣下であると云う事実も、あるのだもの。 ねぇ、そうでしょ、中兄様。 貴方だって、よくご存知の筈よ? だって、お勤め先が王城内部なんだから。
貴族の娘の結婚には、何らかの政治的思惑が有るものだと理解はしているわ。 それでも、表面的には穏やかに過ごそうとしていたのよ。 ええ、此方からは何も異議を唱えず、従順にお父様のお話を受け入れていたわ。 ちょっと、意思疎通に問題が有ったけれど、国王陛下の御命令ではどうしようもないしね。
でも、それは私だけだったらしいわね。 あの方は、最初からこの縁談を気に入らず、縁の意味を理解されようともせず、只々、否定的にとらえられておられた……と。 だとしたら、もうどうしようも無いじゃ無いの。 少なくとも『愛』はなくとも、『情』を育む事は出来たかもしれない。 でも、それさえ厭われていたとしたら……
――― もう、無理よね。
私にだって、” 矜持 ”は、有るんですもの。 あちらから婚約を破棄してくださるのだったら、喜んでお受けするわ。 『白紙』どころか、『破棄』でも構わない。 冤罪を仕掛けて、排除するのも、構わない。 辺境に生きる者には、そんな事さえ些細な事よ。 ええ、全力で逃げさせてもらうわ。 優しくして貰った方々には悪いのだけど、もう王都には来なくても済むんだったら、私にとっては福音と成るべき御言葉よ……
―――― そして、辺境で生きるのよ。
とにかく、王都での貴族の付き合いは気が重いわ。 特に高位の貴族の方々との間柄は、それこそ、幾重にも織られた分厚い生地の様な気がするの。 こちらの糸を引っ張れば、あちらが引き攣れて、それを解きほぐそう当すると別の部分で歪みが出る…… みたいな……
だから、いいの。 もう、いい。 もう十分よ。
――― 有体に云えば、”やってられるかッ!” って所かな?
私は辺境に帰る。 王都には二度と足を踏み入れない。 ならば、本来の私に帰ってもいいじゃない。 きっと、ちい兄様は、褒めてくださるわ。 ぶっきら棒に…… そして、極めつけに優しい眼差しで…… ” よくやった ” ってね。
符呪付きの面体。 奥の瞳には色んな意味で、光が宿っている筈よ。 ええ、辺境伯家の子としての矜持と、特任遊撃部隊の指揮官としての責務が、私を覚醒させているのよ。 ふと…… 思い出した言葉が有るの。 それは、血に刻まれた私の誓いでも有るわ。
『民が窮する時、その血、覚醒す』
面体の下、御義姉様に表に出さない様にと御忠告頂いた『壮絶な笑み』が浮かび上がっているわ。 くぐもった小さくも『剣呑な声』で、お兄様に問いかけるの。 いつものぼんやりとした声では無く、妙にハッキリクッキリした声音でね。
「王都守護司令官殿。 事態は混迷の度を急速に深めております。 王国第八警邏隊の兵が既に ”魔物暴走警報” を、発しております。 疑問ではありますが、狂暴化した魔物共の実情を調査し、事態を収束に向かわせねばなりません。 辺境伯猟兵団の特任遊撃猟兵は、『出撃』致します。 特任遊撃猟兵の指揮官として、『本領』王都軍管区における、『戦闘指揮権』の御譲渡を、お認め下さい」
「…………マロン。 本気か?」
困惑に歪むお兄様の表情。 そうね、メイビン兄様は私が辺境で何をしていたか、ご存知ないものね。 報告書は大兄様から伝達されているかもしれないけれど、この困惑したお声…… それに、この「表情」では、きっとご存じ無いわね。 報告書を読まれても、何かを隠蔽する為の『虚偽』だと思われていたのかもしれないわね。
隠す事など、何一つ、有りはしないのにね。
「わたくしの装備をご覧ください。 既に王命は下っております。 辺境伯猟兵団、特任遊撃猟兵の出撃の断は、下されております。 が、今だに実戦指揮官を選任する事が出来ず、徒に時を空費しております。 進言いたします。 王都の軍高官、及び、実戦指揮官では、あの者達を御すことは難しいかと思われます。 一つ、王都守護司令官殿…… 宜しいですか?」
「なんだ…… なにか、私が知るべき事が、有るのか?」
「ええ、とても重要な事に御座います。 西部辺境伯領の者ならば、誰もが存じておりますが、『特任遊撃猟兵』は、龍爵であるわたくし、マロン=モルガンルースが ”命令 ”しか受領しません。 わたくしが、部隊の専任指揮官なのです。 三年前の魔物暴走事件より、御領主様より、彼等の命を預かる者と定められました。 よって、余人に『この任務』を明け渡す訳に行かぬのです。 辺境伯家の者として、常に領民の安寧と領地の安定を護る誓いは『伊達』では無いのです。 宜しいかッ!」
「ウグッ………… そ、そうか。 な、ならば、し、仕方ない。 認めよう。 しかし…… 怪我はしてくれるな。 マロンは、後方より指揮を……」
若干…… 私の漏れ出た『鬼気』に押されて、狼狽え気味にメイビン兄様はそう言葉を口にされる。 紡がれたのは、 大兄様やゴブリット兄様ならば、決して口にはしない言葉をだ。 実戦指揮官が後方より指揮する? それも、対魔物戦に於いて?
何を考えているのよ。 辺境の実情を何も知らないと云うの?
殊更に声音が低く冷たく成るのが判る。 ええ、西部辺境伯家の係累が発するにには、余りの矜持に欠ける文言に、怒りと呆れが同時に言葉と成って私の口から迸るのよ……
「なにか ”お間違え”では無いのですか? それとも、王都勤めで腑抜けられたか。 魔物戦に於いて、後方など無い。 常に辺境伯家の者がいる場所が前線であり、我らが抜かれれば後方には善良な民しか居ない。 戦闘力を持たぬ、無辜の民しか居らぬのです。 対魔物戦闘に於いて、安全な場所などと云うモノは、存在しません。 メイビンお兄様…… いえ、王都守護”司令官殿 ”。 先程の言葉を以て、王都に近傍に於ける辺境伯猟兵団の特任遊撃部隊の『戦闘指揮権』を戴いたと理解します。 これより、フェベルナ特任遊撃猟兵団 出撃します」
「お、おい、マロン!」
「では、後程。 赫々たる戦果を、ご報告出来る様に努力いたしましょう。 そして、モルガンルース領に戻ります。 私の居る場所は、この王都には御座いません。 事が終われば、生きていても…… たとえ、死んでしまっても、我が辺境の地に帰還いたします。 辺境のフェベルナの戦乙女の矜持と意地を、ご覧に入れましょうッ! 以上です」
「お、おい…… まて、待て マロンッ!」
ジト目で、ガッツリと猟兵式の敬礼を施し即座に踵を返し、その場を後にする。 浪費していい時間は、もう残り少ないと肌感覚がそう云うの。
それは、身をもって「魔物暴走」を感じ、そして、大切な『人』を失った私としては、当然の事。 時間は有限なのよ。 限られた時間に於いて、時間を浪費する事は、取れる選択肢を投擲する事に他ならない。
既に『夜鳴鶯』から、戦況について「幾多」の状況が伝えられつつある。 無為に時間を浪費する事は、許されない状況に成りつつある。
もう、後がなくなりつつあるのよ。 大型の『対魔物特効武器』を猟兵達が持ってこれなかった事が一抹の不安材料にもなるわね。 今更ながらに思うのは、『体一つ』 『剣一本』 それが全てであると云う事。
やってやるわよ。 ええ、鍛え抜いた辺境猟兵団、特任遊撃猟兵団の意地、見せてあげるわ。
『符呪付き面体』の下……
口元が大きく歪み、笑みを作っていく。
茫洋とした笑みを浮かべるしか方法が無い、お嬢様なんて…… そんな者、私じゃない。
だって、私は辺境の子
民と領地の平穏を護る、幸薄き辺境の民を護る、『西方飛龍』。 シェス王国の安寧を破る者、現時点を以て…… 、
――― 『フェベルナの戦乙女』 いざ参るッ! ―――
時間は無くなりつつあるわ。 でも、まだ決定的な時間でも無い。 それまでに現場に到達できる見込みは立った。 大舞踏会の会場である王城外苑から、私の部下たちが集合を掛けられている『王城馬場下門』へは、それなりの距離があるわ。 まさか走っていくわけには行かないし、近道して王城内部を通り抜ける…… なんてのは、ご法度ものよね。
首から吊るされている、黒曜石の割符を見せれば、そんな横車だって通るんだけど、緊急事態に揺れる王城へ入ると、ほら…… 色々と厄介な目に遭うのは眼に見えているんだものね。
宰相府、国軍軍令部、近衛司令部…… 直ぐに思いつくだけでも、それだけは有るわ。
せっかく、王都守護司令官殿が、高位貴族の方々の警備の為、王城外苑の大舞踏会会場の控室に居られるのを見計らってお会いし、出撃許可を貰ったのを ” なし ” にする事は出来ないわ。
私についている、辺境伯家の影たる 『夜鳴鶯』 の者に念話を仕掛ける。
〈 居るわよね 〉
〈 御側に 〉
〈 特任遊撃部隊の者達に、『直ぐに向かう』と、そう伝言を。 装備は第一種戦闘装備。 私の軍馬の用意も怠りなく 〉
〈 御意に 〉
〈 多少、回り道をしなくては成らないけれど、それほど遅くは成らないわ。 私の到着を以て、出撃すると、伝えて〉
〈 御意に …………姫様の御装備も、第一種戦闘装備に御座いますか? 〉
〈 ええ、特に特別な装備は必要無いわ。 儀礼用の儀礼甲冑なんて、着用しない。 今、最優先にするのは、王都を守護する事だけなのですから 〉
〈 …………承知いたしました 〉
気配は無くても声は聞こえる。 手練れの諜報関係者なのよ。 彼は…… たぶん、彼なんだろうな。 もしかしたら、彼女かもしれないけれど? 名も知らぬ、夜鳴鶯。 御当主様であるハロルド大兄様が付けてくださっているに違いないわ。
まぁ、それで私の為す事は、全て 御当主様とちい兄様には、筒抜けに成っているんだけどね。 それは、それ。 コレは、コレ。
カツ カツ カツ と、軍靴の踵が豪華な石床を叩く音が響いているの。 王城外苑から、ぐるりと回廊を巡って、集合場所に向かう。 途中、王立学園の植物園近くを通る。 見覚えの有る、明るい茶色の髪が、栽培されている草木の間に見える。 途端に胸が苦しくなる……
あの方は『大舞踏会』には参加されないって仰っておられたわ。
”力を無くした伯爵家の三男で、王城での猟官するにも、家柄的に無理があるし、御披露目ったって、誰にするのさ。 それなら、最後までこいつらの面倒を見たいからね。 卒業後は、どうなるかもわからないし、一応貴族だって事を証せられたら、いいだけだったしね。 一年間ではあるけれど、色々と勉強させてもらった事には感謝している だけど、貴族的なお付き合いはもう懲り懲りだよ。 ”
…………そんな貴方だから、是非とも辺境にお招きしたかった。 もっと、御側に居たかった。 『緑の手』をお持ちの上、研鑽に余念なく、民を飢えから解放したいなんて、野望を、お持ちの貴方ですものね。
一度はお断りされた西部辺境への御招聘のお話…… やっぱり諦められないわ。
私の心の痛みは無視して、彼の招聘については、一度、御領主様と、ゴブリット兄様にご相談申し上げる事柄だと信じている。 ” 私の心の痛みは別として…… ”ね。 私、フェベルナでは、”諦めが悪い ”ので有名なの。 心の中で、彼に一言だけ、呟くの。
” 征ってきます。 ” と。
暗闇に沈みつつある、王城回廊。 夕闇がすぐそこまで迫ってきて、青黒い『夜の帳』が天空を覆い始めているわ。 星々の輝きが、一つ、二つと見え始める。 その赤と黒の世界が目に映ると、かつての記憶が蘇ってきたわ。 様々な、そして、忘れ得ぬ…… そんな情景が、一つ、また一つとね。
―――― ええ、それはそれは、『鮮明』に。
深く覆い隠した、私の心の奥底から浮かび上がる様にね。