約束しました
最推し目線。シリアス回。
世界で一番綺麗で、世界で一番変わってる子。
ミシェル=シーボルト伯爵令嬢。
醜い俺の顔を見ても悲鳴をあげたり、気絶しない。令嬢らしからぬ女の子だ。
荒くれ者だって俺の顔を見れば不快そうな顔をするのに、彼女のそんな顔は俺へは向けられない。
「……アレン様に不快な思いをさせましたわね、ルールも守れないとは。貴方。クビにしますわよ。」
「も、申し訳ありませんっっっ!!」
今だって美しい顔を歪め、睨んでいるのはマンジェーズの男性スタッフだ。
用があったのか、オーナールームへ許可を取り入った瞬間、醜い俺を見て小さい声で悲鳴をあげた、それだけのことなのに。
いつものことだから、気にしない。そう言ったはずなのにミシェルは怒りを隠そうとしない。
「もう結構ですわ。ホールへ戻りなさい。それと今後3ヶ月1割の減給でよろしいですわね?」
「──っ、はい。」
「ミシェル、俺は本当に気にしてない。こんな不細工じゃ仕方ないことだ。」
減給は厳しすぎるし、一般人に恐怖を我慢しろなど難しいことなのも分かっている。
だから彼にとっては不本意かもしれないが庇う言葉を述べた、それなのに、だ。
「撤回しますわ。半年間の減給。嫌なら辞めていただいて結構。」
「ミシェル!?」
顔を顰めたかと思えば、更に厳しくなる処罰。
俺は何か間違ったことを言ったのだろうか。
庇うことすらしない方が良かったのだろうか。
「アレン様も勘違いしてますわ。確かに不快な思いをさせないと言っておきながら早々に約束を違えてしまった、それは反省しております。」
「だ、だから俺は気にしないと……。」
「彼はマンジェーズの従業員、給仕係ですわ。」
ミシェルが何を言いたいのか分からない。
服装を見れば彼が給仕係なのは誰でも分かることだろう。
「どんな方だろうと、マンジェーズはお客さまを笑顔でお迎えし、笑顔にさせて送り出す。これがこの店のルールですわ。オーナールームにいる従業員以外の方は基本的にVIPのお客さま。ルールを守れない従業員への正当な処罰なのです。」
もっとな理由を並べて、笑みを浮かべる彼女。
変わった子だ。
男性スタッフだけではない、元パーティメンバーにもそうだった。
甘く、優しいのに、逆に俺にとって有害だと判断すれば、容赦なく牙を剥く。
なんなんだ、目が、熱い。
自分の体の異変に戸惑っていればノックの後に、もう1人男が入ってくる。
「失礼します。」
「副料理長。食事にするわ。申し訳ないけど今日は貴方にお願いするわね。」
副料理長と呼ばれた彼は、俺よりはマシだが、苦労したであろうと分かるぐらいに不細工だった。
だからだろうか。俺を見ても狼狽えすらしない。
「かしこまりました、ミシェル様。……こいつはどうします?」
「続けるなら半年減給。辞めるなら今月の分のお給料を支払ってちょうだい。」
「はい。では、ミシェルさま、あー……冒険者様もおかけになってお待ちください。給仕はそうですね、俺のかみさんにさせます。」
「あら?いいんですの?俺の女房には男への給仕はさせないと昨日も騒いでいらっしゃったのに。」
「いいんですよ、冒険者様はきっとかみさんには見向きもしないでしょうしね。」
「えぇと……意味は分からないけど副料理長が良いならお願いしますわ。」
「はい。じゃあ失礼します。……おら、お前さっさと行くぞ。歩け。」
「は、はいっ。」
口を挟む暇もない。
というか、口を開くことができない。
だって、夢みたいだ。
こんな容姿のせいで、誰一人庇ってくれる人はいなかった。
親にさえ醜いと言われ、殴られ、蹴られて。
どうして俺は周りの子のように愛されないのだろう、どうして醜く生まれてしまったのだろうと思わない日はなかった幼少期。
冒険者たちのパーティは家族のように支え合うのだと小耳に挟んだとき、本物ではないけれど俺だって《家族》を手にできるかもしれないと思った。
幾度となく剣を振り、血豆ができようと、熱が出ようと、殴られた怪我が痛くても1日たりとも鍛錬を行わなかった日はない。
そうして冒険者になり、念願の《家族》を手に入れても、俺の願いは叶わなかった。
高難易度ダンジョンの最深部に囮として置き去りにされたことが何度あったんだろう。
ほぼ全財産を《家族》のために差し出したことが何度あったのだろう。
騙されて、裏切られて、今度こそはと思ってもまた裏切られる。
「さぁ、アレン様。給仕が来るまでは私がお茶を入れますわ。おかけになって。」
「……あぁ。ありがとう。」
ボロボロに擦り切れた心で、諦めた感情を彼女は一つも取りこぼさないように拾ってくれる。
寂しかったのだ。
(俺も誰かと同じ時間を過ごしたい。)
優しくされたかった。
(俺も誰かへ優しくしたい。)
笑顔を向けられたかった。
(俺も誰かと笑い合いたい。)
守られたかった。
(俺のすべてで守るから。)
「あと30分もすれば料理が届き始めますし、お茶菓子は今度にいたしましょう。」
「──っ。」
「……?アレン様?」
目も、喉も、顔も、胸も。全てが熱い。
「え、あ、あの?どうしました!?ま、まさか体調が!?い、医者のて、手配をっ!!」
「ミシェルっ……!」
慌てて近くに駆け寄ってきてくれたミシェルを抱きしめる。
ダメだ。もう、手放せない。
俺を一人の人間として認めてくれた子。
俺を孤独から救ってくれた子。
俺を大事にしてくれる子。
例えいつか彼女に裏切られたとしても、俺はこの命すら差し出してしまうのだろう。
後悔も憎しみすらも抱かずに、ミシェルとの暖かい日々を思い出しながら。
「あ、アレン様?」
「ずっと……俺といて。」
「え、えぇ。ずっとパーティを組むのですから当たり前ですわ。」
「違う、違うんだ。」
醜い俺が抱きしめようとも彼女は態度を変えない。
娼婦ですら忌み嫌われるのに。
「俺の全部をあげるから。」
「え?」
「俺を独りにしないでくれっ。」
自分より年下の子に縋るSランク冒険者がどこにいるのだろう。
みっともないと言われても仕方ない。
今この瞬間にからかってやったのだと言われるかもしれない。
でも、それでも一緒にいたい。
「アレン様。」
「っ。」
断られるのだろうか。
それもそうだ。誰がこんな醜いやつとずっと一緒にいてくれるというのだろうか。
耳を塞ぎたくなる。でも答えを聞きたい。
矛盾だらけの感情が俺の体を硬直させる。
「約束、しますわ。」
「や、くそく……?」
「えぇ。私、ミシェル=シーボルトはアレン様がいらないと言うまで一緒にいますわ。」
柔らかな手で背中を撫ぜられたことに体の力が抜ける。
頬を濡らすのは涙、だろうか。
よく分からない。
「……アレン様。」
何か言いたいのに何も言えない。
俺から出るのは醜い嗚咽だけ。
「……アレン様。もう、大丈夫ですわ。」
ミシェルの肩に顔を埋めたまま動けない。
きっと彼女の服を汚しているのに、謝ることも、離れることもできない。
「声を出して泣いても良いのです。私はアレン様の《家族》なのですから。呆れたり、見捨てたり、嘲笑ったりなんかしませんわ。絶対に。」
優しい声に、俺は初めて声をあげ、泣いた。
耳元で泣き叫ぶなど煩いだろうに、ミシェルは変わらず俺の背を撫で続ける。
「アレン様。……アレン様。」
「ミシェルっミシェルっ!」
あぁ、彼女は本当に【聖女】に相応しい──……。
・今回の語り部
すぐ病んじゃう子。今後も定期的に病む。
ヤンデレになるかはヒロイン(笑)次第。
ヒロイン(笑)への好感度MAX。
乙女ゲーならイベント発生直前状態。
・厳しい指導者
今回は凄い良い子に見える。
欲望のままに動いてるだけなのに。
彼女の脳内を見たなら、このシリアス回は全てぶっ飛ぶことだろう。
・減給された給仕
働き始めて3ヶ月。
で、出ていかないです!見捨てないでくださいオーナァァァ!
副料理長夫妻からの説教で完璧な給仕へと進化する。
・副料理長
中々の不細工。奥さんは美女。
おしどり夫婦。キューピットはヒロイン(笑)なのでめちゃめちゃ感謝してるし、尊敬してる。
王家から引き抜きの話しはあるが全てスルーする猛者。