タピオカ屋とポロシャツと私
「新商品を開発しようと思うんだ」
予想通りの展開ではある。和菓子とはまた別に、店の主力商品たるタピオカドリンクのメニューを増やそう、彼はそう言っている訳だ。しかし、一つの問題がある。
「私、店員でもなんでもないけど……?」
一緒に働こうと言われた事があった様な気もするが、現状雇用契約は結ばれていない。
「まあ、そこは女子高生代表って事で、忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
「はあ……」
「今はミルクティーの他に、紅茶、抹茶、カフェオレ、ほうじ茶ラテ、チョコレート」
「それ以上なんか必要ある?」
「そんな事言わずに。タピオカ屋をやるなんて、一生に一度しかない経験だよ。一緒に商店街を盛り上げていこうよ」
一生に一度……と言われると何かとてつもなくすごい経験に思えるが、実はそういった体験は、結構多いのではないだろうか。梶田の「うまい事言ってやった」感じのドヤ顔が非常にムカつく。
「まずはこれ。ジャスミンタピオカ。甘くない分低カロリーだよね」
「うーん。結局、タピオカの良さって甘いからでしょ?」
タピオカは結局は白玉みたいなもので、本体は甘くないのだ。飲み物が美味しいからタピオカが美味しいのだ。
「でもヘルシーだよ?」
「健康を気にしてる人はタピオカ飲まないよ」
「うーん。なら、ジャスミンミルクティー」
「そんなにジャスミンが好きなの?」
私の問いに、梶田は少し考え込む様子を見せた。
「それほどでもない。台湾っぽいかなと思って」
「次行こう」
と言うわけで、ジャスミンはクビになった。
「じゃあこれは?トッピングにチーズクリーム」
ふわふわのクリームがミルクティーの上に乗せられた。
「原価高そう」
売るだけ売って逃げ切りならば、そこまでバリエーションは必要ないのではないか?梶田はクリームの上に生き残りの練り切りカエルを乗せてご満悦のようだった。それがやりたいだけじゃないのか。
「原価は高いけど、チーズクリームっておしゃれでしょ」
甘い甘い白あんで作られたカエルは、無表情のままずぶずぶと泡の中に沈んでいった。だめじゃん。
「それよりsサイズを作ったほうがよくない?こんなに量、いらないよ」
「そうすると、みんなそっちを頼んで売り上げが落ちるでしよ」
薄利多売はよくない。取れるところから一気に取る、と。
「じゃあやっぱそんな沢山のメニューはいらないよ」
どれもまあ飲めるけど、いまいちしっくりこない。結局最後は原点にたどり着く。タピオカにはミルクティー。これが宇宙の真理だ。
「味は二の次で、映えるものを作ろう」
梶田が次に作ったのは、合成着色料丸出しの青いソーダにタピオカが沈んだもの。見た目はいいけれど、絶対に美味しくないだろう。
青いグラデーションがかかったソーダに、沈むタピオカ。小川のせせらぎの中で、孵化の時を待つカエルの卵。それがブルーハワイタピオカだ。
「……カエル感ない?これ」
「多恵、知ってる?世の中の人は、タピオカに対してそんな感情を持ったりしないんだ」
「絶対そんな事ないと思う」
私以外にも、同じ感情を持っている人は大勢いると思う。集合体恐怖症の人もきっとタピオカ嫌いだろうし。
「緑バージョンも作ろうか」
次は下の方が濃い緑なので、「外敵に見つからない様に藻の中に隠れている」風になった。上の方にハーブでもトッピングすればより「それっぽい」だろう。
「……まあ、映えではあるよね」
こちらの思惑は置いておいて。見た目だけなら、ポップで、爽やかで、綺麗な見た目ではある。夏には良いかもしれない。
梶田はその言葉を肯定と受け取ったのか、にっこりと笑った。
「これで行こう。多恵、これ持って」
ブルーハワイタピオカを差し出され、思わず受け取ってしまう。
「はい、こっち向いて笑って〜」
勢いに乗って、私はおよそキャラにそぐわない作り笑顔をした。カシャ、とシャッター音が鳴る。
「……今の何?」
「宣伝に使おうと思って」
「絶対にだめ。消して」
こんなにナチュラルに肖像権を侵害してくるとは。いや、普通に気がつくべきではあったんだけど。
「タピオカ屋にはかわいい女の子がいなくちゃ」
「あんたの方がかわいいよ。自分の写真にしなよ」
梶田は無言でスマホを鞄にしまいこんだ。手首を掴む。ぬるっと……はしていないが、冷え性なのだろうか、手が冷たかった。
「消して!」
「使わない。保存するだけ」
「消しなさい」
「本当に本当に、俺のアルバムに保存しておくだけ。店には使わない」
「信用できるか!」
「わかった。じゃあ、俺の写真も撮っていいよ」
梶田がさも名案かの様に言うので一瞬騙されそうになったが、画像が手もとにあるからなんだと言うのか。
「いらない。もう帰る」
カエルは帰る。一刻も早くこの魔境から出ないと自分がどんどんバカになっていく感覚がある。
店内を覗くと、店は大分空きはじめていた。今なら着替えられそうだ。その時ふと、嫌な考えが頭をよぎる。
……このポロシャツ、ずいぶんサイズが大きいんだよな。メンズ物なのかもしれない。振り向くと、梶田は落ち着きはらった様子で試作品のドリンクを延々と消費している。
「ポロシャツはそのままにして帰っていいよ」
「洗ってから返す」
梶田が一瞬残念そうな顔をしたのを、私は見逃さなかった。こいつ、私が脱いだ後のポロシャツを自分のものにするつもりだ……!
脳内で、ポロシャツを洗って返した後のシミュレーションをする。洗濯物の匂いを嗅いだ梶田が『ドラッグストアで売っている柔軟剤368円、森林の香り』とメモを取っている姿が浮かんで、ぞわりと鳥肌が立った。
「やっぱりこのポロシャツ貰ってもいい?」
「もちろん」
私はこぼれない様にぴったり蓋をされたドリンクと、おはぎと、和菓子ガエルとポロシャツを持って急いで家に帰った。ヤツのご両親は、息子がこんなくだらない事にお小遣いを使っている事を知っているのだろうか……?
食べ物類を冷蔵庫に入れて、持ち帰ったポロシャツを検品する。国民なら誰でも持っている有名なブランドで、限定価格1290円……で買える物かと思ったが、若干違う様だった。もしかしなくてもちょっと良いやつか?
「……せっかくもらった事だし、パジャマにでもするかな」
サイズがゆったりなので、寝巻きにちょうどいいのだ。プールでとりあえず水着の上に着るのもいいかもしれない。梶田は女子更衣室まではやって来ないし。
「服には罪はないもんなあ」
お風呂上がり、紺色のパジャマのズボンに、上は赤いポロシャツを着てリビングで寛いでいると、帰ってきたお父さんが私を見て「イチゴヤドクガエル!」と言ってきたので、無視して部屋に戻った。
この土日はまとめて更新できたらなと思います。