表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

タピオカ屋、再び

「タピオカ屋でお菓子を売ろうと思うんだ」


 梶田は突然、お弁当箱を抱えて図書室に現れた。無言で『私語は控えめに』と書かれた看板を指差す。


「タピオカ屋でお菓子を売ろうと思うんだ……」


 梶田は私の隣に腰掛け、小さな声でささやいた。小さな声ならOKと言う意味ではないんだが?無視を決め込んだが、梶田は意に介さずに語り続ける。


「商店街に古い付き合いの和菓子屋さんがあってさ。そこにお願いして作って貰ったんだ」


 こっそり開かれた弁当箱の中身には、色鮮やかな練切で作られたカエルがびっしり詰まっていた。


「ま〜たバカ殿のご乱行でござるかあ〜」

 呆れすぎて時代劇みたいな口調になってしまった。だってそうだろう。「古い付き合いの和菓子屋」って何だよ。職人に自分が好きなデザインのものを作らせる、なんてもろ権力者の発想ではないか。


『むむっ。イチゴヤドクガエルの分際で生意気な。手打ちにしてくれる!』

『あ〜れ〜』


 梶田が裏声で、全く面白くない寸劇をしながらカエルを食べてしまったので、「飲食禁止」と書いてある看板を凝視しながら立ち上がった。先生、ここに校則違反の男子がいます。


「勉強終わったの?」

 梶田は今日もキモい。ちょっとマシになったかと思えばすぐにこれだ。このキモさを誰か共有してくれたらいいのに。恋愛コンサルタント・高橋はどこに行ったのだろう。契約が切れたのだろうか。


「タピオカ屋に行こうよ」

「あの店まだ存在したの!?」


 衝撃の展開だ。確かにさっき、「タピオカ屋で和菓子を売る」と言っていたが、本当に営業しているとは思わなかった。


「とりあえず、行くだけ行ってみようよ。ね?」

 普通に断ればよいと、人は思うかもしれない。しかし、相手は梶田である。あの目に見つめられると、何故だか嫌と言えないのだった。


 裏口から店に入る。そこは奥まった半個室のような所に繋がっていて、何となく店の様子がわかる。繁盛しているようだ。


「コニチワー」

「……こんにちは?」


 店長……だろうか?慣れぬ外国人女性がひょいと顔を出して挨拶してきた。30代だと思うけれど、人の歳はわからない。


「今の人は、高橋のお母さんのアニタさんだよ」

「高橋君ってハーフだったの!?」


 衝撃の展開だ。純日本人だと思っていた。正直、梶田の方が「外国の血が入っている」と言われて信じられる。


「うん。下の子が幼稚園に入って、時間が出来たんだって。それで店を任せる事にしたんだ」

「そうなんだ」


 タピオカ屋のブームが過ぎた後は、こじんまりとした多国籍料理屋をやるらしい。稼ぐだけ稼いで、さっさと次の仕事を始める。私にはあまりない発想だった。


「んで、今日は何なワケ?」

 私は和菓子にも、タピオカにも、もちろん梶田とも何の関係もない。爬虫類とは関係があるのが若干腹立たしいところではある。


「まあ、まあ、座って。あと汚れたら困るからこれに着替えて」

 梶田がウィンクをしながら赤いポロシャツらしきものを渡してきたので、非常にいらっとする。


「え、何」

 マジでなんなんだ。やっぱり帰ろうかな。と思うものの、裏口へ向かうドアは梶田によって封鎖されており、脱出するには客でいっぱいの店内を突っ切らなければいけない様だ。店内の様子をこっそりと伺う。


「げっ、知った顔がちらほらいる……」


 このあたりには若い子がたむろするための店はほとんどない。生活には困らないが全くおしゃれではない。それがこの地域だ。


 ここで着替えて裏に戻るなんて事をすれば、思いっきりこの店の関係者だと疑われてしまう。それは嫌だ。


「俺は見てないからここで着替えていいよ」

 梶田はテーブルに突っ伏して、居眠りの体制をとった。しかたなしに、着替える事にする。


「……」

「……」

 衣擦れの音が妙に大きく聞こえる。これ、なんだか私の方が変態っぽくないか?とふと思う。まあ、タンクトップを着ているので見られたところで別にどうもしないんだが。色気も素っ気もない、黒で、無地で、綿100%のタンクトップだ。


 なんだか妙な気持ちになり、脱ぎたてのブラウスを握ったまま、突っ伏している梶田のつむじをぼんやりと眺める。


「もういい?」

 梶田が突然喋り出したので、現実に引き戻される。あぶないあぶない。


「まだ」


 まさかとは思うけど、監視カメラなんて仕掛けてあったりしないよな、と観葉植物やカーテンの陰をチェックする。盗撮用カメラの現物を見たことがないのでなんとも言えないが。


「もういいよ。……んで、結局なんな訳?」

 なんの変哲もない、赤いポロシャツである。学園祭の準備でも始めるつもりか?


「まあ、まあ。とりあえずぼたもちでも食べて落ち着いて」

 梶田は棚から……ではなく、キッチンからぼたもちを持ってきた。私はあんこが好きなのだ。くれると言うならありがたく貰おうじゃないの。しかし、ひとつ気にかかることがある。


「……私の中では、これ『おはぎ』なんだけど」

「ぼたもちとおはぎって同じ物なんだよ。季節で名前が変わるんだ」

「へえ」


 じゃあもう、何でもいいか。『おはぎ』は3個ある。こしあんが二つと、きなこが一つ。スタンダードなこしあんを手に取る。ずっしりとしていて、砂糖の甘さが脳に染み渡る。正直言って和菓子の良し悪しはわからないが、スーパーで売っているものよりは確実に美味しいと思う。


「美味しい。でも、タピオカとおはぎを一緒に売るのは無理でしょ」

「それは多恵に食べさせようと思って買っただけだから。あんこ、好きでしょ」


 なぜ私の好きな食べ物を知っているのか。そう言及しようと思ったが、梶田がすす、ときなこのおはぎを指し示したので視線がそちらに向く。


 一緒にほうじ茶も出てきたので、食べるのに忙しくなって変態ストーカーの事がどうでもよくなった。梶田が手をつけないので最後の一個を食べていいのかなあ、でも今じゃなくて後で食べたいんだよな……と逡巡していると、すっとラップが差し出された。


「多恵はよく食べるよね」

 いそいそとあんこを崩さない様ラップに包んでいると、梶田がそんな事を言ってきた。


「ストレスが溜まっているからね」

 そう。これはやけ喰いなのだ。梶田によって与えられているストレスを、間食によってごまかしているのだ。それに、水泳はカロリーを消費する。食べてもいい。いや、むしろ私は食べなくてはいけないのだ。


「カエルもいる?」

 弁当箱の中から、大量の練切カエル達が私を見ている。


「お父さんにあげる」

 和菓子のカエルが潰れない様丁寧に包んでいる間に、梶田はエプロンを着用していた。それがあれば、私が公開着替えをする必要はまったくなかったのではないか?


「梶田さあ……」

「ん?」


 まったく悪びれもしない様子で、梶田はキッチンからどんどんと荷物を運んできた。タピオカがぎっしり詰まっているタッパー。シロップ。プラカップ。その他諸々の調理器具。ここまでくれば、さすがに梶田が何を言い出すのか予想できる。


「新商品を開発しようと思うんだ」

 梶田亜蘭は、インタビュー用の写真か?と思うほど爽やかな笑顔でそう言い放った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ