商店街へ行きましょう
何事もなく日々は過ぎ、土曜日。商店街の入り口で待ち合わせだ。
今日こそ好感度を下げてやる。
そう強く決心し、家を出た。今日の目的は散策ではない。梶田を幻滅させ、私から自然と、平和的に遠ざけるのだ。学校では話しかけてこないものの、連絡自体は毎日来る。ヤツが他愛のない会話に飽きる様子は、まだない。
作戦その1。「待ち合わせに遅刻しよう」
名案ではないか?私だったら間違いなくイラッとする。時刻は15分前。あたりを見回す。梶田はまだ居ない。
近くの漬物屋に入る。ここで時間を潰して遅刻し、その上、試食を食い漁っていた設定にしよう。
私は意気揚々と藍染の暖簾をくぐった。
……店内では、梶田が玉ねぎの漬物を食べていた。男子高校生って、商店街の漬物屋に入ったりするの?確かに目立つ所にあってオシャレな見た目の店だけどさ。
「多恵もお土産に漬物買って帰る?」
「え、あ……どうかな」
はじける笑顔の梶田がにじり寄ってきて、作戦は失敗に終わった。
商店街はものすごい人だかりだ。超・高齢化社会である。店頭は、見渡す限りの赤パンツ。なぜ巣鴨でこれほどまでに赤いパンツが有名なのか。健康に良いとか、縁起が良いとか言われているが、実際の所はどうなのだろうか。
「うちにたくさんあるよ」
突然梶田がそんなことを言い出した。パンツの事?
「うちにはないよ」
私とお前は違う世界で生きているのだぞ、と言外にアピールする。
佃煮やら煎餅やら大福やらの昭和の香り漂う商品を眺めながらのろのろと歩く。と言うか、混雑しているので早く移動できない、の方が正しいのだが。
さて、どうしよう。元々、明確な目的は無いに等しい。普通の女子高生っぽいことをして、「つまらない」と思わせる事さえ出来れば、それでいいのだけど。
「そう言えば、このあたりに有名なかき氷の店があるの知ってる?」
「なぬ?」
考え事をしていたので、武士の様な返事になってしまった。梶田は気にしていない様だ。かき氷……かき氷ね。普通だな。うん、いかにも若者っぽい。
作戦その2。「ぶりっこをしよう」
「え〜! いいと思ーう。私、かき氷、食べたぁ〜い」
渾身の力を込めて、「梶田にまとわりついている女子の真似」をしてみた。どうだ、この再現度!
てっきり滑ると思ったのだが、妙にウケた。
「ちょ、ちょっと、今の何?もう一回やって」
梶田はスマホを構えながら震えていた。
「もうやらない」
こんなのが録音されたら、どこまで拡散されるかわかったもんじゃない。ぶりっこ作戦は失敗であった。
「すごかったよ。一瞬、別人格に乗っ取られたのかと思った」
「もういいから。早く行くよ」
「うん」
商店街から一本入った道に、天然氷のかき氷店がある。ここのかき氷は高くて、800円はする。梶田よ、集られて愛想を尽かすが良い。
案の定、土曜日なので混んでいる。入り口に順番待ちの受付票があるぐらいだ。作戦その3。「待ち時間があまりにも長い店で時間を浪費させられる」。
梶田よ、待たされてストレスを感じるがいい。
「名前を書けば、離れても大丈夫みたいだね」
「そうだね」
おぼっちゃまは待つのに慣れていないと思ったが、それは私の偏見だった様だ。ただ店の周辺で待っているのも何なので、近くのお寺に行く事にした。いわゆる「とげぬき地蔵」だ。健康にご利益があるらしい。境内は参拝客で溢れている。
私たちは「洗い観音」の列に加わった。健康になりたい部分に水をかけ、タオルで擦るとご利益があると言う。頭から水をかけ、梶田の頭がまともになりますように、と念には念を込めて祈った。
店の前まで戻ると、タイミングが良かったのかすぐに入ることができた。
梶田は抹茶、私は苺。確か、ヤドクガエルにこういう白っぽい緑の品種がいたなあ……と思いながら写真を撮った。梶田が1ミリも入りこまない様に細心の注意を払う。
ふわふわした氷なのでそこまでボリュームがある訳ではないのだが、やはり同じ味だとどうしても飽きてくる。三割ぐらい交換して、何とか食べきる。
ここで作戦その4だ。ちょうどお会計しそうな頃合いを見計らってお手洗いに行く。いかにもセコそうな女のする事だ。
「あれっ、お会計終わっちゃった?ごめんねー」
白々しい事を言いながら財布を出さない。どうだ、私はこんなにも浅ましいんだぞ、と勝利を確信してドヤ顔をしたが、梶田は満足気に微笑み、私の顔をパシャリと撮影した。
「えっ、何?」
私、SNSかなんかで晒されるの?
「いや、膨れたカエルみたいでかわいいなと思って」
……それは褒め言葉なのか?なんだか腑に落ちない。
商店街の真ん中あたりのお茶屋さんに用事があると言うのでついて行くと、お店の人と梶田は知り合いの様だ。若干気まずい。
店内をうろちょろしていると、試飲をもらった。アマガエルみたいな綺麗な緑だ。『まろやかで、甘みがある』とはこの様な時に使う表現だろう。
梶田が注文している商品の値段を確認して、それほど高価格帯ではなさそうだったので同じものを購入する。金持ちが買っているお手頃のもの、と聞くといいものかもしれない、と言う期待が高まるのは私だけではないはずだ。
商品を包んでもらっている間、ショーケースの中の高級品を眺める。
「玉露って、美味しいのかな?」
「出汁みたいな味がするよ」
「……出汁って、あの煮干しとか、鰹節みたいな?」
「うん。濃いというか、濃厚と言うか、とにかくガブガブ飲む用じゃない味がする」
そんな馬鹿な。お茶だぞ?
「せっかくなので、どうぞ」
店員さんが試飲させてくれるとの事なので、ありがたく頂く事にした。生まれて初めて飲んだ玉露は、本当に出汁の味がした。
商店街はもう終わる。目の前にある踏切を越え、少し行ったところに私の家がある。梶田の家は商店街の入り口の方角なので、解散するならこのタイミングだ。
「今日は楽しかったね」
「そう、かな?」
……作戦は失敗かもしれない。と言うか、今日の梶田、普通じゃないか?今までのキモい梶田亜蘭は幻覚だったのかも……とだんだん思い始めてきた。
「あ、私の家こっちだから。じゃあね」
こういう時は、すっぱりと帰るに限る。踏切のカンカン、と言う警報音が聞こえたので走り出し、線路の向こう側へ行く。スニーカーの靴紐が解けたので、しゃがみ込み、結び直す。後ろを路面電車が通過して行った。
なんとなく、立ち上がって向こう側を見ていると、電車が過ぎ去った後にはやっぱり梶田が立っていた。遮断機が上がって、追ってくる……と思いきや、彼は踏切の向こうで手を振った。
「また週明けに」
なんと、梶田は身をひらりと翻し、人混みの中に紛れてしまった。おかしい。怪しい。普通すぎる。一周回って、なんか変だ。
いや、もしかすると、私の作戦は成功していたのかもしれない。それならそれで、別にいいやと思い直した。