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おもしろくねー女とは

 

 私は住宅街を全速力で駆け抜けた。梶田はヤバい。マジでヤバい。そのうち首とか締められそう。とにかくヤバい。ここが現代じゃなかったら、とっくに何かされている気がする。


「はーっ」


 とにかく、体を動かしてスッキリしたい。私は一度家に戻り、着替えてからスイミングセンターへ向かった。


「あれ、山梨。月曜に来るの珍しいな」


 プールサイドで柔軟体操をしていると、田中くんに声をかけられた。ここのプールは設備が良いので水泳部員も自主練で来る事が多い。隣に温泉施設もあるし、駐車場もあるので、お金に糸目さえつけなければ親にとっても都合がいい場所なのだ。


「ザブザブ泳いでスッキリしたい時ってない?」

「ははは。ある」


「梶田と喧嘩でもした?あいつ束縛キツそうだよな」

 田中くんはけろけろ……じゃない、けらけらと笑った。


「そういうんじゃないし……」


「しかしまあ、梶田と山梨、意外と言えば意外だよな。少女漫画みたいなのって本当にあるんだな」

「ん?」


 田中くん曰く。少女向けの漫画や小説では、ヒロインの相手役のヒーローはお金持ちで、やんごとない身分の場合が多いのだと言う。それで大体の場合、自分に見向きもしないヒロインを「ふん、おもしれー女」と言って興味を持つ……てな感じの導入らしい。田中くんは姉が二人いて、家にあるものを片っ端から読んでいるらしい。


「な……」

 それはまんま、梶田の事ではないか?


「ヒーローに興味がないヒロインがその状況から脱出するためにはどうしたらいいの?」

「そんなの無理だろ。全ては神……作者の掌の上だ」


 まあ、強いて言うなら『思ってたのと違った』ってなれば、自然消滅するんじゃねえの。田中くんはそう語り、アミノ酸飲料を飲み干して大海原へ漕ぎ出し……もとい、自主練に戻って行った。


「なんてこった」

 私はとりあえず梶田の事を考えるのをやめて、泳ぐことにした。ちんたらと1500m泳いで切り上げる。


 髪の毛を整え、着替えてから売店と休憩所が併設された場所へ行き、何か食べようかなとフラフラ見て回る。アイスクリームのケースには「タピオカ入りミルクティーアイス」が入荷していた。買わないけどね。


 ベンチに腰掛けてスマホを確認すると、梶田からメッセージが来ていた。


『さっきは急に変な事を言ってごめんね』


 彼の中で、どこまでが普通でどこからが変なのだろうか。私からすると全てが変なんだが?


 無視しようと思った。しかし、塩対応では梶田を振り払えない。逃げるから追われるのかもしれない。彼の期待から外れて「おもしろくねー女」になれば自然と飽きるのではないか?と、先程の田中くんの言葉を反芻する。『何か思ってたのと違った』になればいい。よし、その作戦で行こう。


 私は『大丈夫だよ』と返信し、プレゼントされたカエルのスタンプを押した。正直言って何が大丈夫なのか自分でもまったくわからない。


 その後、ポンポンと取り止めのないメッセージが矢継ぎ早に届いた。要約すると「もっと話したい」と「週末にどこかへ行きたい」と言う事だ。顔を合わせていない時の梶田の方が大分まともに感じるのはなぜだろう。やっぱりあの突き刺す様な、狙いを定めた様な瞳がいけないのだと思う。


「……」

 ここで面白い事を言ってはいけない。つまらない事を言うのだ。


『土曜日は4のつく日だから、巣鴨の縁日に行こうと思って』


 これでどうだ。巣鴨はイメージそのまま、高齢者がたむろしまくっている地蔵通り商店街がある。


 毎月4のつく日には縁日があり、しわっしわな感じのラインナップの出店が所狭しと並ぶ。タピオカも、パンケーキも、クレープもない。オシャレな服もない。あるのは大福、煎餅、お茶、佃煮、漬物、あと赤いパンツ。


 高校生のアベックが手を取り合って行く様な場所ではない。所帯くささを醸し出して梶田を幻滅させてやろうではないか。


『一緒に行っていいの?』

『それとも遠くから見守ってた方がいい?』


 遠くから見守る、ってなんだよ。やっぱりストーカーだわ、こいつ。


『一緒に行こうよ』


 これでどうだ、まるで別人だろう?この文面だけ見ると梶田に興味アリアリっぽいぞ。


『行く』

 怒濤のカエルスタンプが3つぐらい連続で送られてきた。


 その後、学校で話しかけられないように当日の待ち合わせ時間と場所を相談して、やりとりを終わらせた。


「ふう」


 自転車に乗りながら、ふと思う。これって今日の展開と一緒で、何も解決していないのでは?と思ったが、まあ梶田が私の事をつまらないと思い直してくれればいいのだ。



 その日の夜、梶田からまた画像が送られてきた。近所にある隠れ家フレンチの店に行ったのだと言う。おしゃれな生け花みたいな、何がなんだかわからない料理の写真だ。仕方がないのでブリ大根とキャベツの千切り、スーパーのコロッケが並んだうちの食卓の写真を返信した。


 すぐに『いいね!』とでも言いたげなスタンプが返ってくる。良くねーよ。いや、ブリ大根は好きだけど。



 その日もやっぱり、夢を見た。



『若殿。本日のメインディッシュは毒ガエルのソテーでございます』


『うむ』


 私ははとても豪華なフランス料理の店にいる。客ではない。料理の具材としてだ。


 床はふかふかの赤い絨毯で、真っ白いテーブルクロスの上に生花と、火の灯った蝋燭が飾られていて、かちゃりかちゃりとカトラリーの触れ合う音が微かに聞こえる。


 わたしはぼうっとシャンデリアを眺めながら、店内に流れるクラシック音楽に耳を傾けていた。


 まな板の上の鯉ならぬ、皿の上のカエルである。私はこんがり焼かれ、緑や赤のおしゃれなソースに囲まれ、黒いダイヤモンドみたいなキャビアと小さな花を飾られて梶田の前に運ばれてきた。


 痛みはない。恐怖もない。もはや悟りの境地である。だってこれ夢だしな。


『いただきます』


 梶田はカトラリーを横に置き、わたしをヒョイと指でつまんだ。おいおい、お行儀悪くないか、殿よ。


 梶田にぱくりと捕食され、目の前がまっくらになり目が覚めた。さわやかな朝であるが、気分は最悪だ。一体何度、梶田に捕食されれば私は救われるのだろう。


 絶対調子に乗るから、夢の事は絶対に話さないようにしよう。朝日に向かって、強く決意した。


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