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押してダメなら……

 梶田亜蘭はキモい。どんなに家柄が、顔が良かろうが気色悪いものは気色悪い。「イケメン無罪」と言う言葉があるが普通に有罪だ。


 靴箱のところに梶田がいた。もちろん別のクラスなので、梶田がここに居ると言う事は、『私を待ち伏せしていた』事になる。


「おはよう、多恵」

「呼び捨てにすんのやめてくんない?」


 親しみを持たれても困る。私は警戒しかしていない。


「多恵、おはよー……あれ、梶田くん?」


 思わず、「げ」と声に出したくなるのを堪える。同じクラスの実乃莉は水泳仲間で、わりと親しいのだ。そして例に漏れずミーハーである。


「おはよう、園原さん」

 梶田はよそゆきの笑顔を貼り付けて、爽やかに挨拶した。実乃莉は口では「おはよー」と言いながらも、その瞳は私と梶田をせわしなく往復している。「それ以上言及してくれるな」と必死に表情で伝えると、彼女は静かに去っていった。


「多恵は、園原さんと仲良いよね。今度改めて紹介してね」

「実乃莉は私より梶田くんに詳しいと思うよ」


 それだけやっと口に出して、自分の教室へ向かう。私は8組で、梶田は1組のはずだ。そうそう会う機会はない。そう、今までも、これからも。


 木曜日は何事もなく過ぎた。金曜日も何事もなく過ぎた。梶田からのLINEはあの朝から来なくなった。


 やはりなにかの気まぐれで、自分に興味がなさそうな女子をからかって遊んでいただけだったのかもしれない。もしそうならそれはそれで性格が悪いと思うが、性悪男と妄想ストーカーのどちらがマシなのか、私にはわからない。


 今週末は都民大会だ。競技用の長水路があるプールは少ないので、普段行かない様な場所まで行かなければいけない。そのため、早起きしたので非常に眠い。つらい。


「はよー」

「はよ」


 一応、水泳部のメンバーなので私も集合場所に集まる。


「山梨はいつもリラックスしてるよな」

 副部長に声をかけられた。同じ学年の、なんだっけ。そう、田中浩太。


「おはよう、田中くん」

「おう。がんばろうな」


 やはり男子はこのくらいの、ありきたり感あふれる会話がちょうど良い。私の女子高生ライフに殺伐とスリルはいらないのだ。


 会場に到着する。練習ができるのは、朝のほんの一瞬しかない。その後は、出番が来るまでひたすら待機だ。なにせ参加人数が多いので、廊下も休憩所もすし詰め状態だ。この状況は結構精神力を削られる。


 廊下には至る所にビニールシートが敷かれ、まるでピクニックである。都民のための大会なので、老若男女、家族連れが押し寄せているのだ。



「俺なんか親が見にきてんだぜ。恥ずかしいよな。彼女は来てくれないって言うし」


 男子の誰かがそんな事を言っている。彼女が来たら、恥ずかしくない?速ければ格好がつくけど、タイムが悪かったら……と思ってしまう。


 そうこうしているうちに、私の出番が近づいてくる。自己申告のタイムで組分けされているので、私は他のチームメイトより出番が早いのだ。


 準備運動をし、着替えてプールサイドへ向かう。なんて事ない、いつもよりちょっと気合の入った、ひと泳ぎ。そのはずだった。


 しかし、客席から聞こえてはいけない声がした。してしまった。



『多恵ーー!! がんばれーーー!!』


「うげっ !!!!!」



 衝撃の展開であった。そこにいるはずのない梶田が、梶田亜蘭が観客席の最前列にいるのである。我が子の勇姿を目に焼きつけんとするお父さんお母さん方をかき分け、ビデオカメラを片手に手すりの向こうからキラキラオーラを放っているのだ。



「多恵ーーー!!」



 やめろーーーー!と声を大にして叫びたい。大会の仕組みを理解していれば、私の組は頑張るも頑張らないもない、「とりあえず参加組」だとわかりそうなもんなのに。


 いや、もしかしてわざとかもしれない。塩対応した腹いせに、私を辱めるために早起きしてここまでやって来たのかもしれない。


 聞こえていないフリをして、スタート位置に立つ。アナウンスでばっちり『5番、山梨多恵さん』と流れてしまっているので、梶田の周辺の人には「あれが『多恵』かあ」と思われているだろう。『大会がある』なんて言わなきゃよかった。言っても言わなくても梶田は来たのかもしれないが。



 結果は……散々ではないが、よくもない。まあそんな感じで、予想の範囲内を出ないものであった。あんな精神状態の割にはよくやった方だと思う。


 まだもう一種目ある。さっきと同じことをされては堪らない。更衣室から出て、スマホを確認する。メッセージは来ていない。私は通話のボタンを押した。


『多恵〜おはよ〜』


 ムカつくほど呑気な声が聞こえ、私の怒りは頂点に達した。


「梶田ああああああぁぁぁぁぁ!! 何がおはようだ! 今は昼だ!」


「朝から挨拶すると、集中してるのに邪魔になっちゃうかなと思って」


 とにかく、部の方に顔を出さないでよ。そう言おうとした瞬間。


「怒られちゃった」


 梶田が私ではなく、誰かに向けてそう言った。後ろでかすかに話し声が聞こえる。


 無性に嫌な予感がして、通話を切り、おそるおそる部員たちが集まっている場所を見にいった。



 ……そこでは梶田が、部員たちに混じって談笑していた。


 ……遅かった。柱のかげで立ち尽くしている私を見つけた実乃莉が、こちらに手を振って来た。梶田が立ち上がり、こちらに向かって来る。来んなよ!


「お疲れさま」

「あんたのせいでトライアスロンぐらい疲れた」


「ははは。出た事ないでしょ」

「何しにきたの」


「もちろん、応援でしょ」

 梶田は歩きながら、ほがらかに笑った。


 ビニールシートには、梶田が持ってきたであろう小洒落た惣菜や、焼き菓子が並べられていた。三十分前には存在しなかったはずなのに、完全に部の一員みたいな顔をしている。


「いやー、世間って狭いよな〜」

 田中副部長はご機嫌である。彼はすっかり私と梶田の事を勘違いしている。田中くんだけではない。完全に外堀を埋められている。


「田中の家って医者一家でさ。うちも家族ぐるみでお世話になっているんだ」


 ……知らんわ、そんな事!そう悪態をつきたいのをぐっと堪えてヘラヘラ笑う。梶田の瞳が一瞬細められ、鋭い捕食者の目になった。


「午後もがんばろうね」


 昼食時の喧騒の中、梶田は私の右隣にぴったり張り付いて、囁いた。あんたは頑張らなくてよろしい。心からそう思ったが、それを言うと逆効果なんだろうなあ、と私は自分の対応の不味さを思い知ったのだった。



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