上野公園②
「お昼はどうする?」
梶田はロッカーから私のリュックを取り出しながら聞いてきた。
「まあ、どこに言っても混んでるから、空いてる所に入る形になるけど」
「ふっふっふ」
我に秘策あり。このリュックにはピクニックグッズ一式が入っているのだ。
「私、お弁当持ってきた」
「……本当に?」
俺何も持って来てないよ、どこかで買わないと。一回公園の外に出ないといけないな。梶田は気を悪くするでもなく、そんな事を呟く。さすがにこれから起こる展開を予想できていないようだな。
「梶田の分も作ってきたよ」
「えっ?」
梶田は手に持っていた最新式のスマートフォンを落とした。画面が割れなくてホッとする。何せ、高級品だからね。弁償できません。
「え? 俺の分も? 弁当を? そんな事ある???」
梶田はテンパって、隣に居たベビーカーに向かって話しかけた。中の赤ちゃんはにっこり笑っている。社会的微笑ってやつね。
「はは、はははははは!」
勝った。ついに、私は梶田の予想を超える事に成功したのだ!
なんでもかんでも奢られるのは性に合わない。しかし、昼食は取らねばならない。だからと言って、激混みのフードコートで大して美味しくもない、コスパの悪い料理を食べる気にはなれない。ちょっと油断すると2000円近くになってしまうし。
そんな訳で、弁当を持参してきた訳だ。もちろん、人に提供するため最新の注意を払い、保冷剤もバッチリだ。
どうだ梶田。私はしみったれていて、重いだろう!世の中、「人のうちのおかずが食べられない」人が一定数いるのはわかっている。梶田がそうなのかは知らないけど。
「ええ……手作りのお弁当って……俺のために……?」
梶田は口を手で覆い、引いて……ないな。
むしろこの表情は「感激」に見えなくもない。選択をミスったかな。でも、空きっ腹を抱えて飲食店を渡り歩くのが嫌だったんだから仕方がない。あんたのためじゃないよ、まったく。
「とりあえず、座る所を探そう」
「いや〜、多恵が俺のために早起きしてお弁当を作ってくれるとは。先に言ってくれれば、俺も家から何か持ってきたのに」
博物館から出て、空いているスペースを探す。梶田は今にもスキップしそうな勢いだ。マジでテンション高すぎでキモい。調子に乗らないでほしい。
奇跡的な感じで木陰が空いていたので、レジャーシートを滑り込ませる。弁当があっても、座るところがなければ本末転倒である。
梶田はワクワク顔で正座している。なぜ正座。由緒正しいお家は今でも室内では正座なのだろうか……?
「あ、写真は禁止ね」
手でびしっ! と遮る動きをすると、梶田は悲しげな顔をした。
「いちま……」
「撮影した瞬間に、没収するから」
そこは絶対に譲らない。写真を誰かに見られでもしたら?考えるだけで恐ろしい。
スマホをしまい込んだのを確認して、弁当箱の包みをほどく。若干、体が熱い。緊張しているのだ、馬鹿馬鹿しい。クールに行けよ、私。
「これ、全部多恵が作ったの?」
「冷食めっちゃ入ってるよ」
梶田が普段どんなブルジョワジーなものを食べていようと、私を誘ったのだから私に合わせてもらう。
「それでも、偉いよ。俺タピオカの作り方しか覚えてないもん」
それができれば大体の料理はすぐ作れるようになると思うんだが、まあ梶田の中では違うカテゴリなのだろう。
「普段の弁当も自分で作ってるの?」
「半々かな。ほとんど冷食つめるだけだって」
何で私がお弁当派なの知っている?と聞くの、疲れるからスルーでいいや。
「いただきます」
「……どうぞ」
梶田は無言でお弁当を食べ始めた。てっきり何か詳細なコメントをしてくるかと思ったが、予想とは裏腹に黙々と食事している。
あれか?食事中は喋らないのがマナーとか? いや、図書室で和菓子を食うような奴だし、かき氷の時は普通に喋ってた……じゃあ何で何も言わないんだ。冷食だから反応に困ってるとか?
梶田はバランの代わりに敷いてあるレタスを食べている。
「あー、それ、うちのベランダで育ててるの。100円ショップで2袋で100円のさ。トマトはまだ、赤くなってるのなかったけど、夏は大体お弁当に……」
「そうなんだ……」
え、反応薄っ。
梶田は次に、卵焼きを食べようとしている。なんで私が梶田の一挙一動を見守らないといけないんだ。うちは卵焼きは甘い派だ。梶田が甘くない派だったら……それはどうでもいいか。
「それ、私が焼いたやつ。結構綺麗に焼けてると思わない?」
「そうだね……」
やっぱり、大人しすぎる。ついさっきガチャガチャで約4000円をスッていた男とは思えない。
梶田はお行儀良く、弁当箱の隅に残った米粒を食べている。うちは無洗米だけど、こいつの家はブランドこしひかりとか食べてるんだろうなぁ……。
「御馳走さまでした」
私が梶田をつぶさに観察している間に、食事は終わった。私はまだ何も食べてないけど。
「……それ以外に、何かないの?感想とか」
「すごく美味しかった。ありがとう」
めちゃくちゃ語彙が貧困だ。仮にもうちは進学校なのに。まあ、冷食だから詳細な感想は求めてないんだけどさ。
私はやっと、弁当に手をつける。可もなく不可もない、普通の味だ。
「……」
「……」
梶田は空を見上げた。なんか言えよ。
「何だか……急に、恥ずかしくなってこない?」
「は?」
今の今の今まで散々恥ずかしい事言っておいて、何だこいつ、日射病か?キモいならキモいで貫き通せばいいものを、ここに来て真人間に戻るとか、詰めが甘すぎる。
「今までにもっと恥ずかしいタイミングたくさんあったと思うんだけど」
まさか、今頃とげぬき地蔵のご利益が効いてきたのだろうか。細胞が入れ替わるまでに1ヶ月かかるって言うしな。じわじわと、脱皮をする様に梶田もネオ梶田(真人間)に進化したのかもしれない。
「急激なデレが来て呼吸困難というか、体温調節が出来なくて活動困難になったと言うか……」
ここで変温動物ネタかよ。理解できない。やっぱ無理だわこいつ。
「デレてないけど……?」
「いいや。俺にはわかる」
わかるなよ。わかられてたまるか。これは節約なのであって、断じてデレではありません。
梶田は私の食事中、ずっとこちらを見ていた。私も同じことをやっていたので強く言い返せないのが痛い。
食事が終わってしまった。この後何をするんだっけ。
「ピクニックっていいよね〜。もっと人が少なければ最高なんだけど」
梶田は今にも昼寝しそうである。このまま、まったりしてたまるか。何か、何かしなければ。今から上野動物園にでも行くか? それとも国立博物館?
私は記憶を手繰り寄せる。そもそも、なぜここに来る事になったのかを。
「あ、離岸流」
思い出した。海で溺れた話を聞こうと思ったんだった。
「ん?ああ……」
梶田はころり、と寝返りを打ってこちらに近づいてきた。油断も隙もないやつだ。このまま密着されてたまるか、活動開始だ。しかしまあ、今日は日差しがきつい。どこか涼しいところへ行こう
「多恵。ボートに乗りに行こう」
「いいよ!」
私は反射的に返事をした。




