上野公園①
「あっつ」
季節は初夏……だが、今日はかなり暑い。日傘を持ってきてよかったと思うほどだ。
土曜日の上野公園はものすごい人出だ。朝イチに来れば混んでいないかも、なんてのは幻想だ。同じ事を考えている人が数千人単位で存在するのだ。恐るべし首都。
駅を出て博物館へ向かう道も「ここも駅構内か?」と思うほどに混み合っている。
「ロッカー空いてるよ」
梶田は大きめのロッカーの扉をきい、と開いた。これは100円が戻ってこないタイプのロッカーだが、既に硬貨が投入された後だったので、ありがたく利用させてもらう。何せ、リュックに必要なものを詰め込んで来たので結構な大荷物なのだ。
「混んでるね」
変態は今日も嬉しそうだ。おそらく、漫画だったら語尾にハートマークがついているだろう。
「あんまり離れると、はぐれちゃうよ」
そう言って、梶田は私の手首を引いた。今日も冷え性だ。今こんな調子で、冬になったらどうなるんだろうか。
はぐれたからと言って、困ることは何もない。館内放送もあるし、今時スマホだってある。それに、こいつを探すのは簡単だ。
「別に、あんたはすぐ見つかるしな〜……」
「本当?俺が行方不明になったら探してくれる?」
「そりゃ電話ぐらいはするでしょ」
何がそんなに嬉しいのか、ますますご機嫌のようだ。本当に変なヤツ。不忍池にあるボートに置き去りにして帰ろうかな。
「ほら」
人混みの中、私が連れてこられたのは爬虫類のコーナーだった。
「これ」
「ああ、うん」
どぎつい赤と青の配色のカエルのレプリカが、『前世の私』だと言いたいのだ。お父さんが言ってたやつはこれか。
「んで?梶田はどれなわけ?」
「俺は、珍しくもなきゃ毒もない平凡な蛇だから」
「平凡なんだ……」
それ以上は言及しない。だって、しつこく食い下がったら興味があるみたいではないか。
親子連れが多いので、思うように進む事はできない。アリの巣みたいに一列で、ゾロゾロと壁際を進んでいく。せっかくなので書いてあることは読みたいタイプだ。
「暑いね」
冷房は効いているけれど、人が多いからむわっとした感じになる。薄暗い照明と、ジャングルを模したセットがその感情を増幅させる。
混んでいたのは手前の方だけで、奥は比較的早く見て回る事ができた。ロビーに戻った後の解放感がすさまじい。パーソナルスペースに人がいないだけでこんなに爽やかな気持ちになるとは。
「お土産を見よう」
物販コーナーには、お父さんが監修した「アマゾン原生生物図鑑」がびっしり並べられている。表紙のカエルがとても綺麗に撮れているので、爬虫類が嫌いな人もこれなら許してくれるかもしれない。
梶田は積まれている下の段から立ち読みされていない綺麗な本を取った。
いるかと言われたが、すでにうちにあるだろうから丁重にお断りする。色々な雑貨を見ているとついつい欲しくなってしまうが、ここはぐっと我慢だ。
梶田はお会計を済ませた後、ガチャガチャコーナーに目を向けた。博物館ゆかりの生物とか、化石のガチャがこれでもかと並べられている所だ。
彼の興味を引いたのは『毒ガエルコレクション』だ。ラインナップの中に『私』がいるのだ。
「よーし!多恵、待ってろよ。今助けてやるからな」
私はこっちなんですけど?梶田は私の心の声が聞こえないようで、意気揚々と両替機に1000円札を入れた。
ラインナップは全9種。難しいことを考えなければ、3000円以内で目的のフィギュアを手にする事ができる計算だ。
梶田は「自分が負けるはずない」と確信したような顔でくるりとハンドルを回した。
ガシャン。
「……シークレットだ」
カプセルの中には、なんだか知らないカエルが入っていた。
「次」
違うカエル。
違うカエル。
さっきと同じカエル。
3匹目のカエル。
違うカエル。
また違うカエル。
シークレット。
8回で、まだ5種しか出てきていない。申し訳ないが、若干面白くなってきた。
「……」
梶田は無言で4枚目の1000円札を両替機に入れた。
6種目。
7種目。
8種目。……お目当ての『多恵』は出てこない。
「諦めたら?」
「いや次こそは」
私の両手は見知らぬカエルのフィギュアでいっぱいになった。総勢11匹である。サッカーができてしまう。
「理論上は、どんどん確率が上がってる訳だし……」
「売り切れかもよ」
「全部回せば、売り切れかどうかはっきりするよ」
梶田は完全にイカれている。もしかしてギャンブル中毒の素養があるのかもしれない。しかしまあ、「お金はある人が使わないと」とも言う。ここは梶田の好きにさせてやろう。
いつの間にか、背後に親子が立っている。もしかしなくても順番待ちだろうか?
「ちょっと梶田、後ろに人来てるから一回代わって」
「え、あ、うん」
声をかけ、親子に順番を譲る。男の子はぺこりと礼をして、ハンドルを回した。
『多恵』が出た。
梶田の唖然とした顔を見て「ぶふっ」と笑いが溢れた。その拍子に、カエルたちが床に飛び降りていく。
「あ、しーくれっと、ってこれなんだー」
親子が拾うのを手伝ってくれた。男の子はどのカエルでも良いようだ。
「おかーさん、もっかいやりたい」
「だめ。そんなたくさんあっても遊べないでしょ?」
「梶田、この余ってるやつどうするの?」
「その子がいるならあげてもいいよ」
梶田はプラスチックのケースに手を当て、念を送っている。私はフィギュアたちを里子に出した。300円で全9種をコンプリートした少年は満面の笑みで去っていき、若いお母さんは何度も「すみません」言っていた。
「よし、今度こそ!」
梶田はハンドルを回した。一番最初に出たカエルが来た。しめて12回、3600円。
「もう諦めなよ。梶田に会いたくないんだって」
脳内で、毒ガエルが必死に捕獲されまいともがいている姿を想像する。
「いや、大分減ってきてる……」
そんなに欲しいなら、さっきの子に交換してもらえばよかったのに。自引きにこだわるタイプみたいだ。
「もうダメ!私が回すから、これで最後にしなよ」
梶田を押しのけ、ハンドルをくるくると回すと、新顔のカエルが現れた。目的のプリンセスのお目見えである。
「お……おお。出た、すごい!」
すごくもなんともない。これだけ減らせばどんどん確率も上がると言うものだ。
ありがとう、と満面の笑みでお礼を言われ、少し顔が引きつってしまう。3900円。高い買い物であった。ファストファッションならばコート一枚買えてしまうぐらいの価格である。
梶田はいそいそとカプセルを開け、シャツのポケットからちょこんとカエルを覗かせた。
「あーあ。あんたもお気の毒にね」
私は次なる犠牲者に同情の視線を向けたが、赤いカエルはなんだか満更でもなさそうな顔をしていた。
1日3回更新を目標にしたので疲れました……。




