シュガー・フロッグは熱帯雨林の夢を見るか?
夢を見ている。
私はやっぱり、どこかのジャングルで飛び跳ねているカエルだ。
最近、このあたりは妙に騒がしい。『ニンゲン』が出るのだと言う。捕まると、どこか遠いところへ連れて行かれてしまい、二度と戻ってこられないのだと、木の上で鳥達がやかましい。今日も、風に乗ってがさがさと、聞いたことのない音がする。
私は好奇心に勝てず、様子を見に行くことにした。恐れはない。自分には毒があるからだ。
常日頃から、毒のある虫を捕食して体にその毒を溜め込んでいる。熟れすぎた果実みたいな胴体と、空より濃い青色をした脚は『毒があるんだぞ!』の目一杯のアピールだ。そのおかげで、他の生き物は私を食べようとしない。だから、怖いものなんて何もなかった。
『さて。どんなもんかな』
一番大きな葉の上にぴょんと飛び乗ると、毛のない巨大な猿みたいな生き物と目が合ってしまったので、慌てて葉っぱの下に潜り込む。
『おや!おや! 見たか、今の』
どきどきして、耳をそばだてる。大丈夫。一目見れば毒があるってわかるんだから、食べようとはしないはず。
『今のが伝説の『ドクゼツオサナナジミガエル』ですか?』
『違う。そんな強力な毒を持つ種じゃない。『チョロアマナガサレホダサレガエル』です』
何を言っているんだろう。私は私だ。そんな変な名前じゃない。名前……なんだっけ?
『ぜひ手に入れたい。捕まえてください』
『生け捕りは別料金になります』
『いくらかかっても構いません。ぜひ捕まえてください』
『わかりました。高くつきますよ』
がさがさと、葉をかき分ける音がして、逃げる間もなく、私はあっさり捕まってしまった。
『くるなー! 私は、毒を持っているんだぞ!』
今更じたばたしてみたが、『ニンゲン』には毒が効かなかった。つるんとして、毒が染みこまない手を持っているのだ。
『毒があるので、警戒心が薄いんです。ほーら、怖くない。怖くないピョン』
『たすけてー!』
失敗してしまった。私はそのままどこかへ連れていかれ、ネバネバした液体の中に落とされた。
『わぷっ』
苦しくはない。でも、別に楽しくもない。真っ黒で、ドロドロしていて、知らないカエルの卵がぎゅうぎゅうに詰まっている。きっと、私より随分大きいカエルになるんだろう。
水面から跳んで逃げようとしたけれど、顔を出すのが精一杯だった。
『こんなに虐めて、嫌われませんか?』
『大丈夫。ちょっとチヤホヤしてあげれば、すぐに嫌だった事なんて忘れますから』
おのれニンゲンめ。勝手な事ばかり言いやがって。この恨み、はらさでおくべきか。そう思いながら、喉が乾いたので自分にまとわりつく甘い液体を舐めてみた。
『なにこれ! あまい! おいしい! 今まで虫なんて食べてたのがバカみたい!』
孵化してから食べたどんなものよりも美味しい味がしたので、私はこの妙ちきりんな池が気に入ってしまった。悪くはない。最低だけど、なんだか悪くない。
『こうやって、甘いものをあげるとすぐにご機嫌になるんです』
『なるほど』
『きゃっ』
黒い波に飲み込まれたと思ったら、ふっと体が持ち上がって、今度はもっと狭いところに押し込まれた。頭上でパコン、と音がして、ニンゲンたちの声がする。
『はい。タピオカミルクティー、チーズクリームトッピング、生カエルを添えて。600円です。蓋を開けると逃げますからね。気をつけて』
『大事に味わって食べます』
『今度はどこー……?』
泥水みたいな濁った水をかき分けて、カマキリの卵みたいな泡を抜けて、その上になんとかよじ登る。
そこから飛び跳ねてみるけれど、見えない何かに遮られて飛び出す事ができない。ぺたぺたと『何か』に沿って動き、風を感じるところからちょっと手を出す。前足ぐらいしか出すことができない。
『多恵、家に帰るまでもう少し我慢しててね』
大人しい方のニンゲンが、私をそう呼んだ。そうそう、私の名前は『タエ』だった。そう思って、視線を向ける。
……これは『カジタ』だ。こいつは、私をでろでろに甘くしてから、ぺろりと食べてしまうつもりなのだ。
つん、とつつかれて、私はまた黒くて甘い沼に落ちていった。
『たすけてー!』
『大丈夫、心配しないで。しばらくお菓子をあげて、太らせる。食べるのはそれからだから』
『そんなの嫌だー!』
『仕方ないよ。俺は多恵がいないと乾いて、飢えて、死んじゃうんだよ?』
「タピオカ飲んでれば飢え死にしないだろ!!」
いきなり目が覚めた。いや食べられる所まで夢を見ていたかった訳ではないけど。
また気色悪い夢を見てしまった。今度はタピオカミルクティーのトッピングにされてしまうとは。しかも600円て。安すぎる。せめて1200円は取って欲しかった。夢見が悪いのは、このパジャマにしたポロシャツのせいだろうか?
リビングにはお父さんがいた。
「おはよう、多恵。カエルのお菓子、食べちゃったよ」
今思えば、夢の中で私を密林で拉致監禁し、黒蜜に漬け込んだのちに梶田に売り飛ばした鬼畜は確かにお父さんであった。
「……うん」
「はい、これ。お父さんが監修した展示会の入場券あげる」
テーブルの上には、『大アマゾン展』とでかでかと書かれたチケットが置いてある。
「カエルかあ〜……」
「蛇も虫も魚もいるよ?鳥も哺乳類もいるよ?パンダはいないけどね?」
お父さんは心外そうな顔をしたが、私が言いたいのはそう言う事じゃない。
「とりあえず貰っておく」
大きな博物館だ。誰かしら行きたい人はいるだろう、とノートの間に挟んで学校へ向かう。
放課後、図書室で中間試験の勉強をしていると、梶田が無言で隣に座ってきた。私語はするなと言ったけど、何か言えよ、さすがに。
「俺、英語得意だよ……」
ストーカーのくせに、私の得意科目が英語だって知らないのかね、こいつは。
「自分の国語の成績を心配した方がいいよ」
自分の苦手科目を把握されているとは思わなかったのか、梶田の目が少し丸くなった。
「そうだ。これあげる」
ポロシャツの代金には足りないだろうけど、とチケットを2枚差し出す。
「ありがとう!」
梶田はびっくりするぐらいの笑顔で券を受け取った。普通にどこでも買えるチケットなんだけど。
「これは絶対行くつもりだったんだ」
「そう。よかったね」
渡りに船。行きたい人が行くのが一番である。しかしまあ、チケットの匂いを嗅いでいる梶田は普通に気持ち悪い。
「土曜と日曜、どっちがいい?どちらかと言うと土曜なんだけど」
「好きにすれば?」
いつでも、気が向いた時に行けばいいだろう。どうせいつ行っても混んでいるだろうし。
「じゃあ土曜、8時半に駅で待ち合わせね」
早くない?と思ったけれど、移動して、公園を通って、博物館まで移動して、と考えるとその位は必要かもしれない。ゆっくり見て回ると、3時間くらいはかかる。そうすると、昼ごはんを食べるにはちょうど良い時間だ。
「お昼何食べたい?」
「そうだなー……」
上野といえばあんみつだ。でもそれじゃご飯にならない。どこも混んでいるだろうしなあ……まで考えて、ある事実に気がつく。
「なんで私が一緒に行く事になってるの?」
「え?」
「え?」
この展開はおかしい。私はただチケットを譲っただけだ。梶田は「行こうよ」とオウムのように繰り返している。
「アマゾン展……興味ないの?」
「ない」
無いから君にあげたんですよ。そう目で訴えかける。
「行こうよ。マチュピチュ観光の時に山賊に襲われた話してあげるから」
「何それ!?」
さすがにそれは気になる。南米怖い。21世紀ってまだ山賊いるんだ。
「ほらー、やっぱり多恵も南米に若干興味が無いこともないんじゃないか」
「興味があったのは山賊の部分だけだし」
「土曜に話すね」
「今言ってよ」
結局、梶田は山賊の話をしてくれなかった。
そればかりか、離岸流にはまって溺れた時の話まで持ちネタにあると言うのだ。水難事故の話は今後の教訓にするためにちょっと聴いておきたい……と思ったのだが、「博物館の待ち時間に話す」と言って頑なに話さなかった。
何だかんだ言いながらも、土曜日に上野まで行く事になってしまい、ため息をつく。
「チョロアマナガサレホダサレガエル……」
夢の中の私の名前を呟く。甘いものをあげるとすぐご機嫌になる、警戒心の薄いカエル。自分の脳内とはいえ、ちょっとひどい言い草じゃないのか。
「次に甘いものの誘惑が来ても、絶対に断る事」
私は自分にそう強く言い聞かせ、日課のスクワットを始める事にした。




