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どうしてこうなった?

感想を頂いたので突発的に連載にしてみました。

 

「多恵は可愛いなあ。しっとりして、もちもち、すべすべ」


 私、山梨多恵(やまなしたえ)は雑居ビルの一室に監禁され、同級生の男子に頬擦りされている。自分で望んでこうなった訳ではない。権力者の卑劣な罠である。



 先程までの出来事をあらすじ風にすると、こうだ。



『平凡な女子高生の多恵は、ある日突然学園の王子様である梶田亜蘭(かじたあらん)にタピオカ屋に誘われる。しかしそれは自分の前世はアマゾンの密林に住んでいた蛇であり、多恵は近所に住んでいた毒ガエルだと思い込んでいる梶田の罠であった。前世で果たせなかった『多恵を美味しく頂く』目標を今度こそ果たそうとする梶田の魔の手から多恵は逃れることが出来るのか!?』だろう。


「多恵の手はしっとりすべすべしてるね」


 私は梶田に巻き付かれ、手を撫でまわされたまま考え事をしている。言葉で拒絶すべきか、それとも態度で示すべきか。梶田は顔がいい。しかしそれはあくまで鑑賞目的としてであって、この男とどうにかなりたいと思った事は一度もない。梶田はずっと、私の耳元でタピオカ屋のメニューの話をしている。先程「一緒にタピオカ屋をやろう」と言われたが、それはもしかしなくてもマジのマジなのだろうか。絶対やりたくない。


 私は今、タピオカの代わりに自分が吸われてしまうかもしれない恐怖に怯えている。


「タピオカのブームが過ぎたらどうするつもりなの」


 梶田の人気は永遠かもしれないが、タピオカの人気はそう遠くない将来に衰えるだろう。そのあとはナタデココと同じく、スーパーの片隅でひっそりと生きる運命にあるはずだ。


「そこは、その時で。バナナジュースでも、レモネードでもコーヒーでもなんでも構わないよ」


 次のブームはバナナジュースと言われて久しいが、私はまだそれにお目にかかったことがない。このあたりが都内でも有数の高齢化地域……ご隠居の原宿と言われている事とは特に関係ないだろう。タピオカ屋は増え続けているが、このあたりにはまだない。


「お店をするのって大変なんだよ。まず家賃とか……」


 状況が非現実すぎて切れ味のある切り返しが思いつかないため、タピオカ屋のオープンに賛同しているような言い草になってしまった。


「多恵はしっかりしてるよね。大丈夫、ここはうちの物件だから」


 そう言って、梶田はクリアファイルに入った書類を見せてくれた。なんだか良くわからないが「ここは誰の持ち物なのか」証明する類の書類だろう。


 ここは「梶田第八ビル」と言う建物らしい。何を隠そう、梶田はまごう事なき大名だか華族の子孫で、江戸時代の頃はこの辺りにお屋敷があったそうだ。きっとビルも8棟で終わりではない。梶田亜蘭は王子様……正しくは殿様と言うべきだろう。なんたって、彼の祖母は学園の理事長なのだ。


『理事長の孫が学園内で権力を握っている』


 こう聞くと、ほぼ全ての人は「そんなのフィクションだよ」と言うだろう。しかし、世の中の学校法人の数だけ理事長がおり、同じくらい「理事長の孫の高校生」もいる事になる。現代の殿様も学園の王子様もいる所には、いる。そして両者は大体において被っている。


「ね?多恵もやろうよ、タピオカ屋。もちろんバイト代も出るし」


「お金には困ってない」


「お金に困ってないと吹聴すると、変な人が寄ってくるよ」


 梶田は「めっ」と私の額をこつん、とつついた。気持ち悪いから学校にいた時用の猫被りモードに戻って欲しい。「私だけに本当の顔を見せて」とか別に思ってないから。


 曰く。あぶく銭を手にすると、どこからかネットビジネスやスピリチュアルな人たちからのお誘いがあり、そこへずるずると引き込まれていくそうだ。「ちゃんとした場所」ならともかく、普段の生活でお金持ちな事実を振りまいていて良い事は何もない。梶田はご両親から口をすっぱくしてそう言われているそうだ。


「訂正します。中の上の一般家庭でまあまあの暮らしをしていて、お小遣いには困っていません。ちなみに私の貯金は10万円しかありません」


「良くできました。月のお小遣いは1万円だったね」


 梶田はパチパチと拍手をしながらとんでもない事を言い放った。だからなぜそれを知っている?



 梶田は私の心の声に気がつかず、キッチンへ向かい水差しを持ってきた。オシャレな事に、水の中にはローズマリーとレモンの輪切りが入っている。ありがたく頂く事にした。流石にヤバい薬は入っていない……はずだ。


「映えだね」


 せっかくなので、私はスマホで、水差しとコップをパシャリと撮った。


「映えだよ」


 向かいに座って菩薩のような笑みを浮かべている梶田を一緒の画面に納めたら、もっと『映え』なのかもしれないが、そんな事をしたら明日から学校で質問責めにされてしまう。


 ごくごくと水を飲み干し、もう一度お代わりをする。そんなに美味しいものではないのだが、なんだかありがたい感じがする。実際家にはスライスレモンも生のハーブもないのだから、高級な事は高級だ。慰謝料がわりに飲んでおこう。



「俺と一緒にタピオカ屋、やらない?」


 梶田はもう一度、念を押すように問いかけた。何度言われても答えはNOだ。


「やらない」


「何故?」


「今週末は、大会があるから」


「なるほど、多恵はもう12年も水泳をやっているものね。確かに大会は大事だね」


 梶田があっさりと引き下がったので私は安心して帰路についた。


 しかし、それは誤算であった。じゃあ大会が終わったらどうするのか?私はその答えを用意していなかったのだ。


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