救済
四
直人は目を覚ました。ここは……。太陽の光。久々に見た。生い茂る緑。そして体の下に感じる冷たさ、土の感覚。そうか……。俺は死んだのか?
しばらく呆然としていると。うつむいた顔を上げた。
早苗はどうしているのか……。
心配で気が気でなかった。また黒服に復讐しに行ってないだろか? すぐに直人は中に通じるドアを叩いた。返って来ない音が、直人の焦燥をかきたてる。
どれくらい時間が経ったろう。ドアがゆっくり開いた。
「もう、生き返ったのか?」
「おい! 早く連れていけ!」
「……また死にたいのか?」
「うるさい! やれるもんならやってみろ!」
黒服は頭を掻いた。
「お前といい、早苗といい。俺が寛容な方だから、ここは許してやるよ。だが、他の奴にそんな口を利くなよ」
「あ?」
「早く行けと言っているんだ」
直人は走り出した。
―――早苗、早苗、早苗―――
部屋の前まで来た。入れない。当たり前だ。
遅れてやってきたさっきの黒服。
「お前の部屋はそこじゃない。死んだの忘れたのか?」
「知ってるよ!」
アナウンスが鳴る。他の黒服がやってきた。自由時間が始まったようだ。やがて、他の黒服が六の部屋を開けた。
そして出てきた者を見た瞬間、直人は涙を流してしまう。
それを見た早苗はゆっくりと、直人の傍まできた。
「……」
手のひらで直人の頬を叩いた。直人は何が起こったか理解できず、目を白黒させている。
「あんた、あたしにもう心配かけんじゃないよ!」
早苗は怒鳴った。皆の注目が集まる。
「……ごめん」
直人はその言葉以外出てこなかった。早苗は抱き着いた。
「もう、心配したんだから……」
「うん……」
直人の顔は朱に染まる。
「ここだ。今日からお前はこの部屋だ」
五のドアを入る。
「よお。新顔」
胡坐をかいている黄色い服を着た、若い丸坊主がいた。どうやら今まで瞑想していたようだ。
「お前の名は?」
そう丸坊主は聞く。
「直人」
「1396710番。いや直人。よろしくな」
「何故、俺の番号を覚えているんだ?」
「お前は有名人だよ。来てそうそう郡山を倒すし、黒服に殴りこみにかけるし。相当できるってな。まあ、良くも悪くも目立ってんだよ」
「で、お前は?」
「569123番。電撃のスナイパー」
「は?」
「俺の異名だよ」
「知らねーよ」
なんだ、こいつ……。ややこしい奴と同部屋になってしまった。まあいいか。だいたい今までが恵まれ過ぎてたんだ。変な奴や悪い奴ももちろんいるだろう。直人はそんな風にとらえていた。
「修一」
「は?」
「だから修一だよ。俺の名前は。平凡だろ?」
「電撃のスナイパーにしてはな」
直人がそう言うと、修一は笑った。
しかし、雷遁使いか……。相性が悪い。一番殺されやすいタイプだ。もし、部屋にいるときに攻撃されたら、自分は死ぬだろう。
「……安心しな」
「は?!」
「お前が俺と一緒にいるときは絶対に殺さないよ」
まるで、心を見透かされていたようだ。直人は少し、嫌な汗をにじませる。胡坐をかくのを止めて、修一は立ち上がった。
「でもな、リングのときは別だ。そんときは、手合わせ頼むよ。オールディフェンダー」
「オールディフェンダー?! 何だそれ? 俺はそんな風に呼ばれているのか?」
「違う、俺がそう呼んでた」
修一は笑っている。しかし直人は全く笑えない。
笑い終わると、修一という男は瞑想を始めた。本当に変な奴だ。
アナウンスが流れる。昼食の時間だ。直人は修一から逃れるように、部屋から出てスキャンを受ける。そしてさっさと食堂に向かう。
「待て! オールディフェンダー」
直人は無視した。そして、落ち合った一輝とともに、歩いていった。
「修一? 電撃のスナイパー? 知らねーな」
一輝はうどんをすすりながら言った。
「そうか。まあ、変な奴だよ。俺のことオールディフェンダーとか呼んでくるし……」
直人は箸を止めた。
「オールディフェンダー?! 直人がか?」
二人は笑った。
「なんだその異名? まあ、自己再生能力は半端ないがな」
「そうか。一輝にそう言ってもらえて嬉しいよ」
二人は顔を見合わせた。
「今日の組み合わせ見に行くか?」
二人は闘技場に行き、モニターを見た。
「あらま……」
一輝はあんぐり口を開けた。
「ああ」
「まさか、こんな組み合わせとはな」
「俺も一輝と闘うことになるなんて思ってなかったよ」
そう言った、直人はもう最初に来たときとは違う。たとえどんな対戦相手だろうと、受け入れる覚悟を持っていた。
「全く、ビビってる様子がないな」
そう一輝が言う。
「ああ、負けるかもしれないが、負ける気もない」
一輝は笑った。
「そうか、よろしく頼む」
「ああ、それにしてもこの組み合わせ、俺を潰しにかかってるのか?」
それを聞くと一輝が腕組みした。
「分からない……。たまたまかもしれないし、あまり考えすぎるな」
「ああ、対戦に備えるよ」
二人は闘技場の段を一歩一歩上っていく。それを憧れの目で眺めていた男がいた。
五
「直人、よろしく頼む」
「一輝こそ」
「始め!」
二人はその言葉がかかった瞬間、距離をとった。直人が先に唱える。
「疾」
体を鋼鉄のように固くした。
「疾」
一輝は象になった。リングが窮屈になる。おそらく、一輝が見たことがある中で一番力が強い生物は象だったのだろう。直人の体を象の足で踏み潰して、いっきに決めてしまおうという腹だ。
直人はニヤリとした。できるものならやってみろ? そんな意気込みを見せている。
やがて、直人は象に追い詰められる。逃げられない。しかし直人にとってそれは問題ない。仮に怪我を負わされたとしても自己治癒能力もある。
象が大きく足を上げ、直人を踏みつぶそうとした。大きな地響きと一緒に直人は踏みつぶされる。
直人は地面に埋まった。足を上げたとき、直人は笑っていた。
確かに怪我はしている。しかし、直人はすぐに「疾」と言って、体を治した。むしろ鋼鉄のような体を踏みつぶして怪我をしているのは一輝の方だ。一輝の踏みつぶした足から赤く血が噴き出ている。一輝にとって、直人との相性はあまり良い訳ではなかった。土遁、雷遁、水遁、火遁、風遁。様々な道術使いと闘ってきた一輝だが。道術で体を回復させ、そのうえ、体を鋼鉄のように固くできる仙人は初めての相手だ。対応策がまだ出来ていないこともあるが、一番厄介なことは、どんな攻撃をしても再生してしまうことだった。
しかしまだ試せることはあった。毒である。一輝は闘うとき、よく毒蛇に変化した。毒蛇に変化して噛みついたら、大抵の相手は倒せる。
「疾」
と言って蛇に変化する。そして襲い掛かった。
直人もなんの蛇か全く分からなかったが、毒を持っていることはさすがに分かった。
逃げの一択。逃げる。逃げる。逃げる。
直人が持っていたプランは崩れた。直人は持久戦に持ち込むつもりだった。一輝が疲弊した後に、郡山のときしたように固い体で攻撃する。しかし、毒蛇にかまれたらそこで勝負がついてしまう。持久戦どころの話ではない。
直人はついに、噛まれた。その場で苦しみ始める。そして「疾」と言った。確かに噛まれた跡は消えた。やがて倒れてしまう。それを確認した一輝は「疾」と言って、変化を解いた。
「勝負ついたな、直人!」
「……」
返事が返ってこない。一輝は時間が経てば、そのうち死ぬだろうと踏んでいた。そして直人から目を離し、黒服に話しかけようとしたとき、直人の固い拳が、腹をえぐった。
「何が……」
血を吐きながら、一輝が言った。
「ごめん、一輝だますようなことして」
「……おまえ、毒も治せるのか?」
「どうやらそうみたいだ。できるか試したんだが、できてしまった」
「なんて奴だ」
お腹に穴が開いた一輝は膝をついた。
「俺の負けだよ……」
「このままだと出血多量で死んでしまうな……」
「ああ、早くしてくれ」
「分かった……」
「また闘おうな、今度は勝つからな、直人」
「ああ」
そう言って、直人は一輝の心臓に手を突っ込んで、潰した。
―――かっこいい……―――
修一は体の震えが止まらない。俺もあんな二人になりたい。そう思い、唾液を飲みこんだ。
「おい、あいつのデータとれたか?」
「ああ、やっかいだ……」
誰の声だ。修一は声のする方に向いた。あれは、郡山と込山だ。込山とは直人に最初の対戦相手の雷遁使いである。
「勝てるか?」
込山が郡山に言う。
「俺だけでは……」
「しかし、まだ雷遁には対応できないかもしれない」
「というと……」
「体をゴムに変化させないと無理だ。電気は通る。運動神経はそんなに良くないから素早くない。まだ付け入る隙はある」
「と言うからには、今のうちに叩いておかなければならないという訳か?」
込山は頷いた。
「分かった。とにかく作戦を立ててから動こう」
そう言って、席を立った。何を話していたんだ、これはもしかして、新人狩りか……。しかし、新人狩りの対象になるには直人はあまりにも強すぎた。修一は怯えながらも頭に疑問を残していた。
修一は部屋に戻った。直人が布団を敷き始めている。
「直人……」
「なんだ?」
目を細めながら直人は言った。
「あの……」
言うかどうか躊躇った。
「何もないなら、俺は寝るぞ。今日は一輝を殺してしまった。これでも心を痛めてるんだよ」
「そうか」
そうだ。あのもの凄く強い一輝を倒したんだ。込山や郡山が何か企んでいても負けるはずがない。修一はそう思って、布団を敷く。二人は何も話さず、寝た。
明かりがついた。起床時間だ。まだ、横では直人が寝息をたてている。直人を起こそうと、修一は布団から出て、直人の傍にいく。
直人はすぐに立ち上がり、そして身構えた。
「なんだ?」
「いや、起こそうと思って」
「ああ、それだけか」
寝込みを襲われることまで対応できている。ここに来て数日でよくできたものだ。凄いと感心するしか修一はできなかった。直人は修一の手元を見て、何も構えていないと分かり、気を緩めたようだ。
「……布団をしまおう」
「ああ」
修一は固まっていたが、直人にそう動かされた。
アナウンスが流れる。朝食の時間だ。直人はドアに行き、黒服にスキャンされ、また一人で出ていこうとした。修一は遅れてついていく。
「直人、一緒にご飯食べよう」
「一輝が今はいないしな……」
嫌なことを思い出させてしまったようだ。しかし、直人は修一の誘いを受けた。
「修一、食べにいこう」
「ああ」
嬉しそうに修一はついていった。
列に並んでトレイの上に朝食を乗せ、テーブルのイスに腰かけた。
「お前、あんまり金ないのか?」
直人はきっと自分が一番安いトーストを頼んだことを不思議に思ったのだろう。
「ああ」
「電撃のスナイパーなのに?」
「いや、あるよ。節約家なのさ」
慌てて取り繕った。
直人の隣に早苗が来る。修一は思わず、息を飲み込んだ。なんて綺麗な女だ。
「直人、横いいかい?」
「ああ」
「こちらさんは?」
「ああ、同居人の修一だよ」
「ふーん。修一ね」
「なんでも、電撃のスナイパーらしい」
「なんだいそれは?!」
二人は渋い顔をしている。
「ああ、言ってるのはごく一部だから、知らないのかもな」
修一は自分が恥ずかしくなった。言うんじゃなかった……。
「まあ、電撃って言ってるからには雷遁使いなんだね」
「ああ、一応な」
「強いのかい?」
「早苗も知らないのか?」
「あたしは試合観ないから、他の人に詳しくないよ」
「そうだったな」
「強いよ!」
電撃のスナイパーと言ったからには後には引けない。それを聞くと、早苗は頭を掻いた。
「なんでもいいけど。直人あんた、気をつけなよ。雷遁使いはあんたの弱点なんだから」
やはりそうなのか……。昨日、郡山たちが言っていたが、それは確かなことなのだな。直人はそれを受けて言った。
「早く対応できるように、道術磨くよ。早苗に心配かけないって約束したしな」
とてもいい笑顔だった。
「そうだよ」
そう返事した早苗はとても綺麗だ。二人は良い関係なのだな。
「そうと決まったら直人行くよ」
「おう」
二人は仲よさげに歩いていく。これから、道術の訓練にいくのだろうか? えらいなぁ……。修一はまたうらやましそうに見ていた。
修一は闘技場に来ていた。もちろん、今日組まれる対戦の組み合わせを確認しにだ。
それは修一が自分が当たらないことを見て、安心を買うためでもある。
第一試合。違う。第二試合。違う。胸をなで下ろそうとしたとき、声がかかった。
「修一じゃないか?」
修一はパッと振り返った。直人と早苗だ。
「ああ」
直人はパーッと見て言った。
「俺も早苗も当たってねーな……。しかし、これ……」
「どうした?」
「お前の番号じゃないか?」
「エッ!」
修一はすぐさま確認する。第一試合、第二試合……最終試合、569123番。修一の番号だった。
「まあ、頑張れや」
そう言って、直人と早苗が去っていく。
「あんた、良かったね」
「どうだか?」
修一は対戦相手を確認する。2458741……い、込山。顔色を失った。
「よう、修一」
後ろから声をかけられた。今度は背筋が凍る。
「お前、俺の相手じゃねーか」
「……ああ」
「よろしく頼むわ。雷遁どうし良い試合をしようぜ」
笑顔で握手を求める。修一は震える手で取った。小さく込山は言う。
「なぶり殺されたくなかったら、あがくな」
「……」
修一は立ち尽くしてしまった。
部屋に戻った修一は瞑想を始めた。怖い、怖い、怖い。首を振る。
「どうした?」
直人が修一に聞いた。
「エッ!」
修一は奇声をあげた。
「どうしたんだ? 全く」
修一は悩んでいた。答えは出せていなかった。しかし、感情がそう口走らせていた。
「……俺を特訓してくれ!」
「は?!」
※
「なるほどな。電撃のスナイパーでもなんでもなかった訳か」
「ああ、ごめん」
「分かった。何ができるか? やってみろ」
「分かった、とにかく電撃を飛ばしてみる」
「それは嘘じゃなかったんだな」
それを聞いて人差し指と中指を立てて、電撃を打つ構えをした。
「疾」
「……まるで、水鉄砲じゃないか?」
修一の指から出た電気は少しばかり飛びながら、すぐに弧を描いて落下した。長さ五十センチ。直人はそれを見て、頭を掻いた。
「他は?」
修一は何も話せない。
「これじゃあ、込山に勝てんよ」
「……そんな」
「分かった。そんな顔するな。電力を集めて、体のどこかにとどめることは出来ないのか? それも込山みたいに」
「できるけど、強くないよ」
「雷遁は俺も対応できないけど、分かった、お前を信じて当たってみるよ」
「うん」
修一は電気を手にためた。
「これで殴るよ」
直人は首を縦に振る。やはり電気だけは直人も怖いのだ。覚悟を決めた顔になる。修一は殴った。
「……少し痛いが、これは静電気だな」
「そうか……」
しかし、その拳を肩に押し付けた状態で電気流しされ続けていた直人に異変が起こる。
「どうにもならないかもしれない」
直人と修一が同時にその言葉を発した。
「えっ! なんて?!」
修一が驚いたように顔を上げる。直人はしばらく固まって、そして言った。
「手をどけろ」
「うん」
「これはなんとかなるかもしれないな」
夕食の時間、黒服にスキャンされた後、早苗が部屋に顔を出した。
「あたし待ってたんだ。何してんだい?」
早苗は二人を確認した。汗だくになっている。
「道術の訓練かい? どっちの?」
直人は目配せするように修一を見た。
「あんた人のこと構ってられる場合かい?! 自分の道術を磨きなさいよ」
「早苗、まあ、話を聞いてくれ」
早苗が直人に本当に怒っている。
「分かったよ。話してごらん」
早苗は腕組みしながら直人の話を聞いていた。
「なるほどね。今日が対戦するのもあるし、時間が無かったし、可能性もある訳か」
「ああ」
「しかしこの子が強くなったら脅威だよ。あんた同部屋だろ? ちゃんと考えてなかったのかい?」
直人は静かに首を振る。
「あんた!!」
「ごめん」
「ちょっと、俺のことで喧嘩しないでくれ……」
早苗は細い目で修一を見る。
「分かったよ。あんたのこと知ったのも何かの縁だ。あたしも協力するよ」
修一はとても嬉しかった。笑顔になる。
「でも、あんまり時間ないけどね。夕食のこの時間が最後、次の自由時間が試合の時間だから」
「うん……」
「まあ、グダグダ言ってても始まらない。始めるよ」
修一は頷いた。
試合の時間が来た。修一はリングにゆっくりと足を踏み入れる。
「分かってるな?!」
修一の目の前に立っている込山が言った。修一は何も返答できなかった。
「2458741」
黒服に肩をスキャンされている。
「569123」
修一もスキャンされた。
「始め!」
黒服が開始を告げる。
「おい!」
修一は体の震えが止まらない。できるか? 自分に。勝てるか? 込山に。そんなとき腹が鳴った。込山は笑った。
「まさか、お腹が返事するとはな。お前、勝ててないから、ろくに飯食えてないだろ?」
「……それがどうした?」
悔しかった。何も言い返せない自分が。だから自分を奮い立たせた。
「お前、えらそうな口を利くな。まさか、勝つ気でいるとかぬかすなよ」
「俺は勝つ」
ただ、変えたかった。心身ともに弱い自分を強く。協力してくれた、憧れの直人のためにも。修一は直人を見た。直人は頷いている。それを見て、込山は眉をひそめる。
「お前ら知り合いなのか?」
「お前らとは……」
そのとき、修一は込山と郡山との会話を思い出す。
「1396710番とだ」
「同室なだけだよ」
それ以上、情報は漏らさなかった。余計なことは言わない方がいい。
「そうか、まあお前らが何か隠し事してるとしたら、この試合でじっくりそれを聞かせてもらおうじゃないか?」
ゴクリと唾を飲み込んだ。その意味が分からないほど修一は馬鹿ではない。
「やってみろよ!」
込山はニヤリとした。
「疾」
腕に電撃を溜める。
「疾」
直人も電撃を飛ばす。しかし、届かない。避けるように近づき、金網を殴った。リングを囲う金網全体に電気が走る。
「ヒッ!」
身を縮ませる。
「なあ、悪い事は言わない。さっさと吐いて、楽になろうぜ」
相手が自分をなめていること。それはこの試合において、唯一、勝機を見出させる。
「し……」
「おい、道術使うと殺すぞ」
いくら、ビビっても見逃してくれるなんてない。だから修一はその場から距離をとった。そして、唱える。
「疾」
電撃は飛んだ。しかし、避けられた。当たってくれれば……。そうすれば勝てる。
「疾」
込山の拳は修一の顔面をとらえた。体中に電流が走る。うめき声をあげた。なんて電圧だ。
数秒間、意識が飛びそうになって倒れた。やっとの思いで足に力をこめられて、立ち上がる。
「もう、諦めろ、な?」
「疾」
また飛ばす。当たってくれ。しかし無情にも電撃は届かない。
「もういいよ。殺すわ」
「な、なんて……」
リンチだった。死ぬか死なないかギリギリの電圧でいたるところを殴られる。次第に意識はなくなっていった。
※
何度目だろう。ここに来たのは? 太陽の光が修一の瞼を照らす。修一は目を覚ました。生い茂る木々や草々。土の匂い。ここは再生を顕現しているようだ。土を掴んで立ち上がる。しびれてない。しびれている訳ないか……。
ゆっくりドアの方に向かった。ノックする。
「開けてくれ! 生き返った」
しかしノックは返らない。かえってくる訳ないか? ここにいては時間の感覚が狂うが、黒服がやってくる時間は決まっている。
やがてドアが開いた。
「569123番か。早いな」
「……そうか」
黒服に連れられて、部屋に向かう。七か次の部屋は。
「入れ」
肩をスキャンされ、入ったとき、そこには誰もいなかった。それを見て急に今まで蓄積されていた、感情、思いがあふれだす。修一は泣いた。なんて自分は情けないんだろう。なんて自分は弱いんだろう。長い時間が経過した。ドアの鍵が開く音がする。黒服が半身を出した。しかし、それよりも後ろの人物が見て修一は固まってしまった。
「腕を出せ」
「……」
後ろの人物は修一を黙って抱きしめた。
「よくやった、修一」
「直人……」
また、涙腺が崩壊してしまった。
しかし、その姿を眉間にしわを寄せて見ていた込山と郡山がいた。
直人と早苗と修一は三人で朝食をとっている。
「あんた、よくやったよ」
早苗は修一の顔を見て笑顔で言った。
「そうだな、ほんとによくやった」
直人がまだ落ち込んでいる修一の肩を置いた。
「でも、二人に協力してもらっても、勝てなかった」
「負けたよ。確かに修一は負けた。でも立ち向かった。何言われても、闘う意思を捨てなかった。もう大丈夫だよ。きっと強くなれる」
「直人みたいに」
「ああ、俺よか強くなれるぜ!」
「あんた、よくそんなこと人に言えるね。あんたも精神面も、道術もくそヘボだったじゃないかい」
「そこまで言わなくていいじゃないか?」
そう直人が言うと三人は笑った。
「よしと」
「もう行くのか? 修一」
「ああ、二人に心配かけないように、強くなってみせるよ」
それを聞くと二人は手を振った。
「がんばれよ!」
「おう!」
修一は一人で歩いていく。その一歩一歩はとても力強いものだった。
しかし、急に弱弱しい足取りに変わる。
「おい! 待てよ。修一君」
「……なんだ? 何の用だ?」
「つれねーな。同じ雷遁使いどうしじゃないか」
廊下の壁にもたれかかっている込山と郡山がいた。修一は無視して立ち去ろうとした。
「おい! 待てよ!」
修一を込山が壁に押し付けた。片手を壁に手を置き、修一を睨みつける。
「どこへ行くんだ?」
怖い……。修一は試合で殴られたところから痛みが生まれる錯覚に陥る。そのため、声を出せない。
「おい! お前なんとか言えよ!」
郡山が怒鳴った。
荒くなる呼吸を抑えて、一呼吸おいて言った。
「部屋に戻るだけだよ」
「あっそ」
郡山が言った。込山は郡山と顔を見合わせて、頷いた。
「お前、前の質問に答えてないだろ?」
「……前の質問とは?」
「お前と1396710番との関係だ」
「だから……それは同部屋だっただけだよ」
「それだけで、かえってきて再会を喜ぶか?!」
「えっと……」
修一は必死に言葉を選ぼうとしていた。直人が二人から何かされ、悪い事がふりかかってはいけない。
「おい! 聞いているんだ。答えろ」
「ど、道術の修行を付き合ってもらってたんだ」
「そうか、お前みたいな雑魚に付き合わされたんだな。他は?!」
「それ以外は何もないよ」
「本当か?」
修一はコクリと頷いた。
また込山は郡山と顔を見合わせた。そして修一に言った。
「嘘をついている訳ではなさそうだな。しかし、そうか、それだけでもお前に利用価値はありそうだ」
「エッ……」
「あと、754231番とも仲よさげだな。あいつとの関係は?」
「一緒だよ」
利用価値。その言葉に修一は引っ掛かっていた。一体どういう意味だ?
「754231番と1396710番は恋人どうしで間違いないか?」
そう込山の背中越しに郡山が言う。
「多分そうだと思う」
「分かった、お前達の関係はどこまで良好なのかはよく分からんが、連れ出すことぐらいはできそうか?」
「……一体何を?」
その言葉を無視して、込山は郡山と話しだした。
「とにかく、まだ作戦は練ろう」
「ああ」
込山は修一に振り向いた。
「おい、修一。俺の指示があるまで、余計なことを二人に言うな!」
「嫌だ」
二人を裏切るかもしれない行動はとれない。小さな声で反抗した。
「何? よく聞こえなかったが、お前、背天数惜しいだろ?」
ギラリとした目つきで込山は修一を睨みつけた。それにより、体が硬直してしまった。
「じゃあな、よろしく頼むわ」
その後、二人は修一の目の前から去った。二人の姿が見えなくなったとき、やっと修一は硬直から解けた。
昼食も三人でとっていた。
「なあ、一輝はまだ生き返らないのか? 後の修一は生き返ったのに」
「生き返るのは人によっても時間によっても違うもんなんだよ。いつ生き返るか、あたしにも分からない。ねえ、修一」
「……」
「ねえ!」
「エッ! あ、あ。その通りだよ」
「あんた、どうしたのさ? なんか変だよ」
「そっそうかな?」
込山や郡山が何か企んでいることを言うべきか……。でも、怖い。
「なんでもないんなら、いいよ」
早苗は米を箸でつかんだ。直人口をももぐもぐさせている。
「まあ、悩みがあるなら、俺らに相談してくれよな」
「うん……」
※
「2458741番、874625番。1396710番を殺す計画はどうする気だ」
それを聞くと、込山が答えた。
「どうやら、1396710番は569123と関係ができているそうです」
「そうか。決行はいつできそうだ?」
「すぐにでもと、私達は考えています」
「楽しみにしてるよ。苦しめながら殺してくれ」
「私たちは感謝しています。私達だけではできないかもしれないことを、ご助力していただいて」
と郡山が言う。
「よいよい。俺もよっぽどのことが無いと、殺してはならないと命じられているのでな。お前達が代わりにやってもらえることは結構なことだ。よろしく頼む」
「はい」
二人は同時に答えた。
※
「おい!」
修一は廊下を歩いているとき、後ろから声をかけられた。体がビクッとしてしまう。ゆっくり後ろを振り返る。やはり声の主は込山、そして郡山がいた。
「お前の部屋、今お前しかいないよな?」
「うん」
答えたくない返事をする。
「コイツの部屋が一番呼びやすいか?」
「そうだな」
二人がやりとりをしている。
「お前、1396710番と754231番を呼び出せ」
込山が話を進める。郡山は腕組みしている。
「エッ! なんで?」
「お前が知る必要はない」
「どうやって?」
「道術見て欲しいとか適当なこと言えばいいだろ?」
「それでどうするの?」
「俺達が次の自由時間にお前の部屋に行くから、あいつらを連れてこい」
「それじゃあ、答えになってないよ」
「うるせーな! 口答えすんじゃねーよ」
「はっはい!」
修一は萎縮してしまう。
「任せたぞ!」
そう最後に郡山が言った。
夜の自由時間が来た。修一の部屋に郡山と込山がやってきた。二人は部屋の壁際にドスンと座った。郡山の手に、黒い大きなペットボトルがあった。
「二人は直人と早苗をこの部屋で殺るつもりなの?」
修一はおそるおそる聞いた。
「そうだったとしたら、なんだ?」
「殺させない。絶対に呼び出しにいかないよ」
それを聞いて、込山が少し思案する。
「それはないよ。勝っこないだろ?」
「じゃあ、何するんだよ」
黙って聞いていた、郡山が怒鳴った。
「うるさい! グダグダ言わずに早く連れてこい!」
「うっ……」
震える手で、ドアノブに触れ、廊下に出る。そして直人の部屋に行った。いない……。早苗のいる部屋にも行く。いない……。おそらく今は試合の時間なので、二人で観に行っているのだろう。修一は急いで闘技場に向かった。
闘技場を見渡す。皆がひしめき合っている中で二人を探すのは困難だった。力ない足取りで、頭の中はなるべく何も考えないように努めて、自分をだまし、二人を探していた。
見つからない。そう思って膝を抱えたとき、声がかかった。
「修一じゃないか?」
その声は直人だった。直人が修一の立っている横の席にいた。
「どうしたんだい? そんなに必死になって……」
横には早苗がいる。
「あの……」
「なんだ?」 「なんだい?」
「ついて来てくれないかな?」
「どうして?」
直人は問いかける。
「ど、道術の訓練の成果を見てもらいたいんだ」
「それ、今じゃないと駄目か? 試合を観たいんだが」
そう言って、二人は顔を見合わせる。
「……うん。今じゃないとダメなん……だ」
二人は不思議そうな顔をしている。直人は立ち上がった。
「分かった行くよ!」
早苗も立ち上がる。
「ちょっと、分かったよ。あたしも行くよ」
直人と早苗をつれて、修一は自分の部屋の前に立った。
「ここかい?」
怪訝そうな顔で早苗は言った。
「うん」
ゴクリと唾を飲み込んだ。このドアを開けたら終わってしまう。自分は自分が殺されたくないというだけで二人を裏切ってしまう。開けられない……。
その気持ちと反するように、ドアは開かれた。開いたのは郡山だった。
「郡山!」
二人は威嚇する。
「修一これは一体……」
直人がそう言った。修一は何も言えなかった。下劣だ。愚劣だ。クズだ……。うつむいた顔を上げれない。その言葉が修一の体を大きく震わせる。
「待ってだぜ、1396710番、754231番」
「は? 何人、お前達みたいなのがいようが、負けねーよ」
直人は強気に出る。
「馬鹿かお前、俺たちが何の算段も無く、お前たちを殺そうとしてるとでも言いたいのか?」
「どういう意味だ?」
「アイツは……」
直人は額に汗をにじませる。
「あんたら、黒服を味方につけたのかい!?」
早苗は身構える。とても怯えていた。それを聞いた修一は顔を上げる。
「エッ! そんなはずは……」
修一はその言葉に反応して、顔を上げた。
そこにはいるはずもない、黒服とそして込山がいた。床にはからのペットボトルが転がっている。
「これは一体……」
「おい! 早苗、修一逃げろ。ここは俺がどうにかする」
「どういうことなんだい?」
「俺はあの黒服に恨みを買っているターゲットは俺だけなはずだ。そして、あの黒服には勝てる方法が無い訳ではない」
それを聞くと、黒服は笑った。
「お前、同じ手を食うほど俺は馬鹿じゃないぞ!」
「やってみろよ……とにかくいますぐ逃げろ」
早苗は頷いた。修一はこんな状況に追い詰めても自分のことを気にかけて、助けようとしてくれる直人に感動した。それと同時にとてもうしろめたい。
それを聞いた瞬間、黒服は「し……」と唱えようとした。
「逃がすかよ、お前の女とそいつは人質だよ。万が一お前と闘って負けることも想定してな。二人を逃がようとした瞬間、俺は二人を殺すぞ」
「ツ……」
とても直人は悔しがり、歯を食いしばった。
「まあそういうことだ。処刑場に入れよ」
言うことを聞くしかなかった。三人は郡山が開いたドアから部屋に入った。
「じゃあ、お願いします」
そう言って、黒服に郡山と込山は軽く頭をさげた。
「……」
動かない、黒服。
「もったいぶらないで下さいよ。さあ、はい」
「お前ら、何を期待してるんだ?」
それを聞いて、二人は目の色が変わった。
「何って、1396710番と754231番を瀕死の状態にして、その後とどめを俺達に刺させてくれるんじゃなかったんですか?」
郡山がそう言った。黒服は声高々に笑う。
「お前達には感謝してるよ。俺たちは基本、この時間は試合を観にゃならないからな。こいつが殺されるのは試合を待ちゃなきゃ見れない。こんなに早く見られるとな」
「はい?……」
「お前、いくら俺達がなるべく殺しを禁止されてるとはいえ、自分で殺せる相手にこんな手を込んだことする必要がどこにある」
「一体何を?……」
「殺し合え」
「はい?! それは約束と違う……」
「うるさい、殺すぞ」
郡山と込山はとても、大きく目を見開いた。
「そんな……」
のろい動きで直人と早苗を見据える。
「やるしかないようだな……」
込山は唾を飲み込んだ。そして郡山と頷く。
「計画が狂ったようで」
直人は微笑気味で言った。しかし、そう言った直人も余裕がない。汗だくの手を握りしめている。
「早苗、大丈夫か?」
「問題ないよ。黒服以外ならね」
「そうか……。修一は下がってろ」
修一は言う通りにした。そんな自分が情けなくて、やりきれない。
「始め!」
黒服がふざけて開始を告げる。四人は動きだした。
「疾」
まず郡山が投げる動作をした。
「疾」
早苗は爆弾が飛んでいるだろうと思われるところに風を起こす。
壁が爆破される。壁の破片が飛び交った。
「疾」
爆破からの煙幕に身を隠しながら、込山が飛び出してきた。そして直人めがけて腕を上げる。
直人は反応できない。雷遁は弱点だ。やばい! そう思ったとき、早苗がまた「疾」と唱えた。込山は吹き飛んだ。天井に背中を強打し、そのまま落下した。
「ありがとう、早苗」
「いえいえ」
込山は立ち上がってこない。死んだのか?
直人は早苗を見た。
「郡山なら俺だけでも倒せる」
「あたしでもできるよ!」
「なめられたもんだな!」
郡山は怒鳴った。直人と早苗は身構える。
「疾」
郡山はまた投げる動作をした。早苗は唱えるのが間に合わなかった。直人に向かっていく。
「疾」
当たった瞬間の少し前に直人は唱えていた。体を鋼鉄のように固くする。
「クソッ」
郡山は舌打ちした。
「疾」
早苗の呪文。郡山の周りに鋭い風が生まれ、全身から血が噴き出した。悔しがるまもなく、苦痛に悶える。
早苗はそんな郡山に静かに言った。
「あんたの道術、決して弱くないんだけどね。相手が悪かったね」
「……」
何も言えずにやがて絶命した。
「さあ、あんただけだよ!」
早苗は黒服を突き刺すように睨んだ。黒服はまたも高笑いする。
「本当に役立たたずだったな、こいつらは」
「笑っていられるのも今のうちだよ。覚悟しな」
しかし、言葉とは裏腹に早苗は余裕がない。
「まあ、しかし、いいか」
黒服はニヤリとする。
「複数人で殺し合いをするなんて、めったにお目にかかれることじゃない。それに、今からお前たちを自分の手で殺すのもそんなに悪いことではない」
それを聞いた、直人は依然として額から汗がにじみ出て続けている。
「早苗、気を付けろ。こいつは煙、毒そのものだ……」
「なんだって?!」
その質問に答える間も与えず、黒服は煙に変化する。
「疾」
黒い煙がたち上る。直人はすぐに「疾」と唱える。
部屋全体に煙が充満した。倒れていく早苗や修一。そんな中、修一は遠のく意識のなか、直人は平然と立っているを見た。
「俺は毒が利かないぞ! お前を前やった方法で封じ込める」
それを聞くと、転がっている込山の体に煙は入っていった。そして込山の体を操り立ち上がった。
「それも前の試合を観てよんでいたよ。しかしな、雷遁は苦手だろ? なんのためにこいつらを利用したと思っているんだ」
「疾」
込山の口から呪文が唱えられる。電流が込山の手に集まる。
「疾」
直人も唱える。そして身構えた。
込山が殴りかかる。直人は避ける。しかし、速い、込山のスピードではない。人のスピードを凌駕している。二度目の拳で叩きつけられたとき、直人は床に膝をつけていた。
「アアア……」
感電している。それも死ぬか死なないかギリギリの電圧をかけられている。黒服は黙って殴り続ける。
自分には何もできないのか? 二人を裏切りは窮地に追い込んだ。自分の背天数を差し出すぐらいの償いは必要だ。しかしその前に……。修一はもう消え入りそうな意識のなか、静かに唱えた。
「疾」
電撃を飛ばした。込山の体に当たる。黒服は修一に対してノーマークだったので、電撃に当たってしまった。
「う……」
口がふさがった。込山の口がふさがってしまう。
「……」
直人は顔を上げた。そして顔に驚きの色を見せて言った。
「よくやった! 修一」
修一の傍にいき、指で体をなぞって「疾」と唱える。
修一はまるで毒なんて犯されていなかったかのように、体が軽くなった。直人はすぐに早苗にも「疾」ととなえる。黒服は込山の体から出られなくなって、もがいている。
「修一、あいつの体を拘束できるか?」
「うん、やってみる。疾」
込山は身動きがとれなくなった。それを見て、直人は声高々に笑う。
「こいつは一生こいつの体から出られないんじゃないか?」
「いや、そんな訳にはいかないよ。変化の術はおそらく時間が経てば解除される。多分、体を突き破って出てくるよ」
早苗はまだ安心できていない様子だ。
「そうか……」
皆、腕組みをして考える。そんななか、早苗がこの部屋に転がっているペットボトルを発見した。
「あれは何だい?」
それを受け、修一は答える。
「元々、あの中に入っていたみたいなんだ。ペットボトルが黒かったから」
「そうか、あの中に入って連れてこられたんだな」
「一旦、あの中に入れるかい? あんたも道術を使い続けるの大変だろ? それに込山の体の中にいるよりも危険じゃないし」
込山の口に無理やりペットボトルを差し込み、そして、息を吐き出させた。すぐに蓋を閉め、黒服を閉じ込める。
「しかし、この状態にしても、一緒だよ。変化は解けるよ」
「……」
沈黙して考えていた。しばらくして直人は何かを思いついた。
「このまま殺せばいいんじゃないか? 変化の術も死んだら解除もくそもないだろ?」
「それをどうやってやるんだい?」
直人は早苗に向かってニヤッとして言った。
「まあ、見ときな」
ペットボトルを持って「疾」と言った。その後、人差し指と中指で口から底までなぞるように触る。
「何したんだい?」
「殺した」
「エッ!」
二人は驚いた。
「あんた、そんなこともできるのかい?」
「ああ。驚いた?」
「ふーん。どういう仕組み」
早苗は顎を撫でた。
「触れて、対象の体の命に関わる器官を止める。また動かすこともでき、うまくいけば蘇らせることも可能」
「おお怖! 触られたら死ぬのかい?!」
直人はニヤリとした。
「俺が怖い?!」
「いんや、あたしにそんなこと絶対しないじゃない」
二人は微笑んだ。
「あの……」
やりとりしている二人に声がかけづらかったが、修一はどうしても伝えたいことがあった。
「なんだい?」 「なんだ?」
「ごめん!」
深々と頭を下げる。
その様子を二人はじっと見る。早苗はやがて微笑んだ。
「いいよ」
「エッ!」
「俺も構わない、頭を上げてくれ」
二人は快く許してくれている。しかし、修一は頭を上げれなかった。こみ上げる、不甲斐なさと罪悪感に押しつぶされそうだ。目から大量に涙があふれ出し、雨のように床に落ちる。
「もういいよ」
優しく、直人が背中をさする。早苗も同じことをした。
「怖かったんだろ?」
直人が優しく話しかける。
「うん」
「辛かったろ?」
「うん」
「じゃあ、もういい」
「そんなんじゃ許されない。決して許されないことを俺はした」
「その気持ちがあるなら、もう十分だ」
「……」
黙って修一は聞いていた。
「でもな……」
厳しい口調に変わる直人。
「次からは許さない、顔を上げろ!」
修一は顔を上げた。
「強くなれ! 修一!」
直人と早苗の表情は厳しくも優しいものだった。涙をふいて、修一は笑った。
「ありがとう、強くなるよ!」
「うん!」
二人は頷いた。
六
闘技場の試合が終わった。皆、席をたち、自分の部屋に戻るために歩みを進める。しかし一歩も動かない二人がいた。
「直美、殺してくれ」
「うん」
静まり返った、暗い闘技場の隅に一樹と直美がいた。
「疾」
一輝はネズミになった。直美はもっていたナイフで足元にいるネズミを突き刺した。ネズミは絶命した。直美は無表情でそれを拾った。
※
「直人、同部屋になったな」
「……」
足を伸ばしながら一輝の言葉に答える。
「ああ」
「どうした?」
直人はとても怪訝そうな顔つきをした。
「お前、試合に全く出ていないだろ?」
「ああ、組まされてないからな」
「何をしてるんだ?」
「……お前には言われると思ったよ」
「やめろよ。直美ちゃんの天数上げる気か何かしらないが、背天数大事にしろよ! もっと自分を大切にしてくれ!」
「ほっといてくれ……」
その言葉にしびれを切らした直人は一輝の胸倉をつかんだ。
「俺はもう触れるだけで人を殺せる」
「離せ」
「いいから、止めると約束してくれ」
それを聞いた一樹は腕を振り払った。
「俺もお前をいつでも殺せる」
「なんだと!」
直人はもう我慢の限界だった。しかし、道術を使えなかった。そのやりきれない直人の様子を見て一輝は言った。
「いいんだ。ほっといてくれ」
「クソッ!」
その後、二人は一度も言葉を交わさなかった。
※
「直美、これで最後だ」
「うん」
「これで俺の背天数が二になり、直美は一だ。きっとうまくいく」
「うん……」
直美は泣き出した。
「本当に私なんかのために、一輝君の命を犠牲にして……」
「……背天数の一つや二つ問題ないよ。それに命を犠牲にしてなんかない。俺はきっと天数を達成して、自由の身になるから心配いらない」
「一輝君、一になるんだよ! 一の怖さしらないから!」
一輝は取り乱している直美の両肩を持って言った。
「大丈夫、きっと大丈夫だから」
一輝の目に押されて、直美は落ち着いた。
「じゃあ、やるぞ」
「……一輝君」
「まだ何か?」
「迎えに来てくれる?」
「うん、きっと」
最後の一輝の笑顔はすがすがしさを感じ取れるものだった。直美はその笑顔で決心がついた。
「疾」
直美はナイフでネズミを突き刺した。
直美はネズミの死骸を持って、いつものように焼却室に向かう。だいたい黒服が来る時間帯は分かっていた。闘技場での闘いが終わってすぐは死体を運びに来る。それが終わるとしばらくは部屋には出入りはなくなる。しかし、その時間帯は自由時間が終わるギリギリだった。
直美はゆっくりと焼却室のドアを開け、そして確認する。
誰もいない……。頷いて、山積みになっている死体の下にネズミを隠した。そして早足でその場から立ち去った。
一輝は目を覚ました。生い茂る木々や草々。土の感触、そして太陽の眩しいばかりの光。もう慣れたものだ。何度も来ている。
しばらくして、黒服が現れる。
座っていた一輝は立ち上がった。ドアの近くにいき、バーコードをスキャンされる。
「お前、試合も無いのにしょっちゅうここに来ているが、何してるんだ?」
一輝はフンッと鼻息を鳴らす。
「だんまりか? まあ、お前に良い情報を教えてやろう」
「なんだ?」
「629417番の天数は十だ。お前が哀れに死んでいっても、何も解決しない」
「……」
何も話さない一輝。薄ら笑いをしている黒服。無言のまま二の部屋に連れていかれた。
「入れ!」
一輝言われるがまま部屋に入り、壁にもたれかかった。ドアが閉まり、一人きりになった。
―――この部屋の隣に直美がいる……―――
消灯時間が来て一輝はトントンと壁を叩く。トントンと返ってくる。
一輝は計画を進めるため、呪文を唱える。
「疾」
シロアリになった。壁を顎で必死に噛み切る。
次の日、一の部屋を開けた黒服が頭を掻いた。
「おい! タンカを持ってこい!」
他の黒服に呼びかける。
「なんだ? 何があったんだ?」
「629417番が首を吊って死んだよ」
「アッ!?」
ここの他の者も自殺というのは、決して慣れてはいない。場は騒然となり一の部屋に集まった。
「直美が死んだって?!」
取り乱している直美の友達たちが、部屋に駆けつける。
「おい! 邪魔をするな! 殺すぞ」
黒服が人払いをした。そんなとき、黒服は一輝を発見した。
一輝は二の部屋の前で立ち尽くしていた。
「一体、何が……」
黒服は一輝に近づく。
「629417番は死んだよ。お前も自殺を考える前に、背天数は大事にするこったな」
「そんな……」
顔面蒼白な顔の一輝がいた。
やがてタンカが運ばれてくる。
「おい! 一応、バーコードをスキャンしろ」
「ああ」
「629417番。背天数、ゼロだよ」
「ああ、そうか、なら頼んだ」
タンカで焼却室まで運び、直美をゴミを捨てるように、放り投げる。
「馬鹿な奴だ」
そう最後に言い残し、焼却室を出た。
しばらくして、誰もいない焼却室に一輝が現れた。そして直美の死体を探す。
「ごめんね、一輝君。きっと逃げて見せるから」
一輝は直美が変化したものだった。直美の変化の術は過去に触ったものなら、変化できる。それではかなり変化できるものは限られてくるが、一輝に変化すること可能だった。
これはとても単純な計画だ。しかし、自ら背天数を下げる奴はいない。ましてや、自殺をする奴なんて過去にはいなかった。その黒服が持っている先入観を利用したのだ。
二人も時間が経てばバレることは分かっていた。第一に一輝が蘇る。そのときは確実に明るみに出るだろう。欲しいのはそれまでの時間だった。生き返るのに時間がかかるのは知っているため、それまで直美が死んだものとしてノーマークにされる。その間にここ、焼却室から逃げる作戦だ。
直美は唱える。
「疾」
モグラになった。焼却室には床は無く土になっている。限られた情報の中で脱出する方法は他になかった。
唾を飲み込んで土に腕を差し込んだとき、何者かがドアを開く音がした。直美はハッと振り向く。
ここはいつも太陽が出てるな。
一輝は目を覚ました。そしてここで大きな伸びをした。気持ちが良い。しかし直美はちゃんと脱出出来ただろうか? 周りを見渡す。草々が揺らいでいる。手にある感触はこの真上にある、この木の根だろう。見上げた。木漏れ日がとても美しい。
きっと大丈夫だ。
そう思って立ち上がる。するとドアが開く音がする。タイミングが良すぎるし早すぎる。黒服か? 発覚するのが早すぎると直美が逃げられる時間が短くなってしまう。自分の生き返る時間次第だが……。
そんな思索をめぐらせていると、一輝は目を疑ってしまう。
「お前は……」
「何を驚いているんだい?」
妲己が立っていた。本来、黒服がやる仕事を妲己がする必要などどこにも無い。
何故だ? 一輝が硬直していると妲己は言った。
「私が来ているのが不思議な顔をしているね?」
「ああ」
「私は部下達と違って馬鹿ではないんだよ。部下は馬鹿すぎる。全員、罰を与えたが、お前には関係ないか?」
「何を言っている?」
「道術で変化できる奴が二人もいて、こんな事態を招いた。これからは対策たてないとな。まあ、未然に防げたから良いが」
「だから一体何を言っているんだ?!」
一輝は分かっていた。計画が失敗したこと。そしてそれは何を意味しているかを。
「あんたも馬鹿な奴だね! 持ってこい!」
そう言って、中にいる黒服達に呼びかけた。
黒服達は見るも無残な姿で殺されている直美を外に投げ捨てた。
「直美―――!」
直美の傍に駆け寄り、喉がさけるぐらい叫んだ。脈を見る。無駄だった。直美は死んだ。止めどない涙が頬に流れる。
直美はもう生き返らない。背天数が無い。誰のせいでこうなった? 自分だ。自分のせいでこうなった。一輝は理性では自責の念に駆られていた。しかし、感性から直美がいなくなったことによる深い悲しみが体中にこみ上げていた。
妲己は高笑いする。
「これは傑作だ。来てよかった。殺ってよかった」
黒服達は手を叩いている。そんな様子を一輝は気に留めなかった。
「さてと、こいつの処遇だが……」
妲己は一輝を見た。
「おい! 殺ったのは誰だ?」
「あ?」
「殺ったのは誰だと聞いている」
妲己はほくそ笑んだ。
「私だよ。その女が焼却室でモグラに変化しているところを捕縛して、殺した」
「お前だな……」
「お前、元人間が、あたしらに勝てるとでも」
「死んで、償え」
妲己は大笑いした。
「これだから面白い、人間という生き物は」
「妲己様……」
「お前らは手出しするな。面白い、コイツをこらしめてやるよ」
「笑っていられるのも今のうちだ」
「疾」
白熊に一輝は変化した。陸上で一番強い動物はと、一輝も考えたことが何度かあった。ライオンや虎に変化するたびに何か違うと思っていた。確かにそれはケースバイケースである。しかし、現状況において、白熊に化けたことは正解だと感じていた。単純に大きさだけなら他の肉食動物は及ぶことはない。それに間違いなく強い。
「白熊ね、あたしも動物の妖怪なんだよ。見せてやろうか?」
妲己は鼻をポリポリ掻いて、唱えた。
「疾」
大きな狐。全身炎で焼かれていて、尻尾が九本ある。直人に話を聞いていたが、本当にこんな迫力とは……。一輝は気圧されていなかった。
大きな尻尾を一輝目がけて振った。草々や木々は焼け、地面がえぐれる。一輝は逃げた。焼かれる。焼かれたら、どうやら道術は使えなくなってしまうらしい。
「疾」
すぐに変化させた。白熊からライオン。
俊敏性を考えたら虎よりもライオンの方が優れている。そして飛び上がった。
一撃目は避けることができた。二回目、妲己は尻尾を戻そうと振った。飛び上がる。
息を荒あげる一輝。
また、尻尾を振って攻撃する。そのとき気づいた。
このクソ狐、尻尾を振った後、動きが止まるぞ。
防戦一方だった一輝は勝てる方法を模索しながら闘っている。それはこれまで、リングに立ってきた経験からえた力だった。
尻尾を避けた後、一輝は突進した。それがほんの少ししか可能性がない根拠だったとしても。自分の攻撃が相手にどれだけの効果があるか分からなくても……。その数パーセントに賭けるしかなかった。
スルッと妲己は避けた。そして、その後「疾」と言い、炎を口から放ち一輝を焼いた。
一輝はどんどん人間の姿にもどっていく。熱い。熱い。生きているのが不思議なくらいだ。
「一体、何故って顔もしてないか? お前に希望を与えたんだよ。お前達、特にお前は考えながら闘うからな」
「……」
「滑稽だったよ。あたしが軽々しく避けたときのお前の顔はな」
黒服達は大笑いした。
「おっと、そんな状態になっても、まだ闘うかい?」
一輝は立っていた。負けられない。負けるものか! 真黒な体を確認しても足が動くことは分かった。それで十分だ。
「疾」
「フッ。何もできないことが分かっていても唱えるかい?」
「クソ野郎」
「疾」
妲己が炎を吐いた。足がなくなる。一輝はひたすら唱えた。
「疾 疾 疾 疾 疾 疾」
「もう、耳障りだ、黙らせてやろう。疾」
俺は死んだのか……。ここが死後か? 生死の間をさまよわせるような、痛みを感じ続けたが、もう何もなくなった。ドアが開く音がする。ここに誰か入ってきた。
「入れ!」
なんだ、また戻ってきたのか? 直美も救ってやれず、敵も討てなかったのに、俺はまだ生き続けるのか? まあいい。このままでいればやがて死ぬ。
「あれはなんだい?」
「なんだろう?」
「直人、これ人だよ」
直人?……。
「誰だ? まさか一輝か?!」
誰かが自分の名前を呼んでいる。
「分からない。治せるかい?」
治せる?……
「治せるよ。どんな状態でも。やってみるよ。疾」
七
みるみる黒こげた者が一輝の体になっていく。焦げ落ちた腕が再生し、どんどん黒い肌の色も元の色を取り戻していく。
一輝はしばらく呆然としていた。何が起こったか分からない様子だ。
「直人、あんた本当にすごいね。ここまでいくと気持ち悪いよ」
「早苗、そんなこと言うと怪我しても治さないよ」
「冗談だって」
一輝は名前を聞いて、ハッとしたように起き上がった。
「直人、早苗……」
「無理をするな。まだ寝てろ」
直人が一輝に言った。
「直人、早苗、なんでお前達がこの部屋にいるんだ?」
早苗が頭を掻いた。
「そんだけ、死んでるんだよ」
「は? お前達が簡単に死ぬ訳ないだろ?」
「……対戦相手は見たことが無い奴等ばかり。ここで強い奴はだいたい分かるのに、それ以外ってことは、おそらく黒服と闘わされている」
直人は静かに説明する。
「そんな……」
「ここに生きる者を神にする気なんてないんだよ。強い者は最終的に背天数を下げさせ、この世界から抹殺する気なんだ。あんたも知ってたんじゃないかい?」
「ああ、そうか」
一輝はひどく動揺している。
「それでも凄いよ、直人は何回か勝ってる」
「どれくらい時間が経った!」
一輝は目を見開いた。
「そんなに時間は経ってないよ。あんたがいなくなって十日ぐらいじゃないかい?」
「そうか……」
一輝は息を荒あげている。直人は屈んだ。上半身だけ起きている一輝の視線に合わせる。
「一輝、何があった?」
「……俺は、俺はみじめにも生き残ってしまった。死にたかった」
大粒の涙を流しながらうなだれてしまった。
直人と早苗は顔を見合わせ、直人は言った。
「時間が必要だね」
一晩あけて、次の日の朝。アナウンスとともに、三人は目を覚ました。どんなことがあってもアナウンスで目を覚ます。これは寝込みを襲われないために身に着けた習性だった。一輝も目を覚ます。バーコードを読み取りにくる黒服に肩を出し、スキャンさせた。一輝をスキャンしているとき、黒服は終始笑いをこらえているように思えた。
「一輝、朝食食べに行くよ!」
早苗が一輝に呼びかける。
「食う気にならない。二人で行ってくれ」
直人と早苗が顔を見合わせた。
「何言ってるんだい! あんた。食わなきゃ元気でないよ」
「元気なんていらない……」
「あーめんどくさいね」
早苗は頭を掻いて言った。
「殺すよ」
直人にも背筋を凍る思いをした。
「はい」
早苗はニタッと笑った。
「よろしい」
「朝食は持ってくるわ。一輝、座ってろよ」
直人と早苗は列に並んだ。
「何があったかはだいたい見当はつく……」
「あたしも分かるよ」
コクリと早苗は頷く。
「でも、本人の口から言ってもらうのを待とうか」
直人は一輝の大好きなうどんを持ってきて、一早苗とともに輝の前に座った。
「食えよ、一輝」
「ああ……」
ゆっくりと一輝は麺をすすった。その姿を見て二人は少し胸をなで下ろした。二人は唐揚げを箸で持ち上げた。
一の部屋に戻っても一輝はまだ、沈黙したままだった。
やがて自由時間が来る。修一が部屋に入ってきた。
「直人、早苗、あれ?……もしかして一輝さん?」
「そうだよ」
早苗がぼそりと言った。
「何か訳ありげだね。戻ろうか?」
修一は雰囲気を見て、帰ろうとした。
「いいよ。別に」
早苗はまだ引きずっといる一輝にしびれを切らした。
「あんたに何があったか、知らないけど。そんな様子だと直美ちゃんも浮かばれないよ!」
「おい、早苗、言い過ぎじゃ……」
「そうかもしれないな……」
一輝はその言葉に感情的に反応しなかった。うつろな目で見る。
「分かった、直人、早苗。話すよ」
「俺は……」
修一が確認する。
「いいよ。いてくれ」
それから一輝は自分たちに何があったか、静かに話し始めた。しだいに感情があふれ出し、止まらなくなった。全てを言い終わった後、再びうつむいた。その姿は絶望と虚無感を物語っていた。
「顔を上げな、一輝」
直人の言葉に一輝は顔を上げた。
「要は妲己とかいう、クソ狐をやっつけたらいいんだろ?」
「何を言い出すんだ?! 絶対に無理だ!」
「妲己の恐ろしさを俺も知っている。闘って勝てる相手ではない。しかしな。俺達は背天数が一だ。おそらく、早かれ遅かれ妲己と闘うことになる」
「何故、そう言い切れる?」
「俺たちが強いからだ。確実に背天数を下げにかかるだろう」
早苗と直人はコクリと頷いた。
「あの……」
修一が手をあげた。
「その前に脱出してみたら?」
「それも無理だ!」
一輝は否定した。
「考えようよ。どうせ、ここにいる皆は消される運命にあるんだし、何か……」
一輝以外は腕組みして考えた。
「お前達、何を……」
「おい! 覚悟を決めな。あんた!」
早苗が後ろ向きな一輝にドスの利いた声で話す。
「あたし達は現状、妲己と闘うか? 脱出するか? の二択しかない。脱出の方がまだ生存する可能性はあるんだ。幸運にも妲己はあんたの殺さなかった、最後の命は大事にしな」
早苗に圧倒され。一輝はゴクリと唾を飲み込んだ。
「しかし、どうやって?」
「一輝、お前、モグラになれるんだろ?」
直人が一輝に言った。
「ああ」
「大きさは大きくできるのか?」
「小さな動物を大きくする場合、俺の変化では自分の体以上は大きくできない」
「つまりは大きなモグラになれるんだな」
「まあな」
「つまりは全員が焼却室から逃げられる可能性もあるということか……」
「……」
三人は話し合っている。一輝は中に入るわけでもなく、ボーっとしていた。一輝はふと部屋の隅に置いてある黒い物を発見する。
「おい、来たときから、気になっていたんだが、あの黒いのなんだ?」
直人は部屋に置いてある、ペットボトルを見た。
「でかしたぞ! 一輝。それに気が付かなかった!」
「なんだ?」
「聞いてくれ……」
直人の話した案に皆、驚愕した。
「それはすごい!」 「あんた、すごいじゃないかい!」
皆、今、思いついたにしては、出来過ぎている計画に驚嘆している。
「つまりは俺の雷遁を使えばいいわけだな」
そう言った、修一。
「やろうよ! きっとうまくいくよ!」
賛同する早苗。
「この案は一輝が不可欠だ。最後に確認だ。やるか?」
「やるよ」
迷っていた一輝もついに覚悟を決めたようだ。目に決意を宿らせている。その目を見て、三人は頷いた。
「最後に言っておく、早苗、おそらく脱出するときは焼却室に炎があがったときの方がいい。あれがこの世から完全に消し去る役目がある。その後からなら、追手が来ない可能性が高い。風遁を使って炎をはねてくれ」
「分かったよ。あたしにも役割があるってことだね」
早苗はどこか遠い目をした。
「直美ちゃんのことがあって、分かったことだね。きっと、あんたの幸せを直美ちゃんは願っているよ……」
直人はペットボトルを持ってきて人差し指と中指を立て、なぞるように「疾」「疾」と言った。
「本当に上手くいくのかい? あんた次第だよ」
「蘇らせることは初めてだからな、でもうまくいったよ」
四人はじっとペットボトルを凝視する。やがて、黒服はペットボトルを突き破って現れた。
直人以外の三人は身構えた。
「大丈夫だよ。二つ目の疾で仮死状態にしてある」
「といっても、生きているのは不気味だね」
早苗はそう漏らした。
「それは俺を信用してくれ」
「分かったよ」
三人はゴクリと唾を飲み込んだ。一輝は手のひらのバーコードを確認する。
「変化できそうか?」
「問題ない」
煙に黒服に変化した一輝は昼の自由時間に、警備している一人の黒服に近づいた。
「お前、どうしてたんだ? 探していたんだぞ」
「悪い、外出してたんだ」
この外出という言葉は賭けだった。外出ができる。それは外の世界が存在していることを確認することにつながる。ただし、外の世界がそもそもあるのか? そしてそれがあったとして、黒服はそれが許されているのか? この質問には二つのことがあることが必要条件である。しかし、これぐらいの賭けは必要だった。第一に脱出するにしても、情報量が少なすぎる。少しでも情報を得ておきたかったこと。第二に自分たちは脱出しようとしているのだ。多少の危険な道をくぐらないと達成することなんてできない。
「お前、勝手に外出してたのか?」
驚いた顔をしている。一輝は不味いと思った。しかし外の世界はある。それだけの情報はこの言葉で分かる。
「妲己様に報告しなければな。始末書は覚悟しておけ」
「ああ」
「ついて来い」
どうやらうまくいったようだ。黒服が背中を向けたとき、安堵の息をつく。
しかし、これで一つの関門をクリアーした。煙の黒服は生きている。黒服達にそれの共通認識が必要だったからだ。まして、ここの頭の妲己ならなおさら必要である。
闘技場に行く。そして、リングの上の行くドアの前に立った。
「それにしてもお前、いつから外出したんだ」
「……覚えてないな。一か月前ぐらいか」
「そうか、早くしろよ」
黒服がバーコードをスキャンさせるように求めている。一輝の変化の術はとても精巧にできている。それには第一段階に見ること。その目で見たものは動き、容貌、それを忠実に再現できる。しかし、見ることの限界は体の内部の構造までは再現できない。
バーコードを通るためには第二段階が必要になる。それは触れること。それによりそのものをかなり正確に変化できる。また、そこまでしたものには大きさも操作できる。しかし、それは自分より小さなものは自分の体までが限界だった。
一輝はバーコードをスキャンした。通った。少し緊張状態が緩んだ。しかし、気を抜ける訳がない。
「上がろう」
黒服はそう言って、一輝と一緒に階段を上った。黒服は上りきりドアを開いた。
「なんだい、こんな時間に」
妲己が開いたドアを見た。他の黒服達の視線が一輝に集まる。
こいつは許さない……。一輝は唇をかみしめて耐えた。
「あんた、どこ行ってたんだ?」
ハッとした。自分の感情に従ってはいけない。捨てろ。
「外出してました」
「そうかい。許可書は出してないんだが」
「はい。すみません。勝手に」
妲己は椅子から立ち上がり、一輝の周りをまわった。
「変化しているようには見えない」
「はい?」
「いや、色々あってね。まあ、あんたに変化できたとしたら、生きているあんたが見られ、触られることだが、そんなことあんたがさせる訳ないし、闘ったら煙になって相手も死ぬだろうし……」
冷汗をかく思いがした。自分の道術を完全に理解されている。
「分かった。変な憶測は捨てるよ」
「はい。ありがとうございます」
「あんた、明日、始末書書いて持ってくるように」
「はい」
「それと今日は食堂の警備も頼むよ。行きな」
「はい!」
一輝は返事をして、部屋から出た。
一輝が一の部屋に戻るのを直人と早苗と修一は待っていた。一輝が入ってきた。
「うまくいったか?」
直人が一輝に質問する。
「ああ!」
「よくやった!」
三人は計画を実行する、大きな関門をクリアーしたことの喜びに浸る。
「冷汗ものだったよ。やはり変化しているか? 疑いをかけられた」
「そうか」
直人は申し訳なさそうな顔をした。
「それと、何か分かったか?」
「黒服達はなにかしらの方法で外に定期的に出ているようだ」
「つまりはこの世界には外があるんだな」
直人の問いに一輝は頷く。
「そうだ。ここから出ても、外の世界があることは間違いないようだ」
「そうか」
三人は安堵の息をつく。
一輝は横たわっている黒服を見た。
「後、こいつは食堂の警備をするように言われた」
それを聞いて、直人は少しばかり思考した。
「それはできることじゃないな。しかし問題ないんじゃないか? 勝手に外出したような奴だ。おそらく、疑問視されるほどのことじゃない」
「そうかもな」
一輝は答えた。
「まあ、とにもかくにも準備は整ったな」
直人は部屋にいる三人に向かって言う。
「後は朝を待つばかり。修一、もう部屋に戻ってくれ」
「ああ、明日は任せてくれ! 確実に遂行してみせる」
「頼んだぞ」
「おう!」
そう言って、部屋から出ようとする修一に直人は言った。
「強くなったな、修一……」
修一は照れた顔をした。
「ありがとう」
アナウンスが鳴る。起床時間だ。黒服の足音が部屋に響く。直人と早苗は一輝を見る。
「頼む、一輝」
直人の言葉に一輝は頷く。
「疾」
黒い煙に変化した。煙は部屋中に広がった。黒服はドアを強くノックする。
「おい、お前何をしているんだ?」
ドアの隙間から煙が少し漏れているのを確認した。しかし、黒服はドアを開けようとしない。ドアの鍵は開いていた、ノブを回すと入れる。しかし、それをしようとしない。煙が毒だと知っているからだ。
しばらくすると、煙がドアの隙間から漏れなくなったのを確認する。
「おい! 返事しろ!」
黒服は確認する。
一輝の変化が解けた。一輝は直人に頼む。
「任せた」
直人は二人の目に応えるように頷く。
「疾 疾」
二人を仮死状態にする。そして最後に自分を「疾」と唱えて仮死状態にした。
部屋からは何も音がしなくなった。ドアの外にいる黒服は不思議に思う。
「何が起こったんですか?」
修一が黒服に話しかけた。
「俺達の一人が中にいる奴等を殺したみたいだ」
「開けないんですか?」
「煙が出てたろ、毒なんだ」
「もう出ていないですが」
「分かった、変化が解けたんだと思う。入ってみるよ……」
ドアを開けた黒服は叫んだ。同時に修一は唱える。
「おい!」 「疾」
真下に打ち込んだ、修一の電撃は床をたどって、倒れている煙の黒服に届く。中に飛び込んだ黒服はそれに気が付かず、そのまま煙の黒服に駆け寄る。
「どうしたんだ? 何故、倒れている」
「ああ、すまない。こいつらを殺す前に754231番に怪我を負わされた」
そう言って、するどい刃物で切られたような片腕を見せる。
「動くか?」
「問題ない」
腕を振った。
煙の黒服は今、修一に動かされている。修一の道術の強くなっており、電撃を遠くに飛ばせること、そして食らった者は修一の意思どおり言動、行動ともに自由に操れるようになっていた。
「タンカを持ってきてくれ」
そう煙の黒服は修一に操られて言う。
「分かった。おい! タンカを三つ持ってきてくれ!」
外にいる黒服に伝える。
「お前、勝手に外出するし、勝手に殺しやがって。知らねーぞ。どうなっても」
「こいつらには恨みがあるんでな」
「そうか。しかし罰があるだろう」
「ところでスキャンしていいか?」
「ああ、確認か?」
「確実に死んだか確かめたい」
黒服達が部屋のドアの周りに集まってきていた。
「借りていいか?」
黒服はもともとスキャンしに来ている。読み取る機械は持ってきていた。
「ああ」
「754231番、天数五、背天数ゼロ。543712番、天数五、背天数、ゼロ。そして、1396710番、天数一、背天数ゼロだ」
「ああ、番号も天数も間違いない。そして確実に死んでいるな」
やがてタンカが来て、三人は焼却室に運ばれて行く。煙の黒服はついて行った。
「お前、どうするんだ?」
「もう少し痛めつけたいんだ」
「お前、目に余るぞ。始末書どころじゃすまないかもな」
「まあ、いいさ」
焼却室から他の黒服が出て行った。
煙の黒服は魂が抜けたようにその場で倒れた。
しばらくして修一が中に入ってきた。
「疾! 疾! 疾!」
三人を電気ショックで心臓を動かした。
八
大きく息を吐き出し、直人は起き上がった。他の二人も上体を起こす。
「うまくいったな」
一輝の近くに行き、言った。早苗と修一も集まる。
「しかしこれからだ……」
三人とも喜んでいたが、一輝は緊張を解いてはいなかった。
「今、こうしていることも決して良いことではない。死んだふりをするんだ。炎が立ち上るまで待っておこう」
「あたしが炎を風で避けるまで安心できないってことだね」
「そうだ。それに無事脱出するまで気が抜けることはない」
「分かったよ」
早苗は頷いた。
「俺はここでお別れだね」
修一は悲しい顔をした。
「すまない。修一、協力してもらったのに……」
直人は修一に頭を下げる。
「いいよ。三人の助けになれて、本当にうれしいよ」
「そうか」
「俺も絶対に助かってみせるよ。それこそ妲己を倒せるぐらいになって」
「うん」
直人、早苗、一輝は綺麗な笑顔で修一を見た。
「じゃあ」
修一は出て行くとき我慢ができなくて、涙を拭いていた。
「……精神面は変わらないね」
早苗はそう言った。
「そうだな。でも修一ならきっと大丈夫だよ」
直人は出て行った先を見た。
「うん」
一輝と早苗は頷く。
「黒服が来るかもしれない、そろそろ死んだふりをしとこう」
「もしも、脈を見られていたら? 分かっているな、直人」
「ああ、全員仮死にするよ。そして何分後かに起きるようにする」
「任せたぞ」
三人は死んだふりをし続けた。やがて、炎が立ち上った。
「早苗頼む!」
「疾」
三人が集まっているところだけ炎が立ち上らない。早苗はあまりにも熱い温度から額に汗が噴き出し、それを拭く。
「一輝、頼んだよ」
一輝は頷く。
「疾」
モグラになった。土に前足をつけて掘り出した。
「人がギリギリくぐれる穴しか掘れない、はぐれないようについて来てくれ」
直人も一輝が入った穴に入った。
「早苗も早く」
直人の靴に早苗の手があたった。ついて来ている。頷き、そして一輝の後に続く。
何時間経過しただろうか。真っ暗だ。何も見えない。土が全身にのしかかっているイメージ。何度も土を噛んだ。息を吐き出し、土を口から追い出す。どこまで続くのだろうか? どこに向かっているのだろうか? 誰も答えを知らない。しかし、この暗闇を怖がってはいけない。必ず光は差すだろう。
やがて土が柔らかくなっているのに気がつく。なんだが、冷たかった土もほんのり温かいと感じるようになった。前にいる一輝が上昇する。直人も上へと腕を手繰り寄せる。
地面が盛りあがり、突き破られた。光が差し込んで、乱反射するように見えた。
地上だ。地上に出られた。
一輝が出て、直人も急いで出る。
「直人、出られたな外に……」
一輝は外の景色を見て、感涙している。
「ああ、ここが外か……」
広がっていた。そこには大草原が広がっていた。太陽が照りつけ、熱いぐらいだ。風がビューっと吹き込んだ。何年も肌に無かった感覚だった。茶色い手をかざして、太陽を見る。
―――美しい……―――
こんなにも外は美しい。自然と目から涙がこぼれ落ちる。
「早苗も早く出てこいよ」
早苗に視線を落とした瞬間、穴から手が伸び、足首を強く握りしめられた。
「なんだ?」
穴から人が出てくる。しかし、それは早苗では無かった。
妲己が、ニヤリとして出てきた。
※
直人と一輝は目を疑い、現実を受け止められない。妲己は大笑いした。
「その失望した顔が見たかった。猿芝居に付き合ってよかった」
「どういうことだ! いつ早苗と入れ替わった」
直人は叫んだ。妲己は嘲笑をこめた細い目で見た。
「焼却室で炎が燃えているときだよ。穴に入る前に754231番と入れ替わった」
確かにあのとき、直人は早苗よりも早く穴に入ったため確認していない。もっと警戒するべきだったと悔やむ。
「あのとき、人の出入りはなかったどうやって?」
また高笑いする。
「あんた達の浅はかな計画はすでに分かっていた。先に死体に紛れていただけのこと。それにあの炎はあたしの炎だからね」
「いつからだ? いつから気付いていた?」
今度は一輝が問い詰める。
「あんたが煙に化けていたときからだよ。もう、気づいていたさ」
最初から最後までバレていたのさ。
「クソッ! 疾」
直人が人差し指と中指を立てた。
そして闘おうとすると、妲己が「疾」と唱えた。
妲己は攻撃した訳でも、防御した訳ではなかった。しかし、殺そうとした直人は動きが止まってしまった。
早苗の姿をした妲己が立っていた。
「この娘がどうなってもいいのかい?」
「……」
「何故、お前は変化の術がつかえる」
「543712番が生きているからさ」
「は?!」
「疾」
妲己は人差し指と中指を立てて、外の空気を指にグルグルと巻いた。
「これは早苗の術……」
二人は硬直する。
「私は私の炎に焼かれた者の道術を一時的に奪い取ることができる。その証拠に543712番、何もできないだろ?」
「疾!」
一輝はやけくそになって唱えた。しかし、何も起こらなかった。
「疾、疾、疾!」
唱え続ける一輝。妲己はその姿を見て、ため息をついた。
「疾」
妲己が変化の術を解いた。
「し……」
一輝が唱えようとしたとき、妲己は言った。
「あんたに最後のチャンスをやるよ。一度だ。一度あんたのヘボい術を返してやる。変化する物をよーく考えな」
「……」
一輝の唇が止まった。元に戻った妲己を睨みつけ。衝動を抑える。
「……直人、話がある」
「なんだ?」
「最後のお別れでも言うのかい?!」
笑いをこらえきられていない妲己を横目に一輝は直人の傍にいった。
「頼みがある」
「なんだ?」
「俺はお前に変化するつもりだ」
「え?」
直人は一輝の試みを理解した。体が硬直してしまう。
「直人!」
一輝が真剣な目で訴える。直人は固唾を通した。
「……直人、お前を一目見たときから、俺はお前に期待していたのかもしれない。お前は強い。そしてこのクソッたれの世界を変えられる存在だと、どこかで信じていた……」
「何を言い出すんだ? 俺はお前に何度も助けられたからここに存在している。俺は強くなんてないよ」
一輝は微笑んだ。
「お前は強いよ。だから今までお前を信じることができた」
直人はそれを聞くとうつむいた。
「そして最後だ。救ってくれ! 俺たちは人間だ。あんなクソッたれの妖怪どもに負ける訳ない!」
「ああ」
直人はそれを聞いて、迷いがふっきれた。
「いい顔だ。……疾」
一輝は直人に変化した。妲己は余裕を見せている。
「良い判断だ。そうくるかい? しかし、どっちが543712番か分かっちゃ、面白くない。一瞬、目を背けてやるよ」
そう言った妲己は後ろを向いた。なめられている。一輝は歯をくいしばっている。しかし、最後だ。妲己をこれで倒せれば、もう怒りや悲しみに支配されることはなくなる。
直人の気持ちが通じたのか、一輝は怒りをどうにか抑えることができて、数回、位置を入れ替えた。
「もういいぞ!」
一輝の言葉に妲己は振り向いた。
「そうかい? もっと時間かけてもいいんだぞ」
「お前のその余裕が徒となる。お前はこれで終わりだよ」
「御託はいい、かかってきな」
二人は一斉に駆けだした。そして人差し指と中指を立てて妲己の傍にいく。
同時に「疾」と言ったとき、直人は妲己が動こいていないことに気付く。違和感がありながら、後少しで妲己に触れるまで距離を縮めた瞬間、直人は目を疑った。変化が解けた一輝の姿があった。
「疾」
炎が立ち上り、一輝は焼かれた。
「馬鹿だね、あたしの言葉を信じるなんて」
「貴様……」
一輝の断末魔が聞こえる。直人は立ち尽くしてしまっていた。
「これまで何度もお前には楽しませてもらったが、もう飽きた。消えな」
火力が上がり、完全に直人をこの世から消し去った。
「お前はどうする?」
妲己が直人の方に振り向いた。怒りでどうにかなりそうだった。燃えあがっている炎の暑さがそれを助長する。しかし、何もできない自分がいた。そんな直人の表情を見て、妲己は言った。
「良い判断だ。1396710番」
「クソッ……」
「褒美に754231番に会わせてやるよ」
高笑いする妲己に直人は従うしかなかった。
※
早苗はここに連れて来られるだろう、直人を待っていた。焼却室には沢山の黒服が見張っている。そしてここに戻って来る、妲己と直人を待っているのだ。
ドアが開く、黒服達の注目が集まった。直人と妲己が入ってくる。
「早苗!」
いの一番に早苗を見つけた直人が安堵の息をつく。
「……」
喉から言葉が出かかった。しかし、早苗はそれを押し戻した。
直人がすぐそばに駆け寄る。
「疾」
早苗の体にあった火傷を治す。
「……」
何も話さない、早苗。
「早苗、お前が無事だったことで、俺は……」
「おしゃべりはそのぐらいにしといてくれないか?!」
妲己が二人に言った。
「あ?!」
直人は感情的になっている。
「早苗が無事だったら、もうお前に用はない。覚悟しな!」
「まあ、まあ、落ち着きなよ。1396710番」
睨み続けて目を離さない直人。妲己は何か黒服に命令した。黒服はタンカに人の死体を運んできた。
「こいつをこのままにするか? 完全に焼いて、復活させるかはあたし次第だ」
そこには修一の死体があった。
「……クソ野郎が! 殺してやるよ!」
直人は叫んだ。
「私はお前たちが神になろうが、消えようがほんとはどうだっていい。ただしな。人間には私達妖怪が持ち合わせていない感情というものを持ち合わせている。絶望だったり、愛情だったり、それはよく分からない。しかし、とても愉快でな。それを堪能したいだけなんだよ」
「だからなんだ?」
「お前達には今から殺し合ってもらう」
直人はわざと声をたてて笑った。
「そんなことする訳ないじゃないか? 妖怪どもは感情だけでなく、思考能力も欠落しているとはな。お前達は早苗と俺に殺されて終わりだよ」
それを聞いて、早苗は立ち上がった。
「武器を貸しな」
「は? 早苗、何を言っているんだ?」
直人は理解できていない様子だ。
「どうせ、あたしの道術を盗っている状態なんだろ?」
「よくお分かりで」
妲己は黒服に命令して、早苗に槍を貸させた。
何も言わずに早苗は槍で突く、直人はとっさに避けた。
「何をしているんだ?! 早苗?」
「あんたに妲己は勝ってこないよ」
「やってみなきゃ分からないだろ?!」
無言で、突く。
「今度は殺す気で突く」
「何をしてるんだ? 早苗、もしかして操られているのか?」
「いいや、あたしは正常だよ」
避け続けた。直人は避け続けた。しかし、早苗の猛攻に何もしないのは状態が続くのは危険だった。
―――早くしてくれ、あたしの精神がもたない……―――
「もう覚悟を決めな。あたしはあんたをこの手で殺して、赦してもらう」
「本気で言ってるのか? 早苗?!」
「ああ、あたしは本気だ」
早苗は槍をどんどん、繰り出す。
やがて直人を壁際まで追い込む、今まで以上に強く槍で突いた。紙一重で避ける直人。直人は微笑んだ。
「俺は早苗を殺せない」
「ああ、あんたはあたしを殺せないだろうな」
直人はどこか清々しい表情をしていた。
「でも、早苗も俺を殺せないんだろ?」
「何故だ?」
「もう、とっくに死んでるよ。早苗が本当に殺す気なら。避けられるように突いている」
「そんなこと……」
―――もういいよ。決心がにぶりそうだ。それ以上言葉を続けないでくれ……―――
「早苗、幸せになってくれ……疾」
―――あんたがそう言うの、ずっと待っていたよ……直人、生きてくれ、あんたこそ、幸せに……―――
早苗は槍を捨てて、直人の腕を取った。そして、人差し指と中指を自分の体に触れさせて、世界は黒く染まった。
※
「早苗!! 何故!?」
直人は叫んだ。しかし、返事は返ってこない。返ってくる訳がない。自分が殺したのだから……。大粒の涙が流れ、涙に血が入っているように感じた。
―――早苗を誰よりも愛していた。早苗がいないこんな世界に意味は無い……。なのに何故? 何故? 早苗……―――
早苗が何故こんなことをしたのか? 分からないほど直人は馬鹿では無かった。
分かっている。自分の天数が一だったこと。自分を救うために早苗は最初から……。それに気が付かなかった直人は悔やんでの悔やみきることはない。自分はただ、早苗を救いたかった。ただそれだけだったはず。
「おい! これでお前の周りは屍だけが残ったな」
そう妲己は嘲笑を込めた顔を直人に向ける。
「そして、お前は神になる」
妲己の発言に周りの黒服はパチパチと手を叩き始めた。直人は早苗から目を離し、妲己を睨みつける。
「神になったからなんだという、覚悟しな!」
「まあ落ち着けよ。完全に神になっていないようだな。話を聞け。お前はここから晴れて出ることができる。もう来た道をたどって、自由にしたらいい」
「……俺を何故、野放しにできる」
「神は感情を持ち合わせていないからだ。例えば今お前が抱いている殺意なんて感情は無い、もちろん誰かを愛することもない。ただお前達の世界で言う、ロボットになり果てる」
「あっそ」
「あと、付け加えると、神は妖怪の庇護下にある」
「ああ、分かった。行くよ!」
直人は目を切って、ドアまで歩いていった。
「なんて言うと思ったか? お前を殺す!」
直人は人差し指と中指を立てた。
「疾」
しかし、妲己の方が早かった。妲己は小さく「疾」と言い、直人の周りに炎を起こし、やがて直人の体を包んだ。
「クッソ!」
妲己は大声で笑い声をたてた。
「これは面白い、こんな奴は初めてだ。この世界から解放される。そしてこれからに希望の光を与えたやった奴は何人か殺したが、刃向かってくるとはな?!」
「貴様、やはり最初から、俺達を生かす気なんてなかったんだな!」
炎に身を焦がしながら直人は妲己に食って掛かる。
「威勢のいいのは今だけだ。お前も754231番、543712番のもとに送ってやるよ。疾」
炎は勢いを増す。直人は気が遠のくのに気がつく。
―――俺は消えるのか? 当たり前だ。妲己の炎は完全にこの世から存在を消し去る程の炎だ。灰一つでない。殺せなくてもよかった、せめて、妲己のこの余裕の表情が無くなるぐらいのことは……―――
直人の世界は黒く染まった。
「直人、直人」
真っ暗な世界だと思った。でも目を開けてみた。眩しい光が眼球に突き刺す。ワッと目を手で覆う。
「直人!」
最初にかけた声とは違う、これは女だ。坊主頭の男と目が細くて綺麗な女がいる。
「どうやら、直人は俺たちが誰だが分からないようだ」
「そうか……」
直人は周りを見渡す。雲の上に乗っているようだ。上空なので太陽がとても近い。そして、雲は長く伸びていて、道が二つに分かれている。男は直人に行った。
「俺たちはあの黒い所に行く」
女は頷いた。
「あそこは無の世界だ。魂も完全に無になる」
「うん」
直人は頷いた。
「じゃあ、行こうか?」
「待って、俺も連れて行ってくれ!」
それを聞いて、女は遠い目をした。
「それは無理だよ」
「なんで?」
「あんたはもうあたしらと違う。残念だけど、でもあたしは決して後悔なんてしていないよ。あんたに愛されて、あたし達の大切な命を救えなかったけど、あんたの魂だけでも、ここに存在している、それだけで十分だよ」
微笑んだ。しかし、目尻に涙を含ませていた。
「それは一体、どういうこと?」
「直人!」
今度は男が急に怒鳴った。男の方に視線を向けたとき、男は綺麗な笑顔だった。
「救ってくれ! 俺は一目見たときから、お前には出来ると思っていた。俺達は見届けることができないが、必ずできる」
「……」
直人は二人が何を言っているかまだ分からない。
「じゃあ、早苗行こうか?」
「ああ、一輝」
早苗、一輝。そうだ。早苗と一輝だ! 直人は全てを思い出した。
「待ってくれ! 俺を連れて行ってくれ!」
「ようやく自分を取り戻したようだね。でも、もうそれ以上進めないだろ?」
直人は走っても、走っても前に進まない。二人はどんどん歩いていってしまう。最後に早苗が言った。
「皆を、仙人の皆を救ってね。頼んだよ」
「どういうことだ!」
妲己はうろたえている。
「おい! 天数の管理はちゃんとできていなかったのか?」
「いいえ、そんなことはありません。天数は一でした。二人殺めない限り……」
直人は妲己の炎の中、どんどん体が細胞分裂を繰り返し、膨張している。
「私の炎で焼けないのか?! まさか、本当に妖怪に。どういうことだ!」
「分かりません……」
妲己は体を震わせながら、ようやく何が起こっているか? 分かった。
「そうか一人では無かったんだな。あの早苗とかいう奴、身ごもってやがった」
黒服はハッとした。
「そんなまさか……」
「とにかく前代未聞だ。お前達は仙人のとき殺人鬼みたいな奴だった。だから自分たちの仲間にしたらよかったものの、こんな奴が妖怪になったら一体どうなる?」
「妲己様」
「私に任せろ。必ず殺す。逆に私が勝てないともうここは終わりだと思え」
自分が立ち上らせている炎の暑さから汗がにじみ出て、そして固唾を飲み込んだ。
直人の体が光り輝き始めた。
大きな息を吐き出し、炎は一瞬にして消え去る。立っていたのは大きな黄金の獅子だった。
そこにいるもの全員が恐怖からガタガタ震えている。
「妲己、覚悟しな!」
「なめるな。疾」
妲己は狐の姿になった。九本の尾があり、全身が炎に焼かれるように包んでいる、大きな真っ赤な狐。前にこの姿を見たときは直人は気圧されて、身動きとれない思いをしていたが今はもうしない。
「私がこの姿になったら、さっきまでの炎と違う。必ずお前を焼き殺せる」
「疾」
大きな咆哮と同時に炎を口からまき散らした。
直人はさすがに避けないと殺されると思ったのだろう。避けた。しかし、尻尾が焼かれた。
確かに……。
「焼かれたね。そして、あんたの道術を使えることも忘れるな」
「あっそ」
と言ったものの、直人に余裕はなかった。近づかなければ炎が来る。近づいたら自分の道術で殺されてしまう。しかしコイツは自分が妖怪になって、新たな道術を手に入れていることに気付いていない。試してみるか。
やがて炎が直人の周りを覆い、身動きとれなくなった。
悔しそうに直人は妲己を睨む。
「あんた、見掛け倒しだね」
そう言って、炎の中、妲己が姿を現した。そして大きく安堵の息をついた。
「色々、手間かけさせられたが、これで本当に最後か。結果はどうであれ、あんたは754231番、543712番と一緒だよ。消えてなくなれ! 疾!」
大きな炎を口から吐き出した。
「疾」
炎が向かっていく、焼かれると思ったとき、直人は口から大きな風を巻き起こして、妲己に吹きかける。妲己の身にまとっている炎が一瞬消え去り、ただのでかい狐になった。
硬直状態にあった妲己に直人は襲い掛かり、噛みついた。妲己は大きな声をあげ、悶えた。
炎は立ち上らない。そのままの状態の妲己を体のあらゆる部分を咀嚼し、やがて妲己は絶命した。
直人は雄たけびをした。
「ウオー!!!」
体中から勝利の感情がこみ上げる。
黒服はうろたえた。
「どうする?」
「やるしかないだろ?!」
直人は妲己の残骸をまた食いちぎった。もう黒服達はその姿を見て青ざめ、戦意が喪失していた。
九
直人はマイクの前に立って、アナウンスを流した。
「仙人の皆さん、もう殺し合いしなくていいです。私、1396710番がここで私達を管理していた者、妲己や黒服達を始末しました。出ましょう! 外に! 闘技場に集まってください」
やがて、闘技場は皆でひしめき合った。
「どういうことだ?」
「一体どういうこと? ねえ?」
「分からない……」
ざわついている。皆、信じていない。
そんな様子を上からマジックミラー越しで見る。
「何故、私だけ残したのですか? 殺してくれたらよかったものの」
一人だけ生かされた黒服が直人に言った。
「皆死んだら、後どうしたらいいか分からないだろ」
「そうですが……。私は死にたかった」
「分かったよ。なんでか話す。お前は以前、早苗の敵を討とうとして死んだとき、俺がどんな口を利いても許してくれた。自分は寛容な方だと。お前の心には良心が残っていると思ったんだ」
「そんな、私はあなた達にどんなことをしてきたか……」
そこまで聞くと、直人は人差し指を唇に近づけた。
「そういうところだよ」
「そうですか……」
「さあ、行こうか」
黒服は返事をしなかった。
部屋を出、階段を一緒に下り、闘技場に姿を現した。
皆、黒服と一緒にいる直人を見て、疑問を口々にぶつける。
「どういうことだ?!」
「何が起こっている?」
そんななか、直人を知っているものが言う。
「どういうことなんだ、直人?!」
「アナウンスの通りだよ。ついて来てくれ」
そう言って、黒服とともに先頭を歩き、隠してあったスキャンするところに黒服のバーコードを当てさせて、外に出る扉を開いた。
「さあ出て行ってくれ! 皆自由だ!」
皆、おそるおそる出て行く。しかし、出ていった者は初めてみる景色に感動し、やがて駆けていく。
大自然が広がっていた。眩しいほどの日の光、どこまでも続く草原。遠くに見える生い茂る森林。
息を吸い込むと生きている実感があふれ出す。
次第に我先へと、扉の周りに人が溢れる。
「やれやれ」
黒服がつぶやいた。しかしハッとして、口をつぐむ。直人は笑っていた。
「それぐらいいいよ。これからは右腕になってもらうんだから」
「えっ!……」
皆が外に出ていった後、直人は地面に腰を下ろした。
「ありがとう。直人」
出て行った最後の女の子が駆け寄ってくる。
「いいよ。早くこんなところから離れて」
「うん」
その女の子の後ろ姿を見て、直人は言った。
「あの子は一緒にこの世界に来た子か……」
「すみません、存じ上げません」
黒服は横に立っている。
「いいよ。なんか凄く長い時間ここにいた気がするよ」
「そうですか……」
「……」
しばらく考え事をした直人は立ち上がった。
「来てくれ、これからのことを考える」
「分かりました」
そう言って、黒服は直人について行った。
―――早苗、一輝、これで本当によかったのか? 俺がこの世界で何をするか、そっちで見守っててくれ……―――
どうでしたか?
僕はこの作品を書いているとき、興奮を持たずにはいられませんでした。
僕と同じ気持ちになって、あなた(読者様)が読んでくださっていることを切にねがって。
後書きとさせていただきます。




