ep2 食材を安く買う方法
ペンチを手に持ち歩いているのが他人に見られるとまずいのでデニムの後ろポケットにペンチを入れ、男はアパートを出た。
家の前の通りを駅のほうに向かっていくと途中で小さな公園があり、そこにはイチョウの木が植わっている。10月初旬のこの季節はそこら中に転がる銀杏が悪臭を放つ。これは効果がありそうなにおいだ、と呟きながら男は銀杏を数粒拾い上げ無造作にズボンのポケットに突っ込む。一個は口に入れたが、えずく。
男の家から最寄り駅まで徒歩10分ほどで着く。改札を通り電車に乗り込むときに異変に気づいた。昼なのにかなり混み合っている。どうやら人身事故があったらしい。しかしちょうど発車するところだったようだ。男は不幸中の幸いだと思ったが、次の瞬間には不謹慎だと思い直し反省した。発射間際に駆け込んだ人に押されて男は目の前にいた女性とぶつかった。その衝撃でさっきまで咀嚼していた銀杏の種が口から飛び出し、ちょうどあくびをしていた女性の口の中に入った。女性は嘔吐し、その隣にいた気の弱そうな禿げた中年の男がもらいゲロをした。男は、恐ろしくなって次の駅で逃げるように降りた。
電車が使えなくなってしまったので、男は駅前でタクシーを拾った。行き先を告げたあと運転手の世間話に対してはあ、とかまあ、とか答えたため運転手がガチでキレて会話もなくなり剣呑な空気の中15分後にようやく目的地に着いた。おつりが出ないようにちょうどの代金を運転手の顔めがけて投げつけ、男はタクシーを降りた。
目的地はアパートであった。208号室の呼び鈴を鳴らしたところ、男が出てきた。
「お、三雲どうしたんだ、急に?」
アパートの住人は三雲と同じ大学に通っていて、部活も同じ柔道部だ。友人からはラッセルと呼ばれている。雪をものともせず突き進むラッセル車のように突進する姿からついたあだ名である。
「お前今カラス呼べる?」と三雲は尋ねる。
「いやいやいや、その話飲み会のときにしたけどさ!たしかに中二病だったころ使い魔と称してカラスに餌付けしてたけども!高校、大学と柔道やってこんなガタイになったんだぜ?ガタイのいいやつに使い魔なんかいねえんだよ!」とラッセルは答えた。
「頼む、真剣なんだよ。1万円払うからさ。」と三雲は悲痛な面持ちで懇願する。
「ついて来い。」と言ってラッセルはアパートを出た。三雲はラッセルのすぐ後ろを歩いていたが急にラッセルが立ち止まるのでぶつかった。
「先払いだ。」とラッセルが言った。三雲は持ち合わせがなかったので恫喝した。