ep1 お肉をやわらかく煮込むコツ
人の歩みは主によって定められる。主はその行く道を喜ばれる。―――詩篇37:23
男が煮込み始めてかれこれ8時間がたった。材料はもうドロドロになっている。そろそろ頃合か。火を止めてしばらく待ち、液体が冷めたところでコップに少し入れる。すると男は叫びながらそれを飲み始めた。
「ううううううううううばばばばっばああああああ」
男は顔面蒼白で液体を飲み干し、ソファに座る。5分が経過したところで男は落胆したようにため息をつき鍋の中身を捨て、鍋とコップをシンクの中に放置しソファに寝転んだ。
―――ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。男ははーい、と返事してのそのそと玄関まで行きドアを開けた。
「あのさ、隣のものですけど最近よくお宅から変な臭いするんだけど何なの?」
隣の部屋の住人らしい男は開口からすでに怒りをにじませている。
「あ、申し訳ないです。昨日のカレーが腐っちゃったみたいで・・・。さっき片付けたのでもう大丈夫です。ご迷惑おかけしました。」と男は答えた。
「いやさ、もうそういうレベルの臭いじゃないでしょあれ。ほんとになんなのあれ?大家に言おうか?」
早口気味に話す隣人を見て完全に怒っていると理解した男は平謝りして事態を収拾することにした。
「本当にすみませんでした。もう綺麗にしたし、これからは気をつけます。すみませんでした!」
「ああ、じゃあまあそういうことなら様子見るわ。あんまり続くようなら大家に相談します。」
隣人はそう言うと自分の部屋へ帰っていった。男はため息をつきソファへとまた沈み込む。天井を見つめながら呟く。
「何がいけなかったんだろう・・・。カラスの爪が足りなかったのかなあ。取りに行くか。」
すると男は立ち上がり虫取り網とペンチを手にドアを開けた。
男は体格がよく日焼けしており、頭は短髪で見た目は若く大学生のようだ。平日の昼間に虫取り網をもってでかけている余裕のある大学生には似つかわしくない切羽詰った顔をしている。目は常軌を逸している。