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世界を終わらせる唯一の方法 3

「―――なに、その顔」

 眼を開ける前にそう言われ、眼を開けた。

 規則正しく揺れる列車。窓の外は暗く、一分の光もない。けれどトンネルのように反響する音があるわけではなく、暗い荒野というわけでもなく……今どんな場所を走っているのだろうと疑問に思う。

「……かお?」

「今にも泣き出しそうな顔してる」

「……」

 真っ直ぐな黒い眼。肉付きの薄い頬に薄い唇。整った鼻梁に喉仏の浮き出た首元。

 あの時の水灰道理と、同じ。

(―――このひとは)

 このひとは誰なんだろうと、涙腺の奥が痛くなる。

 誰なんだろう。今サヤが一緒にいるひとは、……サヤに泣き出しそうな顔をさせるこのひとは、誰なんだろう。

「……方法、が、」

 答えなくてはならない。答えなくては消えてしまう。―――この世界の中ですら、会えなくなってしまう。

「わからなく、て。……やりたいことがあるのに、どうしても、どうしてもどうにかしたいことがあるのに……私に何かが出来るかもしれないのに、やり方も方法もなにも、なにもわからなくて……」

 奥歯を噛みしめる。―――嗚咽を堪えた。

「わたっ……わたし、感謝、してるんです。……すごくすごく。別に、このまま一生会えなくてもよかった。そういうひとだから。お礼を言いたいわけでもないんです。ただどこかで元気でいてくれれば、それでよかった。そのひとの特別になりたいとか、そんな風に思ったことは一度もない」

 でもどうしても、また何かに苦しく悲しく、辛くなった時。

 サヤはあの映画を観るのだ。―――助けて欲しくて。彼に月まで、飛ばしてほしくて。

「なのに、どうしたらいいのかわからない。……何か出来ると思うのに、何にも、なんにもわからない」

 熱いものがこぼれて頬を伝った。泣いたって仕方ない。情けなさも悔しさも悲しさももどかしさも何も消えない何も解決しない。―――こんなことしたって。

「あのひとのおかげで私は、こんな世界を生み出したこの世界も悪くないなって思えるのに」

 愛してる。愛してる。―――映画の世界を、愛している。

 だからこそ現実が辛くて惨めでどうにもならないくらい悲しくなる時がある。

 それでもやっぱり、何度も何度も、縋るように映画を観続けるのだ。

「……本当、サヤはよく泣くな」

 少し青白い頬をしたドーリが、小さく笑った。

 ボックス席の斜め向かいから手をのばし、袖口と手の甲でぐいと少し強引にサヤの頬を拭う。

「ああでも、わかった。……サヤは俺に似てるんだ」

「……ドーリ、に?」

 思ってもみなかった言葉に眼を瞬いた。ぼろぼろとこぼれる涙を、ドーリが小さく笑いながら文句も言わずに拭い続ける。

「俺も兄貴を同じように思ってる。感謝してるし、このまま一生会わなくても構わない。ただどこかで元気でいてくれればそれでいい」

「……おにい、さん」

 息を吞む。ドーリから兄の話が、……水灰道理の兄の話が出て来るとは思わなかった。

 これは……?

「俺の兄貴は役者でね。身内の眼を抜いたとしても、素晴らしい役者だった。役者という仕事を愛していたし、演じることが生きがいだった。……そしてある日、ふらりと消えた」

「……どうし、て……」

「たぶん、満足したんだ」

 あっさりとドーリは言った。サヤの涙を拭いながら、何でもないことのように。

「世界を全て飲み干して、満足したんだ。兄貴にとっての兄貴が『完成』したと思ったんだ」

「……だから、姿を消した……?」

「そう。役者という仕事を愛して、愛しきって貫いて、……兄貴は満足した。……だからきっと今度は、世界に飲み込まれに行ったんだ。きっと今もどこかを旅してる。……兄貴はそういいう奴だよ。だからもうこのまま一生会えなくても構わない。……だって兄貴は幸せなんだから」

「……幸せ」

「満足して、飲み干して、飲み込まれに行ったんだ。……きっとそれは幸せだ」

 子供のような―――薄いが、無邪気な笑み。

 ドーリが、笑う。

「……ドーリ」

「なに」

「……ドーリは今、幸せなんですね」

「……どうして?」

「旅をしていて。ずっとずっと、こうして旅をしていて。……幸せだったんですね」

 水灰創太と水灰道理。

 カメラを持ち、少しずつ少しずつ、世界を回った彼ら。

 ―――本当に、本当に、水灰道理はその時間を愛していた。

「……」

 それでも、いつか映画は終わるように。

 エンドロールが来るように。

 時間は過ぎる。世界は終わる。閉じるように。

 形を残し、色も残し、手の届かないところでそっと息づくように残り、そして誰にも、触れない。―――その映画の住人以外には。

 この世界のルールは崩れかけている。そもそもサヤが紛れた時点でイレギュラーなのだ。サヤがほころびを大きくしていったのだろう……編集時に現れる影、結末を変えてゆくサヤ……崩壊がはじまってもおかしくない。

 この列車が向かう先は恐らく、何もない、死だ。

 時間が過ぎるように。後戻り出来ないように。

 進む。進み続ける。―――終わりに向かって、少しずつ。




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