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〈 ここからが、誰にも言えない本当の話 〉
誰かが答えを教えてくれたように、急にそれが浮かんで残った。
「もう一度レイラに会いに行こう」
偽者だという彼女の話を聞いたあと、何も返せず屋敷をあとにして―――何も出来ずホテルに帰って。
考えが纏まらないまま煽った酒とまどろんだ夢の先に、ふいにそれが思い浮かんだ。誰かがそう示してくれたように。
「もう一度って……?」
「ああ。カメラを隠して部屋まで持ち込んで、会話の流れでさり気なくビリーへのメッセージを撮る。名前は出さないで、曖昧に言葉でぼかして。……もし万が一使用人に聞かれてもわからないように」
「ばれたら一大事だぞ。彼女の家はこの街で一番大きな家だ」
「だからこそ、旅人には関係ない」
薄っすらと笑ってそう言うと、一瞬ぽかんとした創太がそのあと悪そうに少し笑った。
「……逃げる準備も要るな?」
「勿論」
「たぶん、そうしたところで本当のことが伝わるだけで―――ビリーとレイラは結ばれない」
「ああ、無理かもしれない。……でも思ったんだ。何だかわからないけど、急に。……こうだったらいいな、ああだったらいいなって、思ったんだ」
「ふうん……じゃあ、やるか」
「やろうか」
月へ、飛ばしてやろうか。
レイラの許可を得てカメラを隠し、潜めた声で伝言を撮ったその日の夜、ビリーを訪ねそれを見せた。
ビリーはじっとそれを見ていた。……再生が終わっても、じっとレイラの姿を見つめていた。
「……ビリー。お前さ」
微笑んで。―――悔しさも憤りも、隠した。
「気付いてたんだろ?」
そっと訊ねたその声に―――顔を上げ、目元に涙を溜めたビリーが、微笑みながらうなずいた。
「知ってた。―――ずっとずっと、知ってた」
一度だけ、花を置いたあとこっそり窺っていたことがあるんだ、とビリーはささやいた。
「辛そうな、悲しそうな、切なそうな、……そんな眼で彼女は花を見ていた。……僕と同じ、緑色の眼で」
だからこれは、嘘じゃない。
「見知らぬ土地で、自分じゃないひとを一生演じ続けなければならない、ひとりぼっちでも戦い続ける女の子。……少しでも、笑顔になって欲しくて。だって、花は女性に似合うから」
元気を出して、とビリーが微笑む。
「元気を出して。―――今は泣いて、明日また、元気になろう」
天を仰ぐ。―――あの窓を、見上げるように。
湖面のように水をたたえたその緑の眼は、まっすぐ、まっすぐ月を見つめていた。
§
やはり涙は、枯れることがなかった。
街の外れ、夜の海。ぽろぽろと泣き続けるサヤの隣に、ドーリの存在。
ビリーは全てを知っていたのだ。知った上で―――彼女のために、花を捧げていた。
深く深く一礼した彼は、そっとひとりで、姿を消した。もうこの街にはいないかもしれない。―――どこか遥か遠くで、微笑みながら、やさしいままに生きていくことだろう。
「……あの二人は、もう二度と会えませんね」
掠れた声でそう小さく言うと、疑問のように道理が眉を顰めた。
「それって不幸か?」
静かな声。
波の音。
「あいつらはお互い、人生を引っくり返すほど大きな影響を与え合ったんだ。それが別れに繋がった」
流れる風。
香る、潮の匂い。
「あの二人がこれからの人生、心まで不幸に生きていくと思うか?」
取り押さえられながらも、楽しそうに幸せそうに笑っていた彼女。
涙を溜め、微笑みながら月を見上げていた彼。
「……思いません」
「だろ?」
くつ、と、喉の奥でドーリが笑った。
その横顔を見て、……問いは、自然に浮かび上がった。
「ドーリは、幸せですか?」
サヤの問いに―――ドーリは悪戯っぽく、笑った。
「どう見える?」
「……」
「はは。変な顔」
サヤは答えなかった。ぐしゃぐしゃになった顔を上げ、薄まる視界の中、睨むように目指すように空に浮ぶ月を見上げた。




