第十話
レイドは信じられなかった。自分がファウンドに傷を負わされた事も、瀕死のはずのファウンドがまた立ち上がったことも。
ファウンドは恐ろしい覇気を伴ってそこに立っている。つい数刻前までは、死人と見分けがつかないほどに生気がなかったはずだ。だが、いつのまにか奴の瞳に光が灯っている。ファウンドの精神力は微塵も衰えていないように見える。むしろ、より濃厚な生命力を放っている。
「何故だ」
レイドは思わず口にする。
「どうせ貴様はここで死ぬ。どう足掻いた所で、俺を倒せるはずもない。だが、どうしてお前は立ち上がる。どうして、こうも希望を持ち続けられる」
「多分それは、俺が諦めてないからだ」
「諦めていない? お前はそんな状態で勝てると言うのか? 俺に?」
「ああ、そうだ。どうしてだろうな。俺にも分からないが。お前に負ける気がしない」
ファウンドの視線がレイドを射抜く。それはこれ以上ないほど、強い意志の籠もった瞳。レイドが砕いたはずの心だ。
「ふざけるな!」
レイドは額に青筋を浮き上がらせ、刀を構える。
「忘れたのか? お前はそんな感情を持つ権利などない。そんな吐き気のするような希望は、俺が砕いてやる。そうすれば思い出すだろう。自分がどれだけ希薄で下らない人間か」
レイドの濃厚な魔力が彼を包み、深紅の煙を立ち上らせる。
「次は無い。今度は確実に息の根を止める。地獄へ向かう準備はいいか。ファウンド?」
「ファウンドか……」
ファウンドは小さく呟くと、いつの間にか持っていた聖剣を見つめた。
そして途端に、ファウンドから夥しい魔力が吹き出した。まるで噴火のように吐き出された魔力は、神殿の空間の色を一瞬にして塗り替える。
黄金の魔力と純白の魔力。それらは螺旋の如く混じり合い、ファウンドを守るように包みこむ。
その時レイドは確かに見た。ファウンドの側に立つ人影を。金髪を揺らす少女。そして、青い長髪を靡かせる少女。二人の女がファウンドと並んで立っている。
幻覚だ。幻に違いない。だが、そう頭で否定しても確かな存在感をもってそいつらはそこにいる。レイドを瞬きもせず見つめている。
ファウンドは目を伏せたまま呟く。
「俺の名はユウリ」
ファウンドは両手に持つ剣を構える。一方は漆黒に唸り、一方は純白に輝く。
「双剣のユウリだ!!」
ファウンドの気迫がレイドの身体を稲妻のように駆けめぐる。刀がカチカチと音を立てる。自分は恐れているのか。この今にも死にそうな男を。すでに満身創痍の男を。
だからレイドは叫んだ。恐怖を打ち消そうと全力で咆哮をあげた。
「がああああああああああああファウンドォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
「レイドォォォォォォォォォォ!!」
二人の雄叫びが衝突する。それを合図に、それぞれ因縁の相手へと剣を突き立てた。
ΨΨΨΨΨ
ユウリは知っていた。勝負は一度きり。この機会を逃せば、全ては無に帰す。もう二度と立ち上がることは出来ない。だが、ユウリは自信に満ちていた。圧倒的不利な状況を前に、何の憂いもなかった。なぜなら……
『ゾフィアと聖剣に送る魔力は全部、私が引き受ける。だからユウリは、レイドにだけ集中して』
頼れる相棒がいるからだ。これ以上に心強いものはない。ユウリは心おきなく眼前の相手に集中する。
レイドの刀が紅く唸る。変幻自在に動くその刀がユウリの喉元へと迫る。
しかし、ユウリの操る二つの剣が刀の切っ先を制した。昔、ユウリは双剣の名を冠していた。ユウリと聞けば二刀流だと想像するほどに、彼の代名詞的なものが双剣だった。だからこそ、その剣技は計り知れない。
ユウリの斬撃がレイドを襲う。それはまるで濁流のように、次から次へとレイドにたたき込まれる。
レイドは焦る。自分が押されている。自分が押し負けている。冗談じゃないぞ。どうしてだ。何故ここまでの力がこいつにある。
ファウンドは剣の一撃一撃に命を散らす。自分はこれで潰えても構わない。だが、レイドを倒すまでは止まれない。こいつに一撃を与えるまでは倒れるわけにはいかない。
レイドの刀が、ユウリの太股を削る。だが、ユウリはまるで意に介さない。双剣がレイドへと放たれる。
レイドの刀が、ユウリの左肩を切り裂く。だがユウリは止まらない。血を散らしながら、魔剣と聖剣を怒濤の如く放ち続ける。
レイドは恐怖におののく。何故だ。何故止まらない。いったいなんなんだ。なんなんだお前は。
ファウンドは思う。もっと早く。もっと鋭く。奴を貫けるほどの斬撃を、奴に届くほどの刺突を放て。
ファウンドの精神が瞬く速度で研ぎ澄まされていく。レイドの刀が緩慢に見えてくる。
(シールは幸せだったはずだ。楽しい日々を送っていたはずだ。そんな幸福を誰が奪うことができるだろう。そんな権利は誰にもないはずだ。だから俺はもう二度と、彼女のような犠牲を許さない。エリムス達が犠牲になる事を認めない。彼女の流した涙に誓う。彼女を愛した心に誓う。俺はエターナルを破壊する。絶対にレイドを倒す!)
魔剣が放たれる。だが、レイドに触れる前に弾かれる。
(届け!)
ミリアは思う。もっと濃厚な魔力を。もっと純度の高い魔力を。ファウンドの体が少しでも軽くなるようにゾフィアに送れ。
ミリアの意識がフーウィルへ深く没入していく。一切の抵抗なく聖剣に魔力が供給される。
『私は世界がこんなに理不尽だなんて知らなかった。誰かを犠牲にしないと、大切な人を守れないだなんて気づきもしなかった。誰かを救いたい、誰かを守りたい。その気持ちは間違ったものじゃない。なのに、それが違う人の苦しみを生むなんてそんなの悲しすぎる。切なすぎる。だから、私は誓った。目に付く全ての人を救ってみせると。誰もが幸せになる未来のために全力を尽くすと。だから絶対に、ここでユウリを死なせる訳にはいかない。レイドに好き勝手させる訳にはいかない!』
聖剣が放たれる。だが、レイドに至る前に防がれる。
『届け!』
ユウリの意志とミリアの意志が重なる。それは幾重にも折り合い、一つの強靱な正義へと昇華する。
「俺は」
『私は』
『「絶対に負ける訳にはいかない!」』
双剣が空気を切り裂き打ち出されたが、それはレイドの放った斬撃で防がれる。しかし……レイドは大きく仰け反った。
『「届けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」』
聖剣の先端がレイドの胸に迫る。レイドはその刺突を腕で受けた。聖剣はレイドの腕を深く貫くも、剣先がレイドの胸まで至らない。
「まだだああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ユウリは咆哮を上げながら、全体重を聖剣へと傾ける。レイドをそのまま押し倒し、彼を背後の壁にぶつけた。
「なん、だと……」
レイドが口から血を流しながら、言葉を漏らした。
「俺達の勝利だ」
聖剣がレイドを壁ごと貫いていた。レイドの胸部に埋まっていたエターナルと共に。
そして聖剣が一際白く輝き、『選別の間』は瞬く間に白光で満たされた。




