第七話
ファウンドは何が起こったかまるで分からなかった。今、自分の胸に刀が振り下ろされたはずだった。しかし、ファウンドは生きている。しかも、さきほどまで壁にもたれていたにも関わらず、いつのまにか神殿の中央に立っていた。振り返ると、レイドが壁際で怪訝な顔を浮かべている。
魔剣が勝手に発動し、ファウンドを転移させた。そうとしか考えられない。でも何故勝手に……
『私よ。私が発動させた』
どこからともなく聞こえてくる声。その声には聞き覚えがあった。澄んでいて、それでいてはっきりとした声色。
頑固で、融通が利かない。猪突猛進で正義感溢れる少女のそれ。
(ミリア……なのか?)
『そうよ。間一髪だった』
(どうやってここに?)
『残念だけど、そばに駆けつけることはできなかったの。でも、私のおまじないは上手くいったみたいね。言ったとおり、死ななかったでしょ?』
まじないと聞いて、ファウンドは途端に思い出した。昨夜の宿屋の出来事を。彼女は脈絡もなくおまじないをすると言って、ファウンドの背中をさすっていた。あの時にミリアは何か仕込んだのだ。
(まさか、フーウィルを埋め込んだのか)
『そう。まるで痛覚がないって言うから、全然気づかなかったみたいね』
(恐ろしい奴だ。勝手に監視用の魔導具を埋め込むとは)
『出会ってすぐに人を突き刺す人の方が、よっぽど恐ろしいと思うけど?』
ファウンドは深く息を吐く。どうやら本当に、ミリアらしい。彼女はファウンドに出し抜かれ、置いて行かれることを危惧していたのだろう。だから、こんな真似をした。
そしてミリアはファウンドに力強く言う。
『あなたを絶対に助けるわ。私の前では何人足りも、犠牲者を出さない。そのために全力を尽くす。それが私の役目だって決めたの。あなたもその内の一人。あなたはそこから生きて帰るの』
そこで今まで、沈黙していたレイドがファウンドに言い放つ。
「お前は一人で何を考えている? 気でも狂ったか? それとも誰かと通信しているのか?」
レイドには俺が独り言を頭の中で言い続けているように思えるのだろう。
ファウンドはレイドを視線に捉えながら、ミリアに言う。
(俺を助けるか。俺は殺戮者だ。復讐のために多くの人間を殺した卑劣漢だ。そんな俺は救われる価値などない)
『いいえ、あるわ。あなたは確かに人を殺してきた。それは裁かれるべきことかもしれない。でも、同時に多くの人も救ってきた。違う? だから、そんな苦痛に喘ぎながら死ぬ必要なんてどこにもない』
(人を救えば、罪が償える訳ではない。だから、俺がクズである事に変わりはない)
『いいえ、私はあなたをクズだと思わない。クズな人間が必死に人を救おうとはしない。必死に私を助けようとはしないわ』
(いや、俺は結局お前を捨てた。助けようとして、中途半端にお前を優先する事を辞めたのさ。俺の善意は結局偽りだ)
『私はあなたの行動を間近で見たから知ってる。あの見知らぬ家族が殺されようとした瞬間のあなたの表情、今でも覚えてる。とにかく必死で、焦ってた。それが偽りだなんて到底思えない。あなたは本来心の優しい人間なの。そんな人間を今、殺す訳にはいかない!』
(お前と会話していると頭が痛くなる。俺の意見に聞く耳をまるで持たない)
『あなたは自分を責めすぎるもの。だから私は徹底的にあなたに味方するって決めたの。例え、あなたが自分を否定しようと、私があなたを肯定する。それに……』
ミリアはそこで言葉をきってから、強く断固とした口調で続けた。
『相棒が道を外れていたら、助けない訳にはいかない』
(相棒?)
『ええ、だって契約したでしょ? あなたが勇者で私が従者。私の初めてのパートナーよ。そうでしょ? ユウリ』
あまりに久しぶりに聞いた呼び名。本当に懐かしい名前だ。呼ばれていた頃が、もう遠い昔のように感じる。
その時、レイドがファウンドに向かって何の前触れもなく突っ込んできた。突っ立ったまま何も反応を示さないファウンドに対して、業を煮やしたのだろう。
レイドの刀を直に受ければ、今の自分では押し倒されるかもしれない。かといって、今の自分の動きは鈍い。避けるのは難しいだろう。となれば、魔剣で受けるしかない。
ファウンドはそう決断すると、魔剣を即座に構える。
レイドはファウンドに肉薄すると、魔剣を両断する勢いで刀を振り下ろした。
『右よ』
ファウンドは咄嗟にミリアの言葉に従う。レイドの刀はファウンドの頬を掠め床を切りつける。
「あぁ?」
レイドが声を荒げ、ファウンドを凝視した。ファウンドに避けられた事がよほど不可解だったのだろう。ファウンドも避けれるとは到底思っていなかった。
だが、ファウンドの体は予想以上の軽やかさで動いた。
『ゾフィアはユウリの魔核を浸食することを辞めて、フーウィルに取り付いてるみたいね。なら私が魔力を送り続けていれば、ユウリは死なないってことね』
ミリアの明るい声色が伝わってくる。希望が見えたとでも言うように、ミリアの言葉尻に力強さが増している。
レイドが苛立ちを隠すことなく怒鳴る。
「さっきから、どうもおかしい。貴様に何が起こった? 何故、思考と行動がちぐはぐなんだ。今まで、虫の息だったお前が、何故動けるようになった!」
レイドは怒りのままに床を蹴ると、体を捻りながらファウンドに接近する。
レイドにしては珍しい遠心力を乗せた抜刀。直撃を受ければ、魔導石の体だろうと一撃で真っ二つだ。しかも、広範囲を攻撃するための技だ。これはさすがに回避できないだろう。対処するなら、魔剣で受けるか。もしくはレイドの背後に転移するのが定石だろう。
そこまで考えた瞬間。ファウンドの体に金色の魔力が流れた。ファウンドは強制的に転移させられる。一瞬、自分がどこにいるか分からなくなる。少なくとも宙に浮かんでいることは確かだ。
すぐさま、周囲に視線を走らせる。真下を見ると、レイドがいた。レイドが背後を振り返り、刀を振っている。きっとファウンドの考えを読み、先んじて攻撃を繰り出したのだろう。だが、ファウンドは自分の意志に反して上空にいた。
ファウンドはそのまま、落下の力を乗せてレイドへ魔剣を叩きつける。
レイドの目が見開かれる。
「なっ」
レイドは姿勢を崩しながらも、何とかファウンドの斬撃を防御する。しかし、そんな体勢で勢いを殺しきれる訳がない。彼はそのまま勢いよく吹き飛んだ。
『いいアシストだったでしょ?』
ミリアは誇らしげに言った。彼女はフーウィルを介して、魔剣へと魔力を送りファウンドを転移させていた。本来なら他人の魔力が流れれば強烈な苦痛を伴う。だが、ファウンドの痛覚は完全に死んでいる。ミリアの魔力が流れようと、もはや何も感じなかった。
ファウンドは言い返す。
(どこに転移したかくらい、教えてくれてもいいんじゃないか?)
『そんなの言ったら、レイドに筒抜けでしょ。それに私だって分からないの。ただ、魔力を流してるだけだから』
どうやら、彼女は魔剣を制御できる訳ではないらしい。確かに魔剣ティンダロスを初めて使うのだ。制御出来なくて当然だ。
ファウンドはレイドへ視線を移す。彼は膝を突いて、信じられないといった様子でこちらを見ていた。
その様をミリアはファウンドの視線越しに見たのか、堂々と言い放つ。
『あいつが全ての元凶……』
(ああ、奴の胸にあるエターナルを破壊すれば、全てに決着をつけれる)
ファウンドに対して、ミリアは自信に溢れた言葉を告げる。
『私が証明して上げるわ。あなたとお姉ちゃんの出会った事が意味のあることだって、大切なことだって。あなたが憎むべきなのは自分じゃない! お姉ちゃんとの出会いであるはずがない! 憎むべきは機関よ!』
ミリアの強い意志が、確固たる決意がファウンドの心に流れてくる。彼女の思いがファウンドの心にこびりついた憎悪を洗い流す。ファウンドの荒んだ思考を癒していく。
何故だろうか。先ほどまでの絶望が嘘のようだった。ミリアに自分は感化されたのか。それにしては単純にすぎる。そう簡単に心変わりできるものではないはずだ。なのに……
そこでファウンドは気づいた。自分は勝利を確信しているのだ。必ずエターナルを破壊できると何の根拠もなく思っていたのだ。
体は限界を越えている。剣を持つことさえぎりぎりだ。魔力は完全に枯渇し、魔核はもはや七割近く欠損している。ゾフィアの浸食が止まったとはいえ、命が残り僅かなことに変わりはない。そしてレイドは、まだほとんど無傷でそこにいる。
絶対絶命な状況は変わらないはずだ。だが、どうして自分はそこまで確信をもっているのか。
その答えを、しかしファウンドは知っていた。
(パートナーか……)
『パートナーよ。あなたと私。二人が揃えば向かうところ敵なしよ』
ファウンドはその言葉に聞き覚えがあった。遠い、本当に遠い昔の事だ。ファウンドは助け出した少女にそんな事を言った。微かに記憶に残っている。確かその時の少女の名前は……
(なるほど。そういう事か)
『もしかして、私との出会い。今まで忘れてた?』
(ああ、綺麗さっぱりな。だが、思い出した。なるほどな。お前が強い理由も頷ける)
『どういう意味よ?』
(言葉通りだ。まだ7つか8つの子供が、大人に暴行されて涙一つ流さずにいたんだ。しかも、自分のことより他人の事ばかり気にかけて。そんな子供を俺はほかに知らない)
『ありがとう。ほめ言葉として受け取っておく』
そこでミリアとの会話を遮断するように、轟音が響いた。レイドが床を何度も何度も切り裂いていた。
「ふざけるな! お前は死ぬ! 絶望に支配され苦痛にまみれて死ぬんだ! なのに何だその感情は! なんだその顔は!」
ファウンドはそこで初めて気づいた。笑っていた。自分は笑っていたのだ。
ファウンドはレイドに言う。
「どうやらまだ。俺は戦えるらしい。なら、俺は死力を尽くし貴様を倒そう」
「あぁあ? ゴミが何を言っている」
レイドの額に青筋が浮かぶ。血が滲むほど刀を握りしめている。
ファウンドはミリアに言う。
(ミリア、俺はあの魔神をいまから倒す。協力してくれるか?)
『もちろんよ!』
ファウンドは金の魔力を伴いながら、レイドを見つめる。
「覚悟しろ、レイド!!」
「死に損ないがぁ!!」
ファウンドは覇気を纏った言葉を叩きつけ、走り出した。




