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アンチヴレイブ  作者: 出壊鉄屑
第九章 真の勇者
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第一話

 エリクマリアにある最大の協会。だれもが一度は祈りにきたことがあるだろう。その神聖な佇まいは、この晴天でなお煌めいている。

 しかしその協会は、今は剣呑な雰囲気に包まれている。

 ミリアは正面に立つ老人を見つめる。落ち着いた雰囲気の中に厳かさが見える。隙のない熟練したものだけが放つ気配。

 老人は威厳ある声で話す。


「お初にお目にかかります。私はクアラム。恐れながら勇者機関総括の任を許されたものです。どうかお見知り置きを」


 ミリアは言葉がない。正面にいる男は機関の頂点に君臨する男だ。彼はミリアが闇市場にいることを知って出てくるのを待っていたのだ。

 そもそも考えが甘かった。デミラがミリアを発見していたとすれば、機関に報告していない訳がない。

 クアラムはおもむろに頭を垂れる。


「探しておりました。さぞ、辛い目に会われたでしょう? ささ、私らと共に帰りましょう。我らの家、機関本部へ」


 ミリアは物怖じせずに言う。


「嫌って言ったら?」


 クアラムは顔を上げる。


「あなたには様々な嫌疑がかけられています。拒否権はありませんよ? 私たちとご同行いただけないとなると、致し方ありません。少々手荒な事をするはめになります。どうか賢明な判断をされたほうが、よろしいのではないですか?」


 勇者達が軒並み武器を構える。いったい何人の勇者がいるのだろう。五十、いや七十はくだらないかもしれない。

 ミリアの表情が険しさを増す。下手な行動をとれば敵対行動と見なされ、瞬殺されるだろう。この人数の攻撃を避けきるのは、奇跡でも起きない限り無理だ。どうにか逃げる手だてを、考えなければならない。闇市場に一旦引き返すべきかもしれない。

 ミリアが後ずさりすると、クアラムの目が光った。


「何かよからぬ事を考えているご様子。大方、地下の市場へと引き返そうかといった所ですか。浅薄な考えですな。それを私が見越していないとでも?」


 ミリアの心臓が跳ねる。明らかに行動を読まれている。クアラムの発言から察するに、闇市場にはすでに勇者達が控えているのだろう。完全に退路を絶たれた。もう逃げ場はない。

 ミリアの額に汗がにじむ。何か手はないのか。一発逆転の一手。この状況を打破する方法は。

 ミリアは必死に周囲を見つめる。だが、あるのは勇者達の顔ばかり。ミリアの手助けになりそうなものは何もない。

 正面にいるクアラムの能面が少し緩む。あれは勝利を確信している顔だ。彼はもう、ミリアを捕らえたと思っているのだ。

 ミリアの背後から複数の足音が聞こえる。闇市場に控えていた勇者達が協会へと上ってきたのだろう。これで万事休すだ。

 ミリアはきつく目を瞑り、拳を振るわせながら、未だに戦っているであろうファウンドに思いを馳せる。彼は今も必死に戦っている。にも関わらず自分はこんな所で何をしているのか。助けると誓ったのに、救うと豪語したのに、自分は結局何もできていない。どうしてこんなにも自分は無力なのだろう。


 ミリアは目を見開き、クアラムを睨む。このまま捕まるくらいなら、せめてクアラムを叩き潰そう。でなければ、ファウンドにも自分の正義にも顔向けできない。

 ミリアは魔力を伴わせ、臨戦態勢に入ろうとした。その時、彼女の背後にある協会の扉が開いた。正面にいるクアラムがミリアの背後に視線を移すと、驚愕の表情を浮かべる。クアラムは明らかに動揺していた。

 ミリアは困惑する。クアラムはなぜ焦っているのか。なぜそこまで、取り乱しているのか。自分の背後に一体何が……


「これは奇遇ですな、クアラム殿。勇者総出とは随分とものものしい限りですな。協会の前で無粋がすぎませんかね?」


 その声を聞いた途端、ミリアは心が震えた。この声を忘れるはずもない。分からないはずがない。いつも、ミリアの味方でいてくれる人。ミリアの大好きな家族。

 ミリアは涙を散らしながら振り返った。


「パパ!」


 ルドルフがミリアの目前にいる。その顔は愛しそうにミリアを見つめていた。ミリアは思い切り彼の胸に飛び込む。

 ルドルフはミリアをきつく抱きしめると、頭を撫でる。


「すまなかったな。儂が不甲斐ないばかりに。辛かっただろう?」

「大丈夫よ。私はパパの娘よ。こんなのへっちゃらなんだから」


 ミリアは滲んだ瞳でルドルフを見ると、満面の笑みをルドルフに向けた。

 ルドルフは強い子だと言って再度頭を撫でると、それからクアラムへと視線を向ける。


「さて、儂の娘を苦しませた罪は……」


 ルドルフから金色の魔力が溢れる。それはまるで太陽の如く、燦々と輝き周囲を圧倒する。


「重いぞ?」


 ルドルフの怒りの形相がクアラムを見る。

 クアラムは声を震わせ言う。


「なぜ、あなたが……あなたはエリクマリアから出て行ったはず」

「はじめはそうするつもりだった。だがな、これを見て考えを変えた」


 ルドルフの持つ手には、麦と杖の像が握られている。ミリアはそれを見て、言葉が漏れる。


「私のメッセージを見たのね」

「ああ。さすが、儂の娘。よく機転がきく」


 クアラムは訝しげにその像を見つめる。ルドルフはその目線に答えるように言葉を発する。


「貴様らは、全ての証拠を消したつもりだったみたいだが、残念だったな。貴様らは大きな見落としをした。確かにこの像を見て、これが魔導具だなんて思うまい。ましてや、『記憶』の魔法が宿っているとは微塵も気づかないだろう」


 クアラムの表情がみるみる青ざめていく。


「そんな馬鹿な。記憶の魔法は水晶媒体しかないはず」

「それはお前の偏見だな。『記憶』の魔導具はライエン家が広めたものだ。それがたまたま水晶だっただけであって、それ以外の材質でも『記憶』の魔導具は作れる」


 ミリアは隣で頷く。これは手に取れば、様々な記憶を見ることができる。ミリアの幼い頃の様子。姉と戯れる姿。家族全員で行った初めての旅行。それらが魔力を流すだけで想起され、使用者を過去へと連れ去る。贈り物としてこれ以上ないものだ。

 今回、そんな優さの詰まった魔導具にミリアは、機関から狙われている記憶を上書きした。デミラに狙撃されながら逃げる様子は、緊張感のあるものだっただろう。それに加えて、ミリアのメッセージを込めておけば、ミリアが機関に殺されようとしているのは十分伝わるだろう。

 ルドルフはミリアのメッセージを受け取り、ミリアを探してくれていたのだろう。

 ミリアはルドルフに言う。


「ありがとう、パパ。でも、よく私が闇市場にいるって分かったね」

「それは彼が教えてくれたんだ」

「彼って?」

「ユウリ……いや、ファウンドと言った方がいいか」


 ルドルフによると、グロウからまだ日も出ていない時間に連絡があったそうだ。ユウリから言づてを受けていると。

 その時、ルドルフは血眼でミリアを探していたが、微塵も痕跡が見つからず焦っていたそうだ。だから藁をもすがる思いだったらしい。伝言にはこうあった。


『エゼル協会の地下にお前の探す娘がいる。機関には知らせるな』

「正直、信じられなかった。ユウリ君は二年前にシールと共に死んだはずだ。亡霊でも見ている気分だった。だが、幽霊だろうと悪魔だろうと、手がかりを教えてくれるなら何でも良かった」


 ミリアはそれに答える。


「ファウンドは生きてる。私はこの二日間、彼と話し、彼と行動を共にしていたから。彼は何度も私を機関から救ってくれた」


 ミリアはファウンドの後ろ姿を思い出す。デミラの攻撃を寸前でくい止めてくれた心強い背中。ミリアをおぶってくれた穏やかな背中。シールとの事を蕩々と語る傷ついた背中。

 そして今、彼はルドルフを呼んでくれた。そのお陰でミリアはまた、ファウンドに救われた。

 ミリアは高ぶる感情をそのままに、ルドルフに告げる。


「私、ファウンドを助けたい! 彼を救いたいの」

「そうか……そうなんだな」

「私、全部知ってるよ? ファウンドがお姉ちゃんと結婚してたことも、彼とお姉ちゃんがこいつらに殺されたことも」


 ミリアは怒りを露わにして、機関の面々を指さした。

 ルドルフは目を見開き、ミリアの方を掴んだ。


「それは本当か? 本当なのか?」

「うん。全部、ファウンドが教えてくれた。この目の前にいる機関っていう組織が、どれだけ腐ってるか。お姉ちゃんも、お母さんさえ、こいつらの毒牙にかかって死んだ」


 そこで、クアラムが血相を変えて言い放つ。


「ご息女! 言いがかりはよくない。私どもがライエン家の方々を殺す訳がないだろう? そもそも、そのファウンドという男は、あなたを誘拐した張本人ですぞ。多くの人間を惨殺した快楽殺人者ですぞ。そんな男の言うことなど信じるだけ無意味です」


 そこでルドルフは言う。


「少なくとも、ミリアを見つけれたのは、ファウンドのおかげだ。お前のように平然と嘘をつく男より、よりよっぽど信用における」


 ルドルフはクアラムに決別の視線をぶつける。

 クアラムは一瞬だけ押し黙ると、唐突に叫んだ。


「分かりました、分かりましたとも。それじゃあ、仕方ありませんね」


 クアラムの礼服から白い魔力が立ち上り始める。


「では、あなた達にはここで消えてもらいましょう。総勢、80人の勇者達がここにいる。例え、ライエン家の当主といえど厳しいのではないですか?」

「確かに、儂一人なら厳しいだろうだが……」


 その言葉をきっかけにして、後ろの扉から続々と人が出てきた。彼らは一様に銀の甲冑に狼の口を彷彿とさせる兜を身につけている。腰に刺した刀にその容姿。該当するのは一つ。


「ゾルダム騎士団……」


 世界最強の騎士集団にして、最強の実力者達。彼らはこのエリクマリアに駐屯していたようだ。ライエン家の窮地とあって駆けつけてくれたのだろう。

 ゾルダム騎士団の中で、黒いマントを羽織った一際目立つ男が言う。


「我らがいる限り、ここから生きて帰れると思うなよ! 組織の犬共が! 我らはゾルダム騎士団六番隊。ゾルダム最強の矛の異名は伊達ではないぞ! 命尽き果てるまで、貴様等を食らいつくしてくれる!」


 それに呼応するように、騎士達が鬨の声を上げる。

 クアラムはその様子に苛立ちを隠せないようで、顔がくしゃくしゃに歪んでいた。

 ミリアは言い放つ。


「私は今、ファウンドを助けにいかないといけないの。だから、出来ればあなたたちと戦っている時間も惜しい。だから、今、逃げるっていうなら見逃してあげるけど?」

「小娘がつけあがりおって……」


 クアラムは怒りに震えている。

 脇にいるルドルフがミリアの肩に手を置く。その分厚い手にミリアも手を乗せる。


「パパ。私はファウンドを……ユウリを救いにいきたい。彼を助けたいの。協力してくれる?」

「ふん、もちろんだとも。儂の娘達を救ってくれた恩人だ。これで報いないのは、商人の恥。人間の恥だろうて」

「ありがとう!」

「だが、それにはちと、目の前の奴らが邪魔だな」

「そうね」


 親子の視線がクアラムを貫く。それは揺るぎない強い意志の籠もった瞳。何人たりともそれを侵害できない強固な思いが宿った瞳だ。

 クアラムが怖じ気づく。

 ミリアとルドルフが言う。


「行くわよ?」

「覚悟はいいか?」


 二人の豪傑が魔力を放つ。それは螺旋となって、勇者達を圧倒し、彼らを震え上がらせる。

 ミリアは心をたぎらせながら、ファウンドを思う。


(ユウリ。私はあなたを必ず救ってみせる。あなたが自分を憎む必要なんてないって教えてあげる。それが私の役目。私なりの正義なんだから。だから、私が行くまで絶対に生きて。死ぬなんて許さないからね!)


 彼女はそう心に誓ってから、ルドルフ、そしてゾルダム騎士団と共に、勇者の群へと飛び込んだ。

 


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