表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンチヴレイブ  作者: 出壊鉄屑
第七章 怨嗟の記憶
45/67

第五話

 次の日、俺たちは日の出前にはルドルフ邸を出発した。エリクマリアにいるのは危険だと判断し、俺たちは郊外に向かった。

 すると、予想外の人物にばったり出会った。


「エミリア……」


 レイドの妹であり、俺の親友。


「機関から逃げるんでしょ? 私が案内する」


 待っていたかのように登場した彼女は、俺たちが何をしようとしているのか分かっていた。


「こないだ会った時、いきなりあんな話しされたから心配になったの。だから尾行した。気分を悪くしたらごめんなさい」


 そう言う彼女は、なぜだか妙にそわそわしていた。

 俺は思案の末、彼女についていくことにした。彼女とのつき合いは長い。彼女なら信頼できる。そう思ったからだ。しかし、聞かなければならない事はある。

 エリクマリアの町並みが閑散としてきた頃になって俺は聞いた。


「機関から逃げているとなんで分かった?」

「彼女が……シールがアニムの候補だって知ってたから。機関は彼女の能力を欲しがっているのよ。てっきり、あなたも知っていると思った。でもこのあいだ会った時に、あなたが知らないみたいだったから正直戸惑った」

「お前はアニムの秘密を知っていたのか」

「序列が高ければ知らされるはずの知識よ。多分、あなた以外のトップランクはみんな知ってる」 


 その言葉から俺は確信した。エミリアは機関のやり方を認めていると。彼女はエリムスからアニムを作るという行為を容認していたのだ。

 三人は街を抜け、森の中に入っていた。エリクマリアを密かに脱出する道としては、今のところ最適な道だ。彼女が俺たちを逃がすつもりなのか捕らえるつもりなのかは、まだ分からなかった。


「お前は俺たちの味方なのか」

「あなた達じゃない。私はあなたの――ファウンドの味方でいたい」


 暗部時代の呼び名を彼女は言う。そして、彼女は立ち止まった。俺は言う。


「お前が心配していたのは、俺がシールを機関に渡さないんじゃないかって事だったんだな?」

「そうよ」


 彼女は背を向けたまま言った。俺は続ける。


「お前は機関のあり方に賛同しているんだな」

「ええ」


 シールが俺の腕を掴んだ。俺は彼女の手を強く握る。

 そして、エミリアは俯いたまま言う。


「このまま行けば、あなた達は死ぬ。兄達が待ち受けているわ。私はあなた達をここまで誘導するよう命令を受けてるの。でも、ファウンド。あなたには死んでほしくない」

「そうか、俺達はお前にまんまとはめられた訳か」

「そう、あっさりね」

「変わったなお前は」


 そう俺が言った途端、彼女は振り向いた。その目からは夥しい量の涙が流れていた。


「変わったのはあなたよ! 昔のあなたはどこにいっちゃったの? 世界を憎んで、憎悪してたあなたはどこにいったの?」

「俺は幸せを見つけた。世界には憎しみだけじゃないって気づいたんだ」

「あなただけ、ずるい。いつも私を置き去りにしてどっかに行っちゃう。どうしてなの? ねぇ? 今からでも遅くない。その女を渡して、謝りましょう? 機関もあなたを失いたくないはずよ。今の地位には戻れないかもしれない。けどあなたのためなら、私も死力を尽くすわ」

「もう機関には戻れない。あんな下種なシステムで正義を語ってると分かった以上、奴らに組みする気には到底なれない」

「正義なんて仮初めだって、分かってたじゃない。昔のあなたなら知ってたわ。数人の命で大勢が救われるなら安いもんだって、いつも言ってたじゃない」


 俺はその時、確かにそうだと思った。変わったのは自分だと。エミリアは昔の自分だ。俺が捨てた過去だ。

 しかし、俺はもう過去に戻る気はない。だから、決別の言葉を彼女に告げる。


「俺はシールと共に行く。俺は彼女との幸せを選ぶ」


 エミリアの瞳に残っていた光が消えた。その言葉が引き金になり、彼女は憎悪に滾る視線でシールを睨んだ。


「その女のせいね。その女があなたを腑抜けにしたのね。許さない。絶対に許さない。差し違えても地獄に引きずり落としてやる」


 エミリアが剣を抜いた。だから俺も二刀を抜く。魔剣ティンダロスに名刀サキガケ。

 ティンダロスの力は消え失せていた。すでに機関には俺が敵対行動をとっていると知られたのだろう。しかし、エミリアもアニムを使用できない。なぜならシールの周囲数十メートルでは、魔法は発動すらできないのだ。

 だから、完全なる剣の勝負だった。彼女の剣筋は昔に比べて格段に上がっていた。だが、俺の敵ではなかった。

 彼女は俺に呆気なく斬り伏せられる。


「どうしてよ? なんでよファウンド!」


 彼女は泣きながら立ち上がる。彼女は流血していた。立ち上がるのがやっとだ。


「今ならまだ助かる。帰るんだ。俺たちを追うならもう容赦はしない」


 俺は名刀サキガケを彼女に突きつけた。しかし、彼女は怯むことなく嘆く。


「帰ってきてよ。お願いよ」

「すまんが、無理な相談だ」

「あなたが、そばにいないなら。私は……」


 そして、彼女は俯いた。だから俺は油断した。諦めたのだと思った。だが違った。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 エミリアは叫びながら、俺の剣に向かって突進してきた。俺は思わず剣を引っ込めようとしたが間に合わない。彼女の口に剣が貫通し、後頭部を突き抜けた。

 シールが口を覆う。俺も目を見開いた。

 口を剣が貫いたまま、彼女は言った。


「私の顔を覚えておきなさい。これがあんたが不幸にした女だ。これが、あんたが裏切った女の顔だ!」


 俺は剣を引き抜こうとした。だが、彼女は剣を噛んで離さない。まるでびくともしない。彼女は血の涙を流しながら、剣を強く噛み続けた。

 そして、名刀と呼ばれる刀はエミリアの顎の力によって折れた。そして、そのまま地面に倒れ伏すと、彼女は絶命した。

 俺はその時、呆気にとられていた。脳が現状の理解を拒んでいるような気がした。そして徐々に実感したんだ。人間の執念の凄みを。自分のした行為の罪深さを。

 そう、俺は正義なんて志してなかった。機関が数千を犠牲にして数万を救うとしたら。俺は数十万の人間を犠牲にしてでも一人を救う男だ。どちらが世界にとって悪なのか、あまりにも簡単な事じゃないか。エミリアの死で俺は気づかされた。

 俺は正義の味方なんかじゃ決してない。


「ユウリ……」


 朝日が木々の合間から差し込み、シールの顔を照らしていた。彼女は体を震わせながら俺を見つめる。


「私はユウリを不幸にしてる。私がユウリと一緒じゃなかったら、エミリアさんが死ぬこともなかった。ユウリがエミリアさんを殺す必要なんてなかった!」


 彼女は涙を散らしながら俺に訴えかけた。


「何を言って……」

「エミリアさんの言うとおり、ユウリは機関にいた方がいいのよ。私なんかと一緒にいない方がいい!」


 そして、震える唇でシールは言った。


「私を機関に渡してあなたは生き延びて」

「やめろ!」


 俺は彼女を引き寄せると、彼女を自分の胸に押しつけた。


「俺はお前を愛してるんだ。お前がいない未来なんてありえない!」

「うぅ、ユウリ」

「こんなに……こんなに震えてるじゃないか」

「私、ダメね。ユウリは機関に行かないといけないのに。私を差し出せば助かるのに。ユウリがいなくなる事を想像したら、怖くて仕方ないの」

「大丈夫だ。俺はずっとシールのそばにいる。誓っただろ?」

「ありがとう……ごめんなさい」


 彼女は俺の胸の中で嗚咽を漏らす。

 この時、俺は誓ったんだ。俺は正義の味方じゃなくていい。シールを救えるなら、俺は悪魔にでも悪鬼にでもなると。

 そして、その矢先だった。


「いたぁいたぁ!」


 フロイラの甘ったるい声が森に響いた。俺は急いでシールの手を取りかけだした。


「逃げてもむだよぉん。ねえ?」


 すると、地面が爆裂し、粉塵を上げた。


「そうだなぁ。えぇ? 殺しあわないと楽しくないぞぉ?」


 ガランまでいる。急いでこの場を離れなければならない。俺たちは必死に逃げた。だが、前方からフロイラの魔獣が沸いて出てきた。それを退けながら移動するのは、至難の技だった。例え、シールの魔法で奴らを消し去ろうと、死骸が山積し、思うように進めない。

 何度も足をとられる。しかも、体勢を崩した瞬間を狙い澄まして、強烈な光線が発射される。デミラの狙撃だ。シールのおかげでそれも、無効化できている。だが、そのせいで彼女は何度も魔法を行使するはめになった。魔力の消耗が激しすぎる。


「ユウリ! 待って! そこにいるのって!」


 その時、俺はそれがただの魔獣だと思った。黒ずんだ肌に、空洞になった眼窩。所々無くなっている不揃いの歯を見せながら、俺たちに寄ってきたそれを、俺は何の迷いもなく切り裂こうとした。だが、彼女の言葉で、俺はそれをしっかり見たんだ。

 それは紛れもなく、死んだはずのシールの母だった。

 俺たちは驚いて立ち止まった。すると、周囲の猛攻撃も途端に止んだ。


「お母さん……」


 シールの発した言葉に反応したのか、こちらを向く。だが、言葉の意味は分かっていないようだった。


「私よ! 生きてたのね」


 シールは涙を流す。だが、それが果たして生きていると言えるのだろうか。まるで魂だけごっそり抜け落ちているようだった。


「お母さんとのご対面はどうかしらぁ?」


 フロイラが言う。俺はその言葉で察した。奴は俺たちを足止めするためにわざわざ、母をここに配したのだ。 

 俺は振り返り睨んだ。そこには案の定、フロイラがいた。木の上に立ち、俺たちを見下ろしている。俺はその腐った魔女を見た途端に、余計に臓腑が煮えくり返った。


「悪趣味だねぇ。相変わらず」


 左にデミラ。


「早く、遊ばせろよ。余興はその辺でいいだろ?」


 右にガラン。

 勇者機関の序列三位から五位までが勢ぞろいだ。機関はそれほど、シールを欲しているのだろう。

 そして、そこまで揃っているということはもちろん彼もいるだろう。勇者機関の王者。序列一位のレイド。姿を見せていないがすぐに出てくるはずだ。絶体絶命とは、まさに今の状況の事を言うのだろう。

 正直言ってその時すでに俺は死を覚悟した。いかに、シールを逃がすか。それしか頭になかった。その思考を奴は無遠慮に遮ってきた。


「どうしてお母さんが動いているのか、気にならなぁい?」


 嬉々としてフロイラが尋ねてくる。そして、聞いてもいない事を、べらべらと話し始めた。


「魔核を抜くと、普通は死ぬわよねぇ? でも、擬似魔核を埋め込めば、肉体は生き続けるのぉ。おかげで、あなた達は死んだはずの家族に会うことができた。まあ、精神は壊れちゃってるけどねん」


 シールが口を押さえながら、うずくまる。母の変わりように耐えきれず、吐き気で立っていられなくなったのだ。

 フロイラは俺たちを足止めするために。いや、俺たちが絶望する姿を見るために、わざわざ母を延命させていた。

 俺は内からわき上がる憤怒を抑える事なく叫ぶ。


「下種の極みだな。貴様には必ず、下種に相応しい死に方を用意してやる」

「ああぁん。それはとっても楽しみねぇ。想像したら、今から濡れてきちゃったわぁ」


 俺は魔剣の柄を強く握る。奴は差し違えてでも殺さなくてはならない。奴は生きているだけで、世界を不幸へと導く。

 俺がそう決意したその瞬間、強烈な殺気が放たれた。


「ファウンンドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 森一帯に怒号が響き渡る。フロイラの背後。木々の帳から歩いてくる人影。現れたのは銀髪に深紅の鎧を着た男――レイド。彼は敵意をむき出しにして俺を見た。


「お前だけは、もう少しましな奴だと思っていた。だが、やはりそこらの屑虫と、なんら変わらなかったようだな!」


 俺は拒絶するように言い放つ。


「俺は機関のやり方には賛同できない。機関からは離脱することにした」

「なるほど。随分ご大層な理由だ!」


 レイドは俺に聞く。


「妹を殺したな? 殺したんだな?」


 そう言われて、胸が痛まない自分に俺は気づいた。俺はもう、外道の道を歩み始めているのだろう。


「ああ」

「妹は俺のものだ。誰にも渡すつもりはなかった。なのに貴様に殺された。殺すなら俺のはずだった。俺が殺したかった!」

「相変わらず屈折した愛情だな」

「ふっっっっっふふふふふふふふふ」


 レイドは震えながら小さく笑っていたかと思うと、次第に大声で笑い始めた。


「殺す! ぶち殺す! 頭から足の先まで、余さず全て肉片にしてやる!」


 レイドは広角をつり上げ不適に笑った。

 フロイラ、デミラ、ガランも合唱のように笑っていた。


「お前が生きている事に感謝する。お前を殺せるんだからな!」

 レイドの怒号を皮切りに全員が一斉に動いた。




 結果から言うと、一分と保たなかった。シールを逃がし、自分だけで勇者四人を引き受けようと思った。だが、一瞬で俺は吹き飛ばされると、シールはいとも簡単に捕縛された。上位勇者四人からの一斉攻撃の前には、魔法の無効化でも抑え切れはしなかった。

 俺は有らん限りの声で叫んだ。


「シールに触るな!」


 シールはフロイラの腕から身を乗り出し、懇願するように叫ぶ。


「ユウリ!」

「あぁらぁ。残念だけど、逃がさないわよん」


 シールはフロイラの手を振りほどこうと暴れている。だが、彼女の非力さでは勇者の拘束を破ることなどできない。


「絶対に助けに行く! 絶対だからな!」


 俺はレイドとガランに行く手を阻まれながら必死に叫んだ。しかし、無情にもシールはフロイラに連れられ、森の闇に消えていった。

 そして最後に聞こえたんだ。


「次に私と会ったら。絶対に私を殺して!」


 そんなあまりにも悲しい言葉が。

 俺はその時、理解していなかった。何故彼女がそんな事を言ったのかを。彼女と対面するまで分からなかったんだ。

 そして、残ったのは三人の勇者と俺。周囲に見えるのは、魔物の死骸とそれにまじった母の死骸。

 シールの母は戦闘に巻き込まれ簡単に死んだ。俺とシールはその死をかみしめる暇もなかった。




 その後の事は正直、ほとんど覚えていない。ただ、必死にシールの消えていった方へ向かったのは確かだ。だが、俺は気づけば左腕も右足も失って、崖の底で倒れていた。

 俺はその時、途端にシールが消えてしまった事を自覚した。彼女との約束を果たせなかったと、理解したんだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 俺は咆哮を上げた。

 もうすぐ果てるだろう命を全て使って、訴えたかった。何故こんな理不尽があるのかと。どうして、俺たちを引き離すのかと。

 薄れゆく意識の中で、老人が見下ろしているのが見えた。俺はその時、そいつが悪魔の使いだと思った。だから言ったんだ。


「俺の体を好きにしていい。呪いでもなんでも、引き受ける。だから、俺を生かしてくれ。俺の命を少しでも長引かせてくれ」


 老人が深くうなずくのが見えて、俺の意識は暗転した。これが、バグラムとの出会いだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ