第四話
暗く湿った空気が、街路の隙間からにじみ出る。曇天の天井と漆黒の雨によって、街に光は届かない。勇者達が悪行を成そうと気づく者はいないだろう。
鮮血の魔神――レイドはそんな陰鬱な町並みを見つめながら、宿敵の登場を待っていた。
彼は思い出す。妹の最後を。死の瞬間を……
茂る林の中に妹はいた。見つけた時にはすでに剣が彼女の口に突き刺ささり、彼女は事切れていた。
彼女は勇者だった。だから、いつ死んでもおかしくはなかった。覚悟はできていた。
だが、殺したやつを許せるかは別問題だ。それが例え正当防衛だろうと関係ない。妹を殺した奴は絶対に許さない。
「妹は俺だけのものだ」
レイドにとって妹は全てだった。彼女が傍らにいるだけで癒された。彼女の全てを彼は欲していた。兄弟の一線をレイドは軽々と越えていた。
しかし、ファウンドはレイドから妹の様々な物を奪った。妹がレイドへ向けていた尊敬も、親しみも、愛も。全て残さず奴に奪われた。そして、最後には妹の命すら奴の手で絶たれた。
レイドは紅刀を握りしめる。拳から剣を伝って、血の滴がしたたり落ちる。
普通なら彼は苦痛に喘ぐはずだ。ファウンドの死を祈り、咆哮を上げるはずだ。
だが、レイドは笑っていた。これ以上ないくらい満足気な笑みを浮かべていた。
レイドは掌の血をなめる。彼はファウンドの事を何度も何度も考えていた。それは彼を憎めば憎むほど、己の心に妹が痛みとなって去来するからだ。彼はそれが無性に愛おしく、心地よかった。だから、彼はファウンドに対して狂おしいほど執着していた。
その快楽はもはや麻薬のように、レイドの精神を狂気へと駆り立る。彼は妹を知覚できるなら、どんな痛みも欲するだろう。どんな嘆きも欲するだろう。彼は身も心もファウンドという存在を欲していた。
レイドの視線の先で光が何度か点滅した。建物と建物の間から何度か、人が飛び上がるのが見える。
レイドはファウンドの行動の全てを知っていた。今回の騒動の意図も、どのような計画かも、彼は全て察していた。だから、レイドはファウンドが確実に来るだろう場所に、先回りできていた。
レイドは語りかけるようにひとりごちる。
「もっと足掻け。貴様の苦悶の表情を俺は見たい。貴様の激怒する顔を俺は見たい。貴様が苦しめば苦しむほど、俺の心は満たされる。俺に殺されるまで、その憎悪を熟成させろ」
レイドは屋根の上で立ち尽くし、ファウンドがやってくるのをじっと待ち続けた。




