第六話
ファウンドは背後の少女を一瞥する。全身泥まみれで、至る所に擦り傷ができている。身体を震わせながら、荒い呼吸をしている。しかも魔力も乏しく立つことさえままならないときている。普通なら戦う意志など、とうに消え失せているはずだ。しかも、戦っている相手は勇者。あまりに状況が劣悪すぎる。
だがしかし、彼女の瞳はこの期に及んで燃えさかっていた。自分は絶対に負けないとその瞳が語っている。
ファウンドは状況から察していた。ミリアが自分を連れて逃げたということを。機関の追っ手をたった一人で退き、仲間でもないファウンドを守り続けた事を。
あまりの愚行さに呆れる。早くお荷物は見捨てて、一人で逃げるべきだった。彼女がファウンドを助ける義理など、ないのだから。
ファウンドはそう心で思っていながら、何故か表情は微笑んでいた。どうして、自分が笑っているのか分からない。少女の行動――生き方に、少なからず共感していたからだろうか。少なくとも彼女のおかげで、ファウンドは生き延びることができた。
ファウンドの背にミリアが問いかける。
「何故?」
「なにがだ」
「何で私を助けに?」
「借りは作りたくない」
ファウンドは呟き、聖剣を振るった。光線は完全に消し飛ぶ。光粒が舞う中でファウンドは言葉を付け足す。
「ただの気まぐれだ」
光線の放つ轟音が打ち消され、下水道は途端に静かになる。そのせいか、ファウンドの言葉は思いの外、大きく聞こえた。
ミリアが今どんな顔をしているのか、ファウンドには分からない。だが、困惑していることは確かだろう。
「おいおい、こりゃあ驚きだな」
緊張感のないデミラの声が響いた。彼はいつも通り、大仰な仕草で手を広げる。
「ヒーローは遅れて登場するってか? 反則だぜそりゃあよぉ」
汚水に広がる炎が彼の表情を露わにする。あからさまに警戒の色。当然だろう。見失った敵が降って湧いたかのように現れたのだ。デミラは微細な魔力すら詳細に探知できるアニムを使っている。例え、魔導具の残骸に紛れようと、気づかない訳がない。
デミラはファウンドを直視しながら魔眼を緑光に光らせた。そして、目を見張る。
「まさか。そんなバカな……貴様、何故魔力が変異している?」
ファウンドの魔力はデミラには虹色に見えていた。常に様々な魔力の色が入れ替わり立ち替わり現れる。デミラには魔力の質がそもそも変わっているとしか思えなかった。
「お前の父親に感謝しないとな」
ファウンドがデミラに捕捉されなかったのは、ゾフィアのおかげだった。ゾフィアは魔力の質を変化させる魔導具。普段はアニムを発動させるためにエターナルに似せた魔力を作っている。だが、それ以外の魔力に変換することも当たり前に出来る。
ファウンドは魔導具の残骸が発する魔導具と同じ質の魔力を纏うことで、デミラに発見されずに彼に接近することができたのだ。
デミラが苛立つように呟いた。
「父だと? あのバカが?」
「所詮は息子。父には適わない」
ファウンドの言葉にデミラはいつもの軽口を返さない。彼は眉を痙攣するかのように、振るわせている。どうやら、ファウンドは彼の怒りを買ったらしい。
ファウンドは、ミリアに背を向けながら話しかける。
「立てるか?」
「ええ、たぶん」
「遮蔽物があるところまで運んでやる」
「結構よ。あんたの力を借りなくても、這いずっていけるわ」
「威勢だけは一人前だな」
ファウンドは聖剣を構え、デミラに切っ先を向ける。
「ガランもフロイラも始末した。次はお前だデミラ」
「っふふふふ。あっはっはははははは」
デミラは唐突に笑い出す。
「俺をやるぅ? 俺を殺すぅ? そりゃぁ楽しみだ。是非ともやってくれ」
「なら、望み通り容赦はしない」
ファウンドはすぐさま駆け出す。デミラも同時に飛び跳ねる。
ファウンドは聖剣を強く握り、宙を舞うデミラに襲いかかった。
ΨΨΨΨ
デミラは下水道の天井を高速で移動する事で、ファウンドを翻弄していた。ファウンドはデミラの奇抜な挙動に攻め倦ねている。
デミラはファウンドを見つめながら考える。奴の得物は聖剣シールと魔剣ティンダロスの二つ。『魔力無効』と『空間転移』の魔法は実際に脅威だ。それを同時に使われれば、デミラは今頃、汚水に流れる残骸と変わらぬ姿となっていただろう。だが、ファウンドは今のところ、聖剣だけを発動させている。二つのアニムを同時に使ってはこない。わざと使っていないのか、もしくは使えないのか。
ファウンドの聖剣が空間を薙ぐ。だが、デミラはすぐさまファウンドから離れ、刃圏から逃れる。しかし放たれた光の飛沫がデミラの体表に当たると、ちりちりとした痛みを発生させた。
当たれば即座に死ぬ。掠ってもただでは済まない。デミラはそれを強く認識する。
不用意に近づくのは危険だ。だが、そもそもそんな危険を犯す必要はない。デミラはファウンドの様子を間近に見て分かっていた。ファウンドは明らかに無理をしている。彼は度重なる戦闘で弱っている。
それもそうだろう。ガランとフロイラと戦って無事である訳がない。だからこそ、焦る必要はないだろう。長時間戦っていれば、いずれ隙ができる。そこをつけばいい。
そうデミラが考えたのとほぼ同時に、その音が響いた。空間に伝わる重低音。
魔剣ティンダロスの唸り。
デミラがそれに気づいた時には遅かった。聖剣が彼の腹部に叩き込まれ、そのまま天井から引き吊り降ろされた。
デミラは回転しながら、地上に着地する。すぐさま腹部を確認するが無事だ。やはり、奴はアニムを同時には使えない。『魔力無効』が発動していれば、今頃デミラは跡形もなく消し飛んでいた。
ファウンドはローブを翻しながらデミラへと走ってくる。デミラに反撃の隙を与えないつもりだろう。
ここでデミラはファウンドの後方に、ミリアの姿を見た。懸命に下水道のくぼみに隠れようとしている。デミラは広角をつり上げる。
「さすが元暗部。隙を突くのはお手の物だなぁ」
デミラは右手を上げて、大量のナイフを発射した。それらは『電撃』を纏いながら放射状に放たれる。ファウンドならそれを難なく避け、その隙を突いて攻撃してくるだろう。しかし、デミラはファウンドにその余裕はないと分かっていた。なにしろあのヒーローは、背後にいる少女を、救わなければならないのだから。
ΨΨΨΨ
ミリアの元にナイフが殺到する。ミリアは再度、死を覚悟した。だが、ミリアには一本たりとも、ナイフは突き刺さらなかった。
「さっさと隠れろ。邪魔だ」
彼は言葉とは裏腹に、律儀に全てのナイフを打ち払っていた。ミリアに傷一つ負わせないように。
ミリアは小さく呟く。
「ありがとう」
「すぐに終わる」
それだけ言って、ファウンドは再度デミラの元へと向かう。彼は明らかにミリアを庇いながら戦っていた。彼女に攻撃が当たらないように、気遣いながら行動している。それをデミラも分かっていて、わざとミリアに向けて攻撃を放とうとしていた。
ファウンドは何度も消えては、デミラを剣で切りつけている。だが、どれも決定打には乏しい。デミラの身体はあまりに硬すぎる。剣で切れるものではない。実際に戦ったから分かるが、デミラを倒すのは容易ではない。
かといって、聖剣を発動させて挑もうとも、デミラは逃げるばかりで追いつかない。アニムを使えば使うほど、ファウンドは消耗していく。これではじり貧だ。
ミリアはせめて邪魔にならないよう、窪みに向かって這いずる。力はまるで入らない。だが、やるしかないのだ。
何とか窪みに手が届いた。
「あああああああ」
叫びながら、何とか窪みに身を隠す。荒い呼吸を整えながら、ミリアはデミラを倒す方法を考える。それぐらいしか、今のミリアにはできそうもない。だから、必死に考えることにした。
奴の脅威な点は、多様な魔導具でもアニムの能力でもない。魔導石で出来た異様な身体だ。その肉体のおかげで、奴は強固さと俊敏性を獲得している。生半可な攻撃では奴に傷をつけることすらできない。
何かないだろうか。奴を倒す方法が。
彼は全てが他人ごとであるかのように、なにもかもに感心がない。あるのは金と父くらいだろう。きっと自分自身にも感心がない。でなければあそこまで、化け物じみた改造を自分に施せる訳がない。
しかしなぜ、父であるバグラムにだけは過剰に反応するのだろうか。なぜそこまで、バグラムにこだわっているのだろうか。
彼は父を売って金に変換した。父よりも金の方が大切だと言いたいかのように。
奴は金を何に使っているのだろう。あの姿では遊ぶことも容易くない。そもそも彼は魔導具の研究者。魔導具の研究に金を割いているのかもしれない。
バグラムの研究である魔導人形の研究。デミラも当然していただろう。なにせ、奴の胸部に納まっていたのは魔導人形だった。
魔導人形は魔導具の塊。そう言った意味ではデミラもその条件を満たす。あそこまで魔導具を内蔵しているのだ。彼はもはや魔導人形と大差ないだろう。
ミリアはそこではっとする。そもそも何故、デミラが魔導人形ではないと言い切れるのか。
戦闘をしている間の危機感の無さ。それが遠く離れた場所から、魔導人形を操っているためだったなら頷ける。デミラは命のやりとりをしていないのだ。余裕があるのも当たり前だ。
何故、今まで気づかなかったのだろう。あそこまで、化け物じみた変化をした時点で気づけたはずだ。
ミリアはこの事実をファウンドに教えようと身を乗り出そうとした。しかし、思いとどまる。教えた所で何が変わるだろうか。それを知っても、デミラをどうやって破壊するかは分からない。
いや、本当にそうだろうか。
魔導人形には弱点がある。指令を受け取る魔導具が破損されれば、魔導人形は停止するしかない。ミリアはバグラムの魔導人形が機能停止するところを見ている。
ミリアは眉を寄せ俯く。どこにその魔導具があるか、気になっている所がある。だが、本当にそこかは確証がない。ミリアが二回目の蹴りを放った時、奴は首に蹴りが当たることを避けて頭で受けた。頭で防がなければならない物が首にある。つまり、奴の首にそれが埋め込まれているかもしれない。
ミリアは今度こそ顔を出した。ファウンドとデミラはお互いにらみ合っている。どうやら膠着状態のようだ。
ファウンドはデミラの装甲の脆い所を探しているようだ。デミラを顔から足の先まで観察している。デミラも、高速で転移するファウンドへ、どのように対処すべきか考えているようだった。
そこでミリアは大声で発する。
「首よ! 首を狙って!」
彼女の言葉が呼び水になったのか、二人は途端に動き出した。




