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アンチヴレイブ  作者: 出壊鉄屑
第五章 魔導演武
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第一話

 淡い黄土色の尖塔が曇天を貫くようにそびえている。その正面に取り付けられた時計はルドルフの心情を気にする訳もなく、無慈悲に時を刻み続けていた。


「娘さんは大丈夫です。人質を殺してしまえば、交渉の余地がないことくらい、犯人はその矮小な頭でも理解しているはずです」

「……」


 クアラムの慰めに、ルドルフは沈黙で答える。彼にはもう、人と言葉を交わせる余裕はなくなっていた。娘の事だけが彼の心を埋め尽くしている。

 彼らの周囲には人の気配はない。だが実際は、クアラムが用意した機関の尖兵達とルドルフの用意した私兵達が、至る所で身を潜めていた。

 機関側には勇者やその従者、暗部に至るまで、隠密に長けた人員が配置されている。彼らはクアラムの一声で、いつでも犯人を殺せるよう臨戦態勢に入っていた。

 一方、ルドルフの私兵にはライエン家から強い援助を受けているゾルダム騎士団の姿があった。

 ゾルダムはエリクマリアに最も近い六大都市の一つで、騎士の都と呼ばれている。ゾルダムの騎士は独自の剣術を考案し、その剣戟は魔物すら容易に両断すると言われている。ゾルダム出身のレイドが機関随一の剣客であることが、ゾルダム流剣術の脅威を物語っていた。それを加味すれば、ルドルフの兵力は機関のそれと大差ないだろう。

 降り注ぐ雨は彼らを避けるように地面へ落下する。彼らは『反発』の魔法が宿った外套を羽織っていた。これはライエン家の開発した売れ筋の魔導具。障壁があるかのうように、空間がぽかりと空いているように見える。

 濡れることのない雨の中で立ち続けて、もうすぐ十分近くが経とうとしてた。定刻の五分前。そろそろ犯人が現れてもおかしくない時間だ。

 ルドルフが時計塔と正面に伸びる道の間で視線をさまよわせていると、彼の魔導具がけたたましく鳴り始めた。

 ルドルフは即座に通信用の魔導具を懐から取り出すと、その魔導具が放つ色に目を剥いた。金色の魔力。それはまぎれもなく、ミリアからの通信だった。

 ルドルフは震える手で魔力を込めた。即座に相手と通話状態になる。


「ミリアか!」

『パ……』


 そんな言葉ともつかない音だけを残して、通信は一方的に切断した。


「ミリア! ミリア!」


 ルドルフは数秒の間、魔導具に向かって連呼し続ける。まるで、娘の言葉を待つかのように。

 しかし、残念ながら、その魔導具は沈黙し続けたままだ。ルドルフはそれを地面にたたきつける。


「犯人め! おちょくりおって! 娘を返せ! 娘を!」


 彼は息を荒げながら怒りの咆哮を上げる。錯乱するルドルフの肩をクアラムが掴む。


「落ち着きめされよ!」

「これが何故、落ち着いていれようか。ミリアが戻ってきたなら、犯人のその汚れた面をはぎ取って、町中から見えるよう吊し上げてくれるわ!」

「辛抱なされよ! もう、犯人の命は風前の灯火。ここに来た時点で、彼らは我らの正義の鉄槌によってこの世から消滅します。だから落ち着いてくだされ。貴殿の娘に対する深き愛は、身にしみるほどに痛感いたしました。こちらが怒れば怒るほど、奴らの思うつぼです」

「……」


 ルドルフはクアラムの瞳を見つめる。この老人は油断ならない男だと思っていた。信用ならないとも。その根拠は商人としての積年の経験からくる感だ。だが、今になってこの男と共にいることが、心強く感じていることにルドルフは気づく。

 彼はため息をつく。


「すみません。どうかしていたようです。今、ここにあなたがいてくれて良かった」

「私は不肖ながら機関の長を務めるもの。危機に瀕した人間を救うのが、私の――私たちの義務だと自負しております。貴殿の味方をするのは当然のことです」

「それは、本当にありがたい。どうか娘を助けて下さい」

「頼まれなくともそうしますとも」


 そう答えたクアラムの笑顔の裏に、やはりルドルフは嫌な気配を感じてしまう。職業病も今は大人しくしていてほしいものだと、ルドルフは思った。

 そんな会話をしている内に、時計塔は正午の鐘を鳴らした。

 そこで、クアラムは通信用魔導具を取り出すと二、三会話をする。


「来たようです。正面から一人。確認されている犯人の特徴と一致します」


 それはルドルフの目にも確認できた。朧気に揺れるローブを被った男の姿。

 豪雨による視界の悪さは、ルドルフの身につける魔導具の数々によって無力化されている。そのため、彼の老いた視力でも十分に犯人を見ることができた。

 ローブの男はルドルフ達から数十メートル離れた位置で立ち止まった。


『予定の物は?』 


 発せられるのは魔法によって作られた合成音声。それは不協和音のようにルドルフの耳にまとわりつく。


「こちらは、持ってきている。そちらはどうだ? 人質の姿が見えない」 


 クアラムが答えると、犯人はその合成音声を再度発する。


『一緒に連れ立ってきたら、俺は容赦なく殺されるだろう? 彼女を隠している場所を教える』

「それでは彼女の生死も確認できない。早くここに連れてこい。でなければ交換はしない」

『どうも勘違いしているようだな。これは対等な取引じゃない。俺たちからの勧告だ。不当な行いを繰り返すおまえらへの制裁だ。貴様らに選択の余地などない』


 そんな戯れ言を聞いたルドルフは、怒りに任せて犯人に怒号を浴びせる。


「この、ふざけた奴め! そんな妬みに娘はつき合わされているのか! 今ここで貴様を八つ裂きにしてやる!」

『怒るのもいいが、娘がどうなってもしらないぞ、じいさん。ぐずぐずしてると、あんたの娘は誰か判別できない程度に全身装飾されることになる。俺の仲間は俺でも震えるほど悪趣味な奴でな。あまり、長い時間は娘さんの命を約束できそうにない。理解してくれたかな?』


 ルドルフは恐怖に顔をひきつらせる。手紙と一緒に指を送りつけてくるようなやつらだ。どんな非道な事をしていてもおかしくない。


「……分かった。お前さんの言うとおりだ」

『分かればいい』


 完全に犯人に主導権を握られている。ルドルフは黙って従うしかない状況に歯噛みする。


『それじゃあ、まずアニムから頂こうか』


 こうして、一方的な強奪が始まった。クアラムは粛々とアニムを取り出し、犯人へと渡した。これらのアニムは勇者でない犯人でも自由に使えるように調整されている。犯人はアニムを何度か使用して満足したように腰にさした。

 そして、今度はルドルフの順番。彼は懐から記憶晶を取り出す。


「この中にライエンの全てがある」

『そんな小さい記憶晶にか? 信じられないな』

「その言葉こそ、わしらに対する冒涜だ。いいかな? この記憶晶そのものが我がライエン秘伝の技術で作られた代物。世に出回っている記憶晶の数千倍の情報を保存できる。少なくとも、人間50人分の一生を記録することは造作もない」


 その事実を隣で聞いていたクアラムは、その能面にもさすがに驚きの色が生じている。

 ライエン家の商品は戦闘用というよりむしろ、日常生活で利用するものが大半だ。記憶晶はその中でも、最も普及したものであり、一番開発に資金を投入した魔導具だ。そのような代物があってもおかしくはない。

 ローブの男はフードの奥から目を光らせルドルフへと近づくと、ひったくるように記憶晶を受け取った。

 彼は即座に魔力を込め、内部の情報を見る。そして納得したのか、記憶晶をローブのポケットにしまった。


『さすがは天下のライエンといったところか』

「それで満足だろう。早く娘の居場所を教えてくれ!」

『ああ、そうだな……』


 すると、男は丸めた羊皮紙を取り出し、それを上空に向かって放り投げた。

 ルドルフとクアラムはそれを目で追う。そして、ルドルフの足下にそれは落下した。

 ルドルフがそれを拾い広げると、確かにそこには座標が書かれていた。

 そして、彼が顔を上げた時には、ローブの男の姿は消えていた。


「安心下さい」


 隣にいるクアラムは落ち着いた様子で話す。


「勇者達が彼をしっかり追跡しています。もしその情報が偽物だったとしても、彼をこのまま追い続ければ、娘さんの居場所も分かるでしょう」

「……」


 ルドルフは不安を湛えた視線をその紙に向ける。

 この場所は知っている。しかし、ここが彼らの住処だとは到底思えない。なぜならそれは、エリクマリアの外を指しているからだ。本当にここにミリアがいるのだろうか。情報の正否はともかく、確認するのに半日はかかるだろう。そこまでたどり着くのに、それほど時間がかかるからだ。

 ルドルフは目をきつく閉じ、紙を握りつぶす。

 ミリアどうか生きていてくれ。

 ルドルフはただひたすら娘の安否を願った。

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