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アンチヴレイブ  作者: 出壊鉄屑
第四章 機関の秘密
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第五話

 ミリアは目を開ける。正面には群青の表面をした物体が浮遊していた。魔導人形がミリアを瓦礫から救ったようだ。ミリアの隣にはファウンドが横たわっている。彼もまた魔導人形の腹の下で難を逃れたようだ。

 ミリアは頭を振るい起きあがる。天井が落下し工房の大半が下敷きになっていた。壁は半壊し外の様子がよく見えた。大粒の雨が室内に叩きつけられる。

 ミリアは起きあがると、バグラムの姿が見えないことに気づいた。

 心臓が激しく胸を叩く。あの老人は死んでしまったのか。彼は魔導人形を使えば助かったはずだ。だが……

 ミリアは艶やかな光沢を放つ魔導人形を見つめる。バグラムは、ミリアとファウンドを助けるために自分を犠牲にしたのだ。

 ミリアは慌てて立ち上がると、周囲の瓦礫を必死にかき分ける。バグラムがどこかに埋まっているはずだ。怪我していなければいいが。

 ミリアが倒れる柱をどかした瞬間、茶色い魔力が微かに漂った。

 ミリアはその出所を目で追う。どかした柱の脇。一際大きい魔導具の下から、僅かに老人らしき手が見えた。ミリアは『斥力』で、ゆっくりと瓦礫を持ち上げる。そこには荒い息をしているバグラムがいた。


「早く……逃げるんじゃ」


 彼は頭から流血している。他人の心配をしている容態ではない。早く手当をしなければならない。


「今から、瓦礫をどかすから、じっとしてて」


 その時、ミリアの手をバグラムが掴んだ。予想以上に強い力に、ミリアはバグラムを見る。


「そんなことは……いい。儂は、もう助からん。下半身の感覚がないんじゃ」


 ミリアはバグラムの足があるべき場所に視線を向ける。ミリアは口元を手で覆う。瓦礫の下から夥しい血液が流れ出ているのが見えた。

 バグラムは潰えそうな意識を必死に保ち、ミリアに言葉を伝える。


「外は奴らが待ち伏せとる。後に隠し扉があるから、そこから逃げるんじゃ……」

「分かったから、しゃべらないで!」


 ミリアは泣きそうな顔で、バグラムの手を握った。

 バグラムは弱々しく口を動かす。


「嬢ちゃんのような、綺麗な娘に……看取られて逝けるなら……本望じゃ」

「そんなこと……」


 ミリアはバグラムの手を強く握った。


「奴は元気にしとるかのぉ」


 バグラムはミリアの背後を見つめるように呟いた。そしてその言葉を最後に、彼の瞳からゆっくりと色が失せた。彼の手から力が抜ける。

 事切れた老人を見つめ、ミリアは放心する。ミリアの視界が歪んでいく。自分はいつのまにか違う世界に迷い込んでしまった。そんな錯覚に陥る。こんなに簡単に、人は死んでしまうのか。


 その時、ミリアの頭に何かがぶつかり、彼女は我に返った。振り返ると魔導人形が浮遊していた。それは、自分を急かしているようだった。

 ミリアは頬を叩き気持ちを切り替える。今はともかく逃げなくては、殺されてしまう。

 彼女はバグラムの示した隠し扉を探す。工房が崩れたお陰で、隠し扉は容易に見つかった。扉の輪郭がはっきりと浮かび上がっている。

 ミリアが扉を押すと簡単に開いた。奥にはひたすら深い闇が広がっている。

 ミリアはそのまま進もうとして、立ち止まった。後ろ髪を引かれる思いで振り返る。そこにはバグラムの死体と瀕死の殺人鬼がいる。

 ミリアは頭を振るう。ファウンドを連れて行く義理はない。彼は人を何人も殺した。命を救っただけで、もう十分なはずだ。しかし……

 バグラムの話が本当なら、ファウンドは自分を救ってくれた恩人だ。その話を裏付けるように、今ミリアは機関によって殺されかけた。本当に彼はミリアを助けてくれたのかもしれない。

 そして、このままファウンドを放置すれば、公正さも何もなく彼は殺されるだろう。


「んっもう!」


 ミリアは室内に戻ると、ファウンドを抱き抱えた。目の前に死ぬだろう人間がいたら、放ってはおけない。例えそれが悪人でも。

 ミリアはファウンドを魔導人形に乗せ、魔導人形に手を当てる。バグラムが死んだことで、操作する主人が不在のまま待機状態になっていた。ミリアが魔力を流すと、魔導人形はミリアを主人に設定する。ミリアの頭の中に情報が流れてくる。


『指示ヲ下サイ』


 ミリアは魔導人形に、自分から離れないようにとだけ指示を出した。

 そしてミリアは再度工房を振り返り、バグラムの亡骸を見つめる。

 あなたの死は見届けた。もし、息子さんに会うことがあれば、あなたの死を伝えるわ。

 彼女はバグラムに数秒だけ黙祷し、駆け足でその場を去った。


ΨΨΨΨ


 ミリアが出ていってから数分。破壊された壁を覗くように一人の男が顔を出した。


「こんちわぁ」


 状況にそぐわない、高く乾いた声がこだまする。


「返事がないなぁ」


 壁を跨ぐと、中から帽子を目深にかぶった男――デミラが姿を現した。デミラは球状の魔導具を手でもてあそびながら、軽々と壁を乗り越える。


「ふうむ、さっきまで三人いたんだけどなぁ。今は完全に魔力反応無しか。全員潰れたかぁ?」


 デミラは工房内を見渡す。すると、老人が倒れているのが目に入った。瓦礫に潰され死んでいる。


「おっと。お久しぶりですなぁ」


 デミラは屈むと、その亡骸をじろじろと見つめた。そして、バグラムの髭を摘み無理矢理表情を変える。


「案の定、あなたが絡んでいたんですねぇ。全く、やっかいな事を。でも、おかげでたんまりお金が貰えそうです。ありがとう。父さん」


 デミラは少しの間、バグラムの顔で遊ぶと、興味を失ったのかその髭を離した。バグラムの頭部が音を立てて床にぶつかる。

 彼は目をめいいっぱい見開くと、遠くを見るように部屋の奥を見つめた。魔眼が異様に光り始め、それから広角をつり上げる。


「いたいた。あんな所にどうやって逃げたんだろ」


 デミラはまるで、ミリアとファウンドがどこにいるか、明確に分かっているかのようにつぶやいた。


「さあ行くかぁ」


 デミラはバグラムの頭部をただの瓦礫のように踏みつけると、ミリア達を追い始めた。 

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