第二話
ファウンドは夢を見ていた。肉体は昏睡状態。精神も衰弱しきっている。そんな生死の境で見たのは、愛しの彼女との思い出だった。
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はじめに見たのは、彼女との刺激的な日々の一つ。忘れもしない。彼女と自分の大切な日の記憶だった。
「ユウリ! 危ない!」
純白のドレスを着飾った彼女と、漆黒の正装に身を包んでいるユウリ。
二人は結婚式をあげようとしていた。だが、魔導具で武装した集団に襲われた。
「私は大丈夫です」
ユウリは飛来した礫を避けると、彼女と背中を合わせる。二人は自分たちを囲んでいる敵に、視線を向ける。
「もう! 結婚式ぐらいゆっくりさせてよね!」
「お嬢、いつもの調子でさっさと片づけちゃいましょう」
「そうね。ってユウリ! お嬢って呼ぶのは無しって言ったでしょ!」
「そうでしたか?」
「そうよ! 今日くらい、ちゃんと名前で呼んで!」
「お戯れは、こいつらを片づけてからにしましょう」
そう言うが早いか、ユウリは二振りの剣を抜き敵に向かって走った。しかし、ユウリの威勢を削ぐように、眼前で魔導具が跳ねた。それはすでに赤い光りを放ち、爆発しようとしている。
しかし次の瞬間、ユウリの背後から白い魔力の波が押し寄せた。一瞬で魔導具が光りの粒となって消え去る。
「ごまかさないで! 今言って!」
ユウリが振り返ると、そこには全身から魔力を漲らせた彼女がいた。彼女の髪が眩しい白髪から澄んだ青に変わっていく。白い魔力の波が彼女を中心に、螺旋状に渦巻いている。
ユウリは彼女の幻想的で美しい姿に、戦闘中だということを忘れてみとれてしまう。
そしてユウリは紡いだ。
「――」
彼女の名前を。
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場面は移る。曇天が空を覆い隠し、大粒の雨が降り注ぐ。
「私、知らなかった……」
彼女は雨に濡れながら顔を覆い隠している。彼女とユウリの前には、一つの墓があった。それは、彼女の母のものだった。
「お母さんは、私のこと嫌いだと思ってた。なのに、なのに……」
彼女は嘆く。自分の浅はかさを。
彼女の母は、彼女の知らぬまに死んだ。しかし彼女の母の愛は、彼女の知るなかで最も深いものだった。
「私はお母さんに何もしてあげれなかった。すっごい、嫌な娘だった!」
ユウリは自然と彼女を抱きしめた。彼女は涙で腫らした顔をユウリに向ける。
「私、どうしたらいいの?」
「生きてください。それが、お母様の望みです」
「でも、でも」
ユウリは彼女を強く抱きしめる。
「私がお供します。例え、これから先、どんなことが待ち受けようとも、私があなたのそばにいる。そうすれば、お母様の願いは必ず叶えられます」
「ユウリ……」
彼女がユウリを見上げる。二人は雨に濡れたまま、唇を重ねた。
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記憶が流れる。時が瞬く間に過ぎていく。
そこでは、二人がベットの中にいた。暖かい毛布にくるまれ、穏やかな時間を過ごしていた。
「ユウリと出会った時は、まさかこんな関係になるなんて想像もしてなかった」
「そうだな」
「あの時のユウリは、目をギラつかせて、とっても怖かったけど」
ユウリの鼻を指でつつく。
「俺で遊ぶな」
そう言いつつ、ユウリは満更でもなさそうだった。彼女は微笑む。
「ふふ。今のユウリの姿を昔のあなたが見たら、どう思うかしら」
「失望するだろうな」
「双剣のユウリの名が泣くわね」
「もう、昔の話だ」
「そうね。もうはるか昔のよう」
そして、彼女はユウリを見つめ、手を伸ばした。
「来て」
「ああ」
ユウリは小さく頷くと彼女を抱き寄せようとした。
その時、視界に激しいノイズが走り、世界が暗転した。
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夢は続く。例え本人が拒絶しようと、必ず彼女のことを考えれば行き着く情景がある。
仄暗い路地裏。散乱するゴミ。
腐乱臭が漂うその場所は、常人なら近寄ることはないだろう。
しかしそこへ、ローブを目深に被った男が歩いていた。男の顔はやつれ、生気がまるでない。覚束ない足取りで路地を歩いている。
世界に雑音がよぎる。記憶の断片を繋いだように、場面が幾度も飛ぶ。
いつの間にか、男はドアの前に立ち止まっていた。彼はドアノブを掴む。ひねると簡単に開いた。
ノイズが走ったと同時に、男は室内にいた。周囲に視線を泳がせる。その家は長い間、人がいなかったのか、物がそこかしこに散乱していた。
男は何かに気付き、隣接する部屋を開ける。すると、物音が聞こえてきた。男は音のする方へと進む。
雑音がひどくなる。世界が男をそれ以上先に進ませないように妨害する。しかし、男は止まる様子がない。
音は台所から聞こえるようだ。男からは死角になっており、音の元が何か分からない。
周りこんで確認しようとする。雑音がさらにひどくなる。
男の視線の先に、動く生物が映る。薄汚れたシャツに骨と皮しかない身体。地面まで伸びた青い髪。乞食の類だろうか。性別を判断することもできそうにない。
そいつは台所の食べ物を漁っていた。男からは顔が見えない。
男が口を開く。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
雑音で音がかき消される。すると、乞食が男の言葉に反応したのか、ゆっくりとした動作で振り向く。
ノイズが荒ぶる。視界を斜線が埋め尽くす。
そして、乞食が男と向き合った。その顔は黒く塗りつぶされていた。雑音が乞食の顔を覆い隠していた。
しかし、男はその顔を見た途端、みるみる顔色を変えた。そして、顔を歪ませながら言葉を発した。
「シール」
それを最後に、世界は暗闇に包まれた。




