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アンチヴレイブ  作者: 出壊鉄屑
第三章 屍山血河
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第八話

 深夜の市街地。密集する建物の一角で、レイドはほくそ笑む。

 彼の眼下に広がるのは魔物や人間の死骸。それはまるで、真っ赤な河川の如く連なって、街を縦断している。しかし、レイドはそんな凄惨な状況に、まるで興味がない。彼が凝視するのはただ一点。死体しかないその場所で唯一動く人影。


「苦しいか。苦しいだろう。それが痛みだ、お前の犯した罪の代償だ」


 レイドは建物から飛び降りると、その人影に向かって、尋常でない速度で走りはじめた。

 人影が、レイドの接近に気づき振り向いたころには、レイドは人影に肉薄していた。


ΨΨΨΨ


 金属の衝突する音が夜の街に響きわたる。


「ファウンド!」


 レイドは目をたぎらせ、


「っつ!」


 ファウンドは苦痛の表情を浮かべる。

 ファウンドの目に焦燥の色が浮かぶ。機関最上位にして、歴代勇者の内で最も残忍と揶揄される男。ファウンドの因縁の相手――鮮血の魔神レイドが今、ファウンドの目の前に現れた。最も最悪といっていいタイミングで登場したのだ。

 ファウンドの持つ聖剣とレイドの持つ紅い刀がぶつかり、拮抗する。

 刀越しにレイドは目を見開いた。


「待っていた! お前を!」


 ファウンドは冷や汗をかく。レイドは復讐の対象。現れてくれたのは好都合――と言いたい所だが、フロイラとの戦闘で消耗してしまった彼にとって、レイドと剣を交えるのは自殺行為だった。

 ファウンドはレイドを押し返そうと、上半身に力を入れる。だが、まるでびくともしない。むしろ、今にも押し返されそうだった。

 ファウンドは激痛に顔を歪める。身体に力が入らず、魔力もない。身体の状況は芳しくない。

 ファウンドは鍔迫り合いから抜けるため、あえて聖剣を手前に引く。拮抗していた片方の力が失われ、レイドはバランスを崩すように前のめりになった。

 しかし、レイドは返す刀で、ファウンドに切りかかる。レイドの刀は縦横無尽だ。小手先だけでは彼の剣術から逃れることはできない。しかし、ファウンドもまた剣術を心得ている。レイドの刀の行く先を読み、裏をかくように側転してレイドの刃圏から脱した。

 現状ではレイドと同じ空気を吸っている事でさえ容易ではない。ここでレイドに遭遇するとは、ファウンドもとことん運がなかった。

 しかし、ファウンドはレイドの瞳を直視して思い直す。いや、運がないわけではない。レイドはずっと待ち続けていたのだ。自分が弱り、殺すのに適した状態になるのを。奴のファウンドに対する執着心は生半可なものではない。

 ファウンドはレイドの視線を振り払うように、剣を振るった。しかしその時、強烈な立ちくらみが彼を襲い、足下がふらついてしまう。レイドは見下すようにファウンドを見る。


「あの魔女に、手ひどくやられたようだな」

「お前に心配されるほどでもない」

「っふ」


 レイドは一笑に付すと、ファウンドを憎らしげに見つめた。


「貴様をこの手で殺せなかった無念を、今やっとはらせる」

「奇遇だな。俺もお前を殺したい所だった」

「はっ? 殺したい? 貴様が? ふざけるのもいい加減にしろ。どうせ、お前はあの頭の悪い売女の望みを叶えようとしているだけだろ。復讐を果たすことがあの女の願いだと勘違いしてな」


 ファウンドの深紅の隻眼が揺らめいた。今こいつは何を言ったのか。あまりにふざけた言葉だったせいか、奴の言葉を正常に理解できない。

 そんなファウンドを無視してレイドは続ける。


「貴様はこう思っているのだろう? 自分は彼女を守ると約束した。しかし、それを果たせなかった。だから、自分の全てを犠牲にしてでも、彼女の願いだけでも叶えなくてはならないってな。っふん。とことん哀れだ。何を成し遂げようと、あの女は帰ってこない。何をしようと、あの女の死に顔は変わらない」


 レイドの言葉でファウンドは思い出す。腐敗したようなつんとした臭いと、ファウンドを見つめる空虚な目。途端に彼は猛烈な吐き気に襲われた。レイドによって強制的に呼び起こされたそれは、あまりに残酷で、あまりに不快な結末だった。それが最愛の人の最期だなんて、今でも信じたくは無かった。

 レイドはファウンドの心に答えるように言う。


「全て、真実だ。お前の愛した彼女は死んだ。絶望の渦中で、これ以上ない苦痛を受けてな」


 レイドの嘲るような視線に、ファウンドは苛立ちを隠せない。彼は臓腑をたぎらせ静かに言う。


「分からないだろうな。俺の嗚咽も慟哭も、お前のような変態には」

「いいや、分かる。お前の事なら全て何もかもが手に取るように分かるぞ。そう、お前の心に、新たな感情に芽生えつつあることもな」

「何の事だ?」

「自分で気づいていないのか。傑作だな。彼女の為に命をかけると豪語しておきながら、お前はその実、彼女のための最適な行動をとっていない。それは何故か?」


 ファウンドの背筋に悪寒が走る。何か得たいのしれない物に、いつの間にか心臓を掴まれていたような、そんな緊急の危険を感じていた。

 この先は聞いてはならない。そう感じたファウンドはレイドの口を封じるべく、彼へと聖剣を振るった。

 レイドは苦なくそれを避けると、ファウンドの喉に拳をたたき込む。ファウンドは一瞬、呼吸困難になった。


「何をそんなに焦っているんだ? もし、一遍の憂いもなく、彼女の為に死力を尽くしているというなら、堂々と構えていればいいだろ?」


 ファウンドはそのレイドの言葉にうなずきかけて、すぐさま頭を振った。ファウンドは、自分がレイドの言葉に耳を傾けている事に気づいた。奴はそもそも、人心を操ることに長けている。だからこそ、奴の言葉を真に受けてはならないと分かっていたはずだった。しかし、いつの間にか、奴の術中にはまっていたようだ。

 だからファウンドはその口を今度こそ塞ぐため、レイドに決定的な言葉を投げた。


「そんなにテルミアを奪われたのが悔しいか。レイド?」


 テルミア。それこそ、レイドの無視できない存在であり、そしてレイドがファウンドを何よりも憎む理由であった。それを証明するように、レイドは途端に怒りを露わにすると、乱暴に刀を地面に叩きつけ、転がる死体を両断した。


「貴様が妹の名を口にするな。貴様が! 貴様が妹を殺した。貴様のせいで妹は俺の元からいなくなった」


 レイドは狂ったように喚くと、恐ろしい剣幕でファウンドへと刀を突き立てた。

 ファウンドは何とか刀を受ける。身体が軋み、今にも切り裂かれそうだ。


「そんなに死にたいか? なら殺してやる。復讐を果たせず未練を抱いたまま死ね、ファウンド!」


 レイドの力が急に増した。ファウンドは知っている。レイドのアニムの能力も、彼の剣の技量も。レイドは復讐対象の中で、最強の実力の持ち主。例え万全の状態であったとしても、勝てるか怪しい。そんな相手を前にして、ファウンドは立つのもやっとの状態なのだ。

 そして、レイドの刀が煌めいた。

 次の瞬間、ファウンドの視界からレイドが消えた……ように見えた。レイドは姿勢を低くし、ファウンドに高速で突進していた。


「っ!」


 ファウンドは聖剣を振り下ろし、その突撃をくい止めようと試みる。だがレイドは、まるで聖剣の軌道を完全に把握しているかのように、最小限の動きで剣を避けた。

 そして、レイドの斬撃が飛翔した。

 レイドはファウンドの背後に立って呟く。


「呆気ない」 


 ファウンドは目を見張る。背後へすぐさま、振り向こうとする。だが、それは叶わなかった。

 血飛沫が舞う。ファウンドの胸から、血が噴出する。ファウンドは白目を向き、その場に膝をついた。

 レイドは苦虫を噛み潰したような顔で、ファウンドに近づくと、刀身をファウンドの首に当てる。


「こんなものか、お前は」


 レイドが近づいてもファウンドはまるで反応しない。そんな彼にレイドは侮蔑の視線を向ける。


「これが殺そうと求めていた男の姿か」


 そして、容赦なく首を切り落とそうとした。

 その時、レイドとファウンドの間に、青黒い球状の物体が転がってきた。それは『Rijen』の文字を光らせた後に、激しく発光した。

 その場が白光に包まれる。視界が完全に塞がれる。

 レイドはそれを諸共せずに、刀を振り下ろした。だが、刀は肉を切断する事なく、空を切った。

 レイドは眼前で空気の揺らぎを感じ、それを頼りに刀を振るう。そこで金属音が響く。だが、空気の揺らぎは、そのままどこかに飛んで消えた。

 徐々に光りが消える。レイドはおぼろげな視界の中で、周囲を見回す。

 今までそこにいたはずのファウンドが、姿を消していた。

 レイドは、自分のアニムが発動している事を確認する。誰かがファウンドを助けにくれば、必ず分かったはずだ。にも関わらず、気付くことができなかった。ファウンドをまんまと逃がした。


「まあいい」


 レイドは怒りを押さえながら呟く。


「もっと、怒り狂え。もっと、憎悪に溺れろ。お前の命をつみ取るのは、それからでも十分だ」


 レイドは、ファウンドの消えた方角をずっと見つめ続けた。

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