境界線上に立つ
二
磨けば光るってよく言われるけど、なんだろう、こういう意味じゃないと思うんだ。
ついに約束の春休みがやってきた。出かける前にお姉ちゃんは、僕に化粧を施す。
「どこからどう見ても女の子ね。ウキウキしてこない?」
ウキウキはしない。むしろ、どっちかと言うとハラハラする。
「鏡、見てご覧なさい。」
鏡に映るのは……なんということだ!そこには美少女が確かにいるんだ。これなら、たとえ同級生とエンカウントしても、絶対ばれない。お姉ちゃんの妹を名乗れば全く問題はない。名前は――
「エリザ様、とても可愛いですよ!」
はい、僕の名前はエリザでした。
「ラヴェール。その呼び名、もうやめてよ。」
「登録名を変更する事は出来ません。」
とっさにそう名乗ったのは、たしかに僕の責任なんだけど。
「たかし、もうあなたはエリザちゃんなの。男らしく腹をくくりなさい!」
男らしさと女らしさを同時に要求してくるお姉ちゃん。鬼だ、鬼教官だ。
そんなやり取りを経て、今。僕たちは若者の街、原頭のショッピングモールにいる。いくつかの店が同居してる、あんな感じの。
「おたからの宝庫に見えない?見えない?ああ、そうですか。」
「凄いです!女性のありとあらゆるニーズに応える為のフロアの大きさ!個性的なものから地味に仕事しそうなものまで!そんなお洋服屋が、まさか五階層に渡って続いているなんて!」
ラヴェールのテンションがおかしい。
「解る?解る?ラヴェールちゃんにも解りますか?」
「はい!」
「そう、貴女もいい女ね。」
女性にはわかるんだろうか。僕は全然わからないんだけど。
「たかし、軍資金は諭吉さん何人!?」
大げさに僕を指差してくる。
「軍資金?野口さんが二人。」
お姉ちゃんは大げさに「あっちゃー」のポーズをとる。
「たかし、ここはスーパーの衣料品コーナーじゃないの。」
「え、買うの?試着して、写真にでも残せばいいんじゃない?」
お姉ちゃんは数秒考え込む。
「それもそうね。その方向で行きますか。」
いろんな服を試着していく。だんだん楽しくなってきた。ある店を出たところで女子高校生くらいにみえる三人の集団と目が合った。
「やっほー、えり。久しぶりじゃん!」
お姉ちゃんの友達?みたいだ。
「妹?弟がいるっていうのは知ってるけど、えりに妹っていたっけ?」
僕は先制攻撃を与えておなければ。
「私はいもう――
「私の弟よ。」
お姉ちゃん!そればらしたらいけないやつだよ!
「えー、うっそー!」
最初は驚きだった。集団に動揺が走ったのは次の台詞から。
「え?この中で誰も勝てなくね?」
「マジだマジだ。うっそー、マジじゃん。」
「ガチだよ、やべえよガチだよ。」
「納得いきませんわー。そうだ、そこのカップルのお二人さん!」
通行人のカップルの二人を巻き込むお姉ちゃんの友達。
「この中で、一番可愛いのは、誰!」
僕たちは一列に並ばされる。
「皆可愛いねー、強いて言うなら一番左。」
「うーん、私も一番左がいいと思うけど、微妙になんか違和感が……」
第三者のジャッジが下される。一番左って……僕が一番右だから……この二人から見ると……
「えり、お前いつからこんな隠し球使うようになったんだよ!」
「完全敗北……」
「あー、これはアレですわ、アレ。」
お姉ちゃんは終始得意げだった。カップルの二人にネタばらしした後、次の店に行くことにした。
なぜか、付き添いが三人増えたけど。
「こーゆーのどう?どう?」
「これもいけるねー。」
「これ!これで決まりでしょう!」
「この際全部着ろよ、店ごと買い取って!」
ああ。多分これは、収拾がつかなくなるパターンだ。ひとつの店に留まる時間が五倍以上になった。
どさ、と玄関に倒れこむ。エネルギー切れだ、もう疲れた。お姉ちゃんも疲れを隠せない顔をしている。スマホの時計を見ると、夜の11時半。いつもなら僕は寝てる時間だ。よろよろと自分の部屋まで体を引きずる。そこからはベッドまで一直線。お風呂はいいや、明日アサイチでシャワーでも浴びよう。
「お疲れですね、今日はもう眠りましょう。」
「ねえ、ラヴェール……」
「エリザ様、なんでしょう。」
僕って。
「僕って、ヘンタイなのかな……?」
化粧までして出かけて、いっぱい女の子用の服を着て、それなのに……
今日はとても楽しかった。……僕はヘンタイになってしまったのだろうか。
「私は、違うと思います。」
ラヴェールは優しく答える。
「誰だって思ってます。良い物は、良い物だと。エリザ様のお姉様も、その事実を受け入れてました。お姉様のご友人たちもまた、受け入れました。誰もエリザ様を責めてはいませんでした。」
ラヴェールは続ける。
「なんと行ったらいいか私にはわかりませんが……美しいものは美しいでいいと思います。そのうちエリザ様も殿方としての身体になるでしょう。その時はその時で、昔はこんな事したな、なんて思い出して笑えばいいのです。」
ラヴェールは嘘を言えないんだったな、そんな最初の方のやり取りを思い出す。
「そんなに優しくフォローされたら、ラヴェールのことが好きになっちゃいそうだよ。」
「え、エリザ様!からかわないでください!」
「からかってなんかないよ。僕はラヴェールの事が好きなんだ、異性として。」
「も、もう寝ますよ!明日になれば……」
「ラヴェール。人間の身体、欲しいと思った事はある?」
「……あります。私も……今日のような素敵なお洋服が着たかったです。」
「ラヴェール、僕のことは好き?」
「エリザ様、私は嘘が言えません。」
「知ってる。」
「私はエリザ様のことが――
朝がやってきた。目を覚ますとラヴェールが目の前に。そうだ、昨日最後ラヴェールとお話してたんだ。
……どうも、内容までは覚えてないけど。
「ラヴェール、朝だよ。」
「先ほどから起きてます。今日はどこに行くのでしょうか?」
さあどうしようかな、と軽く言う。
「ラヴェール。昨日の夜、なんの話してたっけ?」
「エリザ様は昨晩、ベッドに入ったらすぐ寝てしまいましたよ。」
そうか、ラヴェールと話してた様な気がしたのは、夢の中の話だったか。内容は覚えてないけど。
「朝ごはん、なんだろな。あ、その前にシャワー浴びないと。」
パジャマを脱ぎながら階段を下り、洗面所のしきりを開けると……
今服を脱ぎ終わったお姉ちゃんと目が合った。
「ん?たかしもシャワー?」
「うん、昨日はそのまま寝ちゃったから。」
「じゃあ久しぶりに、お姉ちゃんとシャワー、浴びようか!」
「終わったら呼んで。二階にいるから。」
「あっれまー、もっと面白いリアクションとれないかなあ。」
「なんか、そんな気分じゃないんだ。昨日の疲れで。」
「たかしのムスコさんは、面白いリアクションとってるんだけどなあ?」
あ、ホントだ。
「と、とにかく終わったら呼んでよ。」
「はいはい。」
お姉ちゃんはそのまま浴室に入っていった。
さて、この面白いリアクションをとったムスコをどうしようか……なんてことをパジャマをもう一度着ながら考える。部屋に戻り、「友達の勇者」がお父さんを利用して買ってきたエッチな本をいくつか机の引き出しから取り出す。
「……エリザ様、私が居るのにそれをするつもりですか?」
ラヴェール、そういえば居たんだ。
「あ、ごめんごめん。お姉ちゃんの部屋に移せばいい?」
なんだろう、僕の思考はやけに冷静だ。
「いつも通りそうしてください。殿方には必要なものなので。」
ラヴェールを持ち、部屋を出ようとすると一つ閃いた。
「ねえ、ラヴェール。カンノーテキなアエギゴエとか、出せる?」
「エリザ様。ちょっと怒っていいですか?」
「怒る怒らないじゃないよー、出来るか出来ないかを聞いてるんだよー。」
「出来ません。」
嘘が言えないならきっと出来ないんだろう。声が出せるんだから出来てもいいハズなんだけど。
「ま、いっか。」
その通り。そんな事、今はどうでもいいのである。
シャワーを浴び終わってトーストとハムエッグをゆっくりと噛み進めて行く。
「たかし、今日は新乃宿にでも行く?」
「あんまりそういう気分じゃない。」
「じゃあ渋柿谷はどう?」
どう、といわれても今日は昨日の疲れが大分残ってるんだ。正直家で漫画でも読みながらゴロゴロしていたい。
「若くないわねー、一番若いのに。」
体力には個人差ってモンがあるんだ。朝食を食べ終わり、コップ一杯の牛乳を飲み干して部屋に戻る。
「エリザ様、次のページ次のページ!」
ラヴェールの漫画の読む速度、結構速い。もう十回以上は読んでる僕の読み進める速度と同じくらいだ。といっても、ラヴェールも五回以上読んでるか。
「いやー、漫画?っていうんですか?視覚的に訴えかけるものって、楽しいですよね。」
「前の主人が持ってたんじゃないの?」
「一人目のご主人の部屋には漫画はありませんでした。本はいっぱいありましたがね。」
「文学少女だったんだ。」
「二人目のご主人の部屋には漫画を含め本が一切ありませんでした。」
「へえ、どんな人だったの?」
「陸上部のエースでした。」
「そか、脳筋系だね。部、部活か……」
僕はどこの部活に入ろうか。運動部もいいけど……まあそれは中学に行ってから考えるか。といっても、この春休みが終われば……
「エリザ様!次のページ次のページ!」
「ちょっと待てよ、まだ読んでない。」
「遅いですよ!もう待ちきれません。」
これはこれで、疲れるな……
「そういえば、ゲーム?でしたっけ。あれはどういう仕組みで動いているのでしょう?」
小さい本棚の一番上に、携帯ゲーム機。いつもはアレで暇つぶしをする。
「実はよくわかんないんだよね。仕組みがわからなくても、遊べればいいし。」
「なるほど……あれも魔法の一つなんですね。」
「そーいうこと。」
だいぶ体力戻ってきたし、ゲームでもやるか。恐竜みたいなモンスターと対峙して倒し、死体から素材を手に入れてより強力な装備を手に入れ……またモンスターを倒していくゲームだ。
「エリザ様!攻撃来ます!防御を!」
僕の操作キャラクターが防御姿勢に入る。その瞬間、敵の攻撃を弾く。ラヴェール、結構カンがいい。
「ラヴェールとマルチプレイしたかったよ。」
「そのマルチプレイというのはよくわかりませんが、私に人間の体があれば……ご一緒できたかもしれません。」
なんか昨日?そんな話をした気がする。
「昨晩、ベッドでそんな話したよね。」
「ええ、驚きましたよ。」
あれ?
「ラヴェール。昨日やっぱり、何か話したじゃん。」
「?そうですね……あれっ?」
「ラヴェール、嘘はつかないって……今朝嘘ついたでしょ。」
「私は魔道具……つまり道具なので、嘘はつけないはずですが……」
ラヴェールは一分くらい黙る。そして……
「もしかして……もしかすると……」
何かを予感していた。
「"解析"……登録者名、エリザ。魔力量、0。心身状態、正常。固有能力……虚飾。」
……固有能力、発現したのか!
「固有能力、"虚飾"の概要を"解析"……消費魔力、30。効果、視覚または心理を騙す試み。射程、自分のみ。使用条件、魔道具とのリンク。備考、時間に応じて追加で魔力を消費。」
キョショク……虚飾って、やっぱりあの女装のことだろうな。
「では、用事は終わりましたのでお別れです。またいつか逢いましょう。」
ラヴェール。ちょっと、待て。
「それって何かおかしくない?」
「なにがです?」
「だってほら、二ヶ月くらい一緒に生活してさ。何も思う事はなかったの?」
「……そうですね。お別れ会くらい開きますか。」
そういう意味じゃないんだよ、ラヴェール。
「僕はラヴェールの事が好きなのに!」
勢いでそんなことを言ってしまった。
「私はエリザ様の事が、どうしても男性として見ることができないのです。」
そうか、やっぱり、そうなんだ。
「じゃあいつか、僕が立派な男性になったら。そうしたら考えてくれる?」
ラヴェールは十秒ほど考える。そして、答えた。
「そうですね。エリザ様が素敵な殿方になったら、考えますよ。」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃないです。……それでは、"転移"!」
ラヴェールはあっという間にいなくなった。僕の固有能力……虚飾、か。何かの役に立てばいいけど。
「それにしても……」
この部屋、こんなに広かったんだ。
――そして新学期。僕……じゃない、俺の新しい学校生活が始まった。といっても半分は同じメンバーで、他の小学校から来た新しい友達を迎える。
「タカシ、部活動は決めたか?」
同じ小学校だった友達にそう聞かれる。
「ん、そうだな。俺は剣道部か柔道部にでも入ろうかと思うんだけど。」
「雄々しいな。ついこないだまで、女装してた奴が?」
「今それ言う?言っちゃう?」
結局こいつには隠し切れなかった。でも割りと理解もされてたらしく……
「うちのクラスの女子全員かかっても、多分お前が一番かわいいぞ。」
「だからさ、それ言っちゃう?」
「文化祭でいつか、女装カフェでもやっか?」
そう提案される。
「ああ。それ、凄くいいな。是非やってみよう。」
俺が立派な男性になれるのは、いつの日だろうな。まずは女性じゃなくなる事が、第一条件だ。