野蛮人とアイツ
三
さて、まずはなにを始めようか!
「めぐみ様、こういった孤島での生活体験はあるのですか?」
「ない。でも私、小学生の頃はガールスカウトをやってたんだ。」
「ガールスカウト?何をするんですか?」
「皆と一緒に、キャンプをしたり。」
「ほう、キャンプですか。他には?」
「他には……そうだ、キャンプをするんだ。」
「キャンプ……他には?」
「あと他には、キャンプをしたり……」
「キャンプだらけですね。」
「何するんだかわかんなくて、つまんねーから小四ぐれーで辞めた。」
「その、ガールスカウトの経験が、何の役に?」
私はしばらく間を置く。もったい付ける為だ。
「火のおこし方を習った。」
「なるほど、それは役に立ちそうですね!」
そうだ、原始的な火のおこし方。火があれば色々違うだろ?
「まずは、手ごろな木を探さないとだ。」
「木?」
木……この島の広さ、私の部屋くらい。あるものといったら砂と貝くらいなもん。ヤシの木すらない。
「おいおいマジかよ。」
メシを調達しようにも、まず火がないとダメだ。そうだ、魚はいるのか?寝巻姿のままで海に入る。おお、いっぱいいるじゃねーか。魚は私のことなんかお構いなしに泳いでいる。それを素手で……捕まえた。
「めぐみ様!お見事です!」
両手にほどほどの大きさの魚を持ち、元の島へ戻る。
「といっても、火がねーとな。」
まさか生で食べる訳には……まてよ。毒がなけりゃ、生でも食えるんじゃね?
「ん、不味いけど食えなくもない。そうだラヴェール、オマエはメシくわねーの?」
「私に食事は不要です。睡眠も必要ありません。」
ほう。食事、睡眠とくりゃあ……
「男は?」
「ちょ、めぐみ様!茶化すのはやめてください!殿方も必要ありません!」
私はケラケラ笑う。
「そっか、メシも寝るのもいらねーのか。じゃあ私が寝ている間はどうしてるんだ?暇だろ。」
「寝てます。」
……寝てんじゃん。
「しっかしこれよー、私の想像してた無人島生活じゃねえんだよな。」
「というと?」
「まず、広さは結構ある島なんだ。」
「どの程度?」
「東京ドームくらいは最低必要だな。」
「東京ドーム?私は見た事ありませんが。」
「そんで、砂浜の近くに森があって。」
「ほう、森が。」
「森にはウサギとかシカが住んでて。」
「肉食獣はいないんですか?」
「いないぞ。島の中心部にはちょっとした山があって。」
「ほう、山も、ですか。」
「そこから湧き水が出てるんだ。」
「めぐみ様。」
お?なんだ?
「そのような条件の島でしたら、おそらく既に人がいると思います。」
マジか!でもよく考えてみればそうだよな!
「あれ、何かこの島、小さくなってね?」
「そういえば……そうですね。」
島はどんどん小さくなっていく。これは……
「しまった、潮の満ち引き!」
月のインリョクがどうのこうの言ってたな。
「めぐみ様、どうします!?家に戻りませんか?」
いや、正直もどりたくねえ。ラヴェールを拾い上げ、適当な方角を指差す。
「ラヴェール、あそこらへんに移動できねえか?」
「魔力のスイッチを入れて"転移"と宣言してください!」
「わかった!"転移"!」
途端、海の上に落ちる。さっきの島のあったところから、水平線上ギリギリの場所だ。
「もういっちょ、"転移"!」
また海の上に落ちる。周囲を見渡すと……ビンゴ!大きめの島だ!
「最後に、"転移"!」
島の砂浜に落ちる。
「はは、すげーじゃん。魔法の力って奴は。」
さっきまでとは違う、わりと悪くない島だ。広さは、恐らく東京ドームくらい。砂浜のすぐ近くに森が。あ、シカと目が合う。シカは森の奥に逃げて行った。シカがいるってことは……真水も、あるよな。森の奥には山が。
そんで、そんな条件の島があるって事は。
森の中から、一人の男が現れた。肌は小麦色で体中にペイントがある、上半身裸の。
駆け寄ってきて、男が話しかけてくる。何語だこれは、英語ですらねえ。
「・・・?・・・・・・?」
「ん?私は桐生恵だが。」
「・・・・・・?・・・?・・・?」
「魔法の力でここまで来たんだぜ?」
「・・・?・・・・・・・?・・・・?」
「心配すんな。別にシマを荒らしに来たわけじゃねえ。」
(めぐみ様、めぐみ様。)
(ん?なんだ?)
(私抜きで会話を成立させないでください。私の扱う言語は、一つ上の次元の物。どの言語も理解でき、どの言語を使う人にも通じる特殊なものです。私が間に立って翻訳しますので。)
(おう、言われてみればオマエ日本語上手だよな、ラヴェール。)
ラヴェールに翻訳をお願いする。言葉を喋る宝石を見た男はおどろいてたけど、まあこまけーこたー気にすんな。
「そうか、この島に流れ着いたか。」
「ああ、ちょっとワケがあってな。安心しろ、すぐ帰る。」
「我々の部族の島というわけでもない。……あれが、見えるか?」
森の奥の山だ。山と言うより崖、か。
「あの山の頂上に、一年に一度、渡り鳥が卵を産みにくる。」
ほう。
「我々の部族では、神聖な鳥なのだ。あの卵を一つ、持ち帰って島に戻れば……」
戻れば?
「私は勇者となり、長老の次に偉い地位を手に入れる事が出来る。」
そいつはすげえ。
「今年は10人の若者が挑戦したが、この島に泳ぎ着いたのは私だけだ。」
残りの9人がドンだけ根性ねーんだよ。
「この何十年間、新たに勇者となった者はいない。私は好機だと思っているのだ。」
おお、ガンバレよ。
「何を言っている。お前は私を手伝うんだよ。」
おいちょっと待て。どう考えても手伝ったらダメだろ。私は部外者だ。
「部外者だからこそ、手伝っても構わないだろう?」
なるほど、そーゆー考え方もあるか。
「むぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!」
「いいぞ!もう少し!もう少しだ!」
なるほど、手伝いが必要なのはこれか。切り立った最後の崖。これは一人の身長では届かない。ライバル同士助け合って卵を手に入れ、その後残ったライバルをぶっ殺し、卵を持ち一人島に帰る、というのがいつもの流れみたいだ。私の両肩には男の足が。そのまま私が立ち上がり、つま先立ちをすれば……
「よし!取った!取ったぞ!」
「ハッハッハ、やるじゃん!」
元の砂浜に戻る。男はものすごい感謝していた。その流れでこう言われる。
「めぐみ……といったか。めぐみ、私と夫婦の契りを結ばないか?」
オイ、ちょっとまて。
「私の妻になれば我々の部族で三番目に偉い地位が約束されているぞ。」
いや、オマエの部族に興味ないんだけど……
「普段なら、女たちは私の正妻の座を奪い合うのだ。……殺し合いまで始めてな。」
オマエの部族のコンカツ、ヤベェよ。
「君が勇者と共に帰って来た女だと宣言すれば、そんな争いも起こらないだろう。どうだ?」
私の答えは一つだ。
「ゴメンだね。女の力を借りる男なんて、タイプじゃねーから。」
男は一瞬後ろにさがる。そして。
「ならば、無理矢理にでも!」
てめえ、ふざけんじゃねえ!逃げる私と、追いかけてくる男。
……私の方が、速かったらしい。
(めぐみ様!そろそろ戻りましょうか!?)
(ああ、そうだな!)
「"転移"!」
元の、私の部屋だ。時計を見ると……ああ、遅刻は確定だ。今日は休んじまおう。ぐしょ濡れの寝巻きを床に落とし、ベッドに飛び込む。そんで大声で笑った。……笑った後。
「人間って、ちっぽけだよな。」
なんてつぶやいてみる。スマホは相変わらずブルブル言ってる。もう、全部無視しちまおう。
あの車は、100メートルを何秒で走る?
この電車は、100メートルを何秒で走る?
あの登校中の同じ制服……100メートル歩くのに、多分60秒以上。
この街路樹……は動かねえ。
(ラヴェール、おいラヴェール。)
返事は無い。当然だ。昨日あの後、私はラヴェールと別れた。
「めぐみ様……それではお別れです。」
「おう、達者でな。自分で動けんのか?」
「移動魔法を習得しましたので。」
「そういや、そうだったな。」
私は都内の地図を床に広げる。
「いいか、ラヴェール。ここ、原頭を目指せ。」
「原頭?」
「若者の街だ。そこならなんかに困った乙女がいっぱいいるだろ。」
「なるほど、それではこの地図の縮尺を……座標、割り出しました。」
「じゃあ、行ってこい。」
「はい!では……"転移"!」
宝石はその場からいなくなった。
(おい、ラヴェール。)
返事は無い。
(私ら、友達になれたんか?)
返事は無い。
(次の主人が、うまくやってくれるといいな。)
返事は無い。
(なあ、聞こえてるか?んなわけねーよな。)
涙が出てくる。いつか、いつか……いつか。
「あら、桐生さん。」
どこかで聞いた事のある声だ。涙を拭いて振り向くと……誰だこの美人は。
「同じガッコだよな。だが、オマエみたいな美人は知らん。」
「私をお忘れになって?でも美人と言われるのは悪い気はしませんわね、オーッホッホッホ!」
一人お嬢様学園……真田か!わからないはずだ、あのふざけた縦ロール髪が無い。
「実は私、軽量化いたしましたの!」
そうか、ついにそこに気がついたか。
「なあ、真田……」
「なんですの?」
「他の奴も結構いいタイム出してきてる。今度リレーやってみねえか?」
真田は目を丸くする。
「野蛮人にしては、いい提案ですわね。」
「だろ。四人で全国目指すんだぜ、青春だろ。」
そんな会話を交わしながら、学校の玄関で別れる。
「また部活でな。私はこっちだ。」
「何であなたのような野蛮人が特進クラスなんですの!くやしいですわ、くやしいですわ!」
私には今、悩み事が一つある。
迫ってくる進級テスト……どうしたもんかね。