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魔法少女"某(ナニガシ)"  作者: 小津敬一郎
二人目 魔法少女めぐみちゃん
6/23

発現は突然に


 もっとだ。もっと速く!もっと!もっと!


 私の部活動は、だいたい一日一時間だ。ソッキンとチキンがどーのこーので、短距離組と長距離組で練習時間と内容が違う。よくわかんねーけど、長距離組は大変そうだな。まあ短距離組も楽じゃねーけどな。

「蒸気機関車のイメージ!石炭を食べて、燃やすのよ!燃やすの!わかる?」

 いや石炭は食えねえだろ、どう考えても。私が走る時イメージしてるのは……トンボだ。あいつはすげえぞ、空中で止まったと思ったら、一瞬で別の場所にいるんだ。人間の目じゃ見えないほどの速度で飛ぶんだ。

 空砲と共に100メートルランの二回目がはじまる。もっと速く!速く!叩きだせ!11秒台!

 全力で走り終えて息があがっている私に、顧問のトーマスが声をかけてくる。

「桐生さん。先生言ったでしょ?生理の時は、無理しないで休めって。」

「ああ?生理だ?んなわけねーだろ。」

 トーマスは黙ってストップウォッチを私に向ける。オイオイ、手計測だろ。多少の誤差くらい出るだろ。

 覗き込むと13秒82だった。

「ううっそ、信じられねえ。」

「体調は悪くない?何か悩み事でもある?」

――うるせえ。

 お前ら大人ってやつは、子どもの悩み事なんか笑って済ませて、「青春だね~。」とか言い出すんだ。どうせ私の悩み事なんて、たいしたことねえんだろ。

「桐生さん、今日はもう帰りなさい。変な癖ついちゃうと駄目だから。」

 ああわかった。そうする。帰り際に今日もあかねっちの見舞いに行くか。

「真田さん、12秒73。いいねいいねその調子!アベレージ上がってきてるよ!」

「あら?桐生さんは早退でして?」

「桐生さんは今ね、青春してるのよ~。」

 だから、うるせえんだって。それに、な?言われただろ?

「蒸気機関車のイメージ!わかる!?蒸気機関車の――

 うるせえ。さっさとこんな場所からはオサラバだ。


「おーっす、あかねっち。見舞いに来たぞ。」

 大げさと思っちまうくらいの機械とパイプで繋がっているあかねっちの姿が。

「桐生さん、今日も来てくれてありがとう。娘も喜ぶわ……」

 あかねっちの母親だ。あかねっちがこの状態になってから仕事を辞めたらしい。それ以来、付きっ切りで看病している。

「私はただの友達だ。親がいつも一緒のほうが何倍も嬉しいだろが。」

 カッコつけてそんな事を言ってみる。

(あかね様……)

(魔法には持ち主の強い意志が必要、か。)

 心の中で強く念じる。

 なおれ、なおれ、なおれ、なおれ、なおれ、なおれ、なおれ……

 ダメだ。なんもおきねえ。

「あかね、一体どうしてしまったの……」

(なあ、ラヴェール。ずっと聞きたかったんだが。)

(めぐみ様、何でしょう。)

(魔法の反動でこうなるのなら、あの三人を殺した時に……こうなるだろ。)

(めぐみ様、私は嘘が言えません。聞かれた問いには答えないといけないのです。)

(もったいぶるな。)

(あかね様の魔力は、512でした。"殺意"の固有能力の魔力消費は、500です。)

 つまり……

(もう一発、撃とうとしたのか。なあ、ラヴェール。その魔法の呪文って……"ラウド・ヴェール"じゃねえか?)

(――!!!)

(どうした、答えろ。)

(は、はい。その通りです。)

 つまりあかねっちは、私を殺そうとしたのか。なんだ……

 友達だと思ってたのは、私だけだったみたいだな。

「あかね、お願い返事をして……」

 うるせえ。私はこの辛気くせえ空間から出ていく。……バカヤロウ。


 落ち込んでる暇もなく、ひっきりなしにスマホはメッセージを受信する。

《めぐみ大丈夫?》《晩飯なににする?》《明日の数学最悪。》《体育行きたくねー。》《謎の顔文字》

 うるせえ。うるせえうるせえ!

 私は……陸上部のエースとして結果を……結果をださねえといけないんだ。勉強がカイメツテキにできねえから、高等部に行くにはそれしかねえんだよ。

 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ……

 不愉快な音が聞こえる。だから、うるせえんだよ。

「めぐみー、ご飯できたよー。」

 そーだな、メシ食って、風呂入って、寝よう。


 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ……

 布団に入るとまたあの不愉快な音が。

 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ……

 うるせえって言ってるんだ。

(ラヴェール!てめえか!?この舌打ちは!?)

(めぐみ様、恐らくこれは時計の音です。)

 ああ?時計だ?

 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ……

 本当だ。時計の音だったか。

 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ……

 明日の帰りにでも、新しい時計でも買うか。

 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ……

 うるせえ!チクショウ、チクショウ……


 足が……泥沼にはまっているみたいだ。背後から手が伸び、私の首と肩をぐいと引っ張る力を感じる。

 駄目だ、これじゃない。この感覚じゃない。

 100メートル全力疾走、タイムは16秒94。

「桐生さん、流石にこのタイムは……」

 ああ、わかってる。もう誤差とかそういうレベルじゃない。

「帰るよ。」

「桐生さん。スランプに陥ったら、まずは気分転換をするのよ?」

 うるせえ!気分転換なんてしてたら次の大会にまにあわねえだろうが!


 どいつもこいつも……静かにしろ!道路を走る車のエンジンの音!突風で騒ぎ出す街路樹!そして下校中のボンクラどもの声!声!声!声!

 ああそうだ、時計を買うんだった。消音設計アナログ時計、か。これでいいだろう。他の買い物客の話し声……レジのバーコード読み取りの音……全部うるせえ。

「アリガトウゴザイマイシタマタオコシクダサイマセ。」

 うるせえって言ってんだ!いい加減にしろ!

(全部てめえのせいだ!ああ!?何とか言ってみろ!)

(めぐみ様!私はただ……)

(もういい、話しかけてくんな。うるせえから。)

 消音設計の時計も、僅かな音を出すらしい。

 ジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ

 今日も、どうやら眠れそうにない。時計の針は、午前四時。

 ジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ

 うるせえ。うるせえ!うるせえ!うるせえ!うるせえ!

「うるせえっていってんだろ!」

 飛び起き、時計を力任せに床に叩きつけてぶっ壊そうとしたが、時計は跳ねるだけだった。

 迫ってくる次の大会。ちくしょう、私は陸上部の、エースで、結果を……エース?エースって何だ?結果って、なんだ……?

 いきなり机から光が。よく見ると、あの宝石。

(めぐみ様……これは……)

 ほう、マホーの力ってのがこれか。上等だ、売られた喧嘩は、買ってやる!

 宝石に手をかざすと、とんでもない光が。思わず目を閉じる。


 目を開くと……おい、どこだここは。回りを見渡すと、水、水、水だらけ。足元は砂で……

 島だ!ここは、どこかの、島だ!太陽が輝いている。まだ、午前四時だろ?


「"解析"……登録者名、めぐみ。魔力量、889。心身状態、正常。固有能力、転移。この固有能力、"転移"の概要を"解析"……消費魔力、10。効果、指定した地点へ瞬時に移動。射程、無限。使用条件、魔道具とのリンク。備考、距離に応じて追加で魔力を消費。」

「おい、そりゃどういう……」

「瞬間移動の魔法が発現しました。」

「瞬間移動?ここはどこだかわかるか?」

「解りません。ですが……まず、日本よりは東にある場所でしょう。」

「そうだな。太陽昇ってるしな。なんか暑いし。」

「暑い?日本は今、冬です。恐らく赤道付近か、南半球のどこかでしょう。」

「そんな場所まで、一瞬で?」

「はい、一瞬で。」

 一瞬。一瞬でか。ハハハ、そりゃあいい!

「そんな距離を一瞬で!?100メートル移動するのに、12秒もかかる私が!?笑っちまう!」

 あおむけになって大の字で寝転ぶ。空も海もなにもかもが青い。

「ラヴェール、この魔法であかねっちは助かるか?」

「あ、無理ですね。普通に無理です。」

 だろーな。

「とりあえず、転移前の座標はしっかりと覚えています。戻りますか?」

「いや、いーよ。後でで。」

「はい?」

「無人島で一人暮し!このフレーズでワクワクしない少年少女が、いると思うか?」

「いや、よくわかりませんが……」

「そーゆーもんなんだよ!」

 海は変わらず騒いでいる。さっきまで時計の音にイライラしていた自分が嘘のようで、その音がとても心地いいのだ。

 トーマスは気分転換しろって言ってたな。よし、その気分転換とかいう奴、してやろうじゃねえか。

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