二人の接点
二人目 魔法少女めぐみちゃん
一
どこからこんな話になったんだ。今、何が起こっている?
放課後、あかねっちに話があったんだ。その話の途中で、あかねっちが倒れた。私はすぐスマホで救急車を……そうだ、ここは元々病院の中じゃねえか。周囲に助けを求めた後、床を見ると足元にアクセサリーが落ちてた。
「あかねっちが、さっき持ってたやつだ?」
それを私はとっさに胸ポケットにいれた。盗みをしたとはおもっていない。ただ、あかねっちの大事な持ち物だと思って、反射的に護らないと、そう思っただけだ。
それがこんな事になるか?帰り際、交番の前を通った。掲示板にポスターが貼ってあった。それの一つに小さな、だけど目を引くポスターがあったんだ。
――この宝石を見たら110番!
さっき拾ったあのアクセサリーだ。懸賞金……500万円!?……見なかったことにし、汗だくで家に帰る。
「ヤベェよ。」
そういや一ヶ月くらい前だか、それほど近くない近くの美術館で、なんかドえれえモンが盗まれたって。セキニンモンダイがどーのこーので、区長の娘のデブが騒いでたな。あれはどう考えても、コイツの事だ。
「ヤベェよ……」
誰か助けてくれ。なんか、一連のコレは、私の力じゃどうしようもできないような気がするんだ。
「今……」
!?どこから声がした?
「誰か助けてくれ……そう思いましたね?」
今私が座っている、机の上の宝石は、そう話しかけてきた。話しかけられたら、答えなきゃな。
「ああ、最悪だ。多分オマエのせいでな。」
「名乗っていませんでした、これは失礼。私はラヴェールと申します。あなたのお名前は?」
そりゃあ、ごテイネイにどうも。
「ああ、めぐみ。私は桐生恵だ。」
「条件を満たしましたので契約成立です。あなたはしばらくの間、魔法少女として、私の力をお貸し致します。お代は、あなたの魔力。」
おい、条件を満たしたってなんだ。何の条件だ、ふざけるなよ。それに魔法少女?魔法少女……魔法少女。
私はおおーきく息を吸い込む。そして吐き出す。
「てめえかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「!?」
「あかねっちに何かしたの、てめえだろが!」
「めぐみ様!?いかがなされましたか!」
「イカガナサレマシタ?あの三人を殺したのは、お前の力だろが。そんで、あかねっちがぶっ倒れたのはその反動だ!」
私が怒鳴るとその宝石は黙る。そんで十二秒くらい、経ったか。
「乱暴な考察です。ですが、大体合っているのが怖いです。」
「すましてんじゃないぞ?本気で怒るぞ?」
「申し訳ございません。めぐみ様に協力を仰ぎたいのです。」
協力、だあ?
「あかね様を、お救いする為に。」
翌朝アサイチで学校に行く。向かうのは特進クラス教室棟ではない、一般クラス教室棟にある……教務室。担任ならあかねっちの事を知っていると思ったからだ。
「戸塚さんは昨日から入院してます。意識不明の重体で、生命維持装置がないと……」
セーメーイジソーチ!そこまでヤバかったのか。だとしたら、悪いことした。ごめん、あかねっち。
(それで、オマエ……ラヴェール、か。ラヴェール。私は何をすればいい?)
自分のクラスに向かいながら、ラヴェールに語りかける。
(基本的に何もしなくて結構です。)
(あ?)
(私は人間が秘めている固有能力……いわゆる魔法です。魔法を引き出し、その魔法を引き継ぎ、次の主人に渡る魔道具なのです。)
(なんかよくわかんねーけど。)
(めぐみ様が発現させる固有能力によっては、あかね様を救えるかも知れません。)
(どうやったら発現するんだ?)
(まだよくわかっていませんが、持ち主の強い意志が必要なのは間違いありません。)
(あかねっちは、そのコユーノーリョク……魔法?どんな魔法を引き出したんだ?)
(殺意です。)
(殺意。)
(凄まじい威力でした。あの三人は骨一つ遺さずに消滅しました。)
(だろーな。)
(え?)
(だってあかねっち、すげー強いもん。魔法もきっと強いだろ。)
あかねっちは私とはベクトルが違うけど、なんか似た強さを感じるんだよな。あ?ベクトル?ベクトルってなんだ?どっから出てきた?
コツンと教科書の角で小突かれる。数学の青木だ。
「桐生。居眠りとは随分余裕だな。問い1、ベクトルの和と差を求めてみろ。」
「えっ?全然わかんねーよ。」
何人かに笑われた。
「じゃあ五択にしてやる。いいか、一番……二番……三番……四番……五番……」
「四番だろ。」
「……正解。で、ベクトルの和と差の求め方は?」
「全然わかんねーって言ったじゃん。馬鹿?」
教室が笑い声で一杯になる。
「プックク、わかんねーのになんでわかんだよ。」
「鬼。選択問題の、鬼。」
ひそひそとそんな声が聞こえる。そうだ、私は選択問題を一度も外した事がない。だからマークシート形式の受験で満点を取り、首席で入学した。そして選択問題の少ない普通のテストで、ダントツで最下位を突っ走っている。
この数学の青木は、その事を"素晴らしい個性だ!"と凄い褒めてくれて、テストを全部選択問題で出す。オカゲで数学だけは満点だ。
「桐生、ふざけてないで真面目に授業を受けろ。」
そう青木は言う。
「なあ、解ってんだろ、潜在意識では。理解してんだろ?な?な?」
「スーガクの教師が潜在意識なんてヒカガクテキな言葉を使うな。馬鹿?」
また教室内に笑いが。
「青木先生、授業、授業。」
「ああすまない。いいかみんなー、もう一度言うぞー?ベクトルの和と差の求め方はー。」
(めぐみ様、あかね様もめぐみ様の事は高く評価しておりました。)
(お、嬉しいねえ。)
窓から校庭を眺める。ああ、走りたい。誰もいないグラウンドで、全力で走りたいと両足がイキるんだ。
(なあ、ラヴェール。)
(めぐみ様、何でしょう?)
(魔法少女って……専用の衣装のデザインはどうなってるんだ?)
(あかね様にも同じ様な事を聞かれましたが、衣装の類はございません。)
マジか。ちょっとだけ着てみたいとか思ったんだけど。
……私には今、悩み事が三つある。
一つ目はあかねっちの事。あれから数日経つがまだ意識が戻っていないらしい。
二つ目は……
「桐生さん!もっと!もっと石炭燃やして!ボイラー唸らせて!イメージ!イメージ!足を車輪のように!もっと!もっと!イメージイメージ!……ああー。」
タイムは12秒19だった。
「桐生さーん、まだ蒸気機関車のイメージが足に入ってないよ!」
知るか。蒸気機関車なんてもんは一度も見た事ねえ。このババアは、陸上部の顧問。「トーマス」と呼ばれているらしいが由来はわからん。知りたくもねえ。
「いーじゃん、ヨユーで決勝行けたんだから。」
「ちがうのよ~桐生さ~ん、100メートル走は自分との戦いなのよー。」
じゃあ800メートル走とか走り幅跳びとかはどうなんだよ。
「キリュウセンパイナイスファイットー!」
「めぐみー!やったじゃーん!」
皆は喜んでくれたようだ。でも――
――まだ、遅い。
トーマスの言うとおりだ。他人との戦いも大事だが、結局これは自分との戦い。私は陸上部のエースとして、この学校の最高記録である、12秒01を切る11秒台のタイムを叩き出さなければ。
「オーッホッホッホッホ!桐生さん?私の雄姿をご覧になって!」
私のライバルを名乗ってる真田だ。
位置についてのコールの後、空砲の音と共に女子100メートル走予選の二組目がはじまる。
「真田さん!もっと!もっと石炭燃やして!ボイラー唸らせて!イメージ!イメージ!足を車輪のように!もっと!もっと!イメージイメージイメージ!……ああー。」
トーマスはいつも通りブレない。真田のタイムは……12秒31で一位通過。
「真田さんも!蒸気機関車のイメージ!ちゃんと足に入れなさい!」
「飛行機ならよく乗りますわ!そのイメージでよろしくて?」
「飛行機はダメ。真田さ~ん、飛行機はダメよ~あれは悪魔の乗り物なのよ~。」
トーマスをかわし、真田は自信たっぷりにこっちに寄ってくる。
「私も一位通過ですわ。走るしか能の無い野・蛮・人。」
「うちのガッコーはタダの女子中だぜ?一人お嬢様学園。」
私は真田のことを"一人お嬢様学園"と呼んでいる。部内ではまあまあ広まっていて、真田をバカにするときは皆その名前を使う。
そんな真田に言いたい事がある。そのふざけた縦ロールツインテ。その全体で500グラムはありそうなそのふざけた縦ロール髪をぶった切れば、お前がエースだ。
――そんときは、私にのしかかっているエースの重責も、オマエのもんだ。
三つ目の悩みは……
この、今日もやってきたLINEの……未読の山。
決勝でも一位を取り、次の大会にコマを進めた私にこれでもか、と言うくらい祝福のメッセージが飛んでくる。グループ発信すりゃいいのに、なんで私個人宛で送るんだよ!?おかしくなりはじめたのは登録数が100人を越えたあたりからか。いきなり深夜に起こされたと思ったら《彼氏ほし~》とか一言送ってくんじゃねえ、私は睡眠時間がほし~。朝も朝で、五時くらいから《起きたなう》とか送ってくんな。なうってなんだ、なに時代だ。
私はどうやら"リア充"とかいう分類の人間で、更に彼氏をゲットして"リア充"としてのグレードがあがると、ツイッターでつぶやいてフェイスブックで「いいね!」を貰うらしい。
「ご友人が多いのも考え物ですね。」
ラヴェールに言われる。まったくその通りだ。
「めぐみ様!なんで今日私を学校に連れて行ってくれなかったのですか!私は寂しくて寂しくて……」
「大会はしかたねーだろ。プライバシーなんてねーんだ、どこにそのクソ目立つ宝石を隠せばいい。」
小学生最後のクリスマス、私は父親にスマホをねだった。返事はNO。スマホは扱いが難しい代物だから高校生になったら買ってやる、と言われても私は諦めなかった。遥ヶ見女子学園中等部に合格したらどうだ、って言ったら父親は、それなら入学祝いで買ってやる、と笑っていた。
今思えば、どうせできるわけがないだろう、そういう思いがあったんじゃないか。受験勉強ゼロで挑んだ記念受験の結果は……首席で合格。
そんなこんなでスマホをゲットしたはいいんだけど、確かにこれは扱いが難しいシロモノだった。はいまた受信。わけのわからない顔文字だ、何て返せばいいんだ。チクショウ、なんでこんな事に――