私の結末
三
あれが、魔法の力だったのだろうか。あの三人は昼休みの後から行方不明になった。私は気分の不調を訴え早退し、自室で状況を整理する。
「あかね様、過ぎた事は仕方ありません。」
「ラヴェール、あなたは何が起こったかわかるの?」
「その前に……"解析"。登録者名、あかね。魔力量、12。心身状態、正常。固有能力、殺意。」
「殺意の固有能力?」
「この固有能力、"殺意"の概要を"解析"……消費魔力、500。効果、指定した一定範囲内の生命体の消滅。射程、声の届く範囲。使用条件、殺意を込めて対象に向けて魔道具をかざす。備考、大魔法の為要詠唱。……なるほど。」
「何かわかった?」
「はい、あれはあかね様の殺意が魔法となって発現したものです。あの三人はチリ一つ残さずこの世から消滅しました。人間だけに対する純粋な感情なので、人間以外……例えば建物等には何も影響を与えません。服と手荷物は消滅しましたが。」
「……私がやったの?」
「……紛れも無くあかね様の意思です。」
そうか、私が。私がやったんだ。
「あかね様、この魔法は……大魔法です。詠唱用の呪文を設定してください。」
「呪文?」
「はい。短いもので結構ですので、この魔法に名前を付けてください。」
うーん、責任重大だ。ここはラヴェールの名前を貰うことにしよう。
「……殺意の帷、ラウド・ヴェール。」
「ラウド・ヴェール。良い名前ですね、ではそれで登録します。」
それにしても、だ。私は人を殺した。そのはずなのに、私の心に罪悪感は、全く無い。代わりに――
――なんと、晴れやかな気分だろう!私の世界には光が戻り、小鳥たちがさえずり、空から大挙押し寄せてきた天使の集団が賛美歌を歌い始める。人々は朝の到来に歓喜し、河原でバーベキューを始める。遥か彼方から続くその川の河原はバーベキューの参加者で埋め尽くされ、もっと肉をよこせと奪い合いを始めるのだ。
「……ラヴェール。私、ちょっと混乱してるかも。」
「あかね様、無理もありません。今日はもうお休みになってください。」
翌日。私はラヴェールに解析をお願いする。
「"解析"ですか?別に構いませんが。……"解析"。登録者名、あかね。魔力量、12。心身状態、正常。固有能力、殺意。」
――!
どうして。
「どうして魔力が回復していないの!ちゃんと一晩寝たじゃない!」
「魔力が回復?一体どこの世界の話ですか……?」
一晩睡眠をとれば、MPは全回復する。常識だ。……そう、ゲームの世界では。
「フィクションの世界の話ね……よく考えてみれば。じゃあ何の為に魔法に名前を付けたの?明らかに今後使う事を想定してるじゃない?」
「そこなんですが……はい、私の次の持ち主が使うことになります。」
それって……もしかして……
「最初に私は言いました。あかね様はしばらくの間、魔法少女になる、と。しばらくの間、というのがいつまでかとはあの時は覚えていませんでしたが……あかね様が固有能力を発現させた時、思い出しました。」
嫌。そんなの嫌。
「私は、主人を次々と乗り継いで、固有能力を引き出して引き継ぎ、成長していく"魔道具"なのです。」
私は――
「ラヴェールと別れるなんて、そんなの嫌だよ……」
涙がボロボロと溢れてくる。
「あかね様……私も嫌です。でも別れはいつか必ず訪れるものなのです。」
ラヴェールと交わしたいくつかの言葉を思い出していく。そして一つの思考に辿り着き、涙を拭う。
「ねえラヴェール。別にこの世界全体に危機が迫っているわけじゃないんでしょう?」
「はい、その通りです。」
「魔法少女として戦うべき敵も、存在しない。」
「存在しません。」
「だから、私があなたを手放さなくても、不都合は無いんじゃない?」
ラヴェールは十秒ほど考え込む。
「それもそうですね。わざわざあかね様から別の主人に乗り換える必要性は、確かにありません。」
「でも、ラヴェールの言うとおり、別れは必ず、やってくる。」
「寿命でも、そうですからね。」
「だから、私が高校を卒業するまで。それまでは友達でいてくれる?」
「わかりました。主従契約はこの際抜きにして、あかね様と私は友人。あかね様が高校を卒業するまで、ご一緒いたしましょう。もちろん、卒業後も友人ですよ?物理的には離れ離れになりますが。」
「よかった。」
学校へ行く支度をし、玄関から外に出る。冬の太陽の精一杯の煌きを全身に受ける。今日も最悪?いいえ、多分もう大丈夫。
学校は、あの事件の噂で持ちきりだった。あの三人が、行方不明になったという噂だ。
「ねえ、知ってる?」
知ってるとも。
「あの三人が、三人とも。」
そう、あの三人が、三人とも。
「行方不明になったって、マジ?」
正確には行方不明じゃなくて、殺害されたの間違い。
「警察が血眼になって……」
見つかるわけが無い。この世から消えたんだ。
「ただの家出じゃない?」
ちょっとこの世からサヨナラしただけ。
「ねえ知ってる?」
ああ、知ってるとも。
「連れ去り事件?犯人は?」
犯人は、私だ。
「まだわからないみたい……怖いわ。」
大丈夫、あなたには危害は加えない……教室に着くまだけでここまで話題になっている。教室に入ると、いつも通り私の机には夥しい数の"死ね"という文字があったが、ロッカー内に虫の類はいなかった。
教室内は想像以上に静かで、着席している生徒はほぼ全員スマホを操作している。恐らく……あの三人が行方不明になったという噂の続きだろう。
――私抜きで、わかる筈が……ないでしょう?
そんな、ただ一人真相を知っているが故の優越感が私を包む。可能ならば、おなかを抱えて大笑いしたい。
その日の夕方、テレビのニュースが報じる。遥ヶ見区内のとある学校で女子生徒三人が行方をくらまし、警察は懸命な捜索をしているが、未だ発見されていない、との内容。あの三人の父親が順々に映し出される。顔を真っ赤に、目には涙を浮かべて。無様な姿。そう、無様な。
「アハハ、アハハハハハハハハハハ!!!」
私以外誰もいないリビングに私の笑い声が響く。そうだ、お前らの娘は殺してやったよ。私の魔法で!
冬休みが終わっても、あの三人に関する続報は、無かった。学校内では、"行方不明"から"もう死んでいるのでは?"という風説に変わっていく。変わって行くのは風説だけではなかった。私の机の死ね、という文字は大方消され、中央に「いままでごめん」と小さな文字で一筆添えられていた。私に対する少しばかりの嫌がらせも、目に見えて少なくなった。よかった、これで学校でも落ち着いて本が読める。そうだ、桐生さんはどうしているだろう。
《桐生さん、元気?》
そうメッセージを飛ばすとしばらく経った後に返信が。
《ん?どうしたあかねっち。》
よかった、桐生さんはいつも通りだ。そう安堵すると桐生さんから追伸が入る。
《放課後さ、あの病院のカフェに行こうぜ。カツサンドがすげー美味くてさ、まさに穴場!ってやつだった。》
彼女はあの入院もどきも、この際楽しむか、確かにそう言っていたが。ここまで前向きで行動力がある人間なのだ。私が快諾の返事を入れたところでホームルームが始まる。放課後、あの病院のカフェで待ち合わせか。
「放課後が暇になるなんて珍しいのね。」
「今度大会があるからよ、調整中なんだ。」
「ん……このカツサンド、味は普通ね。」
「ああ、笑っちゃうくらい普通だろ?実はあかねっちに用があるのはそれじゃないんだ。」
「んむぐ?」
口の中のカツサンドで上手に発音できなかった。このカツサンドはどうやらただの口実らしい。桐生さんは私に近づき、耳元でささやく。
「あの三人を殺したの、あかねっちだろ?」
――!!!どうして桐生さんが!?まさか――
証拠は残ってない。だとすると、あの現場を、見られた……?
「いやさ、あの三人が殺されたとするなら、やったのはあかねっちだと思ってさ。」
桐生さんはその情報を手に入れて、どうするつもりだろう。
これをネタにゆする?いいえ、桐生さんはそんな人間じゃない、正義感が強いから。……桐生さんは正義感が強いから、私に自首を促すつもりだ。私は悪くないのに。あの三人が、あの三人が全部悪いのに。そう、あの三人が……
「オモッテモジッコウデキルヤツナンテ、ソウハイナイダロ?アカネッチハスゲエヨナ。」
私は何一つ悪くない。もし私が桐生さんに罪を償え、などと言われたとしても、断固拒否する。しかし、友達として彼女に嘘はつきたくない。ならば、どうする――
――殺せばいい。
そうだ、簡単な事だ。殺せばいいんだ。
「テンバツミタイナモンダ。」
殺せ。
「ワタシモアノサンニンノコトハダイキライダッタ。」
殺せ!
「オヤノナナヒカリデ、」
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!
「ヘイキデタニンヲキズツケル。」
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!
「アカネッチノシタコトハ、タダシイ。」
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!
「いやー、だからさ。どうやってブッ殺したのかだけ気になるんだよな。こっそり教えてくんね?」
ふざけやがって。お前も、死ぬんだよ。
「わかった。見せてあげる。」
胸ポケットのブローチが輝きを放つ。私は立ち上がり、ブローチを取り出す。使い方は、殺意を込めて、対象にこのブローチをかざす。そして、名前……私が付けたお前の――
――お前の、名前は――
――殺意の帷――
「ラウド!ヴェール!!!」
あの時のような光は出なかった。逆に……真っ暗で何も見えない。身体の感覚が……無い。
どさっ、と私の体が倒れこむ音が聞こえた。
(ラヴェール、聞こえてる!?)
返事が無い。
(桐生さん、聞こえてる!?)
返事が無い。
意識が急速に遠のいて行く。
そうか、私、死ぬんだ。
ごめんね、ラヴェール。高校を卒業するまで、一緒だって言ったのに。
ごめんね、桐生さん。たった一人味方になってくれたのに。
私もあの三人みたいに、バケモノになっちゃったのかな。
ラヴェール……私の、ワガママ……聞いて……くれる?
いつか、私を……いつか、私を……
いつかわたしを たすけにきて